5 イグニス山
イグニス山はメメント森よりはるかに強力なモンスターが待ち構えている。
敵はすべてアクティブ(積極的に攻撃してくる)なので、オリゴから一直線にきたプレイヤーは大体ここで初めての死を迎えることになる。
もちろんメメント森でレベルを上げ、ウェスペルで装備を整えた俺にとっては問題ない。
ワイルドベアを倒しつつ進んでいくと、遠距離攻撃の飛剣を習得した。
剣士は魔法使いに比べて遠距離攻撃や範囲攻撃に乏しいため、重宝するだろう。
頂上付近でガノンを見つけた。
老体とは思えないほどのド派手な技を繰り出しながら、グリズリーをなぎ倒している。
しかし、さすがに年には勝てないようで、汗だくで息が上がっている。
ちょうどその時、死角からグリズリーがガノンを襲おうとしているのが見えた。
俺は反射的に、覚えたてほやほやの飛剣を放った。
が、振りかぶったドラゴンスピアが手からすっぽ抜けて、そのまま投げ飛ばしてしまった。
不幸中の幸いか、ドラゴンスピアはグリズリーの脳天に突き刺さり、倒すことができた。
「おぉ若いの! 助かった」
「いえいえ。せっかくなので休憩ポイントで休みませんか」
ガノンはグリズリーに刺さったドラゴンスピアに目をやった。
「なるほどのう。休憩ポイントで話すとするか」
岩に腰掛けガノンが口を開いた。
「連れ戻しにきたってわけかい」
「そうですね。奥さんが心配していますし」
この頑固親父を説得するにはどのくらい時間がかかるだろうか。
「それもそうだな。帰るとするか」
「え!? そんなあっさり」
「さっき助けられて悟ったわい」
「それに、ドラゴンスピアを完成させんといかんしな」
そのまま休憩ポイントにあるワープを使ってウェスペルに戻ってきた。
「あなた、おかえりなさい」
「心配かけたのう。ダンジョンはたまにで十分じゃ」
そう言うとドラゴンスピアを錬成し始めた。
「旅の方、本当にありがとうございました。お礼がしたいので今晩泊っていってくださいな」
先を急ぎたい気持ちとは裏腹に、疲労がかなりたまっている。
ここはお言葉に甘えておこう。
ガノンの妻の手料理と温かい湯船につかって疲れを癒した。
そして翌朝。
「これを持っていきなさい」
ガノンから、完成したドラゴンスピアを受け取った。
「ずっと錬成されていたんですか? ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
「お主は命の恩人だからのう」
がっはっはと笑いながら工房へと消えていった。
「また修理や強化でいらしてくださいね」
「はい。また来ます」
「サービス終了が決まって、やけになって悪いことしてる人もいるみたいだから、くれぐれも気を付けてね」
NPCたちにも変化が起こっているのだろう。
20年もプレイしていたんだ。
愛着のあるこのゲームが混沌としていくのは悲しい。
『サブクエストをクリアしました。』
アナウンスとともに金貨300,000ゴールド、経験値10,000ポイント、1,000ダイヤが現れた。
メインクエスト並の報酬に驚いたが、中でも1,000ダイヤは破格だ。
ダイヤは通称課金石と呼ばれ、リアルマネーで購入するものであり、ゲーム内で配られることは滅多にない。
王道な使い道は経験値アップ、ドロップ率アップ、装備ガチャだが、俺は女神のメガホンを購入した。
女神のメガホンは全サーバーの全プレイヤーに表示されるチャットである。
『みんな聞いてくれ。いきなりサービス終了が決まって混乱していると思う。俺だってそうだった。でも自暴自棄にならずに、もうちょっとだけ我慢してくれないか。俺がなんとかしてみせる。だから、俺の好きなゲームのままでいてほしいんだ。』
女神のメガホンで思いのたけを叫んだ。
これで世界が変わるかは分からない。
解決策だって見つかっていない。
それでも、いてもたってもいられなかった。
ガノンの妻の温かい拍手が響いた。