第八十一話 強欲の街クーランノイエ
「アンタの名前はセッターね」
仔馬の顔を見ながら、ジーナが名前を付ける。
さきほどから、何度も決定事項と表して、思いつくままに名前を決めているが、数分で飽きるのか、また新たな名前を考えつくと、それを仔馬に向かって命名している。
今、僕らが向かっているのは王都ではない。
王都に着くまでに、いろいろと失ったモノがあるため、その手前にある町、クーランノイエに向かうことになった。道中、ペイトンが言っていた通り、ペイルバイン側からやって来た旅人には、法外な値段をふっかける街として有名なこの街。正直立ち寄りたくはなかったが、馬に乗り慣れていない僕やロジを気遣ってか、街で小さな荷馬車を購入しようと言う話も出たため、反対出来なくなってしまった。
ペイルバイン側から来たと、自分たちで言わなければ問題ないんじゃね? とジーナが提案するが、ペイトンの話では、この街の入り口は西側と東側にしかなく、王都に繋がっている東側からの旅人には東側通行許可証というモノが発行されるので、それを持っていない者は必然的に西側のペイルバインから来たことがわかってしまうそうだ。
しかも街に入る為にわざわざペイルバイン側から、王都側の入り口に遠回りしても、きっちり城壁から監視されているらしく、どうやっても西側からの旅人はボッタクられる運命のようだ。こんな横暴な街をよく王国が黙認しているものだと思うが、それもこの国の税収になっているのだから、わざわざ問題にはしないのだろう。
「お兄さん! 今回は良さげ! この子の名前はシュバイツァー! どう? イケてるっしょ!」
「ジーナちゃん……そいつ……メスだよ」
「えっ」
「あはは……」
ジーナの命名式はまだまだ続きそうだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「その荷馬車なら白金貨10枚だ」
夜が更けてもこの街は眠らない。
四六時中開いている店はたくさんあった。普段昼間にしか用事がないような、こういった荷馬車の店までもが、まるで昼間の営業風景のように軒先に荷馬車を並べているのだ。そして東側通行許可証を持っていない僕らは、当然のように法外な金額を要求される。
今も、畳一畳分ほどの広さしかない荷馬車を、白金貨十枚という金額提示をされたことで、ペイトンとキースキース、それと今にも【スナッチ】を使いそうなほどの怒りを見せるジーナの計三名が、ニヤニヤと笑う中年の店主に対し、激しく抗議をしていたところだ。
「ふざけんなよ、オッサン! こんな猫の額ほどの広さしかない荷馬車が、白金貨十枚もするわけないだろう!」
「イヤなら他所に行きな。俺は欲しい奴がいるから、俺の欲しい額で売っているだけだ」
ペイトンが鼻息荒く抗議するも、涼し気な表情の店主。言っていることは正論だが、その額が問題なのだ。しかし、買う者がいるからそんな値段をつけるのであって、支払い能力のない者や、仮に予算があったとしても、そんな額で買う気のない者は、はなからこの店の客ではないらしい。
「オッサンマジで売る気あんの? アタシらすぐに買うって言ってんだから、普通、もうちょっと安くするよね? あんま欲張っちゃうと、オッサン、夜道に気をつけなきゃイケなくなるよ?」
「俺たちしか買わねえぞ? こんな小さな荷馬車。売れないモノを買ってやるってんだから、それなりの誠意を見せろよなあ。でないとケガするぜ」
ペイトン以外のふたりもヒートアップするが、もうここまで来たら脅迫でしかない。交渉もそこそこに、僕は三人をまとめて一旦、店の外れに引き下がらせる。
「三人共、もう良いって。僕もロジも我慢するから、荷馬車は諦めよう」
「えーお兄さん、もうちょっと待ってよ! 今、良いとこなんだから」
「そうですぜ兄貴。あと少し脅せば――」
「キ、キース!!」
「ヨースケ。ふたりの言う通りだ。俺も交渉事は得意だから、もうちょっと待ってな!」
「ペイトンまで……」
すでにテンションが上がりまくりの三人。
これ以上の説得は難しいと思ったとき、ふらりと何処かへ消えるジーナが視界に入った。そして数秒のちにまた僕らの方へと戻り、深く深呼吸をすると、急に大声を張り上げた。
「ああっ! そうだ、忘れてた! 通行許可証はアル姉に預けてたんだ!」
「はあ!?」
いきなりわけのわからないことを言い出すジーナ。
そんなモノを持っている訳がないのに、よりによってアルテシアが持っているというウソをつくとは。
「えっ? えっ? えっ?」
急に話を振られ、あわてるアルテシア。
手にはその通行許可書が。
ジ、ジーナの奴、まさか……。
「「通行許可書!!」」
キースキースとペイトンが、アルテシアを指差して大声を揃える。他の黒狼族やリサメイはニヤニヤと笑い、特にここでは用のないロジは、リサメイの背中で舟を漕ぎだしている。
「な、なんだよ。許可証なんて、さっきまで持ってなかったのに……」
突然の許可証登場に狼狽える店主。
全員がしれっとした態度で、店主に詰め寄っていく。そして、焦る店主に対し、少し悪そうな顔でニヤけるペイトンが、ここぞとばかりに問いかけた。
「で? いくらだったんだっけ。この荷馬車」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あのクソオヤジめ。結局金貨二枚じゃんか! ボッタクりも良いとこだっつーの!」
荷馬車を引くにしては贅沢過ぎる馬の数。
八頭の馬が小さな荷馬車を引く光景は、周囲から見ればさぞかし異様に映っているようだ。通りをすれ違う人々が、僕らを好奇の目で見ているのがちょっとツラい。それを気にすることなく、さきほどの店主の愚痴を吐くジーナは、ある意味肝が据わっていて、羨ましささえ感じる。
「それよりもジーナ。その【スナッチ】で盗って来た許可証、どうするつもりだ。持ち主はどうしたんだよ」
荷馬車が購入出来たのは良かった。
ただ方法がいただけない。通りを行く人々のなかから、ジーナが【スナッチ】を使ってこれを盗って来たのはわかるが、肝心の持ち主がわからない。彼女は一度モノを盗んだ相手とは、二度と会わないというポリシーらしいので、そこを僕らには絶対教えてくれないのだ。
「街を出るときに返すって! 門番にでも渡してさ」
「まあ、それしかないな。ジーナちゃんが返すつもりないんだし」
「ちょっとペイトンさん。その言い方っ!」
仕方がない。許可証のことはジーナに任せよう。
このあとも宿に泊まる予定だし、そこでもさっきと同じような、法外な値段を吹っ掛けられるのは勘弁してほしい。許可証があるのとないのでは、これほどの差があるなんてさすがに思っていなかった。今回のやり方は褒められたもんじゃないけど、僕らはジーナには助けられたのだ。
「ここですね。街で一番評判の良い宿は」
「アルテシア、道案内ありがとう」
例の如く、アルテシアが街の広場で聞いてきてくれた宿にたどり着いた。綺麗な女の子に宿の場所を尋ねられると、さすがに強欲な街の住人も、親切に教えてくれるらしい。
「宿名が【金のなる木】って……さすが強欲の街だけのことはあるね」
「あはは。じゃあ入ろっか」
看板を見上げながら、リサメイが呆れる。
大通りに面した大きな建物は、悪趣味な外装でゴテゴテに飾られているが、街で評判が良いという以上、ここに泊まるしかない。多少見た目は派手でも、きっと中身はマシに違いない。
「ヨースケ、俺は馬たちを裏の馬屋に預けて来るから」
「ペイトンの旦那。俺たちもお供するぜ」
八頭の馬たちと、荷馬車を預けに、ペイトンと黒狼族たちが裏へと向かった。残った僕らで宿の扉を開け、中に入る。
「「「うっ……」」」
宿のロビーに入るなり全員が絶句する。
壁一面に飾られた美術品、そして磨き上げられた床とカウンター。所狭しと並ぶ調度品は、どれも価値のありそうなモノばかり。そして、見るからにすべてが金で出来たカウンターの奥には、金銀に彩られた宝飾品を身にまとった店主らしき男と、数名の綺麗な女性たちが制服に身を包み、横一列に並び立っていた。
「「「「いらっしゃいませ!!」」」」
一斉に挨拶をするその姿は、まるで老舗旅館にでも来たような雰囲気を醸し出し、全員がきちんと動きを揃えているところを見ると、さぞかし厳しい教育が行き届いているようだ。これはもしかして場所を間違えたか。
恐る恐るカウンターへと近寄る。
嫌みなほどにニコニコと笑顔を見せる店主らしき男は、こちらが尋ねる前に説明を始めた。
「この度はワタクシ共の宿、【金のなる木】をご利用いただき、誠にありがとうございます。ワタクシ、オーナーのゴルドラッシュと申します、どうぞお見知りおきを。それではさっそくですが、すでにお客様方もご存じの通り、この宿は東側通行許可証をお持ちの方では、お泊りになることは出来ません。あくまでも西側からお越しになられた方のみのご利用となっております。それと一度こちらのカウンターにお立ち寄りになられますと、他の宿を選び直すということは出来ません。この街にあるすべての宿でそう決まっておりますので」
「「「「えっ!?」」」」
店主の説明に、全員が驚く。
この店構えからして、優遇されている王都からの旅人向けだと思っていたが、まさかその逆だったとは。懐から許可証を自慢げに出そうとしていたジーナも、あわててそれを戻したようだ。しかも一度入るとキャンセル不可という決まりまであるなんて、ペイトンなら知っていたかもしれないが、初見の僕らにわかるはずもない。店主が平然と説明するこの街の独特なシステムに対し、ただただ困惑するしかない僕ら。
「仮に……」
急に目付きの変わる店主。
少し言葉を貯めるような言い回しに、僕らも黙って耳を傾けるしかない。
「間違って通行証をお持ちの方がお入りになられました場合、当宿の入場料として、白金貨一枚をおひとり様ごとに頂戴する決まりになっておりますので、ご注意を」
「「「「……」」」」
何気に全員の視線がジーナへと移る。
黙って下を向いたままの彼女は、ぎゅっと自分の懐を握ったまま固まっていた。誰もが絶対にその許可証を出すなと言わんばかりのプレッシャーを彼女に向けているので、半ば涙目の彼女が気の毒に思えてくる。
そんな僕らのやり取りに構わず、今度はうしろの従業員が店主の前に出て来た。
「では。こちらの宿の料金システムをご説明します。まず、裏の馬屋に馬をお預けになる場合ですが、一頭につき、銀貨一枚をいただきます。荷馬車がある場合も、一台につき銀貨一枚となっております」
女性従業員の説明にため息が出る。
もうすでにペイトンが預けに行っているし、今更街の公共馬屋に預けるわけにもいかない。ここでも結構な金額が消えていく。
「続きまして、部屋の利用料並びにオプションになるベッド、シーツ、毛布につきましてご説明させていただ――」
「ち、ちょっと待ったあ!!」
今度はテキパキとした、別の女性従業員が説明を始めたが、内容に違和感を感じた僕は、彼女の言葉を遮ってしまった。
「……なんですか?」
ムッとする従業員に謝りながらも、ベッドとシーツ、そして毛布くらいは、最初から部屋にあるんじゃないのかと尋ねると、自分の説明を中断されて機嫌の悪い彼女は、はあ。とため息をつき、キッと僕を睨みつける。
「当宿はお客様に部屋代をお支払いいただく際に、ご自身に必要な宿泊設備をお選びいただけるように対応しております! 要らないモノが部屋にあって、わざわざそれにお金を支払うのは、おかしいと思いませんか!? お客様!」
「ぐっ……そ、そうですね……」
半ばキレ気味の従業員に何も言い返せず、そのまま説明を続けさせる。
「当宿のお部屋代はすべて一律になっており、部屋は個室です。おひとり様あたり金貨一枚。ベッド、シーツ、毛布が銀貨一枚ずつ。あとお食事をお望みならば、個室にお届けいたします。メニューも一律で一食につき銅貨六枚。お水は最初の一杯は無料。追加には大銅貨一枚を頂戴します。なお、個室へのお届けの際には。従業員にチップとして最低でも大銅貨一枚を、お客様にはお願いしております」
そう言って深々と頭を下げ、店主のうしろに下がる女性従業員。彼女の説明が終わると同時に、相変わらず笑顔を絶やさない店主が口を開く。
「以上のご説明にも、初見のお客様のみ代金を大銅貨三枚、手数料として頂いております。その他ご質問等あれば、ワタクシがお聞きしますが、もちろんそれも有料となります」
「け、結構です!」
結局、ここに泊まることになってしまった。
すべての料金は後払いらしい。これだけいろいろと料金が追加されるんだ、先払いしても意味がない。馬を預けに行ったペイトンたちが戻って来るのを待ってから、それぞれの部屋へと案内してもらう。これも案内料として精算票に女性従業員がチェックを入れていた。
全員が同じ階の部屋だそうだ。今は皆が揃って、豪華な絨毯が敷かれた階段を上がっている最中だ。そして全員の顔はあまり浮かない表情……当然だよな。
『アル姉。どこが街で一番評判の良い宿だって? 全然違うじゃん!』
僕を先頭にして、うしろからついて来るメンバーたち。そのなかでジーナがアルテシアに小声で苦言を呈している。振り返るとそこには、自責の念に駆られ、激しく落ち込むアルテシアの姿が。
『ご、ごめんなさい。確かに街の人たちが皆、口を揃えてここを勧めたんで……』
『アルテシアさんの聞いた言葉にはウソはないさ。この街にとって一番貢献しているって意味で、評判が高いんだろうよ』
ペイトンの言う通りだ。
街の住人にとって、この街の繁栄に貢献しているボッタクりの宿屋は、当然評判が高いだろう。まさかここまで強欲な儲けに走った宿があるとは思っていなかったけれど。
『ありがとうございます。ペイトンさん……』
ペイトンのフォローに頭を下げるアルテシア。
そんなうしろのやり取りを聞いていたのか、さきほどカウンターで説明をしていた、テキパキとした女性従業員がこちらを振り返る。
「申し訳ございません。通路での私語は罰金となっておりますので、後ほど銀貨一枚を頂戴いたします」
「「「「……す、すみません」」」」
二度とこの街には来るまい。そう僕らは誓った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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