第八十四話 命令
「ちいっ!!」
アルテシアの攻撃をかわしながら、何度も馬車を追う姿勢をとる男。それを阻止するかのように魔剣を差し向ける彼女。その隙を突いてジーナが【スナッチ】を使うが、最初の一撃と比べまったく当たっていない。男の回避力は、今やこの場にいる全員を凌いでいることに歯噛みしながらも、奴の動向を目で追っていた。
馬車はすでに東の方角へと走り去るも、ディアミスと因縁がありそうな男は、まだ彼女を諦めていないらしい。七つの魔剣の間をすり抜け、ジーナの意識外の攻撃をかわし、一歩一歩、東の方へと進んで行く。
そのうち、他の【黒の手】たちも追いつき、アルテシアたちとの戦いが開始。さきほどディアミスの一撃のより、火魔法使いが消滅した。それにより手すきになったリサメイがその戦場へと参戦することで、戦いはさらに混戦状態へ。
荷馬車に隠れつつ、奴らのようすを窺う。
【黒の手】は男と黒狼族ふたりをを除いて残りは六人。どれも黒いローブとフードに覆われ、そのうえ牛仮面を被っているので正体はハッキリとしない。それが余計に不気味さを感じさせる。どういった種族の集まりで、何のジョブ持ちなのかさえわからない。ただ、魔法使いの類は土と火だけだったらしい。残りの六人は武器による攻撃のみにとどまっているのが、唯一の救いかもしれない。
ディアミスがすべての炎を消し去ってくれたおかげで、街は混乱の声は未だ聞こえるものの、火災による被害が無くなったのは幸いだ。責任者だった【金のなる木】の店主も、僕らの隣で崩れるようにして事態の収拾をホッとしているようすだ。
アルテシアにふたりの【黒の手】が襲い掛かる。
まずひとりが剣を彼女に振り下ろし、それを男の攻撃から呼び戻した一本の魔剣で防ぐと、即座にもうひとりの【黒の手】が槍で襲い掛かかった。それを彼女は素手で掴むと、槍を掴まれた【黒の手】ごと空へ放り投げた。
とっさに剣をうけとめられた【黒の手】が、剣を戻しながら距離を取り、懐から取り出した短剣を投げるが、アルテシアはそれをうしろに反り返ることで避けた。
手持ちの武器を失くした男は、今まで防戦一方になっていたが、空に放り投げられた【黒の手】が手放した槍を素早く掴むと、【スナッチ】を使い果たしてしまい、男に対し攻めあぐねているジーナに向かって、鋭い一突きを喰らわせようとした。
「このクソガキ! もう一回死ねっ!」
「きゃっ!」
持ち前の素早さを活かし、何とか一撃目をよけたジーナだったが、そのあとの連続の突きが、彼女の全身をかすめていく。浅くないケガに耐えきれず、彼女が声をあげたところで、僕が【リセット】を発動。眩しい光りに包まれる彼女を見て、男があわてて距離を取った。
「またかよっ! いったいどうなってやがんだ! お前らゾンビか!!」
光の中から復活したジーナが、アルテシアの剣を片手に男へと突進。その姿に困惑する男が、叫びながら持っていた槍をジーナに向けて投げつける。
「――!!」
カウンター気味の攻撃に驚くジーナ。
目の前に迫る槍をよけきれそうにない彼女が、覚悟を決めるように目を閉じた瞬間、槍は黄金のこん棒で弾き飛ばされた。
「ジーナ! 目を閉じるな! ちゃんと前を見ろ!」
「リサ姉!」
自分に群がっている四人の【黒の手】を振り切り、ジーナを助けたのだ。だがそれが悪手となり、男と四人の【黒の手】が合流。リサメイたち対五人という構図が出来上がってしまう。
「くっ!」
「リサ姉、ごめん! アタシのせいで」
背後に下がる男を守るようにしながら、リサメイたちに迫る【黒の手】たち。黄金のこん棒を回転させながら四人の同時攻撃を防ぐリサメイに、うしろにいたジーナが声をかける。
「良いって。それよりジーナ、スキルはもう使い切っちまったのか」
「うん。あいつ全然【スナッチ】が当たんなくってさ、マジで怪物じゃね? って感じ!」
「そっか。じゃあ、あたしの攻撃なんて全部避けられちまうかもな。とりあえず他の奴らだけでも減らしとかないと!」
四人の【黒の手】の攻撃を受けつつ、器用に会話を続けるリサメイとジーナ。その隙を突いて、自分で投げた槍を回収した男が再び戦いに合流する。
「この人獣どもめ! お前らのために戦ってやってるってのに、なんで邪魔する!」
「「――!?」」
男が叫んだ言葉にリサメイたちが困惑する。
そのせいか、隙の出来たリサメイの肩を、男の槍が貫いた。
「ぐああっ!!」
「リサ姉!! クッソ!! マジもうキレたっ!!」
「ぐわっ!! ジーナてめえ!!」
渾身の力を込めたジーナの攻撃が、リサメイに刺さった槍を中心辺りから叩き切る。その流れで彼女に刺さった槍を、半ば強引に引き抜いたジーナは、槍の穂先を短剣のようにして【黒の手】のひとりに投げつけた。
「ぐふっ!!」
槍の穂先を首元に受けた【黒の手】が倒れ、四人態勢だった攻撃から三人へと減る。すかさず僕は負傷したリサメイに対して再び【リセット】を発動。光を放つ彼女が復活し、黄金のこん棒を振り上げると、倒れた【黒の手】にとどめの一撃を喰らわせた。
「「……!!」」
頭部を砕かれた仲間を見て、動揺する他の【黒の手】たちは、すかさず距離を取り、リサメイを警戒する。その姿にニヤリと笑う彼女は、血濡れのこん棒を片手にかかげ、大声を張り上げた。
「オラオラオラアァァァ!! あたしは人獣じゃねえ! 獣人だああ!!!」
「どうでも良いわ!!」
リサメイの叫びを聞きながら、ぼうっと立つ【黒の手】たち。そのひとりが持つ大剣を奪い取った男が、彼女に突っ込みを入れながら剣を振り落とす。
リサメイが男の攻撃をよけると、地面に落ちた大剣が土煙をあげる。一瞬、煙幕のようになった隙をついたのか、なかで男が彼女を攻撃。そのなかから吹き飛ばされたリサメイが、僕らのほうへと流れて来た。
「リサメイ!」
「おい、大丈夫かリサメイさん!」
「主さんか。すまねえ、あいつ結構ってか、怖いくらい強えぇ」
近付いたリサメイに僕とペイトンが声をかけるも、真剣な表情の彼女はこちらを振り向くこと無く、男の強さをボソリと呟いた。
獣人族最強種族のリサメイ。
そんな彼女が弱音を漏らすほど、圧倒的な回避力と強さを見せつける男。以前アルテシアと戦ったとき、そこまでの脅威は感じさせなかった奴だが、今回は本気を出しているというのか。
「ぐはっ!!」
「――!!」
突然誰かの叫び声があがった。
振り向けばいつの間にか近くで戦っていたらしい、黒狼族たちの姿が。地面に倒れ込んだのは、かぎ爪で肩を切り裂かれ負傷したキースキース。あわてて彼にも【リセット】を施す。
「貴様らはここで殺す。俺たちの新たなボスがそう望んでいるのだ」
「新たなボス? お前たち兄弟の親であるジェダンジェダンを、我らの長と認めた覚えはないが」
かぎ爪に付いた血を振り払うグレングレンの言葉に対し、普段は寡黙なリュークリュークが反応する。彼が兄弟と言っているのは、グレングレンとザックザックのことらしい。そしてこの追走劇の要であるロックロックたちの暗殺命令は、その親であるジェダンジェダンが下したモノを判明。
ペイルバインで出会った長は、奴らによってすでに殺されたらしいので、僕との【エンゲージメント】が無効になった黒狼族は、新たなボスを擁立し、再び反旗をひるがえしたということだ。
これで戦争を回避しようとしたセナの苦労が、すべて無駄となってしまった。彼女の姿を思い出しながら、非道な行為をした奴らに苛立ちを覚えると共に、是が非でもロックロックたちを無事に王都へ連れて行こうという決意も生まれる。
だが、本当の【黒の手】ではない彼らが、なぜあの男と行動を共にしているのかが疑問だ。どちらかがこの作戦に便乗したのか。いや、黒狼族の新たなボスである、ジェダンジェダンという男が、暗殺の依頼を【黒の手】に依頼。それの監視役として自分の息子たちを付けたという方がしっくりくる。
「お前たちと【黒の手】の関係はそのボスの依頼か!」
思いついたことを確認するため、グレングレンに問いかける。僕の言葉に反応した奴が、ジロリとこちらを睨んだ。
「ああそうだ。貴様が余計なことをしなければ、【黒の手】のチカラを借りずとも、こやつらはゴミ漁りによって死ぬ運命だったのだ。それをこのような奇怪な術を持って復活させ、再びこのゴミ共を調子付かせおって! こやつらを殺したあと、貴様も我がかぎ爪によって、血祭りにあげてやるわ!!」
「――っ!」
僕の予想通りだった。
【黒の手】は奴らに雇われたただの傭兵。本丸はこちらグレングレンたちだった。憤る奴がかぎ爪を構えると、僕やペイトンをはじめ、黒狼族たちに本能的な危機感が襲い掛かる。素人の僕にも感じる奴の殺気が、周囲を緊迫した状況へと変えた。
「へえ。お前らあたしの主さんを殺すって、それ本気で言ってるのかい?」
「――!? 貴様……我の殺気を……」
僕らのなかで、奴の殺気が効かなかったのはリサメイだけだった。彼女はゆらりと黄金のこん棒を肩に担ぎ上げると、瞬時にその姿を消した。
そして次の瞬間には、グレングレンの前にいた。
黄金のこん棒を真上から振り落とすリサメイの攻撃に対し、ふいを突かれたグレングレンの対応が遅れる。しかし、奴を守ろうとするザックザックが身を挺することで、その攻撃は不発に終わる。
だが攻撃が無駄になったわけではない。
グレングレンを庇ったザックザックは、リサメイの攻撃を頭からもろに受け即死。その場に残るは、返り血を浴びた彼女とグレングレンのふたりだけとなる。
「ザックゥゥゥゥ!!!」
血まみれの兄弟の死に絶叫するグレングレン。
血を分けた相手が亡くなるのは痛ましいことだけれど、ここは戦場、奴らは敵。感傷する暇などなく、僕らはリサメイの次の攻撃を待った。
「わりぃが、主さんを守るためだ。黙って倒れてくんな」
リサメイが憔悴するグレングレン目がけ、再び黄金のこん棒を振り落とす。無防備なまま立ち尽くす奴の姿に、黒狼族たちを含め僕ら全員が終わったと確信した。
「――!?」
「リサメイ!」
最初に気付いたのは当然リサメイだった。
自分の振り落とした黄金のこん棒が、グレングレンの頭上で停止したからだ。そんな彼女のようすに気付き声をかけるも、自分が振るったこん棒を凝視する彼女は、依然として固まったままだ。
「「「「――!!」」」」
突然だった。
圧倒的な圧力が周囲に吹き荒れ、大気が震えるほどの振動を体に感じた。
それはリサメイとグレングレンを中心とした場所から起きているのは明白であり、それと同時にリサメイの腰の辺りから突然腕が生えた。
もちろん彼女の腕ではない別のモノだ。
おびただしい出血が地面を染め、もう一つの巨大な腕が彼女を掴むと、彼女の中心から腕が引き抜かれた。
「ゴフォ……」
リサメイが血を吐く声が聞こえる。
そんな彼女を掴む巨大な腕が、軽々とその体を持ち上げ、僕らのいる方向へと放り投げた。
「リサメイ!!」
「お、おい、ヨースケ!!」
ぼろきれのように地面を滑るリサメイを追って、僕は声をあげる。すでにアナウンスの警告は頭をかけめぐり、それに対しての回答を待っている状態であるにも関わらず、気が動転してしまった僕は、ペイトンの制止も聞かずに、真っ先に彼女へと駆け寄ってしまう。
「リサメイ! リサメイ!! しっかりするんだ、リサメイ!!」
白目を剥いて血を吐き続けるリサメイに、返事など返せるわけもない。ふと我に返った僕はあわてて保留中の【リセット】を使用し、彼女と共に光に包まれる。
「リサメイ!」
元に戻ったリサメイは、死にかけるほどの攻撃を受けたせいか、依然として気絶したままだった。そんな彼女をその場に寝かせたまま、僕は彼女をこんな目にあわせた元凶へと視線を移す。
「お、お前はいったい……」
とてつもなく異様な姿。
さきほどまで、自らの兄弟の死に悲観していたような奴ではない。すべての体毛が怒りによって逆立ち、黒かったその毛色は赤黒く、そして紫がかっていた。体格は以前のおよそ二倍。四メートルを越える狼の化け物がそこに立っていた。
「ま、魔狼だ……グレングレンの奴、魔狼化しやがった……!!」
「魔狼!? キースキース! 魔狼っていったい……」
「兄貴、知らないのか!? 魔狼ってのは魔に堕ちた黒狼族だ。人族の場合なら魔人、もしくは魔族……」
「魔族……魔狼……魔に……堕ちる……?」
「ああ。奴は弟を溺愛していた。いつも一緒だった自分の半身のような存在を失って、奴は底知れぬ怒りと悲しみ、そして絶望を味わい。それがきっかけで魔人化しちまったんだ。もう奴には自分の意思なんてねえ。破壊の限りを尽くす魔の化身だ!」
キースキースの言葉に耳を疑った。
人や獣人が魔に堕ちて、魔族化するなんて誰からも聞いていない。しかもそれが獣人最強種のリサメイを圧倒するなんて。そんなの反則じゃないか。
― ワシはチカラに溺れ、
己を失くした者をたくさん知っておる ―
― ゆめゆめ忘れるでないぞ?
人として死にたいのならな ―
突然、魔剣鍛冶師ドレイクの言葉が蘇る。
魔剣を授ける際に彼が言った忠告とも言える言葉。
あの言葉の意味はこれだったのか。
彼は人が魔族化することを警告していたのだ。
力に溺れ、欲をかき、人を陥れる。
人の道を外れた者の末路。それが魔人化。
そして目の前に立つのは、それのもっと最悪な状況だ。
怒り、悲しみ、絶望。それらが頂点を迎えたときにだって魔人化は訪れる。
― キサマハカワリタイノカ? ―
「――!!」
あれは僕を誘う魔人化の囁きだったのか。
だが、僕はあのとき何も絶望していなかった。別にチカラになんて溺れ――溺れ……溺れていた――のか?
とたんに震えが止まらなくなった。
もしかしたらあのとき、僕は魔人になっていたかもしれなかったのだ。そんな馬鹿なと心は反発するが、完全には否定できない。あの声は確実に僕の耳に届いていたのだ。
目の前にいる魔狼。
あれはともすれば僕の未来。
写し鏡のような存在に、同族嫌悪のような感情を覚える。
イヤだ。
ダメだ。
あいつは世に放ってはいけない。
殺す。
殺さないと。
僕の悪い未来を消さないと――。
「みんなあいつを殺せ!! 絶対に……これは主たる僕からの……命令だ!!」
そのとき、
僕の口から奴隷たちへの【命令】が下された。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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