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第九十話  ロザリア・ヴァンガード



「えっと……それはどういう……」


 突然牢獄を出ろという女性騎士の言葉。

 彼女にそんな権限があるのかわからない以上、下手にここを出るわけにはいかない。もしあの衛兵に見つかれば、全員がパニシャのような目にあってしまう。これはもしかして罠か。そんな考えが頭をよぎるなか、黙ったままの僕に、焦れたような声で彼女が問いかけた。


「どうした。出たくないのか」


 呆れたようすで腕組をする女性騎士。

 彼女は簡単そうに言うが、そもそも鍵も持たずに出ろということ自体無茶苦茶だ。それに僕を連れ出せば、必然的に奴隷になったばかりの黒狼族の子供たちも付いて来る。何の理由で彼らが捕まっているのかもわからないのに、全員がぞろぞろと牢獄から出て良いものなのか。


 いつまでもその場を動かない僕に、女性騎士は言った。


「おっと……済まない。私としたことが、つい失念していた」

「「「いいっ!?」」」


 牢獄に響く声と騒音。

 女性騎士の突然の行動に、誰もが驚愕する。

 

 彼女がそっと手をかざし、鉄格子に触れると、まるでカーテンを開けるかのように鉄格子全体を横にスライドさせ、幾本もの鉄の棒を一瞬にしてねじ切った。


 美貌だけではなく、剛力まで兼ね備えた女性騎士。

 彼女は美女であり、野獣でもあった。


「これで良かろう」


 自分がなぎ倒した鉄格子を気にすることなく、何食わぬ顔で僕らに近寄る女性騎士に、全員が一歩あとずさる。ふと見れば、黒狼族の子供たちは、パニシャを含め全員の尻尾が丸まっていた。


 彼女を前に怖気づいたのか、子供たちは全員直立不動のまま微動だにしない。僕ももちろん驚いているが、人族の圧倒的強者を知り、皆が皆、なみだ目で怯えている。


 しかし、これほど強い人がここから出ろと言うなら話は別だ。きっと騎士団の方へも、強引に働きかけてくれるに違いない。そう思うと、少し気が楽になった。


「ん。なんだ、この子供たちは。お前が奴隷にしたのか」

「え? あ、はい。な、成り行き上……って、え? どうしてそれを……」


 牢屋の敷地内に入った女性騎士が、今更気付いたのか、パニシャたちをジロリと睨む。そして、彼らの首元にある【赤い絆】を一瞥し、なぜか僕の奴隷だと見抜いた。


「お前が奴隷ディーラーであることは知っている。仕方がない。貴様らもついて来るがいい」

「「「ひいいぃぃ」」」


 僕の正体を知る女性騎士。

 そんな彼女に僕と一緒に牢屋を出ることを認められた少年たちは、それを喜ぶどころか、まるで処刑台へと送られるような悲痛な声をあげる。いくらなんでも失礼だと思うが、彼らの立場なら仕方がない。


 それにしても謎だらけだ。

 彼女はいったい何者なんだ。僕の正体を知り、そして牢獄に入れられた僕を、こうしてわざわざ助けに来た。まさかアルテシアたちが? だがここまで状況を理解するには早すぎる。まだ僕がここに囚われてからたいして時間も経っていない。


 どのみち彼女について行くしかないのか。

 鉄格子がなぎ倒された状態の牢獄で、このままじっとしていても衛兵に疑われるだけだ。それなら彼女について行った方が何倍も安全だろう。いろいろと考えた結果、僕は女性騎士を選んだ。


「パニシャ。行こう」

「えっ! 主、本気か!?」


 不安そうなパニシャに手をさしのべ、女性騎士と共に行くことを勧める。しかし彼は僕の手をじっと見つめ、その手を取るかどうか決断しかねているようすだ。


「どうした? 私は別にどちらでもいいのだぞ」

「えっと、すみません。少し待ってもらえますか」


 女性騎士は特にどちらでもいいようだ。 

 そんな彼女に時間をもらうが、パニシャは依然として僕の手を取ることに躊躇している。やはりダメなのか。人族に捕まった彼らは、僕ら人族を信用はしていないはず、いくら奴隷になったとはいえ、会ったばかりの奴隷ディーラーについて行くのは気が咎めるのだろう。


 ここに置いて行くことも出来るが、それだと彼の傷が治ったことを説明出来る者がいない。再び奴らに殺されることなど、絶対にあってはならないんだ。


 じっとパニシャの決断を待つ。

 僕の目を見つめる彼は、少し考え込むために視線を逸らす。周囲の仲間たちも、彼の決断に自分たちの運命がかかっているのか、グッと息を呑んで答えを待っていた。そして、


「わかった。俺たちはついてくよ。だって主の奴隷だし」

「ありがとう。パニシャ」


 決心した顔のパニシャは僕の手を取った。

 そして女性騎士の方を振り返る。


「俺もついて行く。頼む!」


 パニシャが恐怖を押して女性騎士に告げる。それを聞き入れた女性騎士は「ふむ。女の決意を感じるぞ」と、ニヤリと笑った。そう、女性騎士の言う通り、僕もパニシャの言葉に女としてのけつ――


「いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっっっっ!?」 

「うるさいぞ、ヨースケ。そんな大声出さんともちゃんと聞こえるわ」


「主。俺たち獣人族だから、そんな大声出されると耳が痛いんだけど……」

「ご、ごめん。ち、ちょっとビックリしてと言うか、女の子だって知らなくて……」


「むっ。ちょっとそれ、ひどくないか? 主……」

「あ……」


 迂闊な事を言ってしまった。

 少し牙を出して怒った表情のパニシャと、その従者たちの視線が怖い。そんな彼女たちに慌てて謝罪をし、なんとか許しを得たが……。


 いや実際、今日一番驚いた案件だ。

 パニシャが女の子だったとは。


 女性騎士が言わなければ、きっと僕は一生気付くことはなかっただろう。獣人族は見た目が獣だから、性別は声ぐらいでしか判断出来ない。


 しかしパニシャたちはまだ子供だ。声変わりしていない上に、彼――いや、彼女自身が自分を【俺】と称しているせいで、すっかり同性だと勘違いしていた。うーん。なんか前にも同じことがあったな。あ、ゼノのときか。


「くくく……なんだ、そんなことも気付かなかったのか」

「わ、わかりませんよ! でも貴女は何で……」


 女性騎士の揶揄いに反論するが、それよりも気になることがあったので途中で言葉を呑んだ。


 それは、なぜ女性騎士が獣人族の子供の性別を、こうも簡単に見分けることが出来たのかだ。魔眼とか鑑定のスキル持ちとか言われたらお手上げだけど、それ以外に方法があるのなら、ぜひそれをご教授いただきたい。


「なあに。私は仕事柄、獣人族たちの情報を取り扱っているから、人より少し詳しいだけだ」

「そ、そうで……すか……」


 納得したいが納得して良いものなのか。

 よくわからない煙に巻かれたような答えに、なんともしっくりとこない部分を感じるが、あまりしつこくすると怖いので、これ以上の追及は止めにする。


 そう思いとどめ、チラリとなぎ倒された鉄格子の残骸に目をやる。無残にも破壊された鉄の棒と、目の前の女性騎士を交互に見ると、それに気付いた彼女は小首をかしげるが、こちらの真意はわからないようだ。


「ごめん、パニシャ。僕はキミのこと……」

「俺は女だけど、人族から見たらわからないんだよな。主のせいじゃないよ」


 パニシャの気遣いがありがたい。

 だがニコリと牙を見せて笑う彼女に、まさかのダメだしの一撃を喰らう。


「あ。うしろの奴らも全員女だから」



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「なっ! 貴様ら、いったいどうやって……!?」


 階段を上がるなり先の衛兵が声をあげる。

 もしかして上ではまったく話が通っていないのか。明らかに僕らが脱獄したと勘違いした衛兵たちがこちらへ向かって来る。しかし女性騎士はそれを無視して、颯爽と薄紫のコートをひるがえしながら出口へと進む。いや、これはマズい。


「貴様か! こいつらの脱獄を手引きしたのは!」


 衛兵のひとりが女性騎士を呼び止める。

 彼らにやめた方がいいと言いそうになった。衛兵に適う相手ではないと思ったからだ。しかし、そんなことお構いなしに衛兵たちは彼女を取り囲む。そして衛兵ふたりが同時に前を進む彼女の肩を掴んだ瞬間、衛兵たちは左右の壁にめり込んだ。


「ほら。早く行くぞ」


 女性騎士にとっては、奴らも鉄格子も変わりはないらしい。まるで気にも留めず、僕たちを急かす彼女。命に別状はないと思うが、一応奴らの無事を確認する。


 やはりさきほどの騒音を聞きつけたのか、即座に大勢の騎士たちが僕らを取り囲んだ。


「あ、貴女は……」


 そのなかにはあの所長バートンとアインが。

 特にバートンは彼女を知っていたのか、声を上げたとたん、しまったという風な顔になり、それを目ざとく見つけた女性騎士が奴に近寄る。


「貴様がこの詰所の所長だったか」

「え、いや、あの……」


 女性騎士に詰め寄られ、狼狽えるバートン。

 彼女の視線から目を晒すが、追ってその先に立ちはだかられてしまう。


「貴様! うちの所長にその態度はなんだ!!」

「ば、馬鹿者! よさ――」


「「「「うわああ!!」」」」


 そこへ若き騎士たち数名が女性騎士に詰め寄る。

 当然なかにはあのアインという騎士も含まれていた。彼らは彼女の肩を掴み、バートンから引き離そうとするも、アインを含めた数名の騎士たちは、彼女によってあっという間に蹴散らされてしまった。それもとっさに止めようとした所長の呼びかけが終わる前に。


 これは由々しき事態だと判断した騎士たちが、バートンを救うべく剣を構える。それを見て一気に顔色の変わるバートン。


「貴様ら!! このお方を誰だと思っておるのだ! いくら知らぬとは言え、騎士のいで立ちで変だと思わないのか!!」


 バートンの怒声に騎士たちが動揺する。

 敵ではなく同じ騎士だとはわかっているが、自分たちの所長を助けるために立ち上がったという意志を、当の本人に否定されてしまい、全員が剣を下ろす。


「よく躾けているな。所長よ」

「いえ……申し訳ございません」


「しょ、所長! だ、誰なんです。この女……」


 さきほど一蹴されたアインが、這いつくばりながらも全員の疑問を代弁する。それは女性騎士と共に行動をしていた僕らも同じだった。


「……このお方こそ、我々騎士団の副団長である、ロザリア・ヴァンガード卿だ」

「「「――!!」」」


 全員が固まる。

 いや、それがおかしいことをわかっているのは僕だけか。彼らは全員が騎士団の一員だ。なのにその騎士団で二番目に偉い副団長を知らないとは、いったいどういうことなんだ。


 そして、そんな騎士団の副団長だったロザリアに、突然保護された僕らはどうなるのか。隣に立つパニシャもそれを感じたのか、僕の袖をぎゅっと握る。


「ふ、副団長と言えば、まったく我々の前にお姿を現さないと言う、あの?」


 アインがその答えを明かしてくれた。

 彼らもロザリアの存在自体は認識していたが、実際に誰も見たことがなかったのだ。それならこれまでの行為は納得出来る。そして、それと同時に、彼女の正体を知った騎士たちが一斉に膝をついた。


「「申し訳ございませんでした!!」」


 騎士たちがロザリアに謝罪する。

 副団長を狼藉者扱いしたのだ。普通なら厳罰ものだろう。まあ実際彼女のやっていることは、狼藉者そのものだったが。


「まあいい。私もお前たちの顔を知らぬ。お互いさまだ」


 副団長としてはいささか問題発言であるが、あまり気にしない性格なのか、規律に厳しい騎士団かと思いきや、意外に彼女はそうでもなかったらしい。俯いたままホッとする団員たち。彼らは辛うじて不問になったようだ。


 だが、バートンの顔は依然青いままだ。

 奴にはそれ以上の責任があったのか、ロザリアの不問にも顔色を変えず、険しい表情を浮かべる。


「さて所長。貴様、私の知らない間に、ずいぶんと詰所をいじったようだな」

「……」


「詰所には国民の嘆願書箱があったはず。それを排除し、直接直訴に来た人々をことごとく無視。挙句の果てには、逆らう者を勝手に作った地下牢獄へと放り込む。これはどういうことだ? 騎士バートン・ジェイレナム」


 ロザリアの問いかけに、まったく反論出来ないバートン。まるで子供が叱られたように俯き、だんまりを決め込む。そんな彼に、軽いため息をつく彼女。


「まあいい。黙っているのならそれで構わん。ただし貴様の所長職は今ここで罷免する。いいな」

「――っ!」


 罷免と言う言葉を聞いたとたん、逸らしていた視線をロザリアへと向けたバートン。自分の怠慢と非道を棚に上げ、恨みの籠った目で彼女を睨む。


「なんだ? 申し立てがあるのならここで言え。私はこれでも忙しいのだ」

「副団長とは言え、姿も見せず、騎士団の職務を全うしないという噂のお前に、私のことをとやかく言う資格はない! 訂正しろ! この守銭奴め!!」


「「「――!!」」」


 腰の剣を抜き、ロザリアを威嚇するバートン。彼の反乱によるいきなりの修羅場に、僕らはともかく他の騎士たちの緊張感も高まる。


「……それが貴様の答えか」

「うるさいっ!!」


「「「ああっ!!」」」


 静かに語るロザリアに、逆上した所長の剣が振り下ろされる。全員が声を上げるなか、バートンの放つ剣が彼女の目前へと迫った瞬間、


「ぎゃあああ!!!」


 声を上げたのはバートンの方だった。

 ロザリアが振り下ろされた剣ごと、奴の腕を叩き折ったのだ。剣は確かに彼女に当たったと誰しもが思ったはず。だが、即座に繰り出された彼女の拳は、剣を砕き、奴の腕をも砕いた。


 砕かれた腕を押さえ、悶絶するバートン。

 シンとした詰所内に奴の叫びだけが響く。

 それを黙って見据えるロザリアが言った。


「はあ。私に手間をかけたさせた分、あとで貴様の家に()()()()()()


 意味のわからない言葉をバートンに浴びせ、ロザリアはふと僕らに振り返る。


「どうした。行くぞ」

「……」


 これだけのことが起きたにも関わらず、まだ平然としたようすのロザリアは、僕らを外へと連れ出そうと声をかけて来る。戸惑うままの僕やパニシャたち。周りの騎士たちの視線を浴びるなか、僕は彼女に言葉を返す。


「え? いや、あ、あの……ロ、ロザリアさん……ぼ、僕らはいったいどこへ……」


 副団長とわかったロザリアの正体。

 彼女が僕を保護した理由がわからず、思い切ってそれを尋ねた。


 気だるい目で僕を見つめるロザリアが、面倒くさそうに答える。


「……私の祖母はローザ・ヴァンガード。これでわかるだろう」

「――! えっ……ええええええっっっ!?」



 僕は本日二回目の驚きを経験した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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