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第七話   アルテシアの秘策

2025.6

一部シーンにおいて加筆・修正しました。



「ごめんなさい」


 アルテシアから謝罪の言葉を受ける。

 今は湖の森に入る前の軽い反省会議。

 その議題は僕に断りを入れず、また身体強化(ブースト)を使って激走した件について。

 本人は大いに反省しているとのこと。


 被害者である僕は、只今もれなく絶不調中。

 またしても僕は、あの恐怖の時間を味わうことになった。

 またしても僕は、あのお姫さま抱っこという羞恥を味わった。

 それも徒歩で七時間以上かかる距離を、わずか数十分へと短縮させるために。


 屋根を飛んだときとはわけが違う。

 たった数十分という時間が、永遠にも感じられたあの絶望。

 まだあの浮遊感が頭をふらつかせる。

 まだあの光景が目に焼き付いて消えない。

 まだあの全身に受けた風圧が、この皮膚に記憶されたままだ。

 普段、自分に触れる空気がこんなにも優しかったなんて、

 きっと誰も気にしていないはず。


「で、できれば先に言って欲しかった……」

「言ったらきっとダメって言われるし……時間も惜しいので、つい……」


 確かにアルテシアの言う通り、七時間というタイムロスは痛い。

 六百本という薬草を採取するためには、少しでも長く時間が欲しい。

 言えばヘタレな僕は、絶対に躊躇しただろう。

 ここは悔しいが、強硬手段に出た彼女の判断が正しい。


「……次はちゃんと言って欲しい」

「はいっ! 騎士の名にかけて!」


 そう言って、アルテシアが中古の剣を頭上にかかげる。

 最初冗談かと思ったが、どうやら彼女の目は本気だ。

 さすがに騎士の名までかけられちゃ、これ以上何も言えない。

 このときどき暴走する癖は、すべてにおいて完璧な彼女、唯一の欠点だな。

 結局、反省会は僕が折れたことで閉会となった。


 さて、思いのほか早く着いてしまった湖の森。

 鬱蒼と木々が生い茂る密林のような奥地は、蔦や斜めになった倒木が邪魔してよく見えない。

 ただ森の一部は開けているのか、光りが射す場所もあるみたいだ。


 ときおり何かの動物が叫ぶ声がする。

 こういった場所での未確認物体の叫び声なんて、

 恐怖以外のなにものでもない。


 ごくりと唾を呑み込む。

 足がすくんで、中々前に踏み出せない。

 森に入るのをためらう自分がいる。 


「では、入りましょう」

「う、うん」


 アルテシアのひと言で背中を押され、僕は覚悟を決める。

 武器屋での威勢を思い出し、森への第一歩を踏み出した。

 ガサガサと草木を分けて進む、冒険者一行とは言い難いふたり。

 正直、森を舐めているような装備です。

 唯一帯剣をしている彼女の装備は中古の剣。

 不安がよぎるなか、先頭を彼女が受け持ってくれた。

 強度不確かな剣を器用にふるい、邪魔な蔦や枝を切り払っていく。

 そして道なき道を進み続けること小一時間、

 やがて僕らは湖にたどり着いた。


「おー」


 木々のすき間からこぼれる太陽の光。

 キラキラと輝く湖の水面。

 限りなく透明に近い、水色の光景が広がる森のオアシス。

 対岸のほとりには、小さな動物も集まっている。


 風に木々が揺れるたび、七色に変化する光のキャンバス。

 幻想と癒しが共存する。たとえようのない空間。

 まるで歩き疲れた僕を癒すかのように吸い寄せる湖の魔力。

 思わずそこへ近付こうとすると、突然、アルテシアに腕を掴まれた。


「魔物かも……ここは警戒すべきです」


 その言葉で一気に現実に戻された僕。

 アルテシアの示す方向には、動物か何かが食い散らかされたばかりの跡が。

 それをいち早く見つけた彼女が、警戒のため僕を引き留めた。


「う、うん……ごめん」


 どちらにせよ、前世で野山に立ち入った経験のない僕にとって、

 森に生息するどんな生物も脅威でしかない。

 彼女は騎士。僕は戦力外の奴隷ディーラー。

 ここはすべてを託すしかない。

 その代わり、薬草採取は頑張るから。

 そう決意したとき、僕はある重大な事実に気付く。


「あっ!!」

「ヨースケさん、あまり大声を出すと……」


 アルテシアに声をあげたことを窘められる。

 そうは言っても、こればかりは黙っていられない。

 僕はとっさに声をひそめ、彼女に謝罪する。


『ごめん、アルテシア。ちょっとやらかした……』

『えっ?』


『実は僕、薬草を見たことがないんだ。あっ、でも、アルテシアは知ってるか――』

『あ!』


『あ! って何!? 今の、あ! って! まさかキミも知らないの?』

『ご、ごめんなさい。私もポーションになったモノしか……』


 問題発生。

 ふたりは薬草を知らなかった。

 薬草と聞いただけで勝手に理解したと思い込み、

 何も考えずここまで来てしまったのだ。

 当然、僕は薬草なんて見たことがない。

 頼みの綱だったアルテシアもポーションの材料としか認識していなかった。

 その情報でさえ、僕には初耳なのだから。

 

 迂闊だった。

 ゲームのように、一目で薬草とわかる目印なんてあるはずがないのだ。

 仮に僕のジョブが武器屋だったら、【鑑定】で何とか識別出来たかもしれない。

 しかし残念ながら僕は奴隷ディーラー。

 そんな便利なスキルを持ち合わせているはずもなく、

 ここで詰んだことを、理解せざるを得ないと理解した。

 

 気まずい空気感。

 ふたりとも目が泳いでいる。

 ここは主である僕が、ミッション未達の号令を出すべきか。


「あーやっぱり戻るしかない……よね」

「……」


 アルテシアにおそるおそる理解を求める。

 しかし、彼女は黙ったまま、何か思案するかのように俯く。

 僕もうっかりしていたが、責任感の強い騎士である彼女の悔しい気持ちもわかる。


 次の全力送迎は、お断りしたい。

 徒歩は時間もかかり、今日一日が無駄になるのは確実か。

 

 答えはもう出ている。

 彼女の返事を待つまでもない。

 もう戻るしかないんだ――


「大丈夫です、ヨースケさん!」

「えっ?」


 アルテシアの自信に満ちた声が返ってきた。

 彼女の「大丈夫です」は、何故だかとても勇気付けられる気がする。

 それがまた聞けたことで、妙な安心感を覚えた。

 まるで諦めかけていた僕の心に光が差すように。

 

「私に策があります」

「おお! って、えっ? あっ! ちょっと、アルテシア! 待って!」


 アルテシアの策が何なのかを知るよりも先に、彼女が動いた。

 その咄嗟の行動に置いてけぼりを食らう僕は、あわてて彼女を呼び止める。

 しかし、僕の制止も聞かず、彼女はどんどん湖の元へと進んでいく。

 そして湖のほとりまで近付いたところで、ようやく止まった。

 結果、僕も後を追いかける形になってしまう。

 もしかしてまた暴走か。


「アルテシア、策があるって言ったのに、急にどうしたの」

「……」


 アルテシアの突然の行動に対し、僕は疑問を投げかけたものの、彼女は無言だった。

 彼女の目的の意図が掴めず、僕もそれ以上何も聞けないまま、互いの沈黙がしばらく続く。

 やがて、何かの意を決したのか、ようやく彼女は口を開いた。


「……ヨースケさん。ここから先、決して私を見ないでください」

「えっ? あ、うん了解……う、うしろを向いてたら、いいのかな……」


 振り返ることなく、同意を求めるアルテシア。

 そのただならぬ空気に、訳も分からないまま、彼女に背を向ける。

 これから一体、何が始まるのかという不安と期待に、胸が高鳴るのを感じた。


 静かな湖のほとりで、なぜかお互いに背を向け合うというこの状況。

 誰も見ていない。誰も知らない。ふたりだけの空間。

 唯一頼れるのは聴覚のみ。全神経を集中させ、どんな音さえも聞き逃さないという姿勢で耳を澄ませる。 


「……!」


 一切の雑音を無視し、その音だけを求めたとき、微かにそれは聴こえた。

 

 ――衣の擦れる音。

 それは一気に妄想へと誘う合図となった。

 なぜ? どうしてこんなところで脱ぐのか。

 この背中の向こうにどんな魅惑が待っているのか。


 頭を駆け巡る、決して想像してはならない、淫靡なる光景。

 考えることは罪じゃない。考えないことが大罪だ。

 落ち着け、この状況はアルテシアが自ら望んだモノだ。

 僕に落ち度があるわけでも、糾弾されるいわれもないはずだ。

 そう、黙って待つほかない。僕は今、試されているんだ。

 そんな呆れるほど都合のいい解釈を重ねる僕をよそに、次なる音色が鼓膜を襲う。


 それはアルテシアが剣を鞘から抜き放つ音。

 続いて、ほとりの柔らかい土にのめり込む鞘の音。

 彼女の行動の一挙手一投足を逃すまいと、聴力に全神経を注ぐ。

 着ていた服を脱ぎ捨て、剣を抜き、彼女はいったい何をするつもりなのか。


 静かに水辺を進む音が続く。

 振り返りたい気持ちを押さえつけ、

 いたたまれなくなった僕は、アルテシアへと問いかけた。

 

「アルテシア、そこで何を――」

「ヨースケさんは、どこかに隠れてください」


 問いかけは指示となって返ってきた。

 隠れるとは? 

 アルテシアの真意がわからぬまま、

 言われたとおり、僕は目に留まった茂みへと移動する。

 これにはきっと意味があると信じて。


「――!?」


 僕が草陰に隠れるのと同時に、辺りの気配が一変した。

 まるで僕が消えるのを待っていたかのように、

 湖を囲む茂みが一斉に音を立て始めたのだ。


「ギルル……」 


 唸るような声。

 これまで殺していた気配が、一気に解き放たれていく。

 身の毛がよだつのを感じる。

 本能が危険だと僕に教えてくれる。

 

 腰まである高さの茂みに身を潜ませながら、

 僕から少し離れた雑草の影に何かを発見した。


 あれは何だ?

 木々から差し込む日差しのせいか、

 はたまた水面に反射する光のせいで、はっきりと認識は出来ない。

 

 もちろん生物であるのは確かだ。

 目を凝らしながら、その正体の見極めに努める。


 その数は数え切れないほど。

 全員の背丈は子供くらいの大きさ。

 当然武装した状態。こん棒やナイフ、盾を装備している者もチラホラ。

 どの容姿も醜く、邪悪な笑みを浮かべている。

 これらの情報に当てはまる存在を僕は知っている。

 いや、実際に会うのは初めてだけれど。


 奴等は僕に興味はないらしい。

 当然、存在を認識しているものの、真の目的は別だ。

 

 

 ― ゴブリンたちはアルテシアを狙っている ―

 

 

 それを理解した瞬間、僕の焦りは頂点を迎える。

 震えは止まらない。いくら小さな存在でも、相手は魔物だ。

 それもゲームで簡単に倒せるような相手ではない、現実の脅威だ。

 剣と魔法の世界で、悔しくも僕は戦う側ではなかった。

 遭遇すれば即、死を覚悟するしかない。


 そんななか、ふと頭をよぎる。

 アルテシアは大丈夫なのか。

 自分のことを棚上げしたまま、彼女の安否を懸念する。

 騎士レベル32とはいえ、相手は徒党を組んだ魔物たちだ。

 

 しかもどういうわけか奴らは水面を歩いている。

 自分の知るゴブリンに、そんな能力はないはず。

 もしや、奴らは全く別の魔物なのか。


 アルテシアへと振り返る。

 頭の片隅に約束が浮かぶが、今はそれどころじゃない。

 幸いにも僕の視界に映るアルテシアは、背を向けた状態で、湖に腰まで浸かっている状態だった。


「アルテシア!!」

「私は大丈夫です!」

  

 アルテシアに声をかけるも、普段通りの返答に一瞬安堵する。

 こんな状況下においても、アルテシアは冷静だった。

 剣を水中に下ろし、じっと奴らの動向をうかがっているようすだ。


 アルテシアは最初から知っていたのか。


 そう確信したのは、一斉に距離を詰める小鬼たちに呼応するように、彼女の姿がわずかにブレた瞬間だった。


「グギャアァァッッ!!」


 群がるゴブリンのなか、その声を誰が発したかはわからない。

 ただ、それを皮切りに、他のゴブリンたちも同様に絶叫する。

 

 僕の視界からはもう、アルテシアを確認することは不可能だった。

 ただ、彼女がいる場所を埋め尽くすゴブリンたちが、音もなく空を舞った。


 ――いや、微かに聞こえるのは剣を振るう音。

 そして、ゴブリンたちが舞い散ると同時に、僕の視界に再び舞い戻るアルテシアの姿。

 それがまたブレた瞬間、小さく血しぶきをあげ絶叫するゴブリンたちを、上空へと吹き飛ばす。


 あれはアルテシアがやっていることなのか。

 彼女の姿がブレるたびに、無数の剣線が走り、その間合いに居たゴブリンたちを薙ぎ払う。

 先頭の状況を知らずに突っ込んでいくゴブリンが、またひとり、抵抗する暇も与えられず、無様に吹き飛んだ。

 こうして闇雲に突撃を続けるゴブリンたちは、次々に先頭集団と同じ結末を辿る。


 蹂躙するはずが、たったひとりの女の子によって逆に蹂躙されていく。

 この光景を誰が予想しただろうか。

 もちろん僕を含めて。


 異世界の女性――いや、騎士の固定ジョブを持つ彼女と、魔物たちとの実力差は歴然だ。

 圧倒的な戦いを目の当たりにした今、一騎当千は実在するのだと思い知らされた。

 

「グギャゥゥ……」

「あっ!」


 圧勝するアルテシアの姿に見惚れていると、傷付いたゴブリンたちが、落ちた湖の水面からふたたび起き上がろうとしているのに気付く。

 彼女の攻撃が浅かったのか、ゴブリンたちは傷つきながらも、次々と水面から姿を現す。

 戦いはまだ終わっていなかった。それどころか手負いのゴブリンたちが、さらに凶暴さを増す恐れもある。

 額に汗が浮かぶ。

 握ったままの拳には、無意識に力が込められていく。

 アルテシアを心配する気持ちがさらに膨れ上がっていく。


 しかし、そんな緊張感のなか、小さな違和感が芽生え始めた。

 僕の予想に反して、なぜか奴らの動きには、勢いがない。



「ウガウゥ……」


 ゴブリンたちのようすがおかしい。

 そう困惑するなか、連中の誰かが、力なく唸り声をあげる。

 それが合図だったのか、ゴブリンたちが一斉にアルテシアから離れていく。

 

 その瞬間、リキんでいた力が全身から抜けた。

 戦闘の終わりを感じたからだろう。

 緊張の糸が切れたとはこういうことなのか。

 恥かしいことに、目じりには薄っすらと涙が滲んでいたようだ。


 戦いの継続は僕の杞憂だった。

 奴らは獲物と思い込んでいた相手に完敗し、退却を選んだのだ。

 と、結論を下した瞬間だった。


「えっ?」


 ゴブリンたちの視線が一斉にこちらへと向かう。

 嫌な予感が走る。背筋を冷たい何かが落ちていく。

 手負いのゴブリンたちの行き先は突如、僕へと修正されたのだ。

 そして、怒涛の如く押し寄せるゴブリンの群れは、一気に僕との距離を詰める。

  

「ひっ――!」


 恐怖が喉を圧迫する。

 鬼気迫った表情のゴブリンたちは、すぐ目と鼻の先だ。

 奴らは皆、体のどこかしらに傷を負い、恨みのこもった表情で僕を睨む。

 アルテシアに敗北した結果、その腹いせは僕へと向けられたのだ。

 

 殺される。終わった。

 そう覚悟した僕は、ぎゅっと目を閉じた。

 油断したせいだと最期に猛省する。


 せめて一瞬で始末して欲しい。

 そう祈り続けたものの、なかなか最期の一太刀が届かない。

 それどころか、隣を何かが通り過ぎる気配さえする。


 目を開けたと同時に唖然とした。

 そこには僕を避けながら、背後の森へと逃げていくゴブリンたちの姿が。

 覚悟とは何だったのか。

 とりあえず命拾いしたのは確かだ。

 

 その後、慌ただしく逃げたゴブリンたちはすべて居なくなり、ふたたび湖には静寂が訪れた。

 後方の森に消えたゴブリンたちが戻ってこないのを確かめた僕は、ようやく安堵の息を吐く。


 そしてあることに気付く。

 僕が覚悟してから、ゴブリンたちが消えるまでの間、

 アルテシアはどうしたのか。


 ここですっかり約束を忘れた僕は、

 再び湖の方向へと視線を向けた。


「アルテーー」


 そこには美が存在した。

 言葉を呑み込むほどに神々しい美があった。

 僕がゴブリンに気を取られている隙にと思ったのだろうか。

 こっそりと湖からあがり、脱ぎ捨てた衣服を手にする瞬間のアルテシアが。


 改めて目の当たりにした、アルテシアの裸身。

 屈んだ状態にもかかわらず、重力に負けることのない胸元。

 少し濡れた金色の髪は、真っ白な肌に張り付いている。

 どんな姿勢で静止したとしても、彼女を越える絵画は存在しないと断言できるだろう。

 あの恐怖体験から至福のご褒美というギャップで、彼女から目が離せない。


 そんな僕の視線を一身に受けながら、わなわなと震えるアルテシア。

 耳まで――いや、全身を赤く染めたまま、手だけが何かを捜している。


「う、う、うぅ……」


 僕から目を逸らさず、赤面するアルテシア。

 声にならない声を漏らしながら、ようやく探していた何かを掴むと、潤んだ瞳で僕を見据えた。

 

「ア、アルテシア……?」


 アルテシアが掴んだ何かを振りかぶった。

 戸惑いのなか、僕は言い訳を考える間もなく、彼女の恨み節を浴びた。


「ミナイデッテ……イッタノニィィィィ!!!!」

  

 同時に、僕を目がけて飛んでくるナニか。

 それを顔面で受け止めた瞬間、あのときと同じく僕は意識を手放すのだった。

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「痛つっ……」


 眉間の痛みで目が覚めた。

 どうやら命は無事だったようだ。

 顔面に受けた瞬間は、剣が飛んできたモノと思い、本気で覚悟した。

 しかし、飛んで来たのは剣ではなく、鞘の方だったらしい。

 

「私、とんでもないことを……」

「あー僕が悪いんだ。約束したのにゴメン」


 そんな言葉を交わしながら、同時に立ち上がる。

 ふと目が合った瞬間、思い出したせいか、お互いに赤面する。

 そのとき視線が激しく泳いだのがツボったのか、ふたりして吹き出してしまう。


「あはは、アルテシア、キョロキョロし過ぎ」

「もう、ヨースケさんだって、ワザと変な顔に」


 ある程度笑ったところで、僕は本題に入る。

 先ほどの件について、問い詰めたかったのだ。

 真面目な顔に気付いたのか、アルテシアも笑みを戻す。


「アルテシア、どうしてあんな危険なことをしたの!」

「えっと、申し訳ありませんでした」


 アルテシアが頭を下げる。

 別に謝ってもらいたい訳ではないので、理由を問いかけた。

 あのゴブリンの襲撃は、彼女の言っていた策に関係するのかと。

 

「薬草を見つけるためです」

「薬草? それとゴブリンにどんな関係が?」


 説明を続けるアルテシア。

 あのゴブリンたちの名は、レイクゴブリンという種族だそうだ。

 大きな湖のある森に生息し、特殊な能力で水面を自由に移動する、やっかいな魔物だ。 

 そんなレイクゴブリンは、獰猛だが普段は人前に姿を現すことはない。

 そこで彼女は、レイクゴブリンの習性を利用しておびき寄せることを考えた。

 そのために自ら湖へと入ったという。


「うーん、奴らの習性とアルテシアが湖に入ることに何か関係があるの? それと薬草に繋がる理由が分からない」


 僕の疑問を受け、アルテシアはさらに話を続ける。

 レイクゴブリンたちの習性についてだ。

 どうやら、ある条件で人前に姿を見せることがあるらしいとのこと。


「へえ、それってアルテシアが湖に入ったこと?」

「はい。レイクゴブリンは若い人族の女性を好みます。俗にいう……アレをするためですが……」


 少し言い辛そうにするアルテシア。

 それだけでアレの意味を察するのに十分だった。

 要するに他のゴブリンと同じく、種族繁栄の行為をすることだ。

 

「だからって、なんで裸に」

「服を着ていると武装していると思って、姿を現さないんです。だから……」


 なるほど。

 臆病な性格のせいで、目的自体は野蛮な行為なのに、武器が怖いから裸になってくれないと襲わないというのが変な拘りというか、何様のつもりだとちょっとムカついてくる。


「んーでも、薬草は? レイクゴブリンたちみんな逃げちゃったけど?」


 肝心の薬草について尋ねる。

 レイクゴブリンの習性は百歩引いて納得するとして、薬草を見つけるという目的には繋がっていない気がしたからだ。


「私がゴブリンたちを手負いにしたのは、ワザとなんです」

「えっ? ワザと!?」


 アルテシアの言葉に驚く。

 正直、あれだけの強さを持っているのに、一匹も倒していないのは変だと思っていた。

 それがワザと手負いにした状態で逃がしたのだとすれば、話も変わってくる。

 もちろんそのあとの理由を聞いたうえで。


「あれを見て下さい」


 そう言ってアルテシアが指し示す場所に目を移す。

 そこには点々と続く、レイクゴブリンたちの血のあとが。

 それも僕が見送った森の奥へと続いていた。


「レイクゴブリンをはじめ、多くの魔物は手負いにすると逃げ出します。でも巣に戻ることは決してしません。尾行されて敵に巣を特定されることを恐れるからです。なのでケガを癒す手段が必要となります」


 血の跡をふたりで追いながら、アルテシアは話を続ける。

 手負いの魔物たちは、普段からその回復する手段を用意しているらしい。

 回復魔法を使う魔物との契約はもちろん、自分の生息地にある薬草の場所の確保など。

 前者は少数で回復する場合に利用し、後者は大勢の手負いが回復を求める場合に利用されるという。


「だからあれだけの数のレイクゴブリンを傷だけ負わせたと」

「はい。エルフの古い言葉があります。森のことはエルフに聞け。薬草のことはケガ人に聞けと」


 すべてが合致した。

 アルテシアの策とは、自分で探さず、魔物に薬草の場所へと導いてもらうことだった。

 異世界に転生したばかりの僕では、到底思いつかない策だ。

 魔物の習性を知り、他種族の言い伝えを理解して応用するなんて、これまでの経験や知識 がモノを言うお手本だろう。

 さすがだと感心した。


「すごいよ、アルテシア」

「ふふっ」


 少しドヤ顔のアルテシア。

 その仕草に思わず微笑んでしまう。

 でも、ひとつだけどうしても彼女に言いたいことがあった。


「えっと、アルテシアの策に感謝はしてる。でも……」

「でも?」


 僕が途中で言葉を濁らせると、首をかしげるアルテシア。

 僕を覗き込む、彼女の綺麗な青い瞳に吸い込まれそうになるも、僕は話を続ける。


「ぼ、僕は一応、キミの主だよね。だ、だから忠告ってか、注意ってか、ちょーっと嫌だったことだけ伝えとこっかなって」

「???……はい」


 遠まわしに僕の気持ちを伝えるが、アルテシアにはイマイチのようだ。

 深い息を吸い込みながら、ハッキリと意思表示をすることを腹に決める。

 じっと彼女を見つめ、自分でも恥ずかしさで赤くなるのを感じる。


「でっ、出来れば、僕以外に、その……は、裸を見せるのは嫌って言うか、その……相手が魔物でも、ちょっと困るって言うか……と、とにかく! ダ、ダメだから!!」

「―!」


 目を丸くして驚くアルテシア。

 僕は恥ずかしさで視線を宙に逸らす。

 反対に彼女は一点を見つめたまま俯いた。


 情けないけれど、僕は魔物にまで嫉妬するらしい。

 彼女は絶対引いたかもしれない。

 でももうカッコ悪いところは色々見せたし、今更だ。


「……」

「……」


 しばらくの沈黙。

 あれ、やっぱりやらかしたか。

 何も答えてくれないアルテシアのようすに、だんだんと焦りが生まれる。


 この話は笑って流そう。

 そう思い、彼女に声をかけようとすると、


「……た」

「え?」


 微かな声が耳に入った。

 それは、消え入りそうなアルテシアの声。

 思わず耳を彼女へとそば立てる。

 

「わかりました」

「……」


 今度はハッキリと聞こえた。

 それも僕の目を真っすぐ見つめたままで。

 とても赤く染まった彼女の微笑む表情に、目を奪われてしまう。


「もう、あなた以外に見せませんから」

「あぅ……う、うん。わかっ……た」

 

 そう言ったまま、再びお互いに目を逸らす。

 同時に僕は足元をすくわれ、派手に転んだ。

 こんな良い感じの場面で転ぶなんてと凹む僕。

 草の地面によってダメージは少ないが、転んだ原因を知ってさらに凹んだ。


「うわっ! ゴブリンの血で滑った!」

「だ、大丈夫ですか!」


「ああっ! 手をついた場所も……血が!」

「ヨ、ヨースケさん……」


 血のついた手を見せながら騒ぐ僕。

 さすがにアルテシアの残念な視線が痛い。

 どうしていつもこうなるのか。

 ため息がいつもより深い。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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