第八十八話 王都到着
「もうすぐ西門だ」
御者台からのペイトンの声。
それに応じて、全員が前を向く。
遠くに見えるのは外壁か。
まだ王都までは結構な距離なはず。なのにもう外壁や、そのうしろに見える小さな建物が見えるのは、王都がそれだけ巨大だということだろう。初めてそれを見る者たちは、興味津々で王都を眺め、何度も訪れている者は、やっと着いたという安堵の息をもらす。
「マジで誰!? って感じだよね」
「……だね」
ジーナがそんな言葉をつぶやく。
彼女の視線の先には、【神の呪い】を解かれた黒狼族たちが。荷馬車から外れた馬たちを駆る彼らは、白銀の髪と尻尾を揺らしながら、王都の方角をじっと見つめている。
彼らはリサメイと同じく、容姿端麗な人獣といった風に変貌した。全員がカッコイイという奇跡に、ジーナも相当に驚いたようだ。今言った言葉はそういう意味を含めている。
そんな彼らは、自分たちが黒狼族であったことを隠すため、それぞれの呼び名を変えた。獣人族の習わしである、同じ言葉を連続する名称を捨て、ロック、リューク、ジェイ、キースと言った風にお互いの名前をそう呼び合うことにしたのだ。この唐突すぎる彼らの呼び名変更は、なんとリサメイが提案。それには彼らを徹底して黒狼族の追手から遠ざけるといった意味合いを含めており、同時に周囲に迷惑をかけないようにするためだと彼女は明言した。
この先の王都にて彼らをローザの孫という人に引き渡す際、そのあたりのことを僕が心配すると思ったのだろう、後顧の憂いを断つかのごとく、リサメイなりに考えた配慮に対し、彼女の僕に対する想いの強さを感じずにはいられない。
黒狼族改め、白狼族となった四人。
短髪で無骨な武人風のイメージになったロック。まるでエルフのような容姿になり、白銀の長髪と聡明な雰囲気を持つリューク。盗賊にしてはずいぶんとチャラくなってしまった、イケメン優男風キース。そして、他のメンバーに比べ、若干背の低さを気にしていたジェイは、残念ながら身長まで進化することはなかったが、それなりにカッコイイ双剣使いへと様変わりした。
「ひひひ。おいジェイジ……チッ、まだ慣れねえ。おいジェイ! 残念だったな。せっかく白狼族になったのにチビのままでよ」
「うるせえ。俺はこれでも人族と比べりゃ普通なんだよ! デカすぎる黒狼族のなかではちょっと小さいだけだ!」
「はあ……やめろ。キース」
「ホントにお前たちときたら……」
荷馬車の前でキースとジェイがじゃれ合う。
そんなふたりにロックやリュークが呆れている。
「まあ、中身は変わってないみたいだけどね」
「マジでそこが残念なところだよね」
僕とジーナの意見が一致した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なあ。いつまでかかるんだ? これ」
すっかり退屈したようすのリサメイが、馬上から愚痴をこぼしている。僕らも同じ気分なので何とも返答に困る。
あれからしばらくして王都の外壁にたどり着いた。
着いたはいいが、そこからが問題だった。ペイルバインではペイトンの所属する御者ギルドの特典によってスムーズに街を出ることが出来た。だがさすがに王都ではそうもいかず、こうして荷馬車の渋滞に巻き込まれている。門まであと少しなのだけれど、これがなかなか進まない。
ロジやジーナは退屈のあまり寝てしまい、僕も睡魔との戦いの最中だ。アルテシアは特に不満を言うこともなく僕の隣に座っている。
「ここが王都……大きいですね」
「うん。アルテシアも初めてだったんだね」
「帝国出身ですし、さすがにここまでは」
「あ。そっか……」
余計なことを言ってしまった。
アルテシアは今は敵国である帝国の出身だったんだ。それを忘れて野暮なこと言ってしまったと少し後悔する。そんな僕に気を遣ってか、彼女はニコリと微笑んだ。
「いえ。もう終わったことですから。今の私は……あなたの騎士アルテシアです」
「アルテシア……」
そのままアルテシアと目を見つめ合う。
あのときのことを思い出し、少しお互いの顔が近付きそうになると、御者台からペイトンが声をあげた。
「お! そろそろ俺たちの番だ」
その声で僕たちは我に返り、あわてて離れる。
彼の声はうしろで寝ていたジーナやロジも目覚めさせたようで、僕らが一瞬顔を近付けていたのを目撃したジーナが大声をあげた。
「ちょっとふたりとも! 今何してたの!」
「うあっ! お、おいジーナ、苦しいって!」
嫉妬したジーナが僕の首に抱きついた。
あわててそれを離そうとするも、なかなか離れてくれない。
「おーい。そろそろ門番と顔を合わせるから、あんま暴れるなよ」
「――! ちえっ……」
ペイトンの助け舟により、ジーナの拘束は解けた。
彼の言葉通り、ようやく門番の立つ場所までたどり着き、ペイルバインと同じように、御者ギルドの顔パスだけで通り抜ける。巨大な門が頭上を過ぎて行き、再び青空が視界に入る。前を向くと、とてつもなく大きな広場が広がり、そこには無数の馬車が。人の数はペイルバインやクーランノイエとは比べるまでもなく、まさしく王都の城下町にふさわしい大人数。その壮大な光景を目の当たりにし、思わず息を呑んだ。
周囲には大小のいくつもの建物が立ち並び、それぞれの窓から見える室内には、人が住んでいるという生活感が溢れ、この街がただの映画のようなセットではなく、ちゃんと実在するのだと実感させる。
「ふわぁ……」
そんな言葉が自然と口から出た。
キョロキョロを辺りを見渡す、どう見てもお上りさんとしか思えない僕のようすを見て、満足げなペイトンがこちらに向かって言った。
「ようこそ。王都へ」
忘れてはいないが、彼も王都の住人だ。
そんな言葉が出てもおかしくないほど、僕の顔は浮かれていたのだろう。ニヤニヤとする彼に反発することなく、黙ってその言葉を受け入れるしかなかった。
「アタシも初めてなんだよねー王都」
「なんだ。ジーナもだったのか」
「うん。王都には盗賊ギルドの本部があるんだけど、アタシは別の街に行って登録したから。もちろん仕事の依頼書とかは、本部からメンバーあてに送ってくるんだけどね」
なるほど。冒険者ギルドとは違い、ジーナたちが登録してる盗賊ギルドは、各街や村に散らばるギルドメンバーに対して、書面による通知依頼しか行っていないらしい。まあ内容が内容だけに、表立ってギルドに掲示板を出すわけにはいかないのだろう。
「おーし。じゃあまずは騎士マスカレイド殿から依頼された書状を、この坂の先にある騎士団の詰所に持って行かないとな」
そう言って街の中央を走る坂を指差すペイトン。
王都の景色に驚いていた僕は、すっかり書状のことを忘れていたため、あわてて彼の言葉に同意する。
「えっ? あ。そ、そうだね、ペイトン。頼むよ」
「おいおい、忘れてたのかよ。まあ、俺のほうが王都に詳しいから良いが、しっかりしてくれよ?」
僕の不自然さに気付いたのか、呆れた顔のペイトンがため息をつく。面目ない。
ペイトンはそれ以上何も言わず、黙って荷馬車を坂道のある方向へと進ませる。それに並走するようにしてリサメイや白狼族たちも続く。
「キャア! あ。あの人獣の奴隷たち、カッコ良くない?」
「見た見た! この辺では見かけない人種ね。あの白銀の毛並みがすごく綺麗~!」
「おいおい。俺たちのことだぜ。カッコイイってよ」
「まあ、当然だな。普段から俺たちはモテていたし、それは姿が変わっても同じってことだ」
「へへへ。これは王都での生活が楽しみだぜ」
「ふっ。くだらない」
坂をあがる途中、道行く女性たちからの黄色い声や、ヒソヒソ話が耳に入る。どれも彼らイケメン四従士に向けられているようで、王都の若い女性たちの目を惹きつけているようだ。言われた本人たちも一部を除いてまんざらでもないようす。
「はあ。王都の女どもは見る目がないなあ。どう見ても主さんの方がカッコイイだろ」
「さすがリサ姉、わかってるぅ。そーだよねえ。まあ、お兄さんの周りをこのオッサン……じゃなかった、こいつらが囲っちゃってるから仕方がないんだけどさ」
「良いんです。ヨースケさんのことは、私たちだけがわかっていれば問題ありません」
彼女たちの言葉で顔が熱い。
照れる僕の隣で不思議そうな顔をするロジ少年。まあ、彼ももう少し肉付きが良くなったら、結構なイケメンにはなりそうだ。すぐに僕らの仲間入りをして、このあといろいろと苦労するだろう。
「ちえっ。お前らばっか良いよな」
御者台でペイトンが拗ねる。
彼は愛嬌のある顔だし、それはそれで、人好きするところはあるのだけれど、まあ。今回は白狼族たちと一緒なのが彼の運が悪いところだろう。
坂を上り、小一時間ほど行った先に、巨大な建物があった。王都のなかにいくつかあるという騎士団の詰所。そこにはすでに騎士団に助力を求める人々が、朝から列をなしていた。
入口にはふたりの騎士が護衛に立ち、群がる住人たちの対応をしている。王都入場に続き、ここでも並ばされるかと思うと、さすがにしんどい。だが、
「うわ。ここもいっぱいじゃんか。どうすんの? 時間もったいないよ」
「早く書状を届けないと、クーランノイエや山道が」
ジーナやアルテシアも同じ考えのようだ。
だがこのまま並んでいても、時間がかかるだけだ。なんとかこの列とは別に詰所に入れないものかと思案していると、
「お前たち! 今、書状と言ったな」
「――!」
うしろから突然声をかけられる。
どうやら僕らの会話を聞いていたのか、書状に反応を示したようだ。相手はひとり、僕らよりも少し年上らしい男の騎士だった。
「あ、はい。クーランノイエで王国騎士のマスカレイドさんに、この書類を頼まれまして」
「なに!? マスカレイド殿の書状か」
そう言って僕が書状を渡すと、彼はひったくるようにして受け取った。そしてここで少し待てと言い、あわてて詰所へと入って行く。
「何かな。待てって」
「もう帰って良いんじゃね?」
「まあ、渡せたのは確かだし、俺たちの役目は終わったんじゃないか」
「さすがに書状を渡しただけで済むはずはありません。なかで事情を聴かれると思います」
ペイトンとジーナはそう言うが、騎士だったアルテシアはその辺りをわかっているのだろう、ここは待つべきだと進言する。まあ、待てと言われた以上、待つしかない。ちょうどそのとき、僕らが並んでいると勘違いした人々がうしろに並び始めたので、あわてて場所を移動する。
「そ、そこの少年たち! キミたちか? 書状を持ってきてくれた旅の商人たちは」
「え? あ、嫌、商人ではないのですが」
しばらくして、さきほどの声をかけてきた騎士と、別の大人の騎士が姿を現した。僕らを旅の商人と勘違いしたのは、きっと大勢の奴隷を連れたうえ、わざわざ御者に案内させているでそう判断しただろう。奴隷の商人には違いないが、自分的にそのつもりじゃないので否定する。
「詳しい話を聞きたいので、なかに入ってもらえるか。ああ、キミひとりでいい。御者や奴隷たちは外で待つように」
「え? あ、はい」
あとから来た騎士にそう言われ、素直に応じる。
少し心配そうな表情で僕を見る仲間たちに目で合図をし、ふたりの騎士に従って詰所のなかへと入った。
「まさかクーランノイエとペイルバイン山道が襲われるとは、帝国か獣人国の仕業か」
「そうかもしれません。現地にマスカレイド卿がいてくれて助かりました」
道すがらそんな会話を交わす騎士たち。
彼らに【黒の手】や【魔狼】のことを話していいものかと悩む。下手に話せば僕らが関連しているのがバレてしまい、あらぬ疑いをかけられかねない。ここは沈黙が吉か。
奥へと続く道を抜け、応接室のような場所に通される。中央にソファーとテーブルが置かれ、そのひとつに座るよう勧められた。騎士たちは当然、僕の前の席に。
「まずは自己紹介といこう。私は騎士団西詰所を任されている騎士長、バートン・ジェイレナムだ。」
「同じく、西詰所所属の騎士、アイン・ゼティカだ」
「奴隷ディーラーのヨースケと申します」
あとから来た騎士はここの所長だったようだ。
先に僕らに話しかけた騎士は、わざわざ所長を連れてきた――いや、所長がわざわざ血相を抱えてやって来るほどに、これは重要な件だという意味か。まあ、街が全焼し、山道の片道があの状態では無理もない。
「ふむ、奴隷商か。まあマスカレイド卿がそなたに書状を託したのなら、信頼するに値する人物なのだろう。いや、ご苦労だった」
「あ、いえ」
いずれバレることだと思い、奴隷ディーラーであることを明かす。騎士長のバートンは一瞬だけ怪訝な顔になるが、さすが大人だ。すぐに表情を戻し、僕を受け入れてくれた。相対してもうひとりの若き騎士アインは、僕を訝し気な顔で見据えたままだった。
「この書状にはクーランノイエ壊滅と書かれているが、そなたも街に居たのか」
「あ、はい! 街一帯が業火に包まれたのですが、それをディアミスさんが一瞬で消してしまって――」
「ちょ、ま、待て! あの悪炎の魔女がいただと!?」
「貴様、本当のことを言え! あの魔女が王への反乱を企み、手始めに自分の領地を燃やしたのではないのか!」
クーランノイエの現状況を聞かれたので、自分が知る限りの現状を伝えようと思い、ディアミスの件を説明するが、突然彼らに話を中断させられる。なかでも身を半分乗り出した、血気盛んな若き騎士は、明らかに僕に敵意をむき出しにしている。
「い、いえ。僕の目の前で、一瞬に街すべての炎を消したんです。ま、間違いありません」
「うーむ、炎の魔女がいたのなら、街の火災は彼女だと思うのが我々の見解だが」
「所長! 私は信じません! この奴隷商もきっとグルです!」
だんだんと話題がディアミス糾弾に傾いている。
どういうことだ。彼女は確かに悪役令嬢だが、そんなことをするような人物じゃない。まるで彼女の名前が呼び水となるかのように、急な話題転換に違和感を感じる。
「あ、あの。ディアミスさんは、そんなことをするような人じゃありません。街を襲ったのは別の集団だとマスカレイドさ――」
「ええい黙れ! 貴様! この騎士団の前で、魔女の肩を持つとは良い度胸だ! おい、衛兵!」
「はっ!」
ディアミスの弁護をすると、激高したアインが周囲に立つ衛兵を呼んだ。
「この奴隷商をひっとらえよ! 地下の牢獄へぶち込んでおけ!」
「ええっ!?」
いきなりの展開に戸惑う。
まさか書状を渡しただけで、こんなことになるとは。
アインの命令に従うふたりの衛兵。
彼らのよって僕は腕を取られ、そのまま激しくテーブルの上に押さえつけられる。
「痛っ! ちょ、ちょっと!! こんないきなり――」
「黙れ!」
拘束された僕を見て、ニヤリと笑うアイン。
「魔女を崇拝する者は我らの敵だ。いくら貴族とは言え、奴は悪名高き、悪炎の魔女。貴様も自分の愚かさを我々の足元で反省するがいい」
「そ、そんな……」
僕の王都到着初日は、すでに波乱に満ちていた。
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