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第九十一話 黒狼族の定め



「まさか……貴女がローザさんの……」


 目の前に立つ、暴力的な美と圧倒的な力を併せ持つ女性騎士、ロザリア・ヴァンガード。彼女の祖母は、僕がいろいろと世話になった武器商人ローザだった。孫である彼女の強さは、あのリサメイやアルテシアをも圧倒したローザを思えば納得もいく。まさしくチカラの血脈を感じるふたりの関係に、まだ他にも恐ろしい親族が出て来ないことを祈るばかりだ。


 王国騎士団副団長の肩書を持ちながら、あのローザと同じく武器商人の一面もあるロザリア。どちらが本業なのか定かではないが、騎士たちの会話を信じれば、後者が本業なのかもしれない。


「そうだ。驚くのはいいが、さっさと表に出るぞ。こんな場所にいつまでも居ては、金にもならんからな」


 商人らしい言葉だった。

 ロザリアが武器商人とわかれば、バートンに言っていた請求の意味も理解出来る。この世界に似た言葉があるのか知らないが、まさに()()()()()を地で行くタイプらしい。彼女なら本当にバートンに請求しそうだ。


「主……大丈夫なのか。この人について行って」


 パニシャが僕の裾を引っ張り、小声で語りかける。

 ロザリアの正体がわからなかったときは正直不安だったが、今は問題ない。パニシャには僕の仕事の依頼主だったと説明すると、ようやく納得したのか、うしろへと引き下がった。


「皇子さま。僕たちもご一緒して良いのですか」

「ううっ。あの人すごく怖いんですけど……」


「父上よりも強い人を初めて見たぞ」

「お前の父親と比べるまでもないぞ」


 突然、他の四人が僕に群がる。

 パニシャが彼女たちにちゃんと伝えないせいで、僕に直接尋ねに来たようだ。皇子とはどういう意味なのか不明だが、とにかく適当に彼女たちにも大丈夫だと説明すると、またパニシャの従者のようにして、あとをついて来るようになった。


 そしてそのまま、詰所の中央を走る大きな通路を抜け、僕らはロザリアに導かれるまま、表へと出て行く。詰所の入り口には依然として多くの人々が群がっていたが、彼女の姿を見ると、その美しさに惚けてしまったのか、間違っても直訴に走るような、命知らずは出て来なかった。


「ヨースケさんっ!!」


 外に出た僕を、真っ先に見つけたアルテシアが声をあげる。こちらに駆け寄って来る彼女に、手を上げて応えると、心配そうな顔の彼女が僕の前に立つなり両手を握られる。


「良かった。あまりにも時間がかかっているので心配しました」

「ごめん。実は――」


 心配をかけたのはわかっているが、隣に立つロザリアとの関係を理解してもらう前に、一応なかでの出来事を話すべきだと思い、順を追って皆に説明した。


「そ、そうですか。なかでそんなことが……」

「へえ。お姉さんが助けてくれたんだあ。マジ感謝!」


「あっはっは。主さんはどこでもいろいろと面倒を起こすなあ! さすがに今回は驚いたぞ」

「ホントだよ。ヨースケのトラブル運て、どうなってんだよ……」


「ヨースケ様。よくご無事で……」

「これがお前の仲間か。多種多様で面白い面子だな」


 それぞれが反応を示すなか、遠巻きにこちらを見ている白狼族たちに気付く。僕と目が合うと、こちらに手招きをするので、他の仲間をそこに置いて彼らの下へ向かう。


「どうしたのさ。ジェイやキースまでそんな隅に居て」


 慎重な面持ちで僕を迎える四人。

 ロックやリュークはともかく、話に加わるのが好きな、ジェイやキースまでもがそんな雰囲気だったため、理由を尋ねる。


「あ、あの……兄貴と一緒に詰所から出てきたあの黒狼族の子供。どうして首輪なんか着けちまってるんです」


 チラチラと僕のうしろに視線を送るロック。

 そう言えば黒狼族の子供たちなら、彼らが知っているのは当然だ。うしろを振り向くと、詰所の入り口付近で戸惑うパニシャたちを見つける。きっと周りが人族だらけなので、驚いているのだろう。そして、それをしきりと気に掛ける彼に、もしやと思い、彼に尋ね返す。


「あ、あのさ。あの子たちって、まさか黒狼族の偉い人の子供……とか?」

「「「「――!!」」」」


 ビンゴだったようだ。

 僕の言葉に全員の尻尾が大きく反応し、パニシャたちが要人の子女だったことが明らかになった。


「で、いったい誰の子供たちなの? いや、パニシャの方か」

「……」


 答えにくい質問だったのか、ロックが黙り込む。

 そんな彼に代わり、ため息をひとつ吐いたリュークが質問に答えてくれた。


「パニシャ様は亡き黒狼族の統領のひとり娘です」

「えっ!」


 本日三度目というわけにはいかなかった。

 驚きよりも、気まずさが勝っていた。元はと言えば僕らとロックたちのいざこざが原因となり、王国騎士団セナをも巻き込んだ騒動に発展した、黒狼族同士の紛争。


 今は亡き統領とレイウォルド氏の確執に僕らが首を突っ込まなければ、歴史は変わったかもしれないが、ここまで大事にはなっていなかっただろう。その果てに父親を殺され、人族の住む王都の詰所に幽閉されていたパニシャ。


 成り行きとは言え、彼女たちを奴隷にしてしまったことは、ロックたちの心にもさまざまな影響を与えてしまったに違いない。


「ごめん、みんな。僕は何も考えずに彼女たちを……」

「いや兄貴。兄貴は別に悪くねえ。あれは統領の判断だったし、俺たちは俺たちの本能に従ったまでだ。その結果、一族が滅びかけたとしても、それは定めだったんだ。誰にも文句は言えねえよ」


「キース……」

「我々はすでに一族を捨てた身。そして新たに白狼族として一から出直すのです。もう過去のことは振り返りません。お嬢には申し訳ないのですが、こればかりは運命としか……」


 キースやリュークが僕を擁護してくれるが、どうしてもパニシャに対しては、引け目を感じずにはいられなかった。もし自分の父親の死に、主と認めた男が関係していたと知ったら、彼女はどう思うのか。


「おい主。なんかこいつらから、俺の知っているニオイがするんだけど」

「パ、パニシャ!?」


 突然うしろからパニシャが現れた。

 僕を含め、白狼族たちも驚いている。


「うーん。どこで嗅いだ匂いだ。俺はお前らみたいな人獣を知らないのに」

「えっと。あのさ、パニシャ。これには深いわけ――」


「ああっ!! に、兄様!? リュー兄様あぁ!!」

「えっ!?」


 パニシャに理由を話そうとしたとき、うしろから大声で騒ぐ者が。見れば彼女の取り巻きのひとりで、やたらと半べそをかいていた少女だった。白狼族となったリュークを指差し、お兄様と呼ぶ彼女に、頭を抱えるリューク。


「兄様ですよね!? いったいどうなされたんですか! そのお姿」

「……くっ」


 リュークに纏わりつく少女。

 知らぬふりをしようとするも、何度もお兄様呼ばわりするため、ロックたちがヤキモキしている。ふと、パニシャのほうを見れば、すでに彼女も事の重大さに築いたのか、ワナワナと体を震わせ、彼らを睨んでいた。


「パ、パニシーー」

「お前らあああっっ!! 冒険者になった四人組じゃねーか!! なんだその恰好はああ!?」


 やはりバレた。

 全身の毛を逆立て、ロックたちに詰め寄るパニシャ。小さな手に胸倉を掴まれ、困惑するロックを始め、周りのメンバーも顔をしかめている。


「チルチル。お前は少し下がっていなさい」

「に、兄様、私が邪魔なのですか……グスン」


 またも半べそをかく妹に頭を悩ます兄リューク。

 仕方なく傍に置き、彼が僕に向かって頭を深く下げる。


「申し訳ございません、主さま。彼女は私の末の妹でして。まさかこのような子供が、主さまのお手つきに――」

「違うから! 違うからね!? リューク!!」


 リュークが変な勘違いをしているようだ。

 そんな彼に全力で否定し、未だ一方的に責められているロックの方を、先になだめにかかる。


「パニシャ。もうそろそろロックたちを許してあげないか」

「いいや主! こいつらはうちの親父が一大事のときに、その場にいなかった忠誠心のない奴らだ! ここで簡単に許せば、亡き親父も浮かばれねえ!」


「悪いのは彼らではありません」

「ア、アルテシア!?」


 今にもロックをかぎ爪で引き裂こうとするパニシャ。そんな彼女に対し、アルテシアが言葉を挟んだ。


「な、なんだお前」

「あなたのお父上をペイルバインで倒した者です」


「――!!」

「アルテシアの姐御……」


 アルテシアの告白に驚くパニシャ。

 だが、アルテシアは正直に彼女に打ち明けた。ペイルバインでの出来事。それにここまでの道中で起きた戦いを含め、全てを包み隠さずに説明するアルテシアの言葉を、じっと黙って聞くパニシャ。


「あなたのお父上だけではなく、そこの四人も私が倒したことで、黒狼族のすべてが狂ってしまいました。もしあなたに許せない気持ちがあるのなら、それは私に向けてください」

「――っ!」


 毅然とした態度でパニシャに臨むアルテシア。

 僕は恥ずかしかった。なんでこうもっと堂々と、パニシャに話さなかったんだろうか。コソコソと誤魔化すようにしていた自分たちを恥じたのか、僕だけではなく、白狼族たちも黙って俯いている。


 騎士としての義務、アルテシア自身の誠実さに打たれ、パニシャまでもが黙り込んでしまった。行き場のない怒りがあるはずなのに、それをどうにも出来ない少女の苦悩を、ゆっくりと僕の騎士は溶かしていった。


「わかった」


 突然パニシャが口を開く。

 その言葉に続けて、彼女は言った。


「もういい。俺もちょっとムカついただけだし、そこまで親父が好きじゃない。ただ、こいつらがなんでこんなになっちまったのか知らないけど、自分たちだけ黒狼族とは関係ないみたいな顔だったんでつい……」

「ご、ごめん、パニシャ。彼らをこんな姿にしたのは僕なんだ」


「――!! な、なんだって? あ、主が!?」


 思わずパニシャに打ち明けてしまった。

 どうやって? と彼女が僕に尋ねなかったのは、【リセット】を経験した彼女にはなんとなく理解できていたのかもしれない。それよりも僕に詰め寄る彼女に圧倒される。


「主、わかっているのか!? 獣人にとって種族を捨てるって意味が! 主がこいつらをこんなにしたって言うのなら、主にもそれ相応の責任を――」


 僕の胸元を掴み、憤るパニシャ。

 彼らの種族に対する考えは僕の想像以上のものだったらしい。黙って彼女の責めを受ける僕と彼女のあいだに、突然ロックたちが割り込んだ。


「すみません、お嬢! 俺たちにも俺たちの事情がありまして――」

「お嬢さま。責めるなら我々を! 主さまたちに罪はありません!」


「元々俺たちがやったことが原因なんだ。お嬢が怒るなら俺たちを怒ってくれ!」

「この姿が気に入らないのなら、俺たちは二度とお嬢の前には顔を出さない! だから兄貴や姐御たちを責めないでやってくれ!」


「お、お前ら……」


 口々に僕らを擁護する白狼族たち。

 彼らの言葉の前に戸惑うパニシャ。このまま和解へと進もうかという雰囲気のなか、じっと僕らの会話を聞いていたロザリアが、口を挟んだ。


「黒狼族の娘よ、そこまでにしとけ。これ以上私に時間を取らせるな。それとヨースケ、お前もだ。早く依頼の話がしたい。早急にここの連中を連れて私の店に来い」

「わ、わかった……もうしない」


「わ、わかりました。じ、じゃあみんな行こうか……はは」


 恐ろしい気迫を込めて僕らを急かすロザリアに、僕らは反論する気も起らなかった。とりあえず彼女の用件が済んでから改めて話すしかない。



 ロザリアの案内で、僕らは彼女の店へと向かうことになった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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