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第八十三話 悪役令嬢との再会



「私のことを呼び捨てにするなんて、ずいぶんと良い御身分ですわね。偽商人さん」


 さっそくディアミスからの先制攻撃。

 僕の呟きを聞いたのか、名前を呼び捨てにしてしまったことを、彼女になじられてしまう。そう言えば彼女はこんな風に話す女性だった。最初に出会ってからまだ二週間も経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしく感じるのは、それだけ僕をとりまく日常が、異常に内容の濃いものだったということか。


 ジーナとの再会とはまた別の感覚。

 彼女にとっても無関係とは言えない、ディアミスとの再会。それもあのコインをめぐって、因縁のある謎の男との戦闘中に出会うなんて、偶然とはいえ運命の皮肉を感じてしまう。


「デ、ディアミスさん、なんでここに……」

「あら。私がどこにいようと、貴方には関係のないことですわ」


「お、お嬢さま!!」


 相変わらずな受け答えをする、ディアミスとの対話中、あのボッタクり宿の店主がこちらへやって来た。彼の口調からして、彼女と顔見知りらしい。そんな血相をかかえて飛んで来た店主に、冷たい視線を送るディアミスが、馬車から降り立つ。


「何か御用かしら、ゴルドラッシュ。貴方にはずいぶんと失望しましたわ」

「いっ!? え、えっと……いや、その……これには……」


「我がベリアル家が国王からお預かりした、このクーランノイエの警備を、この街一番の商人である貴方にお任せしたはずなのに、なぜこのような不始末を起こしているのです。これは由々しき事態ですわ」


「ワ、ワタクシのせいではございません! き、きっとそこにいる奴らです! さきほども火魔法を使い街を――」

「火魔法?」


 ディアミスは貴族だ。

 しかもこのボッタクりの街クーランノイエは、彼女の一族が治める領地だった。自称悪役令嬢らしい事実に驚くと共に、この隣でオロオロする「金のなる木」の店主が警備を任されているのにも驚いた。きっと高額で請け負っているのだろう。それにも関わらず、こんな災害を出してしまったことを反省するどころか、即座に他人のせいにするところは、やはりこの男を同情しなくて正解だったと心に思った。


 店主の言い分を聞き、ディアミスは、ようやく僕らがこんな会話をしている場合ではないということに気付いたらしい。今も東の門への脱出経路を塞ぐようにして、戦闘を続けている僕の仲間と【黒の手】をチラりと見ると、その綺麗な顔の眉間に少しのしわが寄せられた。


「ここにいる方々がこの街を?」

「え、ええ! そ、そうです! こいつらが街に火を――がふっ!!」


 ディアミスの問いかけに、ここぞとばかりにまくしたてる店主。だが、その言葉を遮るかのように、彼女は手に持っていた扇子のようなモノで、奴の顔をいきなり殴りつけた。


 勢いよく、うしろに転ぶ店主。

 その姿を激昂した表情で見据えるディアミス。そして、突然の強打に驚き、無様にのたうち回る奴に向かって、彼女が怒りを爆発させた。


「この愚か者! だったらなぜ貴方はこの者たちの愚行を黙って見ているのです! このクーランノイエ、しいてはベリアル家に反旗を翻す愚か者共を、なぜ責任者である貴方自身がこの場で断罪しないのですか! その()なる所業……恥を知りなさい!」

「ひいぃぃぃっっ!! も、申し訳ございませんっっ!!」


 店主を睨みつけるディアミス。

 彼女の真剣な眼差しには、自分の言葉に絶対の自信があることが垣間見える。敵ならばすべて抹殺すべし。その峻烈(しゅんれつ)な思考には、共感できない部分もあるが、そこに彼女の芯の強さを見た気がした。


「ギャーハハハハッッ!! キツゥワムワル(貴様ら)ゥワァァァ!! ヌウワヌゥイヲ(何を)イツウゥムウワドゥウ(いつまで)ェェシィシャヴェットゥエ(しゃべって)ルンドゥワア(いるのだ)ァァァ!!」


 さすがに戦闘中に無駄話が過ぎたか、火魔法使いがこちらに気付いたようだ。ヨダレを垂らして叫ぶ奴が、僕らに向けて人の大きさほどの火球を放つ。


「うああ!!」

「あぶないっ!!」


 火球がもう直前にまで迫って来る。

 あわてて避けようとするが間に合わない。自らが業火に焼かれるようすを想像しながら、あっけない最期を嘆く暇もなく僕らは一瞬にして炎に包まれる。だが、着弾したはずのそれは、まるで手品で使う綿()()()ようにあっという間に消え去った。


「「えっ!?」」


 驚いたのは僕とペイトンだ。

 死を覚悟したはずが、まるで狐につままれたような状況に唖然とする。確かに炎に包まれる熱を肌に感じた。まさか相手が手加減したのかと思ったが、相手を見るにそれはないと言いたい。


「ナナナナナナァァァァ!! ナアウンド(なんだと)ゥウワアトゥヲオオオ!!!」


「おい。なんだったんだよ、今のは!」

「わかんないよ! でも火球が消えたのは確かだ」


 自分の放った火球が消えたことを訝しがる火魔法使いを見て、僕とペイトンは困惑する。どちらもさきほどの現象を理解出来ていないようだ。


「私に火を向けるなんて、愚かなこと」

「「――!?」」


 突然聞こえるディアミスの言葉。

 意味がわからず、彼女を見ると、視線は火魔法使いに向けられていた。そして静かに手を奴に向けてかざすと、彼女はこう言った。


「それが火魔法とは笑わせてくれますね。てっきりよく燃えた【発火石】くらいかと思いましたわ。しかもこれほど周囲に炎を残したままなんて、お粗末にもほどがあります」

「デ、ディアミス……さん」


「オッ……オルゥエェ(オレ)スウワムゥワ(サマ)ァァヲォ()ォォ――」


 火魔法使いを煽るディアミス。

 この街を火の海にしたのが、奴だとわかってのことだろう。依然として燃えさかる街を見て、ため息をつく彼女。それを馬鹿にされたと感じた火魔法使いが、大声をあげて激昂する。そしてその侮辱を払拭するかのように、今度はさらに大きな火球を頭上に出現させた。


ヴワゥワヌウ(馬鹿に)スウルゥヌワ(するな)ァァァァ!!!」


「うわあっ! 来たあ!!」

「ディアミス!!」


 牛仮面のすき間から唾液を吐き出しながら、特大の火球を一気に放つ火魔法使い。今度こそ終わったと思った僕とペイトンが、すでに手遅れにも関わらず、急いでその場から逃げようとする。


 キレた火魔法使いを煽った張本人が、その場に立ち尽くしたままなことに気付いた僕が、とっさにディアミスの名を叫ぶ。しかし彼女は平然とその場で首を振り、あろうことかこの状況に呆れていたのだ。その姿に彼女が気でも触れたのかと思った瞬間、事は起きた。


「教えてあげますわ。貴方の命を代償に!」

「――!!」


 ディアミスが天高く片手を上げると、突然、奴の火球が掻き消され――いや、それどころか、ほぼ街の全域を覆いつくしていた炎すべてが、一瞬にして僕らの前から消失したのだ。


 これにはその場にいた全員が言葉を失った。

 ありえない状況に、唯一反論しようとしたのは、渾身の火球を、まるで最初からなかったことのようにされた、屈辱にまみれる火魔法使い。


「馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナアアアア!!! あり得ん!! そんなこと、あってたまるかあああ!!! 何だ今のは! どうやった! どうやってこれだけの炎を消したんだああああ!!!」


 正気に戻った奴の関心は、すでに自分の火球ではなかった。この町全体の炎を一瞬で消し去ったディアミスのチカラに驚愕し、そしてその心理を彼女に問う火魔法使い。だが、奴にそんな猶予は残されていなかった。


 天高く上げた手を、ゆっくりと下ろすディアミス。

 その伸びた腕を肩まで水平に保ちながら目の前で止め、火魔法使いを見据える彼女。大地に向けた手のひらから、中指だけがすっと落ちると共に、彼女はこうささやいた。


「貴方が無様に広げた炎を返してあげるわ。受け取りなさい」

「ひっ!!」


 それが火魔法使いの最期の言葉だった。

 ディアミスの言葉と共に、突然、奴の体の中から凄まじい勢いで炎があふれだす。牛仮面のすき間から吹き出す煉獄の炎。体中の毛穴という毛穴から吹き出すその熱量は、奴が放った火球の比ではなかった。ドンという音と共に、周囲にその熱波が吹き荒れ、僕らの顔を熱く撫でる。


 瞬時に消し炭となった奴の体は、そのまま灰も残らぬほどに霧散し、奴を焼き尽くした業火も、ディアミスが下ろした中指が、近くの親指と触れてパチンと鳴る音と一緒に消えた。


 一瞬の静寂が訪れる。

 目の前で起きたこの一連の出来事に、誰もが呆然とするなか、ディアミスが乗って来た馬車から、ひとりの黒メガネメイドが姿を現す。


「お嬢様。そんなにチカラをお使いになられますと、あとで世話をする私たちが困ります」

「クララ……」


 その声に振り返ったディアミスの体が、突然フラりと揺れる。


「「あっ!」」


 思わず声が洩れ出た僕ら。

 メイドの胸の中に、倒れるように崩れ去るディアミス。その姿はさきほどまでの圧倒的なチカラを誇示する彼女とは違い、献身なるしもべに抱きかかえられる、か弱き淑女そのもの。あの強大なチカラを酷使したことによるパワーダウンなのか、目を閉じた彼女の表情に疲労感が漂う。


「さあ、もう参りましょう。街を崩落させた賊にムカつかれたのは、さきほどで発散されましたでしょう」

「「えっ!?」」


 まさか、これだけのことをしておいて、彼女たちは何の説明もなく立ち去ると言うのか。突然撤退を宣言する黒メガネメイドの言葉に、その場の全員が反応する。だが、これにも同じように反発する者がいた。


 乗って来た馬車のなかに戻るディアミスを、うしろからそっと補助する黒メガネメイドの背後に、アルテシアたちとの戦闘によって、この場からずいぶんと離れていたはずのあの男が、突然襲い掛かる。


「逃がさねえぞ! ()()()()()め!!」


 アルテシアに折られた黒剣とは別に隠し持っていたのか、懐から取り出した短刀を振り降ろす男。それをすかさず方腕で受け止めた黒メガネメイドとの間に、はげしく火花が舞い散った。


 鈍い金属音と共に、男の短刀で切り裂かれた黒メガネメイドの袖から、金属のガントレットが見え隠れする。だが、それでも男は諦めず、何度も短刀を振り回すが、その斬撃をことごとく腕の手甲でさばいていく黒メガネメイド。


「つ、つえぇぞ、このメイドさんっ!」


 すっかりバトルマニアとしての本能が見え始めたペイトンが、彼女たちの戦いに興奮する。強いものにあこがれるのは僕も同じだけれど、彼ほどに熱狂的ではない。隣で声をあげる彼に若干引きつつも、すぐ近くにある馬車の前で繰り広げられる戦いに、思わず目を奪われてしまう。


「申し訳ありませんが、お嬢様の体調がすぐれませんので、今すぐお引き取りを」


 男の隙を突いた黒メガネメイドがふわりと体勢を変え、強烈な後ろ回し蹴りを男に叩きこむと、それを受けた奴の体が宙に浮かぶ。


「そーそー! お前の相手はこっちだっつーの!」

「ちいっ!!」


 そこへ【スナッチ】を使ったジーナが追撃をする。

 その意識外からの攻撃を、かろうじて短刀で受けとめた男は、返す刀で彼女に反撃を試みるが、すぐさまそれを諦め、突如僕らから距離を取り始める。


 だが、その原因はすぐに証明される。

 男がいた場所に、アルテシアの魔剣のひとつが姿を現すと、そのまま逃げ去ろうとする男を追って、その剣先を変えていく。奴はあらかじめそのことを予測していたのか、当たり前のようにそれらをすべて回避していく。


「ホントあいつ何者!? ここまでアタシたちの攻撃を避けるとか、マジないわ!」

「気をつけるんだ、ジーナ! あいつはなんかヤバい!」


 男のあとを追おうとするジーナ。

最初に奴だと気付いたときに比べ、幾分落ち着きを取り戻したところを見て安心するとともに、お調子者の彼女が失敗しないように忠告する。


 奴のなにがと聞かれても、具体的には答えられないが、とにかく何か不気味なモノを感じてしまうことは確かだ。そんな僕の言葉に、ニコリと微笑みがえすジーナ。


「了解! お兄さんもさっき結構ヤバみだったから気をつけて!」

「うん、ありがとう。ジーナも」


 そう言葉を返し、そのままディアミスの居る方へと視線を戻す。すでに扉は閉められ、屈強な雰囲気を醸し出す御者によって、この場から動き出そうとしている馬車に、あわてて近寄り、窓から微かに見え隠れする彼女に向かって、一番知りたかった事を尋ねた。


「ディアミスさんっ! 教えてください。貴女はコインのことを知っていたのですか!」

「……コイン?」


 ジーナと出会うきっかけとなり、ディアミス自身が僕に渡したあの金貨が入った袋には、あの男が狙ったコインが入っていた。彼女がそれをワザと僕に渡したのか、それが知りたかったため、走り去ろうとする彼女を引きとめる。しかし、コインという言葉を聞いた彼女の表情は、それを知っているような顔ではない。


「……知らずに渡したのか……良かった」


 期待した通りの態度に、つい本音が漏れた。

 あの災いの元凶となったコインを、彼女が自ら僕に託したのではなく、知らずに渡したことになぜか安堵してしまう。


 悪名高き悪役令嬢なら、当然のやり口だろう。

 僕を騒動に巻き込んで、自分は難を逃れることくらい。やりかねないはずなのだ。それが僕の知る、悪役令嬢という物語の人物だったのなら。


「何を言っているのか存じませんが、変な言いがかりをつけるなら、改めて貴方とは対峙しますわよ。あ、あの件のこともありますし……」


 そう言って、少し顔を赤らめるディアミス。

 あの件? と、思い出そうとすると、またしても彼女から袋を投げつけられる。


「うぐっ!」

「思い出すんじゃないっ!! それをあげるから、さっさと馬車の踏み台から降りてちょうだい!」


 言われなくとも、ディアミスが投げた袋が、思いきり顔に当たった拍子で、馬車から離れてしまった。乱暴な彼女に文句を言おうとするも、勢いよく窓のカーテンを閉められてしまい、そこで会話は終了する。


 そのまま馬車は動き出し、結局ディアミスとは、あのコインについての詳しい話が出来ず仕舞いとなり、僕らの短い再会はあっけなく幕を下ろした。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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