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第八十二話 燃える街



「――ださい。――さん!」


 またも誰かの声が聞こえる。

 ごめん。もう少し眠らせて欲しい。先日からの旅の疲れもあったし、今夜ようやく普通のベッドで寝ることが出来たんだ。出来れば朝まで眠りたい。そう、朝まで。


 個室の部屋は狭い。

 窓は小さく、両方の手を伸ばせば、どちらもすぐに壁に当たり、それでも肘を曲げている状態。とてもじゃないけれど、これであの金額とかありえない。箱の中で眠っている気分だけれど、仕方がない。僕らは間違ってこの宿を選んでしまった。


 ベッドはオプション。

 シーツも別料金。

 枕だってそうだ。

 ここはすべてが別料金。


 あのテキパキとした女性従業員は、常に怒っていた。僕らが少し廊下で話をしても罰金。くしゃみをしても罰金。罰金、罰金、罰金。いくらお金があっても足りないほどに、彼女から罰金の催促が飛んでくる。


 いい加減にして欲しい。

 僕らは泊まりたくて泊まった訳じゃない。

 半ば騙されたようなモノなんだ。ここがそんな宿だってわかっていれば、絶対に泊まったりしなかった。あのニヤけた店主――なんて名前だっけ。忘れたけれど、とにかくあの店主の強欲さには辟易した。


「――やく! ――ないと!」


 もう、うるさいな。

 僕は眠りたいんだ。出来ればこのまま。そう、ずっとこのまま惰眠を貪るように、ベッドの深い場所まで沈んで行きたい。時間を【リセット】出来るなら、僕は何度でもこの時間に戻って来るだろう。そう――僕は眠りたいん――



「だあああああああああああああぁぁぁぁ!?」


 突然、体がふわりと浮いた。

 ハッとして目を開けると、この狭い部屋の小さな窓が、壁や窓枠もろともすべて吹き飛んでいるのが映った。そこから流れるように重力の加速を体が感じ取り、折れた腕に激痛が走る。その痛みに意識が覚醒したのも束の間、気付けば僕は飛んでいた。そこまではずっと叫んでいたことを覚えている。そして、夜空の星が綺麗だと感じた一瞬の無重力状態は、すぐさま僕の視線を街の情景へと移り替えた。


 炎――だった。


 第一印象はそれだ。

 街は赤一色となり、夜空はその一部をオレンジ色に染める。街のすべてが燃えているなか、僕は今の状況にふと身に覚えがあることを思い出す。


「ア、アルテシア……!?」


 湖の森での帰り、こんな状況になったことがあった。彼女に抱きかかえられ、森の上空高く飛んだ背筋が冷たくなる思い出だ。それがこの強欲の街、クーランノイエで再現された。


「すみません。急いでいたもので」


 僕を抱えるアルテシアの表情は重い。

 この状況において、それは当然のことだろう。街がすべて燃えているのだから。


 そのまま僕らは、近くの地面へと降り立った。周囲にはすでに脱出したジーナと彼女におぶさったロジの姿が。それにペイトンが荷馬車や馬たちも連れている。当然仔馬も無事だ。


「はあ。この状況下で、あれだけ寝ているお前を、俺は尊敬するよ」

「ご、ごめん。こんなことになってるなんて……」


 ペイトンが僕に呆れている。

 一度寝たらそう簡単には起きない体質のせいか、まったく気づかなかった。うしろを振り返ると、業火にさらされた【金のなる木】が。その前ではあの店主や女性従業員たちが、狂ったように叫んでいる。


「ワ、ワタクシの宿があぁぁぁ。すべて……すべてが燃えてしまうぅぅぅぅ!!」

「あのなかにアタシのへそくりが!! イヤアァァァァ!! 全部燃えちゃうぅぅぅ!!!」


 ペイルバインから訪れる客に対し、あれこれとボッタクることで成り上った、彼らの城は燃えていた。もちろん彼らに同情する気もないし、これ以上関わる気もない。


「後払いで良かったね。あいつらマジでいい気味だっつーの」


 ボソリとジーナが悪態をつく。

 そう言えばそうだったと思い出し、ホッと胸を撫でおろす。あの金額はすべてなかったことになったのだ。それと同時に彼らのことは意識から消えていく。


「それよりも、この状況はいったい」

「リサメイさんたちがようすを見に行ってるけど、まだ帰って来てないんだ」


 ペイトンに事情を聴くが、今のところわからないらしい。リサメイや黒狼族たちが偵察に出ているなら、僕らはここに居た方が彼女も安心だろう。


 家々から出る炎に、馬たちも少し怯えているようだ。ペイトンがいなければ、彼らも暴れ出していたかもしれない。馬車使いの存在はこんなときも地味に活躍している。


「あ! リサ姉たちが」


 僕よりも睡眠が深いロジをおぶさったジーナが、ある方向を指差して叫ぶ。その先には火の粉を振り払いながらこちらへとやって来るリサメイたちの姿があった。


「リサメイ!」

「主さん、やっと起きたか」


「くっ……キミもそれを言うのかい」


 僕の心配をよそに、ニヤリと笑うリサメイ。

 彼女たちが偵察に向かっている間も、僕はあの業火のなかで寝ていたのだ。何を言われても返す言葉がない。


「退路の確保は……」

「ああ。あたしたちが通って来た道を行けば、東側に出るはずだよ。途中崩れた建物は全部ぶっ壊して来たし」


 アルテシアがリサメイの偵察の報告を受ける。

 彼女たちの目的は、僕らが逃げるための通路の確保だったらしい。主である僕が寝ている間に、彼女たちにはいろいろと苦労をかけたようだ。


「ありがとう、リサメイ。助かったよ」

「あ、あ、あたしなんかに……そんな……べ、別に、感謝なんて……」


 僕がリサメイの手を取り、感謝の言葉をかけると、急に赤くなり照れる彼女。ちょっと大げさにし過ぎたか。アルテシアにも同様の感謝を述べると、彼女も赤くなり黙って頷くだけだった。


「こーいうとこ、お兄さんの悪いとこだよね」


 そんな僕らのようすに呆れるジーナ。

 いや、キミにだって感謝してるよ? どれか思い出せないだけで。


「ロジ坊はまだ寝てるのか。兄貴よりも図太いなこいつ」

「寝る子は育つと言いますからね。そっとしておきましょう」


「兄貴、あの宿の代金。支払わずに済んで良かったな。あんなボッタクり宿、燃えて清々したぜ」

「お前、あの建物から脱出するとき、なんか盗んでなかったか? 俺はちゃんと見てたぞ」


 黒狼族たちも無事で安心した。

 彼らの方は特に僕が大げさに感謝する必要もなく、それぞれが好き勝手に話しているのでヨシとする。別に男だからというわけではない。向こうもそんなこと望んでないだろうし、あくまでも感謝の気持ちに留めているだけで。


「そーいうとこ、お兄さんの悪いとこだよね」



 ジーナがうるさい。



 ひととおり仲間の無事を確認出来た。

 この業火の原因も気になるが、今はそれどころじゃない。ペイトンと目で会話をし、彼が馬たちをまとめ、荷馬車の小さな御者台に乗った。


「じゃあそろそろこんなとこおさらばして、街の外へ脱――」

「いんや。悪いがお前らに出て行かれると、せっかく街を燃やした意味がないから却下だ」


「――!!」


 荷馬車に乗ったペイトンが、そう合図をかけたとき、退路方向から突然、誰かの声が聞こえる。全員がその声に警戒するなか、その場に黒いローブをまとう牛仮面を被った男たちが、じわりと染み出るように姿を現す。


「「「「――【黒の手】!!」」」」


 戦闘組がとっさに臨戦態勢をとる。

 僕らも荷馬車のほうへと走り寄り、奴らから距離をおいた。【黒の手】が醸し出す異様な空気。そのなかには山で消えた黒狼族たちの姿もあり、ロックロックたちの表情が変わる。


「いやあ、探すのに苦労したぜ。まさかこのクソ宿に泊まってたとはな。あそこのオヤジにさぞかしボッタクられただろう? お前ら」

「ひいっ……!!」


 【黒の手】の中心に立つ男が声をあげる。

 この宿を知っているのか、それとも宿に対して恨みがあるのか、僕でも感じるほどの殺気を飛ばし、【金のなる木】の店主を怯えさせた。


 そんな奴の声。どこかで聞いたような気がする。

 まだ転生してそれほど経っていない僕には、知り合いなんてほとんどいない。だが、その人を嫌な気分にさせる声は、そういった知り合いではなく、敵だったような気も。


「お兄……さん」

「痛っ!!」


 うしろにいたジーナが、僕の折れた側の腕を掴む。

 僕の腕がそんな状況なのは、当然彼女もわかっていたはず。それを忘れるほどに彼女の顔は暗く、心なしか掴んでいる手も震えていた。


「ジーナ。いったいどうし――」

「あ、あいつだよ。あの男だ。アタシ、忘れてないよ、あいつの声」


 歯噛みするジーナに、僕はハッとする。

 彼女がこれほどまでに憎悪する相手。

 それはただひとりしかいないはず。

 


 彼女を殺そうとした()()()だ。



 「――!!」


 僕がそれに気付いたとき、もうひとり、奴の正体に気付いた者がいた。地面を蹴り、素早くその声の主に飛びかかったのはアルテシア。一度剣を交えた相手、あのとき逃してしまった敵を見つけ、彼女は彼女に課せられた職務を果たす。


 向こうは全部で九人。そのうちのひとり目がけ、彼女は魔剣の一本をその手に呼び出す。遠距離でも倒せるはずの魔剣を、わざわざ手に持つのは、至近距離での戦いを望んでいるためだろう。仲間であるジーナを、ひん死の状態にまで追い詰めた憎き相手。それを自分の手で直接倒そうとするのは、彼女らしいとしか表現出来ない。


 【黒の手】の真ん中に立つ男。

 まるで、アルテシアを待ち構えているかのように堂々と構え、ローブの袂からスラリと剣を抜く。【黒の手】らしい禍々しいほどに黒い剣を持った男は、彼女の第一刀をその黒い得物で受け止める。


「なにっ!?」


 だが、それは奴にとって悪手だった。

 アルテシアの持つ剣は、かの天才ドワーフたちによって作られた数少ない魔剣、七聖剣のひとふりだ。いくら出所のわからない怪しい黒剣をもってしても、魔剣の強度に耐えられるモノではなかった。


 七聖剣の前にあっさりと折れる黒剣。

 同時に奴が驚愕し、とっさにうしろへと下がるが遅かった。アルテシアの二刀目が奴のフードごと牛仮面を切り裂くと、そこからあの人の良さそうな顔が現れる。


「――っ! 魔剣か。奴隷のくせにそんな代物、どこで手に入れやがった」


 捨て台詞のように吐き捨て、続くアルテシアの三刀目をも避け切った男。奴の回避能力は、現在の彼女の剣速を上回っているのか、どの攻撃も当たらない。


「――!」


 途中アルテシアが何かに気付き、身をかわす。

 彼女がいた場所を、別の【黒の手】が放った炎が通り過ぎ、周囲に火の粉をまき散らす。


「チッ。なんだよ。土の次は火の魔法使いか!」


 御者台からペイトンが吐き捨てる。

 その言葉通り、アルテシアに横やりを入れた【黒の手】は炎の塊を次々と頭上に発生させ、一気に彼女へ放った。


「ギャハハハハハッ!! チネチネチネチネ(死ね死ね死ね死ね)ェェェェ!!」

「うーわ。あいつもかよ!」


 ペイトンがまたも叫ぶ。

 火の魔法を使う男の声が、燃えさかる街にこだまする。土魔法使いと同じで、この【黒の手】の火魔法使いも半狂乱状態らしい。これにより奴ら【黒の手】は、魔法使いのなかで回復薬を使うことが常習化している組織だということが、ここに来て証明された。そうなると魔法使いたちの攻撃には終わりがないということになる。


 必然的に長期戦の可能性を予感させた、火魔法使いの叫び。そんな奴の頭上に、いつの間にか近付いていた、リサメイの黄金のこん棒が振り落とされた。


「うあわちちちちちぃぃぃぃ!!」


 こん棒が奴に触れる瞬間、あの土魔法使いと同じく、火魔法使いの周辺からも防御のための炎柱が吹き上がる。とっさにかわすリサメイだったが、多少の火傷を負ってしまった。


「ギャハハハハッ!! バーカ! バーカ!! バーカ!!!」

「クッソ! ムカつく野郎だぜ!!」


 自分の罠にはまったことを喜ぶ土魔法使いが、まるで子供のようにリサメイを煽る。だが、それが彼女に別の意味で火を付けたことを、あとで後悔することになる土魔法使い。


 彼女がキレると同時に、僕もステータス画面を展開する。またも無茶をしそうなリサメイに内心ため息をつきつつ、彼女のサポートに徹することにした。


「ギャアア!! クオィツウゥゥ(こいつ)!! ホヌウォウォウォ(炎を)モヌヲトウムウォ(ものとも)スイネエェェ(しねえ)


《対象の【ステータス】に、状態異常として負傷部位を多数確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


《対象の【装備品】に、規定を超える劣化を確認。その他、劣化品も同時に警告。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


「全部使用する!」


 土魔法使いの周囲に広がる、燃えさかった炎柱に身を焼かれながらも、執拗にこん棒を叩きつけるリサメイ。何度も流れる彼女の身体の損傷を示す【リセット】のアナウンスを了承しながら、さきほど炎を回避したアルテシアが気になり、そちらに意識を向ける。


 依然として魔剣を片手に、謎の男への攻撃を続けるアルテシア。その周囲には男の他に数名の【黒の手】が迫り、彼女を囲おうとしているが、謎の男のスピードが速く、それに連動して動くアルテシアを他の【黒の手】が追い切れていないといった現状が続いていたらしい。


 そして別の場所では、例の黒狼族の追手、グレングレンとザックザックを取り囲むロックロックたちの姿があった。


 またしても混戦になる戦場。僕の【リセット】もフル活動になる予感が。


「ぐうっ!!」


 ある場所で新たな進展があった。

 それは、あの男が漏らした声で判明する。黒いローブの脇を押さえ、アルテシアの攻撃を辛うじてかわした男が、痛みによる声をあげた。


「クッソ! 思い出したぜ。お前……生きていやがったのか」


 男の視線の先に、僕は見知った人物を見つける。

 それはまさしく、このときを待ちわびたかのように、【スナッチ】による渾身の一撃を謎の男にお見舞いした、ドヤ顔のジーナだった。


「ざまあ! アタシの痛み、少しは思い知ったか! この、◇▼●野郎!」


 ロジの預かっていた、アルテシアの剣をかかげるジーナが、謎の男に悪態をつく。その言葉を受け、忌々しさを募らせた男の目がようやく見開いた。


「それならもう一度殺すまで。貴様ら全員ぶっ殺してやる!!」


 再び緊張の走る戦場。

 そのときアルテシアとジーナに挟まれた謎の男が、懐から取り出した、ひし形のガラス瓶に入った薬品を、ひん死の火魔法使いへと投げる。


「あ、あれは! 最高級回復薬!」

「ちっ!」


 それを目撃したペイトンが叫ぶ。

 またも彼の言葉通り、その薬品を全身に浴びた火魔法使いは、淡い青みがかった光に包まれる。そして、奴がリサメイから受けた多くの傷が、たちどころに回復していくのを、目の前で阻止できなかった彼女が舌打ちしながら顔を歪める。


 そんなリサメイの隙を突いて、距離を取る火魔法使い。再びふりだしに戻った戦いの行方に、誰もが重い表情を見せるなか、突如僕らの背後から馬車の迫る音が聞こえだす。


「うわっと!」

「なっ!?」


 御者台に座るペイトンの真横に停まった謎の馬車。

 近くにいた僕も、その馬車の行動が理解出来ず、声を漏らす。


 この戦いの現場にわざわざ馬車を停め、いったいどうするのだ。まさか燃えさかる街から脱出するため、逃げる人々が往来する道のど真ん中で、愚かにも戦闘を始めだした僕らに対し、わざわざ文句でも言うつもりなのか。そんな馬鹿げた想像が思い浮かぶも、それがあながち間違いではないことを、たった今、馬車から顔を覗かせた人物を見て確信した。


「キ、キミは……」


 僕は知っていた、

 この馬車とこの人物を。

 僕にとって最初に出会った異世界人。


 そして、僕にさまざまなきっかけを与えた女性――


「そこを通して下さるかしら。偽商人さん」


 その凛とした声が、僕の記憶を呼び覚ます。

 彼女の名前を、そして彼女への恩を。


「デ、ディアミス……」


 悪役令嬢、ディアミスとの再会だった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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