表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2年後に別れる彼との温かな結婚生活

作者: 紺藤シグル

 小国の王女であるアイシャは、政略結婚の道具として、城の外に出る事も無く今まで生きて来た。そんなアイシャがとうとう大国の王子の元に嫁ぎ、顔を知らぬまま結婚式を挙げることになる。護衛の騎士たちに連れられて、初めて対面した王子は、まるで物語から出てきたかのような端正な顔立ちをしていた。しかしそんな彼から出た婚約の内容は『2年後に別れる』事を前提とした政略結婚であり契約結婚だった。 他の令嬢たちを寄せ付けない為に、イケメンな彼と愛されない偽りの夫婦を演じる事になったアイシャ。そもそも本当の意味で結婚したかも怪しい。いずれ婚約破棄になるという、異質で不可思議な形で出会い結婚した、アイシャと彼の結婚生活を描いた物語。


身分差 女主人公 政略結婚 偽装結婚 契約結婚 ハッピーエンド ざまぁ ほのぼの? バッドエンド回避

 私は外の世界を知らない。


 資源豊かな小国の第1王女として生まれた私は、大国への政略結婚の道具として育てられてきた。


 まるで大切に大切に加工されて売り出されていく商品のように、私は王女でありながら、読み書きや料理、洗濯など様々な物事を教えられ、子供らしい遊びもさせて貰えないのも当たり前だった。

 もちろん、何かあっては不味(まず)いと、城の外に出ることも許されない。


 そんな私にとって唯一の楽しみは、自室に戻った際に本を読むこと。

 亡くなった女王である母が残した本に書かれた恋物語は、いずれ誰とも分からぬ相手に嫁ぐ私にとって、とても眩しく、非現実的な、憧れの世界。


 どうせ私は本に書かれた物語のような結末になりはしないと思いながらも、いつもその本を読んで夢を見て眠りに()く。


 それが私の変わらぬ毎日だった。


 ◇◆◇◆


 そんな私が16歳になり、とうとう隣国の大国に嫁ぐ事となる。

 城の宰相や国王である御父様たちが(せわ)しなくなっている中、私は窓から眺める事しかなかった外の世界に行けることに、少しワクワクしていた。


 私は王宮直属の兵士たちに護衛されながら馬車に乗り込み、まだ見ぬ婚約者の元へと向かって行く。


 城の宰相から聞かされた話によると、私の婚約者は第1王子のジョアン・ローフラー様。


 (いくさ)がとても強いらしく、初陣から連戦連勝の強者(つわもの)らしい。

 それに頭も良く、政務にも積極的だそうだ。


 馬車の外の景色を眺めながら、私は田舎町や草原の風景を見て、いつか私も町や村を巡ってみたいと思いを馳せる。

 そうこうしていると、初めての馬車の旅に疲れてしまった私は眠りについてしまい、ハッと目が覚めた時には、もう既に相手国の王都に到着していた。


 辿り着いた王都の城は、私が想像していた以上の大きさを誇っていた。

 城門の前に馬車を止め、兵士に扉を開けて貰い外に足を踏み出すと、1人の侍女(じじょ)が深々と頭を下げてくる。


 出迎えに来た侍女の説明によると、結婚パレードのような物は行わないそうだ。

 私の婚約者である第1王子のジョアン様が拒否したらしい。


 普通大国の王子の結婚ともなれば、国を挙げて盛大に祝うもの。


 それをしないとなると外聞(がいぶん)が悪い。


 もしかして私は歓迎されて無いのではないかと(いぶか)しんでいると、いつの間にか婚約者である第1王子、ジョアン様の居る執務室の前まで案内されていた。


 私を引き連れた侍女が扉をノックすると、中から「入れ」という青年の声が聞こえてくる。


 侍女が扉を開け私が部屋の中に入ると、机の上に置いてある書面に目を向けていた青年が立ち上がり、私と目が合った。


 その立ち姿は、私が想像していた風貌とは全く違っていて、私は思わず言葉を失ってしまう。


 深紅の髪に、途方もなく整った顔立ちは、まるで架空の物語から飛び出してきたかのように美しく、儚く、カッコいい。


 (いくさ)で連戦連勝していると聞いていたので、筋肉質のもっとゴツゴツとした人だと思っていたけれど、スラッとしていて案外細身だった。

 ただそれは、無駄な筋肉が無いという意味で、立ち姿1つとっても隙がないように見える。


「――第1王女のアイシャ・ターナーで間違いないか?」


 私は自分の名前を彼から呼ばれて我に返ると、今まで何度も練習した甲斐(かい)あって、遅れながらも噛まずに挨拶をする。


「はい。初めまして。私が第1王女のアイシャ・ターナーと申します。どうぞこれから宜しくお願い致します」


 私がドレスのスカートの裾を少し上げ、頭を下げて挨拶すると、彼も自己紹介を始める。


「第1王子のジョアン・ローフラーだ。この度はこんな形での対面で申し訳ない」


 そう言って頭を下げてきたジョアンを見て、私は驚きの余り目を見開く。

 本来大国の第1王子であるジョアンの方が格上だ。

 結婚するとはいえ、まだ正式な書面を交わし終えた訳ではない。


 小国の王女である私に頭を下げるなど、あってはならない事なのだ。


 慌てて「頭を上げて下さい」と声を出す私とは対照的に、一部始終を見ていた侍女はそれほど気にしている様子が無い。


 するとジョアンは頭を上げ、待機していた侍女に部屋を出ていくように伝える。

 侍女が執務室の扉を出て行ったのを見送ると、彼が再び口を開く。


「今回俺と結婚する事になった経緯は知ってるか?」


「はい。聞いています」


 私の国と彼の国は、同盟関係を結んでいる。

 資源豊かな私の国が食物などを輸出し、代わりに彼の国が私の国が有事の際は守ってくれるという取り決め。


 本来なら他国から真っ先に狙われる私の国が今でも存続し続けられているのは、この同盟関係があるからに他ならない。

 今回はその同盟関係の強化の為と聞いている。


 私が宰相から聞いていた話をジョアンに説明すると、彼は困ったように言葉を紡ぐ。


「表向きはそれで正解だが、この話には続きがある。アイシャと婚約するまで、俺の元には国内の貴族令嬢から多くの婚約話が来ていた。理由は次期国王になる俺と自身の娘を結婚させ、家の地位を向上させる事だ。しかし国内の令嬢の誰かを俺が選べば、その家の権力が異常に上昇してしまい、国内の権力バランスに(ひずみ)が生じる」


「だから国内の権力争いにも関係の無い、同盟関係の国の王女である私を選んだんですね」


「そうだ。そして国王は俺が20歳になれば王位を譲ると言っている。だから20歳になるまでの約2年間、申し訳ないが付き合って欲しい。俺が国王になりさえすれば、後は好きに出来るからな。

 だからアイシャは俺が国王になれば自国に帰って貰って構わない。婚姻届けにもサインもしなくて良い。婚約パーティーを開かなかったのも、アイシャが()ぐに国へ帰れるようにする為だ」


 つまり国内の貴族たちに結婚したと見せかけて、次期国王であるジョアンの妻を巡る権力争いに一時的ではあるが終止符を打たせたいという事。


「分かりました。短い期間ではありますが、よろしくお願い致します」


 たとえ納得の行かない内容でも、同盟関係が終われば()ぐにでも他国から蹂躙されてしまう私の国からすれば、断る事なんて出来はしない。

 私の想像していた政略結婚とは全く違う事態になっているけれど、これから少なくとも約2年間、共に夫婦を演じる相手であるジョアンと、こうして私は出会う事となった。


 ◇◆◇◆


「悪いが、まだ政務が終わっていないんだ。少し時間が掛かりそうだから、侍女(じじょ)に部屋まで案内させよう」


 私との顔を合わせる事になっていた当日でも政務を続けているのを見ると、ジョアンはよほど忙しいのだろう。

 しかしこれから一時的とはいえ結婚生活を送る相手だ。

 私は自分にも手伝える事はないかと思い、彼に近寄ってテーブルの上に広がる書面を視界に入れる。


「よろしければ書類の整理を手伝いましょうか?」


「――本気で言ってるのか?」


「はい……。書類を見た限り私にも出来るかと思いまして……」


 まるで奇妙な物でも見るかのような目つきでジョアンに問い掛けられ、私は不味い事を口にしたかと(きも)を冷やす。


 王子が直接目を通さなければならないような書面だ。

 たとえ同盟国であり結婚相手の王女と言えども、2年後には別れる事になるのだから、機密情報を入手される訳にはいかないという事なんだろうか。


 するとジョアンが私の返事を聞いて驚いた表情を作った後、感心したように口を開く。


「いや、まさか一国の王女が書類整理が出来るなんて思わなくてな。正直俺の国では考えられない。そちらの国では当たり前なのか?」


「いえ、私が特別なのだと思います。私は幼少の頃から、嫁ぎ先で求められた事が出来るようにと教育されて育ってきましたから」


「へえ。それはまた大変だったな。俺も英才教育をされて育ってきた身だから、ある程度は理解できる」


 私の言った理由に納得したジョアンは、椅子ごと自らが横にズレてスペースを空けると、一度立ち上がり近くに置いてある椅子を手に取り自身の席の隣に置く。


「本当に手伝って貰えるなら悪いが隣でやってみてくれ。終わった後に念のため一度確認したい。近い方が確認も早くて効率が良いしな」


 当然だが流石にいきなり1人でやらせて貰える訳ではないようだ。

 でもこうして歳の近い異性と椅子を並べて座るのは初めてなので、少し緊張する。


 しかし仕事は仕事として終わらせなければならないと、頭を切り替えた私は、真剣に用意された書面と向き合い、処理していった。


 ◇◆◇◆


 与えられた書類の処理を全て私が終わらせると、ジョアンが確認作業を始める。

 彼が1枚1枚確認して行くと、感心したように声が漏れる。


「凄いな。本当に出来てる。正直、半信半疑だったんだが……」


 感嘆の溜め息を吐いた彼は、隣に座る私に目を向ける。


「予定していた時間の半分で仕事が終わった。ありがとうアイシャ」


「――いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」


 容姿端麗なジョアンが微笑みながらお礼を言ってきて、私はその表情に一瞬見とれて返答が遅れてしまう。


「早めに終わったから時間も出来た。まずは一緒にこれから生活する部屋まで案内しよう」


「いえ、王子自らに案内して(いただ)くわけには……」


「むしろ俺がやらないといけない事だったんだ。案内させてくれ。それと仮とは言え夫婦になるんだから、俺の事はジョアンで良い」


 確かに彼の言う通り、これから夫婦として過ごす上で余所余所(よそよそ)しくし過ぎてしまえば、かえって疑われてしまうかもしれない。


「分かりました」


 大人しく従って彼の後ろをついて行くと、執務室に近い場所にある部屋へと案内された。


 そこには屋根付きのキングサイズのベッドにシャンデリア、壁には一定間隔で照明が付いていて、床には絨毯が敷かれている。

 他にも数人で座って囲めるサイズのテーブルにソファー。

 もちろん1人用の机と椅子も用意してある。

 冬を見越して用意してある暖炉は実用性だけでなく、見た目も素晴らしかった。


 さらに私が持って来ていた荷物も、いつの間にか部屋の中に置いてある。


「ここが俺たち2人が生活する事になる部屋だ。トイレと風呂は奥の扉を開けるとそれぞれ別に用意されている。本来なら別々の部屋を用意したかったが、先ほど説明した通り、しっかりとした結婚生活をしていると城内に居る貴族たちに錯覚させる必要があるからな。悪いが我慢してくれ」


「いえ、元々覚悟の上で来ていますから、お気になさらないで下さい」


「それと明日の夜からだが、国を挙げた大々的なパレードはやらないが、城内だけで結婚記念パーティーをやる事になっている」


 てっきりそういった事はしない物だと思っていた私は、驚きの余り「えっ?」と思わず呟いてしまう。


「2年で別れる結婚の為に国を挙げたパレードをするのは税金の無駄だから拒否したが、それでも城内の人間や貴族たちにはアイシャが俺の妻である事を認知させる必要がある。移動続きで疲れているところ悪いが、早めにしておかないと、色々問題も出て来るからな」


 確かに私が城内を1人で歩けば、一体誰だという話になってくるはず。

 そういった意味でも、私の存在を知ってもらう必要があるのだろう。


「分かりました。明日の夜ですね」


「ああ。必要な物などがあれば事前に侍女か俺に言ってくれ。用意しておく。今日は持ってきた荷物の整理が終わったら、ゆっくり休んでくれ。夕食は時間になれば侍女が持ってくるように手配してある」


 そう言い残すと、ジョアンはまだ仕事が残っていると言って部屋を出て行ってしまった。

 私は彼の後姿を見送り終えると部屋に戻り、置かれている荷物を整理する為に荷袋を開け、引っ越し作業を開始した。


 ◇◆◇◆


 持って来ていた荷物の整理を終えた私は、夕食の時間になり侍女(じじょ)の持ってきた料理を食べ終え、ベッドで休んでいた。


 本来であればジョアンが帰って来る前に眠らないべきなのだろうが、夕食を運んで来た侍女が「仕事が終わりそうにないから先に寝ていてくれ」という彼からの伝言を伝えて来たのだ。


 最初はそれでも先に眠るのは良くないのではないかと躊躇(ちゅうちょ)したが、彼の言付(いいつ)けを破るのも駄目だと思い、ベッドに入り眠る振りだけしていた。

 しかしフカフカのベッドの魔力に勝てず、私はいつの間にか本当に眠ってしまっていた。


 それでも起きていなければと思っていた事が影響したのか、完全に真っ暗になっていた夜中に目が覚めてしまう。


 私はジョアンは戻ってきているのかと左右を見渡すが、真っ暗でしっかりと確認できない。

 彼がちゃんと戻って来ているのか気になった私は、もし寝ていたら起こしてしまうのではないかとも思ったが、確認する為にゆっくりと近くのランプに火を(とも)して、辺りを見渡した。


 しかしキングサイズのベッドには、誰も眠っていない。


 もしかして今日はこの部屋ではなく、別の部屋で寝ているのかと思った私は、喉が渇いていたので、ランプを持って寝る前に水だけ飲みに行こうと立ち上がる。

 少し歩いて水を飲み喉を潤した帰り道に、私はそれまで椅子の背が邪魔になって見えていなかったソファーで、眠っている人影を発見した。


「えっ? 何でっ!?」


 ランプでソファーに居る人物を照らすと、そこには寝息正しく眠っている深紅の髪の王子が居る。

 私の頭には、大国の王子を差し置いてベッドで寝てしまった私は問題なんじゃないかとか、何で充分にスペースの空いていたキングサイズのベッドで寝ていないのかとか、そういった疑問が次々と浮かんでは消えて行く。


 するとランプの明かりで照らされて眩しかったのか、ソファーで寝ていた王子が目覚めてしまった。


「アイシャか……。どうした? 何か用事があるのか?」


 起こされた事への不満ではなく、真っ先に私の心配をして来る王子に驚きと感激が混じりながらも、私は深々と頭を下げる。


「起こしてしまって申し訳ありません。それと私だけでベッドを占領してしまい、本当にごめんなさい」


 私が勢い良く謝ると、王子は私の頭を上げさせて、困ったように微笑んだ。


「いや、そもそも遅くなった俺が悪いし、男と一緒のベッドで眠るのが嫌なんじゃないかと俺が勝手に勘ぐったんだ。それにソファーで寝たのは俺の意思だから、気にしなくて良い。起こされた事も怒ってないよ。むしろ気を遣わせて悪いな」


 逆に謝って来た王子を見て、私は何てことをしてしまったのかと、自分が恥ずかしくなった。

 今まで嫁ぎ先でも粗相(そそう)がないようにと育てられてきた私が、さっそく王子に気を(つか)わせてしまっている。


「こちらこそ王子に気を(つか)わせてしまい本当に申し訳ありません。お願いですからベッドで寝て下さい。じゃないと疲れが完全には取れません」


「いや、俺は気にしないから無理しなくていい。1人で使ってくれ」


「いいえ気にします。もし王子がベッドで寝ないなら私は床で寝ます!」


 何とも滅茶苦茶な事を言ったが、ジョアンは私の言葉に目を見張ると、今度はクスクスと笑い出す。


「強情だな。でも一国の姫を床で眠らせる訳にもいかないし、俺もお言葉に甘えてベッドで寝よう」


「そうしてください」


 漸くベッドで眠る気になったジョアンが、ソファーからゆっくりと立ち上がってベッドへと向かっていく。

 私は彼が物にぶつからずに進めるようにランプで照らし、ベッドまで誘導した。


 そして彼はベッドに入りながら、口を開く。


「じゃあ俺はこっちの(はし)で眠るから、残りは好きに使ってくれ」


 その言葉を聞いて私は、先ほどから気になっていた事を切り出す事にした。


「何でそんなに貴方は私に気を(つか)うんですか? 貴方は城の王子で次期国王なのですし、正直に言って格下の私の国に配慮する必要性があるとは思えないのですが」


 私からの問い掛けを聞いた王子は、苦笑しながら言葉を紡ぐ。


「この前言った言葉通り、国内の権力争いに影響され(にく)いという理由でアイシャを選んだ。我が国には他に同盟国は存在しないし、色々と無茶のある結婚を成立させるには、君しか候補が居なかったからだ。

 だが君には本来、俺とは違う婚約者が居たと君の父上から(うかが)っていたからね。正直君に申し訳ないと思っているし、罪悪感を抱いている」


 私に他の婚約者が居たなんて事は、今初めて知った。

 つまりこの人は、その誰とも分からぬ婚約者と私の仲を引き裂いてしまったと思い込んでいるみたいだ。


「私が誰かと婚約していたなんて、今初めて聞きました」


「君の父上からは何も聞かされて無かったのか?」


「はい。私はあの人にとって政略結婚の道具でしかありませんから、誰であろうと関係無かったんだと思います」


 その言葉を聞いてジョアンは一瞬驚いた後、「なるほど」と小さく納得したように呟く。


「今の時代、どこの国の王女も貴族令嬢も、政略結婚の道具にされるわけか……」


 少し遠い目で真っ直ぐと上だけを見ていたジョアンは、一度(まぶた)を閉じると自嘲気味に微笑む。


「いや、俺も君を利用しているのだから、君の父上を非難する事など出来はしないな」


 自分自身に対し皮肉を言った彼は、私へと目を向ける。


「今日はもう寝よう。明日以降もゆっくり話す機会はある。それに明日は大事な結婚記念パーティーもあるしな」


「そうですね」


 こんな事で、もし体調を崩したら目も当てられない。

 私は彼の言葉通りキングサイズのベッドの反対に回り、ベッドの中に入り目を閉じる。


「お休みアイシャ。良い夢を」


「はい。お休みなさい」


 ベッドの反対側から彼が発した就寝の挨拶言葉が聞こえて来て、私は寝る前にこうして声を掛けて貰う事なんて何時(いつ)ぶりだろうと思い返す。

 そして母が亡くなって以来だと思い出し、少しだけ悲しく、そして(あたた)かい気持ちになりながら、再び眠りに就いた。


 ◇◆◇◆


 翌朝。

 私は鼻孔を(くすぐ)る良い匂いを感じながら、目を覚ます。


 上半身を起こし食欲のそそる匂いのする方向へと目を向けると、ティーカップに口を付け紅茶を飲んでいるジョアンが目に入って来る。


 それはまるで、一枚の絵画(かいが)のように美しく、彼の美麗な容姿と整った姿勢が相まって、どこか神々しさすら感じられた。

 そんな光景を早朝から目にした私は、思わず言葉を失ってしまう。


「おはよう。起こしてしまったか?」


 ティーカップをソーサーに戻したジョアンから発せられた朝の挨拶と共に、彼から申し訳なさそうに苦笑されて、私は慌てて挨拶を返す。


「おはようございます。大丈夫です。起こされてないです」


 捲し立てるように早口で挨拶する私を見て、ジョアンが微笑する。


「もし本当に目が覚めたなら一緒に朝食を()ろう。すでに用意してある」


 そう言われて意識をジョアンからテーブルへと向けると、美味しそうなサンドイッチがテーブルに置かれていた。


「分かりました。顔を洗ってきます」


 一言断りを入れて洗面所へと向かった私は、顔を洗い鏡で少し乱れた髪を整えながら、ジョアンの事を思い浮かべる。

 そういえば私より遅く部屋に戻ってきたのに、彼は既に起きている。


 もしかすると(ろく)に寝ていないんじゃないかと思えてきたのだ。


 サンドイッチの置かれたテーブルへと準備を整えた私が戻って行くと、彼が2人掛けのソファーの隣をポンポンと叩く。


「良かったら隣に座るといい。余り他人行儀が過ぎると勘ぐられる可能性がある。今の内に慣れておいてくれ」


 つまりある程度のスキンシップが取れるようになっていて欲しいという事なのだろう。

 私はジョアンの言葉に従い、ゆっくりと彼の隣に腰を下ろした。


 目の前に置かれた紅茶の入ったティーカップは、おそらく私の物。

 その取っ手を掴んで一度喉を潤し、一息ついた所で私は彼に気になっていた事を質問する。


「昨日も遅かったのに、こんなに朝早くから起きられて大丈夫なんですか?」


「ある程度は眠るようにしているから心配ない。それにこの後、朝の鍛錬があるからな。王子である俺が遅れるわけにもいかないんだ」


 むしろ王子だからこそ多少遅れても問題ないのでは?と疑問に思ったが、一度その言葉を飲み込み、違う質問を投げ掛ける。


「ジョアン様はとても忙しそうにお見受けしますが、いつもの事なんでしょうか?」


 昨日初めて出会った時から、ずっと働き詰めなので、何か理由があると思い口にすると、彼は深い溜め息を吐いて言葉を紡ぐ。


「2年後に王位を継承することが決まってから、現国王――つまり俺の父が、今の内に慣れておくべきだと言って政務を丸投げしてきたんだ。父は武勇に優れているが政務は苦手でな。見つかった問題の処理などに追われている」


「手伝って下さる信頼できる方はいらっしゃらないんですか?」


「信頼できる人間には、爵位を与えて領地を経営してもらっている。我が国は大国だからな。ここからでは、どうしても全ての領土の面倒を見ることは出来ない。だから城には最低限の信頼できる人間しか置いていない。お(かげ)で常に大忙しだ」


 頭が痛いと言わんばかりに眉を(ひそ)めたジョアンの話を聞いて、私は1つ提案する。


「良かったら私が手伝いましょうか? 書類の処理や雑務はある程度こなせると思います」


「それはありがたいが、そんなに色々出来るのか?」


「掃除、洗濯、料理、読み書きや計算などはそれなりに出来ると思います」


 それを聞いたジョアンは呆れた目を向けてきた。


「一国の王女によくそこまで教えたな……。言い方が悪いかもしれないが、何も出来ないのが普通のはずなんだが……」


「ご不快でしたか?」


「いや、むしろありがたい。それに俺はアイシャのような子の方が好きだよ。常識も分からず好き勝手する人間より、ずっと良い。大国の令嬢や王女は甘やかされ過ぎて育っている分、自分勝手な行動が多いからな。俺の国もそうだ」


 私は城の外に出たことが無いので、一般常識があるかどうかは分からないが、社交界のマナーなどは厳しく教わってきた自負はある。


「ではお手伝いをしても構わないんでしょうか?」


「ああ。じゃあ本当は鍛錬の終わった午後からやる予定だった書類を部屋に持って来させよう。昼頃には俺も戻ってくるから、その時に確認だけさせてもらう」


「分かりました」


 私の国に居たときは、ジョアンほどではないけど私もそれなりに働いていた。

 なので朝から部屋でゆっくりしていてくれと、もしも言われてしまえば、逆に何をしたら良いか分からず困惑してしまう所だった。


 彼が戻って来るまでの間に、与えられた仕事を必ず終わらせようと決意した私は、鍛練に向かうジョアンを見送り、1人用の椅子と机のある場所へと足を向けた。


 ◆◇◆◇


「これを全て終わらせたのか?」


 昼になり鍛練から帰って来たジョアンが、私の処理し終えた書類の山を見て目を見張る。


「はい。駄目だったでしょうか?」


「いや、まず少し確認させてくれ」


 ジョアンは書類の山に目を通し終えると、私に顔を向けて微笑みながら感謝の言葉を述べてくる。


「出来るだけじゃなく仕事も早いのは凄いな。それに正確だ。本当に助かった。ありがとう」


「いえ、自分から言い出した事なので……」


 自ら手伝うと言ったのだから、足手まといになるわけには行かないと頑張った甲斐あって、彼の満足の行く結果を残せたみたいだ。

 私がホッと胸を撫で下ろしていると、ジョアンが少し考える素振りを見せた後に、私に向かって問い掛けてくる。


「本当は午後からこの書類をする予定だったんだが、アイシャのお陰で今日の俺の仕事は全部終わってしまった。だから午後から夜の婚約記念パーティーまでの間に、何かお礼がしたい。欲しい物や行きたい場所はあるか?」


「いえ、お礼なんて大丈夫です。私が勝手に言い出して勝手にやった事なので……」


「君が納得しても俺が納得しない。だから今度は俺の勝手でお礼をさせて欲しい」


 本当に私はお礼なんて必要無いのだけど、ジョアンから真剣な目で見つめられ、私は思わず頷いてしまう。


「良かった。じゃあ何が欲しいか言ってくれ」


 彼の言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべていたのが、外の世界を自らの足で歩き、見て回りたいという願い。

 でも王女であり婚約者となった私が、自由に動き回れるとは思えない。


 やはりこれは胸に仕舞っておくべきだと黙って考えていると、ジョアンが(いつくし)しむ様な表情で言葉を紡ぐ。


「本当に欲しい物を言ってくれないと意味がない。だから教えて欲しい」


 その力強い瞳から発せられる視線に(さら)されて、私は息を飲み、思わず本当の願いが口から(こぼ)れ落ちてしまう。


「外に出てみたいんです」


「外?」


「はい。私は本当の意味で城の外に出てみた事がありません。貴方の国に行く道中だけ、馬車に入れられて城から出ましたが、それも外の風景を見ているだけでした。だから、自分の足で歩いて、人々と触れ合ってみたいんです」


「分かった。じゃあ俺と一緒に城下町を見て回ろうか」


「良いんですか?」


 大国の王子と、小国とはいえ王女の私が、こんなに簡単に外へと出られるものなのだろうか?


「大丈夫。夜までに戻れば問題ないよ」


「でも……」


「何があっても俺が守るから安心して」


 そう言って彼によって強引に私は手を握られ、そのまま部屋の外へと連れ去られてしまった。


 ◆◇◆◇


 特に変装をする事もなく、ジョアンは城門に立つ兵士と一言二言会話を()わしただけで、私を本当に城の外へと連れ出してしまう。


 ジョアンに手を引かれながら跳ね橋を渡り、そのまま城下町へと進んでいく道中、余りにも急展開で心の準備も出来ていなかった私は、慌てて彼に問い掛ける。


「護衛の騎士は連れて行かなくて良いんですか?」


「俺が居るから問題ないよ」


 確かに彼が強い人だという事は出会う前から聞いている。

 でもだからと言って、こんなにも自由にしていては危険だと思ってしまう。


「本当に大丈夫なんですか?」


 もう一度、どうしても心配になって声に出すと、ジョアンは立ち止まり私に向き直った。


「俺の事が信じられないか?」


 どこか試すような目を向けられた私は、一瞬言葉に詰まってしまう。

 その間に、まだ短い時間だけれど彼の行動や言動を思い返し、彼の瞳を見返して言葉を紡ぐ。


「信じます」


「そうか。じゃあ行こう」


 彼の満面の笑みを目の前で見せつけられて、私はその眩しすぎる光景に絶句する。

 心ここにあらずの状態で再び彼に手を引かれて進んでいると、いつの間にか活気の溢れる大通りに到着していた。


 ハッと我に返り周囲を見渡すと、町の人々が私とジョアンに目を向けざわざわと騒いでいる。

 それも当然だ。


 私は城に居た時と同じドレスを着たまま出て来てしまっているし、ジョアンもただでさえ現実離れした容姿をしているのに、赤黒のタキシードを着ていて貴族感丸出しだ。

 目立たない方が難しい。


 しかし彼は野次馬が遠目にも集まって来ているのに、気にせず私に話しかけて来る。


「アイシャは町に来て何をしてみたかったんだ?」


 あまりの状況に理解が追い付いていない私は、とにかくジョアンの問い掛けに答えようと頭をフル回転させて口を開く。


「私は町の料理屋で食事を摂ってみたいです」


 朝食から何も食べていなかった所為(せい)か、せっかく念願の城の外に来たのに、空腹からか現在の願望が口に出てしまう。

 するとジョアンも思い出したように「ああ」と呟いた。


「そう言えば()ぐに飛び出して来たから昼食がまだだったな。何処(どこ)かへ食べに行くか」


 大通りをジョアンと私が歩き始めると、周りに居た町の人々が道を譲るどころか、近づくのも恐れ多いと言わんばかりに遠ざかって行く。

 しかしそんな中、1人の無精髭を生やした筋肉質の中年の男性が、私たちの元へと近づいて来た。


 私がもしかして金目の物を出せと脅されるのではないかと危惧していると、その男性はジョアンに向かって声を掛ける。


「王子様。何でこんな所にいらっしゃるんですか? それも女連れで」


 まるで知り合いかのような口調でジョアンに向かって口を利く男性を見て、私は目を丸くする。


「ヒューゴか。今食べられる場所を探していたんだ。お前は確か夫婦で料理屋を開いているって言ってたな。良ければ連れて行ってくれるか?」


「もちろん構いませんが、王子やお連れの方の口に会うかは保証しませんぜ」


「構わない。それも1つの経験だ」


 ジョアンも男の名前を知っているのを見ると、本当に2人は知り合いのようだ。

 しかしヒューゴと呼ばれた男性は、失礼ながら見た目も口調も仕草も含めて、とても王子と知り合いになれるような身分の人には見えない。


 一体どんな繋がりなんだろうと不思議に思っていると、先導してくれていたヒューゴさんが立ち止まり「ここですぜ」と一軒の料理屋を(ゆび)さした。


 そして先に入ったヒューゴさんに続くように、私とジョアンも店の中に足を踏み入れる。

 私は入って直ぐに店の中を見渡すと、思っていたよりも静かな空間で驚いていた。


 煉瓦(れんが)で作られた建物の中は、木製のテーブルが一定間隔で並び、煉瓦の朱色と木で出来たテーブルや椅子の茶色によって、意外と落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 どこか家庭的とでも言うのだろうか?


 豪勢では無くてもシンプルで、何だか落ち着ける場所だ。


 興味深げに私が店内を見渡していると、料理を作っていた中年の女性がこちらに一瞬顔を向け、「いらっしゃいませ」と言って一度顔をフライパンに戻したが、再びこちらに顔を向けてあんぐりと口を半開きにする。

 すると慌てて料理の手を止めて、私たちに向き直り口を開く。


「これは貴族様。こんなボロ料理店に今日はどのような御用件で……」


 恐縮した様子で冷や汗を()き、(かしこ)まった口調で言葉を述べる女将さんの声を聞いて、店内に居たお客さんが一斉に私たちへと視線を向ける。

 するとそんな女将さんの姿を見たヒューゴさんが、慌てて声を出す。


「落ち着け。この前母ちゃんには話してただろ。戦場で俺を助けてくれた王子様だよ。ウチの料理を食べに来てくださったんだ」


「王子様!? アンタあの話本当だったのかい!」


「本当だって言っただろ! 全く何度言っても信用しないんだから……」


 溜め息を吐きながら愚痴を零したヒューゴさんは「取りあえず座ってください」と言って私たちに近くの椅子へと座るように促してくる。

 先にジョアンが座り、彼が私に隣へ座るように言ってきたので、大人しく隣へと腰を下ろした。


「そう言えばお嬢さんは王子様の恋人か何かですかい?」


「何失礼な事聞いてんだアンタは!」


 ヒューゴさんが唐突に質問を投げ掛けて来ると、料理を再び作り直している女将さんがヒューゴさんに説教する。

 かなり気の強い女将さんのようだ。


「彼女は我が国の同盟国の王女だよ。今日俺と結婚する事になっているんだ」


「え~!? 本当ですかい? 何も俺たちは聞いてませんぜ」


 驚愕するヒューゴさんと同じように、盗み聞きしていた周りの客たちも騒ぎ出す。


「後日正式に発表されるから、それまで待っててくれ」


 大騒ぎになるのを見てジョアンが困ったように微笑むと、ヒューゴさんは、そうはいかないと女将さんに向かって口を開く。


「母ちゃん。今日はお祝いだ。王子様と王女様にウチで1番の料理を出してやってくれ」


「そうなるとガリネイ豚定食になるけど良いのかい?」


「ガリネイ豚があるんですか?」


 女将さんの口から出たガリネイ豚という言葉を聞いて、私は思わず呟いてしまう。

 そんな私を見て、ジョアンが思い出したかのように言葉を紡ぐ。


「そう言えばガリネイ豚はアイシャの国の特産品だったな」


「はい。私の国で大切に育てられた高級食材です」


 まさかここでその名前を聞くとは思っていなかったので、少し驚いてしまう。

 すると私の言葉を聞いたヒューゴさんが困った口調で声を上げる。


「ウチの看板食材として商人から仕入れてるんだ。でも俺たち夫婦は王女様の国に行った事は無いからな。本場の味は知らねえんだ。申し訳ねえ」


 頭を下げて来るヒューゴさんを見て、私は1つの考えが浮かんでそれを口に出す。


「よろしければ私が作ってみましょうか? ただ私の作る料理は城の中で料理長から習った物なので、本場の味と言えるかどうかは分かりませんが……」


「王女様に作って戴くなんて、とんでもねえ。そんな事させられねえよ」


 慌てて止めて来るヒューゴさんに対して、少し驚いていたジョアンが微笑みながら声を出す。


「悪いがやらせてあげてくれないか? もちろん、料理中に何かあってもヒューゴ達に責任は問わない」


「王子様がそう言うなら……」


 ジョアンの鶴の一声で望んだとおりに料理ができる事になった私は、厨房に入らせて貰い女将さんの隣でガリネイ豚を使って調理を開始する。

 城では何度もやって来た作業だ。


 料理を作り出す前に、調理道具や調味料を準備していたお蔭でスムーズに料理に取り掛かれた私は、余り待たせること無く完成させる事が出来た。


「良かったら食べてみて下さい」


 私とジョアンの分だけでなく、女将さんとヒューゴさんの分も作った私は、一言断りを入れてカウンター席に2人の分を置き、残りの私とジョアンの分を持って席に戻る。


「じゃあ戴こう」


「どうぞ召し上がってください」


 ジョアンは私の作った料理を口に含むと、咀嚼(そしゃく)し呑み込んだ後に感嘆の呟きをする。


美味(うま)い」


 短いが心のこもったジョアンの一言に、私は思わずにやけてしまう。

 するとジョアンに続くように、女将さんとヒューゴさんも驚きの声を上げていた。


「本当に美味いぜ! この料理!」


「ホントだねえ。正直あたしの作る定食より美味しくて悔しいよ」


 女将さんの言葉に少し申し訳なさを感じていると、彼女の方から声を掛けて来る。


「王女様に頼むのは気が引けるけど、良かったらあたしに作り方を教えて貰えないかい? このままじゃあ店の女将としての面目が丸つぶれなんだよ」


「もちろんです!」


 私は初めて町の人と触れ合えたのが嬉しくて、思わず大きな声を上げてしまう。

 そんな私の姿を見て微笑んだジョアンは、「行っておいで」と許可を出してくれた。

 

 こうして私は、自分が昼食を摂り終えた後に女将さんに料理を教えたり、教えられたりしながら城の外での一時(ひととき)を過ごしていく。


 その間にジョアンもヒューゴさんや集まって来た彼の知り合いと話しながら、私と女将さんの作る料理を飲み食いして会話の花を咲かせていたのだった。


 ◆◇◆◇


 夜からのパーティーの準備があるからと、私とジョアンはヒューゴさん達に別れを告げて、夕方には城の中へと戻って来ていた。


「どうだった? 初めての城の外は」


「お父様や宰相たちからは怖い場所だと脅されていたので、最初は少し怖かったですが、最後は打ち解けて本当に楽しく過ごせました」


「それは良かった」


 結局時間が来てあの料理店にしか居られなかったけど、他の場所に行くのは後の楽しみだと考えれば、そんなに気にならない。

 むしろ私の世界が広がった気がして、とても清々(すがすが)しい気分だ。


「アイシャ」


「はい? 何でしょうか?」


 私たちの自室で、夜から始まる結婚記念パーティーの開始までゆったりとしていると、ジョアンが神妙な面持ちで私の名前を呼んで来る。

 私がジョアンの表情を見て身を固くしていると、彼が困ったように、そして申し訳なさそうな声色で話し始める。


「今から話すことを早めに教えてしまうと、過剰に考えすぎて怖がらせてしまうかもしれないと、ギリギリまで黙っていたんだが、今夜の結婚記念パーティーだが、途中で中止になる」


「どういう事でしょうか?」


 私とジョアンの結婚が認められずに破棄されるという事なのだろうか?

 でも彼の口ぶりだと、ジョアンの思惑で中止になるようにも聞こえる。


「アイシャと初めて会った時に伝えたと思うが、国内の令嬢たちは俺と結婚したがっている者も多く、今回の結婚記念パーティーをどうにかして壊したがっている。だから結婚記念パーティーの途中で君に接触して来る令嬢も出て来るはずだ」


「はい。それは覚悟しています」


 初めてその話を聞いた時から、顔が割れれば嫌がらせなどもされるかもしれないと危惧はしていたし、理解もしている。


「そんなに深刻に考えなくても良い。今日の結婚記念パーティーで、アイシャに手出しできないようにする予定になっている。でも少し怖い目に遭うかもしれないから、どうか許して欲しい」


「いえ、私は貴方の事を信じています。だから、少し怖い事が起きても大丈夫です」


「そうか。結婚記念パーティーが終わったら部屋で詳しい事を話す。それまで信じて付いて来てくれ」


「はい」


 ジョアンはまだ心配そうに微笑んでいるけど、私はもう彼の事を疑ったりはしない。

 彼が私に対して出来るだけ誠実に接してくれようとしている事が、いつだって伝わって来るからだ。

 だから私も、彼を出来るだけ信じたい。

 それが私に出来る、彼への精一杯の誠意だから。


 ◆◇◆◇


 夜になり、結婚記念パーティーの幕が開く。


 真っ赤な絨毯が敷かれた大広間では、天井に豪華なシャンデリア、立食パーティー形式になっているので椅子は無いが、テーブルには様々な料理が所狭(ところせま)しと並んでいる。

 使用人たちはワインボトルを持って待機しており、手元のワイングラスの中身が無くなった貴族へ(そそ)ぎに行けるよう準備をしている。


 そしてジョアンが私を連れて、一段高くなっている舞台の上へと昇り、静止する。

 後ろにはジョアンの父上と母上、つまり国王と王妃が豪勢な椅子に腰かけてその様子を見守っていた。


 ジョアンが一度、大広間に居る人々を見渡すと、ゆっくりと口を開く。


「この度、(わたくし)ジョアン・ローフラーと、隣に()られる同盟国の王女、アイシャ・ターナーが結婚する事となりました。どうぞ皆様もご周知いただけるよう、よろしくお願い申し上げます」


 無駄に長い事も無く、本当にただ私の事を知ってもらう為の短い挨拶。

 その言葉をジョアンが言い終わると、少し静寂が流れる。


 会場の空気は重々しく、誰も私たちの結婚を認めていないように感じる。

 すると後ろに座っていた国王と王妃の2人がまずは拍手をして下さり、それを見て他の貴族たちもこのままでは不味いと思ったのか、(まば)らではあるが拍手が聞こえて来る。


 しかし一部の令嬢たちは、未だに私の事を怨嗟(えんさ)の目で睨み付けていて、とても納得していないようだ。


 挨拶も終わったので立食パーティーが開始され、会場に居る人々は飲み食いしながら知人たちと会話の花を咲かし出す。

 そんな中、私たちは祝辞を直接言いに来る貴族たちを一組一組(ひとくみひとくみ)相手にしている所だった。


 するとその内の一組である伯爵の令嬢が、私を目の前にすると食って掛かって来る。


「ジョアン様! 何故このような弱小国の王女と結婚なさるのですか? 同盟国とはいえ、属国(ぞっこく)のような物ではありませんか! もしあの国の資源が欲しいのであれば、私の私兵だけでこんな女の国など消し飛ばして奪い取ってご覧に見せますわ!」


 とんでもない暴言が飛び出て、私が思わず言葉を失っていると、隣で伯爵令嬢の父親と思われる男が慌てて彼女の口を塞ごうとしている。

 そんな中、ジョアンは伯爵令嬢の言い分を聞き終えると、言葉を紡ぐ。


「我が同盟国であり、俺の結婚相手である王女の国を侵略するという言葉は、国家反逆罪に等しい発言だ。父上!」


 ジョアンが後ろを振り向き国王に言葉を送ると、その一言を待っていたかのように国王が立ち上がる。


「騎士団長は今すぐ騎士団を率いて、伯爵に謀反(むほん)の疑いが無いか調査を開始しろ! 他の(みな)も聞いての通りだ。結婚記念パーティーを続けられる状況ではなくなった。今回のパーティーは一時中断とし、これにて解散とする!」


 国王の発言を聞いた騎士団長が、国王の護衛を他の騎士に任せて隣から離れ、会場を後にする。

 私たちの目の前に居る伯爵令嬢は顔を真っ青にしていて、伯爵令嬢の父親が国王の元へと走って行き、そんなつもりは無かったと懇願している。


 会場に居る貴族たちも、一連のやり取りを見ていて生きた心地がしていないのか、血の気が引いている。


「アイシャ。俺たちも戻ろう。これ以上ここに居ても意味がない」

 

「分かりました」


 ジョアンに手を引かれて私は舞台から降りると、そのまま会場を後にし、自室へと戻って行った。


 自室に戻ると、私とジョアンは立っているのも可笑しいのでソファーに腰を下ろす。

 するとジョアンが苦笑しながら私に向かって問い掛けて来る。


「怖くなかったか?」


「少しだけ怖かったですが、驚きの方が大きかったです」


 まさかあれほど恨まれているとは思わなかった。

 それにジョアンが取った手段にも驚いた。


「あの……。伯爵たちはどうなってしまうのでしょうか?」


 私が気になっていた事を問い掛けると、彼は困った顔で答えを返す。


「伯爵はもともと、彼の(おさ)めている領土内で人身売買、不正な額の税の徴収、国から定められている以上の私兵を(よう)しているなど、様々な疑惑があった。しかし大義名分が無くて本腰を入れた大規模な調査を行えなかったんだ。

 だから今回、彼の娘である伯爵令嬢が俺に執着している事を知っていたから、何か言質(げんち)が取れるのではないかと期待していた。予定していたよりも早かったが、すぐにボロを出してくれたお(かげ)で、迅速に動き出すことが出来た」


「彼女の気持ちを利用したという事ですか?」


「そうだ。彼女自身も、気に入らない使用人を鞭打ちや牢屋に閉じ込めたりするなど、人間を人間として扱わない行動を取っていたと聞いている。どちらにしても、今回の調査で全て明らかになる」


「そうですか……」


 話を聞いている限り今回の出来事は、私から見ても必要な措置だった事は理解できる。


「それと見せしめの意味もあった。もしこれからアイシャに手を出そうとすれば、容赦はしないと他の貴族たちにも思い知らせる必要性があったからな」


 確かに私を見る怨嗟の目は1つや2つでは無かったし、そもそも他の貴族たちも全員納得しているようには見えなかった。

 でもこれで、私は安心してこの城で暮らしていけるかもしれない。


「今日は最後に大変な目に遭わせてしまった。本当にすまなかった。念の為、明日から事態が落ち着くまでの間、俺が護衛も兼ねてアイシャと共に過ごすことになる。とにかく今日はもうゆっくり休んでくれ」


「はい。少し疲れました。今日はお言葉通り休ませて戴きます」


 怒涛(どとう)の1日を過ごした私は、余りにも様々な事が起きた事で頭が疲れ切っていて、今はまともに頭が働きそうになかったので、ジョアンの言葉に従い、就寝するのだった。


 ◆◇◆◇


 次の日。

 朝日の眩しさによって目を覚ました私は、相も変わらず既に起きているジョアンと挨拶を交わし、身支度を整えて彼と朝食を()っていた。


「昨日の件はもう解決したのでしょうか?」


 私の問い掛けた昨日の件とは、伯爵令嬢が私と私の母国に対して暴言を吐き、それを口実に騎士団が伯爵家の領地を調査している事についてだ。


「いや、伯爵の領地は広い。それに、ここからだと多少の距離がある。抵抗にも()うだろう。調査が終わるまで数日から1週間以上は掛かるはずだ。だから昨日も言ったが、事態が落ち着くまでの間、申し訳ないが俺が護衛も兼ねてそばに居る事になる」


「はい。よろしくお願いします」


「そう(かしこ)まらないでくれ。護衛と言っても常に気を張ってる訳じゃない。アイシャが俺から離れた場所に行かなければ、何があろうと君を守り切れる自信も自負(じふ)もある。もっと肩の力を抜いてくれても良い」


 彼の言葉から感じられる途轍もない自信が、緊張して硬直していた私の身体をほぐしていく。


「そういう訳で、俺の午前中の鍛錬も休みだ。午後からの書類の処理まで暇になったから、今日はゆっくりしようか。アイシャはこういう時、どんなことをして時間を潰していたんだ?」


 ジョアンから何気なく問い掛けられて、私は答えに詰まってしまう。

 何故なら私は元居た城の中では友人と言える存在も居なければ、遊び道具もこれといって与えられずに生きて来たからだ。


 だから私にとっての唯一の楽しみは、本を読む事だけだった。


「……すみません。私は本を読む以外に時間の潰し方を知りません」


 しっかりとした答えを返すことが出来ず私が落ち込んでいると、ジョアンは少し驚いた表情をした後、何かに納得したように小さく頷く。


「言われてみれば、俺も16まではチェスくらいしか遊びと呼べるものは知らなかったな」


「ジョアン様もそうなのですか?」


「ああ。俺も勉学や鍛錬ばかりの毎日だったから、遊びを知らなかった。それにこうして午前中だけでもゆったりと出来るのは久しぶりだから、なんだか変な感じがする」


 ジョアンの言っている意味は私にも理解できる。

 これまでずっと休みという休みが無かったから、常に何かしていないと落ち着かないのだ。


「でもチェスを教えても実力差があり過ぎるから、今回はトランプをやろうか」


「トランプですか?」


「そう。ババ抜きやポーカーとかなら、運の要素が強い分、良い勝負ができるだろうからね」


 ババ抜き、ポーカー……。

 そう言えばポーカーという名前なら、お城の中で聞いた事がある気がする。

 でも賭け事か何かだと聞いた覚えもある。


 私はお金を持っていないけれど、出来る遊びなのだろうか?


「じゃあババ抜きから教えようか。1度練習も兼ねて、実際にやりながらにしよう。その方が覚えやすい」


 ジョアンからそう言われて、私はトランプと呼ばれるカードを使った、ババ抜きというゲームを教わった。

 内容は、始めに同数のカードを人数分配り、1枚ずつ相手から抜き取って同じ札があれば捨て、最後にジョーカーを持っている人が負け、というルールだ。


 意外と簡単で、確かにこれなら私も勝てる内容だと思う。


 そして練習ではなく本番を開始する前に、ジョアンが1つ提案してくる。


「ただ勝負するだけだと面白味に欠けるから、勝った方が負けた側に1つ質問できる事にしよう。負けた側は基本的に、質問された事には必ず答えなければならないっていうのはどうかな?」


「分かりました。それで構いません」


 賭けの内容も決まり、私は負けないという決意を新たに、ジョアンから配られたトランプのカードを手元で開く。

 私の手札にジョーカーが無かったことにまずは一安心し、既にペアになっているカードを捨てていく。


 それから何度かジョアンからカードを引いたり引かれたりしていると、私が彼からジョーカーを引いてきてしまった。


 クスッと笑った彼にムッとしながらも、私はどこにジョーカーがあるのか分からないようにシャッフルしてから、ジョアンにカードを引くように促す。


 私の顔色を窺いながらジョアンがカードを物色していると、彼が唐突にクスクスと笑い始める。


「アイシャ。顔の一喜一憂が分かりやす過ぎて、これじゃあゲームにならないよ」


 ジョアンからそう指摘されて、私は恥ずかしさから顔が真っ赤になってしまい、彼に見られないように顔を伏せて、再びカードをシャッフルする。


 今度こそ顔には出さないと、決意を新たに顔を上げ、カードをジョアンに選ぶように促すと、今度は彼がカードを選ぼうとせずに私の顔をジッと見つめてくる。


「あの……。私を見つめるのではなく、カードを選んで貰えたら……」


「そうだった。次はどんな表情を見せてくれるのかと思うと楽しみで、つい顔ばかり見てしまった。すまない」


 歯の浮くようなセリフを微笑みながら言われ、再び顔を真っ赤にしてしまった私を尻目に、彼はカードをなに食わぬ顔で引いてしまう。

 何だか良いように(もてあそ)ばれている気がして、悔しさを感じながらもゲームを続けていると、今度はジョアンがジョーカーを私から引き当てた。


 そして最後まで私は彼からジョーカーを引くこと無く、手持ちのカードが0枚になり、私の勝ちが決定する。


「やった! 私の勝ちですよね!」


 初めてカードゲームをして、初めて勝利して、私はジョアンが目の前に居るのに、はしゃいでしまう。

 温かい目で見てくれていたジョアンの視線に気づいた私は、急に気恥ずかしくなり、またまた顔を赤く染め上げてしまった。


 何だか今日は朝から恥ずかしがってばかりいるような気がする。


「俺の負けだね。じゃあなんでも1つ質問してみて」


 勝者の権利である、答えなければならない質問の権利の行使をジョアンから促され、何を問い掛けるのか考えていなかった私は、少し頭を悩ませる。

 そして1つ聞いてみたかった事を思い出し、それを口にする。


「ジョアン様は2年後に私と別れた後、どうされるのでしょうか?」


「再婚したりするのかってことかい?」


「はい」


 彼の口から発せられた再婚という言葉が、私の心に重くのしかかる。

 それはおそらく、私がまだ数日しか共に過ごしていないのに、彼のことを好きになってしまっているからだろう。


「そうだな。別れた後は、敵対国の王女と政略結婚して、相手国との友好を図るつもりだった(・・・)


「そうですか……」


 ジョアンからの答えを聞いて、私はどうしようもなく落ち込んでしまう。

 もともと私では家の格も含めて、釣り合いが取れないのは分かり切っていた事だ。


 当然の事で、当たり前の事。


 そう何度も自分に言い聞かせて、心を落ち着かせようと努力する。

 その間に、ジョアンが集めたカードをシャッフルし、再び配ってゲームを再開する。


 そして今回のゲームに勝利したのは、ジョアンだった。


「じゃあ今度は俺から1つ質問だ」


 そう言って彼は一度立ち上がり、向かい合って座っていた位置から、私の隣に向かって歩いてくる。

 しかしその途中で、部屋の扉がノックされた。


「入れ」


 即座に仕事モードに切り替えたジョアンが貫禄のある声を出すと、侍女が手紙を持って中に入ってくる。


「ジョアン様に国王様からお手紙です」


 ジョアンは侍女から手紙を受けとると、内容を読み取ると、一言()えて彼女に返す。


「これから届く書類は全てこの部屋に持って来させてくれ」


「かしこまりました」


 ジョアンの命令を承諾した侍女が部屋から出ていくのを見送ると、彼が私に向き直り苦笑する。


「伯爵領の調査資料なんだが、調査が終わった箇所から順次送って来るらしい。今からその最初の書類が届くから、俺からアイシャへの質問は夜にさせてくれ」


「分かりました。書類の処理なら私も手伝います」


「すまない。そうして貰えると助かる」


 申し訳なさそうに謝る彼に、気にしないで欲しいと伝え、私も作業に入る準備を始める。

 結局、いつも定期的に処理している書類もやらなければならなかったので、本当に夜まで事務処理に追われ続けてしまい、約束の夜まであっという間に過ぎ去っていった。


 ◆◇◆◇


 夜になり、夕食を()り終え就寝の準備を終えると、ジョアンが私を呼ぶ。


「アイシャ。俺からの質問。今から聞いても良いかい?」


「はい。どうぞ」


 特に身構える事も無く、どんな質問をされるのだろうと、ぼんやり考えながら彼の言葉に耳を傾ける。

 するとジョアンは、ベッドに腰掛ける私の前で片膝を突いて私の右手を取ると、顔を上げて目線を合わせて来る。


「もし俺が、これからもずっと一緒に居て欲しいって言ったら、君は何て答えてくれるかな?」


 私は最初、彼の言っている事が理解できなくて、事態を飲み込むまで時間が掛かってしまう。

 あまりにも唐突で、あまりにも突然の出来事で、息を飲むことも忘れた私は、とにかく耳にした事が事実かを確認しようと、ジョアンに問い掛ける。


「『ずっと』と言うのは、2年後まででしょうか? それともそれ以降もという事でしょうか?」


「2年後に別れず、俺と本当に結婚して欲しいって事だ」


「でも、貴方は2年後に他国の王女と結婚するつもりだって……」


 そうだ。

 彼は2年後に私と別れた後、他の王女と結婚すると言っていた。

 今日の朝に彼本人から聞いていた話だ。


 私の聞き間違いとは思えない。

 もし私をからかっているなら、何て残酷な仕打ちなんだろう。


「確かに『2年後に別れた後、俺は敵対国の王女と政略結婚して、相手国との友好を図るつもりだった(・・・)』と、今日の朝に言った。けれどそれは過去形だ。この数日間で、俺の心は君に(とら)われてしまった。もう君以外と結婚するつもりは無い」


 ジョアンから言われて、私は朝の彼の言葉を思い出す。

 確かに彼は、『だった』という言葉を使っていた。

 つまりあの時から遠回しに、私に伝えていたのだ。


 もう2年後に別れるつもりは無いのだと。


「私は、今からも、これからも、貴方と一緒に居る事が出来るのですか?」


「ああ」


「誰とも分からない人の所へ行かされる事は無いのですか?」


「ああ」


「ずっとずっと、私を(そば)に置いていてくれますか?」


「ああ。誓おう。絶対に君を離しはしないと」


 少しずつ少しずつ、彼の言葉が私の心に入り込んで来て、だんだんと今まで我慢していた物が(こぼ)れ落ちて行く。

 そして私はとうとう、せき止めていた心のダムが決壊し、涙と共に言葉が(あふ)れ出してしまう。


「怖かったんです! ずっとずっと怖かったんです! 2年後にまた国に戻されると聞いて。私はまた誰かと結婚させられるんだと思って。そしたら、今度こそ怖い人と結婚生活を送る事になるかもしれないって!」


 私が涙を流しているのを見て立ち上がった彼が、私を抱きしめてくれる。

 私は彼の胸板に顔を(うず)めながら、ありったけの思いを口にする。


「それに、貴方(あなた)と別れたくなかった。私に優しく接し、守ってくれる貴方の事が、好きになってしまったからです!」


「俺も一生懸命で純粋で、心配性だけど行動力のある君が好きになっていた」


 ジョアンから私の好きな部分を言って貰えて、本当に彼が私を見てくれていたんだと思い、心が温かくなる。


「嬉しいです。もっと私に、色々な事を教えて下さい。私の知らない事をたくさん」


「もちろんだ。色んな場所を一緒に見に行って、色んな事を一緒に見聞きしよう。この世界は広い。死ぬまでに、どれだけ一緒に見て回れるかな?」


「私たちが死ぬまでに見切れないくらいあるのですか?」


「もちろん。俺たちなんて、この世界の広さと比べたら、夜空を(いろど)る小さな星の1つみたいな物だよ。でも、そんな世界で俺たちは出会う事が出来た」


 そう言われてみると、何だか奇跡のような気になって来るから不思議だ。

 でも奇跡でも何でも、もう出会えたのだから、どっちだって良い。


 もう出会ってしまった事実を消せないように、私が彼の事を好きになってしまった事実も消すことは出来ない。


 今まで悲しくて泣いたことはあっても、嬉しくて涙を流したことは無かった。

 それに、誰かの胸の中で泣いたのも、誰かに抱きしめられたのも、母が死んで以来だ。


 私は忘れていた(ぬく)もりを感じながら、彼の胸の中で泣き疲れて、いつの間にか眠りに就いてしまうのだった。


















『2年後に別れる彼との温かな結婚生活』完結です。

 読んでくださり、ありがとうございました。






 『孤高の青年は飽くなき強さを追い求めるースキル・メイク・オンラインー』という作品を執筆し、集英社のダッシュエックス文庫から書籍化済みで販売中です。

 以前、小説家になろうに投稿していて、売れなかった作品です。VRゲームが題材の小説で、男主人公がメインの3人称で書かれています。購入する際は、お気を付けください。


 下記の表紙を押すとリンクへ飛びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
ナニあったのか、その『敵対国の王女』が、 駆け落ちしたとか?続編に書いて頂けると、 。゜(゜´ω`゜)゜。嬉し泣きしましょう。 主人公「おじさんの嬉し泣きなんて誰特なの?」 ヒド。
2人の今後の話をもっと読みたいです!!
素敵な作品をありがとうございます! 主人公二人の心の機微をもっと読みたいです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ