第八十六話 騎士との遭遇
「お兄さ――」
僕を見るなり涙ぐむジーナ。
そのまま何も言わずにこちらへと飛び込んでくる。それを優しく受け止めたあと、彼女の頭を撫でながら、この短時間にあった僕のすべてを謝ろうと口を開く。
そんなことはどうでも良いと怒られる。
ジーナにとって過程は関係ないのだそうだ。今が良ければいいと言う、いかにも彼女らしい言葉に思わず吹き出しそうになるけど、真剣な眼差しをこちらに向ける彼女に気付き、黙ったまま彼女に頭を下げた。
「もう。コレ貸しだかんね!」
下げた頭をジーナの小さい拳で突かれ、そんな言葉を耳にした。彼女はそう言って僕の傍を去り、見知らぬ集団に向かって走って行く。あの人たちは何者なんだと気になったが、傍らに立つアルテシアが、彼らを含む今までの経緯を僕に教えてくれた。
あれは王国騎士団らしい。普段は警備隊の管轄だったあの山を、訓練を兼ね彼らが代わりに巡回していたのだが、例の土魔法災害により足止めを食らったらしく、団員のなかで足の早い者が山岳トカゲをペイルバインまで買いに走り、それに乗って山を越えた者たちが王都への報告の際に、休息のためにこちらへ立ち寄った。
そこでこの火事と遭遇。救援活動をしていたところ、怪しい集団の話を聞いたため、こちらに向かったときにあの男たちを発見。追跡したが見失ったため、再び戻って来たというわけだ。だがそのおかげで奴らは逃走し、僕らは難を逃れた。
命令はすでに解除している。
実際、解かれたばかりの黒狼族たちは、そのことをあまり覚えていないらしい。なんだか夢のなかで戦っていたような気分だったとキースキースが言ったが、いくらあのときの僕が魔人化しかけていたとはいえ、彼らをひどい目に遭わせたことは事実だ。そのことを彼らに詫びると、ロックロックがこう言った。
間違いは誰にだってあるのだと。
その言葉に少し救われた僕は、彼にも頭を下げたあと、少し離れた場所で、未だ騎士団たちと戦っている魔狼を見据える。以前の面影はすでにないグレングレンの慣れの果てである魔狼は、四人の騎士団を相手にしながらも、時折僕らの方を睨んでいるように見える。兄弟を殺された怨念だけは忘れずに残っているのか、騎士団を敵と見なさず、隙あらばこちらを襲う素振りを見せる奴に対し、何か得体の知れない恐怖を感じた。
「あとは我々王国騎士団に任せてくれたまえ」
すぐ斜め前に立つ紳士風の男に声をかけられる。
金属製の甲冑を身につけた居丈高な姿は、まさしく騎士たる姿。重装歩兵では無いためか、動くことを重視した鎧は、素肌にまとう絹のように薄い。そのせいか、体の線がはっきり見えるシルエットは、まるで少女漫画に出て来る貴公子や王子のようにも見えた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「うむ。ご挨拶が遅れたが、私は王国騎士団、第十五騎兵独立部隊所属のマスカレイド・アナウェイだ」
「あ、こちらこそ名前も名乗らずにすみません。ヨースケと申します」
冗談なのかと思ったが、マスカレイドと名乗る騎士は、偶然にも素顔の上に白銀のマスクを身に着けていた。それは騎士が被るような兜ではない。仮面舞踏会で着けるようなモノだ。
「このマスクが気になるのかい。ふふ。ただの戯れだよ」
「あっ、すみません。つい……」
僕の視線気付いたマスカレイドが、自分のマスクを指差して笑う。気を悪くしたかと思えば、そうではなかったらしい。本人もそれをわかっていて、わざとやっているようにも見える。
「それはそうと、キミの連れている奴隷たちはずいぶんと強いのだね。あの魔狼を相手によく無事でいられたものだ」
「あ、いえ。運が良かっただけで」
【リセット】で何度も復活させた、ただのゾンビアタックだったとは言えない。事実、僕のうしろで腰を下ろす黒狼族たちは、傷ひとつ付いていない。向こうから見れば歴戦の戦士かなにかと思うわけだ。
「謙遜はいいさ。そこの女性もかなりの実力者とお見受けするが……はて、以前どこかでお会いしたような……」
「――!」
一瞬、緊張が走る。
帝国の騎士だったアルテシアと、今は敵同士である王国騎士マスカレイド。このふたりが戦場で出会ったかもしれないことを失念していた。ちゃんとそこを理解していれば、彼女を遠ざけることも出来たはずだと、この場においてひどく後悔する。
「私はただの奴隷ですので」
アルテシアが少し俯いて、マスカレイドの追及をかわそうとする。そんな彼女のようすをじっと見つめる騎士。たまらずにそこへ口を出す。
「あ、あの! ホントです! 彼女は僕の奴隷で……」
「はっはっは。そんなに緊張する必要はないよ、ヨースケくん。私は別に彼女を責めているつもりはない。ただ以前見た帝国の女性騎士に、少し似ている気がしただけ。ただそれだけだ」
そう言ってマントを翻し、その場から離れようとする、騎士マスカレイド。去り際にこちらを振り返り、彼はこう言った。
「そこで見ていたまえ、私たち騎士団の仕事をね」
両脇に差した【刀】にも似た片刃の武器を引き抜いた騎士マスカレイドは、そのまま他の騎士たちと戦う魔狼の下へと走って行く。そして奴の手前で軽やかに宙へと飛び上がると、魔狼のかぎ爪をかわしながら、その爪を長剣で切り落とした。
「あっ!」
「――強い」
焼けた街に響く魔狼の叫び。
黒狼族たちではまるで歯が立たなかった魔狼の攻撃をあっさりとかわし、その隙に奴の武器である爪を折るなど、誰が信じられようか。アルテシアでさえ魔剣で奴を翻弄して足止めするしか術がなかった相手だ。たったこれだけの攻撃で、あの騎士マスカレイドの実力が相当に高いことが伺える。
そして、この騎士マスカレイドが加勢したことで、他の騎士たちの動きも劇的に変わっていった。それまでは個々で戦っていた者たちが、彼を中心とした部隊、騎士団という集団の戦いへと変化していく。己の立場を最大限に活かして連携していく様は、騎士団と言う存在を、ただ強い個人の寄せ集めばかりだと思っていた、僕の認識をすべて洗い流してしまった。
騎士団とは【個】ではなく【固】なのだ。
たとえ相手が強敵で、個人の強さだけでは敵わずとも、固によって倒す姿。戦いは集団なのだということを彼らを見て改めて思い知らされる。
もちろん魔人化した魔狼を倒すには、ただ連携に優れているだけでは不可能だろう。現に連携戦法に慣れた黒狼族たちはことごとく敗れていったのだ。強い【個】が集まり【固】として成り立つことで、初めて通用する。それも優れた指揮官の下でのみ。王国騎士団にはそれがあった。
「隊長殿!」
「わかった」
屈強な騎士が大盾で魔狼の攻撃を受け止める。
その大盾が地面にめり込む勢いでひしゃげるほどの重みに耐えながら、盾騎士がマスカレイドに向かって叫ぶと、後方から二振りの刀を持った彼が空を舞った。
「無葬乱舞!」
何かのスキルなのか、それとも剣技か。
二刀を頭上にかかげた騎士マスカレイドがそう叫ぶと、魔狼の足元に魔方陣が浮かび上がる。とっさにそれを本能で察知した魔狼が、その場から逃げようとする。
しかし、大盾持ちの左右に陣取る、杖を抱えたふたりの小柄な女性騎士が、黒いモヤのかかった鎖を魔法で呼び出し、すかさず魔狼を拘束した。
「やった! 掴まえたぞ!」
思わずそう叫んだ僕。
だが、彼らの攻撃はこれで終わらなかった。
動きを封じられた魔狼の目前に、二刀を胸の前で斜め十字に構えたマスカレイドが、まるで瞬間移動でもしたかのような素早さで現れると、重ねた二刀を魔狼に向かって切り開いた。そしてその動作から少し遅れるかのように、魔狼の胸に斜め十字の裂傷が走り、そこから鮮血がほとばしる。
「早い!」
マスカレイドの剣撃を前に、アルテシアが叫ぶ。
その剣先どころか、いつ魔狼の前に降り立ったのかさえ見えなかった彼の剣技に、驚きを隠せない僕ら。
そんな僕らがこの一連の攻撃に対し、終わりの兆しを感じたとき、またしてもそれは裏切られる。魔狼の足元に、銀仮面の騎士が何か印を結んだ途端、地面に鈍い光を放つ漆黒の魔方陣が出現した。
魔方陣は瞬時に魔狼の影と重なると、奴の背後に物体が光を受けて地面に投影する影とは違う、紫の光をまとう新たな影を伸ばした。その状況に僕たちが驚く暇もなく、不気味な影は魔狼の背後から遠ざかるように伸びていく。だがそれはすぐに動きを止め、今度は地面から立ち上がるように空へと伸びて行き、高さ二メートルほどの細い亜空間を魔狼の背後に生み出したのだ。
動けない魔狼と謎の亜空間。
何をやるのか瞬時に理解出来ない僕らを他所に、仮面の騎士は静かにこう言った。
「さらばだ。魔に堕ちし神の子よ」
「ガアッ!? ガッ!! グガアアアア!!!!!」
マスカレイドの言葉と共に、魔狼はものすごい勢いでその亜空間に吸い込まれて行く。ふいにあの巨体が、わずか数十センチ足らずの細い空間に対し、無事に吸い込まれていくのかと心配になったが、それは杞憂でしかなかった。
吸い込まれる魔狼の胸に付いた、斜め十字傷に向かって、空間を越えるのに邪魔な足や腕といった余計な部分すべてが、バキバキと骨の砕ける音を立ててめり込んでいくと、亜空間を抜けることが可能なサイズというか、もうよく分からないただの肉塊となった奴の体は、問題なく裂け目の向こうへと消えていった。ここでようやく僕らはあの傷が作られた意味を知ることとなったのだ。
亜空間は魔狼を呑み込んだあと、静かにこの世界から消失。残されたのは騎士たちと僕らだけになる。シンとした戦場は、この戦いが終わったことを告げ、魔人化した奴はもう二度とこの世界に戻ることはない。
あれほど絶望的な恐怖を感じた魔狼の呆気ない最期に対し、少し拍子抜けしてしまうと同時に、これが王国騎士団の実力だと思い知らされた気分だった。圧倒的なチカラを持つ王国騎士団の騎士たち。国を守るために魔人とも戦う彼らは、いったいどれほどの数の魔人化した人々を、その手で倒してきたのだろうか。
もしあのとき、僕が魔人化していたら、あの魔狼と同じ目に遭っていたかもしれない。そう考えると、少し奴のことが気の毒に思えてくる。他人事ではなかった怪物の末路。いろんな気持ちが浮かんでは消えていくことに対して、なんとも言えない気持ちのまま、奴が最後に立っていた場所、そこに佇む銀仮面の背中を、僕は無言で見つめていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「主さん、面目ない……」
すべてが終わり、全員生き残った。
気絶していたリサメイはさっきからこんな風にしょげているが、命があっただけでも奇跡なんだと、彼女を励ます黒狼族たちに、温かく支えられているのを見て、この先、ローザたちの奴隷としても彼らならやっていけると確信する。
もうすぐ彼らとの旅も終わる。
そう感じると寂しいが、これが奴隷ディーラーの宿命。僕の手から新たな主の手に渡っていく彼らを笑顔で見送るのも僕の役目なんだ。いつか僕の下へ帰りたいと願うリサメイは別として、黒狼族たちとも当分、いや、もしかするともう二度と会えなくなるかもしれない。そう思うとなんだか切ない気持ちになってくる。
ペイトンは馬たちの出発の準備に追われている。彼とも王都にたどり着けば、契約が終了、その後は別れとなるだろう。旅の途中で見つけた角馬のことは彼に任せるしかないが、出来れば彼には自分の夢を追ってもらいたい。あのチートな馬車使いのスキルを、このまま埋もれさせてしまうのは、非常にもったいない気がするから。
アルテシアとジーナは王国騎士団と談話中だ。
僕もその近くにいるのだけれど、さっきのような感傷的な気分になってしまい、あまり会話が耳に入ってこなかった。そんな僕のようすに気付いた騎士マスカレイドが声をかけてきた。
「どうしたんだい、ヨースケくん。気分でもすぐれないのか」
「え、あ。いえ……ちょっと……」
仲間との別れが近付いてきたので、感傷的になってましたとも言えず、思わず返事に困ってしまう。だが、そんな僕の返事に気を悪くすることなく、にこやかにこちらを見つめる騎士マスカレイドの、銀色の仮面からの視線は、それさえも見透かされているような気がして、少し怖くなった。
「ホントお兄さんて、見た目よりも繊細なんだよねー」
「へえ。そうなのか、ジーナ」
相手と仲良くなるのはジーナの特権か。
すでに気安い関係になった彼らと談話している姿は、天性の才かもしれない。彼女を取り囲む王国騎士団のメンバーは騎士マスカレイドを除いて四名。ひとりはさきほどの戦闘でへしゃげてしまった、金属の盾を背中に担いだ盾兵のゲイナー。魔狼を鎖の魔法で拘束していた、双子魔導兵のアンナとミネルバ。そして僕の骨折を治癒魔法で治してくれた僧兵のメリルフォード。
「こんなにカッコいいお兄様なのにもったいなーい。もっと堂々としてれば良いのにぃ」
「そうそう! わたしもそれ思ってました! 超イケメンですよね!」
「わわわっ!」
ジーナと同い年の双子魔導士たちが、突然僕の前に迫って来た。騎士団のなかでもイケメンとかそんな言葉が使われているなんて、ジーナの先祖だったギャルの世渡りびとは、どこまでこの世界に影響を与えたのか。
「私もさっき彼の腕を治してたときから、ちょっと目を付けてたのよねえ」
「メ、メリルフォードさんっ!?」
いつの間にか僕の傍に寄り添い、そっと腕を絡ませてくるメリルフォード。彼女に治ったばかりの腕をからめ取られたまま、そのふくよかな胸へと誘われそうになったが、間髪を入れずしてアルテシアの魔剣が彼女の喉元に迫った。
「王国騎士団の方々。少しお戯れが過ぎます」
「ちょ、ちょっとした冗談じゃない。そんな顔しないでよ、アルテシア」
戯れを注意されたメリルフォードが、あわてて僕から離れていった。アルテシアと同い年の彼女は、僕に対して少し年上の雰囲気を醸し出すが、意外と冗談が好きな茶目っ気のある可愛い女性だ。そして、あのことがあったあとで、アルテシアからの束縛は若干強くなったのか、こういったガードも幾分過激になったらしい。
「はっはっは。アルテシアくん。そこらで私の部下たちを許してやってくれないか。何分ま彼女たちはまだ若い。そのチカラを発散する場を提供できない我々にも非があるのだが、そこは騎士団の定めでもあってね」
騎士マスカレイドに謝罪され、魔剣を取り下げるアルテシア。同じ女性騎士だった彼女にも通ずることがあったのか、メリルフォードに対して非礼を詫びた。
「ところでヨースケくん。キミたちはこれからどうするのかね。私たちはこれから街の救助活動を続けるつもりでしばらくは滞在する予定だ。山道も復旧させる必要もあるし、もしキミがこのまま王都へ行くと言うのなら、王国への救援を要請する書状を預かってはくれないか」
「えっ! ぼ、僕がですか……?」
突然、騎士マスカレイドからの要請。
さっき会ったばかりの僕に、王国への書状を預けるという彼の真意がわからず、少し戸惑う。そんな僕の心を見抜いたのか、彼がニコリと微笑みながら言った。
「なに。これだけ強い奴隷をたくさん連れているんだ。キミなら無事に王都へこの書状を届けられると思ったのだよ。それに優秀な御者も連れているようだ。彼はあのトウェイン一族の末裔だね」
そこまで話すと、銀仮面越しにチラリとペイトンの方を見る騎士マスカレイド。本当に彼は色々なことが見通せる人物のようだ。僕に書状を頼んだのもすべてを理解した上での行為だとわかり、僕は何も言い返せず、その頼みを受け入れることにした。
ペイトンの準備が終わり、まだ夜が明け始めるなか、僕らは王都への旅を再開する。騎士団に見送られるようにして、馬車がゆっくりと動こうとしたとき、荷台越しに書状を僕に渡す騎士マスカレイドがボソリとささやいた。
「そうだ、ヨースケくん。これは忠告だが、あまり人前でああいった行為は控えた方が良い。特に……誰に見られているかわからない場所ではね」
「「えっ!!」」
僕とアルテシアが声を揃える。
見られていたのだ。
あれを。
よりによって。
騎士マスカレイドに。
真っ赤になる僕とアルテシア。
そんな僕らのようすを見て、ふっと笑みを浮かべる騎士マスカレイドが、荷馬車から離れつつこう叫んだ。
「また王都で会おう。幸せなふたりに祝福を」
その言葉に、僕とアルテシアの思考回路は死んだ。
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