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第七十九話 執念



「まさかキミたちの一族だったなんて……」


 僕の言葉で黒狼族たちが更に落ち込む。

 ペイルバインでの襲撃のあと、長との条約によって、遺恨はなくなったばかりだと思っていた。それも長の寿命が尽きるまでの間だったので、短いと言われればそれまでだけど。


 まさか王都へ向かうこの旅で、彼ら黒狼族から再び狙われるとは思ってもみなかった。奴隷になったロックロックたちとも和解し、新たな仲間として同行。少なくとも笑って話せるほどの仲にはなれた。


 だが、彼らの一族はそうではなかった。

 黒狼族は元々執着心の強い部族だ。一度揉めると、とことん相手を追い詰め、果てには殺してしまうといった狂気の一面もある種族。あの長は復讐と報復を諦めてはいなかったというのか。


 【エンゲージメント】によって契約された事項は、本人が反故した時点で、即座に奴隷になるという理不尽なモノだ。手の甲に記された紋様は本人に対し、契約を常に意識させるモノであり、守られなかった場合は、契約不履行の罪が実行されると共に、奴隷の絆へと変貌するという。


 奴隷になってまで、彼らは自分たちの信念に生きるというのか。一族の恥という理由で、ロックロックたちをここまで追い回し、謀殺しようとする彼らの気持ちは到底理解できない。呆れと怒りが混じり合い、彼ら黒狼族への反感と哀れみの感情が沸き上がる。


「長が契約を破ってまで、俺たちを抹殺したいとは……」


 苦い顔をするロックロック。

 彼も困惑しているのだろう、一族の執念。そして同族と命を奪い合う自分たちの宿命を。


「――長は!? か、彼はどうなったんだ……」


 ふと長の現状が気になった僕は、サブ画面に新たに加わっているであろう、黒狼族の長の名前を探す。僕が契約を破られたと認識した時点で、彼は奴隷になっているはずなのだ。


 だが、一番下にあるはずの黒狼族らしき、長の名前はなかった。それと同時に【エンゲージメント】契約者の位置情報が、僕の脳裏に定期的に入るはずだったことに気付いたのだけれど、それも二日前から途絶えたままだったことを思い出す。


「【奴隷管理】に名前がない。おかしいな。連絡も入らないし、長はいったい……」

「もしかして、長になにかあったってことですか。兄貴……」


 ロックロックが僕の独り言に反応する。

 他の黒狼族たちは、前方で僕らを警戒する【黒の手】ではなく、同族たちだった者を睨みつけたままだ。だが、僕らが自分たちの正体に気付いたのを知ったのか、そのうちのひとりが動きを見せた。


「バレたら仕方がない」


 【黒の手】だと思っていた黒狼族が牛仮面を外す。

 その下にある黒狼族特有の狼頭。片目に大きな傷を負った隻眼の男。残った目は眼光鋭く、見ているだけで委縮しそうになる。


「お、お前は……グレングレン!」

「じゃあ、その隣はザックザックかよ……」


 もうひとりの男も牛仮面を外す。

 そちらは細面の狼というよりは狐風の顔付きだった。


「一族の面汚しめ。あの腑抜けな長と共にあの世へ送ってやろう」

「お、長を……!?」


 グレングレンと呼ばれた男が、決定的な発言をした。その言葉から察するに、長はもうこの世にはいない。二日前から報告が途絶えていたのは、彼がすでに亡くなっていたという意味だった。そうなれば黒狼族との【エンゲージメント】は意味を成さず、再び執念の追跡が始まってしまう。僕らの努力もこの数日だけの成果に終わってしまったのだ。


 長の死に動揺するロックロックたち。そんななか、あの襲撃の夜に、王国騎士団のセナが言っていた言葉を思い出す。


「長の座を……狙う者」

「ほお。そこの人族。察しがいいな」


 ジロリと睨むグレングレン。

 片目で僕を射抜くような視線を送り、不敵に笑う。


「あの男は我々の意にそぐわぬ行いをした。王国と不当な取引をし、一族を貶めた罪は万死に値する。そしてその原因となったそこの弱者共。並びに【エンゲージメント】契約をした人族である貴様も同様。真の黒狼族繁栄を願う我々が、その制裁を下すのは当たり前であろう」

「お、おい……俺たちの家族はどうなったんだ。まさか……」


「フン。聞く必要もあるまい」

「貴様あああ!!!」


「キース!」


 非情なるグレングレンの言葉。

 それに激高したキースキースが単身で奴に向かって行く。同じ盗賊でも【スナッチ】を取得することはなかった彼は、盗賊本来のスピードと獣人独自の瞬発力しかないため、意識外からの攻撃は出来ない。案の定、短剣による攻撃を避けられ、グレングレンとザックザックと呼ばれる男によって返り討ちとなる。


「ぐあああ!!」


 奴らのかぎ爪を左右から斜めに受けたキースキースは、胸にバツ印の裂傷を負い、ザックザックの追撃による蹴りでこちらに吹き飛ばされてしまった。それを見計らい、再び【リセット】を使用する。


「ぐううっ! ま、またその光かっ!」

「かはっ!!」


 二度目の閃光を浴びて狼狽えるグレングレンたち。

 光が収束するなかから、復帰したキースキースが飛び出し、隙を見せたザックザックへと切りつける。衝撃に声をあげる奴だったが、ローブの防御力のせいで致命傷とまではいかなかった。


 さらに奴らは後方に撤退し距離を取ると、忌々しげな表情でこちらを睨みつける。


「どういうことだ!! お前の傷は致命傷だったはず! それにさっきから見せる、その光はなんなのだ!!」


 理解できないと言った風に叫ぶグレングレン。

 確かに倒したと思った、キースキースの驚異的な回復力は、この世界の常識ではありえないことなのかもしれない。その点ではいくら奴らがロットロットたちよりも強いと言えど、こちらに利がある条件だ。


「ギャーッハッハッハアアアア!!」


 突然響き渡る、土魔法使いの声。

 すっかりグレングレンたちに集中していたため、アルテシアやリサメイの戦いを見ていなかった。あわててそちらを見ると、リサメイが振るう黄金のこん棒と、アルテシアが展開させる七聖剣の攻撃を周辺にまとう石柱によって防ぐ奴の姿が。


 何度壊れようとも、即座に現れる石柱が邪魔をし、なかなか土魔法使いに致命傷を与えられないまま、攻めあぐねているようだ。


「この野郎!! どんだけ回復薬を持ってやがんだよ!!」


 石柱を破壊し続けるリサメイが、うんざりしたように怒鳴りつける。いくら壊そうとも、地面から即座に復活する石柱に加え、時折彼女の足元には、ゴーレムから飛び出したトゲ岩が繰り出され、そのたびに土魔法使いから距離を取らされてしまう。


 その土魔法を使う奴自身、魔力が途切れる前に、手にした回復薬を何度も服用したのか、再び副作用により狂いだし始めている。それはもはや常人とは呼べないほどに。


チネチネチネ(死ね死ね死ね死ね)チネチネチネ(死ね死ね死ね)チネエェェェェェ!!」

「いいぃぃ加減にぃぃぃ――しやがれええええええ!!!」


 ヨダレと鼻水を仮面下から垂らし続ける、土魔法使いのトゲ岩がリサメイを襲う。足元から執拗に繰り出されるそれのせいで、なかなか奴に近付けない彼女は、目の前に飛び出したトゲ岩を一掃すると、とうとうキレてしまった。


「リサメイ!!」


 今は一部にしか見られなくなった、彼女の真っ白な毛並みはすべて逆立ち、その白さと対照的に真っ赤に染まった顔は、怒りに我を忘れたように、瞳も白目がちになっていく。


「ヨースケ、ヤ、ヤバいぞあれ……リサメイさんマジギレしちまったみたいだぞ」

「うん、わかってる!」


 キレたリサメイが取る行動は大体予測がつく。

 ペイトンもそれを心配したのだろう。僕の肩を掴んで忠告してくれる。彼女の行動にそなえ、僕はリサメイのサブ画面を注視する。


「こなくそおおおお!!!」


 未だ衰えることをしらないトゲ岩の攻勢を、今度は足蹴りで叩き割り、その影響で甲の部分から出血するも躊躇せずに走り出すリサメイ。 そして彼女が進む道のりを邪魔戦とする、新たなトゲ岩が現れても、構わず突進する彼女の足には、どんどんと裂傷と流血が増えていく。


《対象の【ステータス】に、状態異常として負傷部位を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


《対象の【ステータス】に、状態異常として負傷部位を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


《対象の【ステータス】に、状態異常として負傷部位を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


 リサメイが負傷するたびに、アナウンスと【リセット】の閃光が繰り返される。


「もお! リサ姉どんだけ【リセット】されてんのよっ!」

「最初に彼女がいろいろ雑になるって言ってたけど、まさか自分の守りだったとはねっ! 使用するっ!」


 呆れるジーナに返事を返しながら、僕は何度もリサメイに【リセット】を繰り返す。彼女の捨て身の前進を止めないためには、これしかない。そして閃光に包まれたまま走り続けるリサメイは、痛みをこらえることなく、瞬時に復元され続けながら土魔法使いへと近付いていく。


「ギャハッ! ギャハハハハハッ!! ヒクワッテル(光ってる)ウゥゥ!! ヒクワッテル(光ってる)ウゥゥィィィハッハッハッハッハアアアアアァァァ!!」

「「「あああっ!!」」」


 すでに正気を保てていないはずの土魔法使い。

 リサメイの姿を目の当たりにし、狂気じみた笑い声をあげているが、その防衛本能は未だ健在のようだ。素早く両手を天にかざし、彼女の前に再びあの石巨人(ゴーレム)を登場させた。


 さらに全身にトゲ岩を発生させるゴーレム。

 これでは前に進むのは不可能だと皆が思った瞬間、ニヤリと笑うリサメイが叫ぶ。


「いつまでもこのあたしが、そんな石ころにビビってると――思うなよおおおお!!」


 その声と共に、リサメイが飛んだ。

 そして体を急激に回転をさせ始め、一瞬にしてゴーレムの頭上を取った。


「砕け散りやがれええええ!!!」


 怒声をあげ黄金のこん棒を振り降ろすリサメイ。

 その渾身の一撃は、トゲ岩もろとも、頭から一気にゴーレムを叩き割っていく。


マヒャクウワ(まさか)ァァァ!! ワチシィィノ(私の)ウォグゥオルウルルルエム(ゴーレムが)ウウグワアアア!! けぇむうをうぬうお(獣ごときに)ぉぉぐうをおとうぅぅくうぃぬういぃぃぃぃ!!!」


 轟音を立てて崩れ去るゴーレムを目にし、土魔法使いが絶叫する。そして、倒れた石巨人があげる粉塵のなか、自動防御で奴を守る石柱が、主の危険を察知し再び起動するが、それを拳で叩き割るリサメイが、土魔法使いの胸倉を掴んだ。


「掴まえたぜ。この薬中野郎」

「ヒイイイイイィィィィ!!」


「がはっ!!」


 リサメイに捕獲され、恐怖におののく土魔法使いが、とっさにトゲ岩をリサメイに向けて発動させる。無数のトゲ岩が彼女に食い込むなか、血ヘドを吐きながらも、その掴んだ手を離さないリサメイが、ニヤリと笑う。


「こ、これで……お前は……お、し、ま、い……だああああ!!」

「アアアアアアア!!!!」


 そう叫んだリサメイが、渾身の力を込めて、土魔法使いを天高く放り投げた。その瞬間、リサメイを貫いたトゲ岩が消え去り、その場に彼女は崩れ去る。


「リサメイ!!」

「リサ姉!」


「リサメイさんっ!」

「「「リサ姫!!」」」


 全員がリサメイを心配するなか、僕は自分の役目を果たす。【リセット】の行使により、最後の閃光が走ると、元に戻ったリサメイが即座にむくりと起き上がり、アルテシアの方を振り返った。


「アルテシア!! 土魔法使いは大地にいないと魔法は使えねえ!! 今がチャンスだ!! やっちまええええ!!!」


 自分が放り投げた土魔法使いを指差して叫ぶ、リサメイ。その合図を受けたアルテシアが、無言のまま散っていた七聖剣をすべて標的へと飛ばす。


「ギャアアアア!!!」


 はるか上空から響く叫び。

 アルテシアの操る七つの魔剣すべてが、標的をハチの巣にした結果、魔法使いは断末魔をあげ、遠くの山間(やまあい)へと落ちていく。


 真下に落下させなかったのは、無残な躯を僕に見せないためだったのだろうか。意図的に遠くへと落としてくれた彼女の気遣いに感謝する。


 これでやっと、厄介な土魔法使いは消えた。

 頂へと上る間、ずいぶんと苦しめられた奴の土魔法にも、これで悩むことはなくなったのだ。


「「「やった!!」」」


 喜ぶメンバーたち。

 馬や荷馬車を失い、憎むべき敵がまたひとり消えたことで、ほっと安堵するなか、、距離を置いていた敵の黒狼族、グレングレンが笑った。


「くっくっくっ。やったのは奴の執念だ!! 馬鹿どもめ!」

「「「――!?」」」


 全員の視線が奴に集中する。

 だがその瞬間、僕らの足元を突然の揺れが襲う。


「なっ! なんだ!?」

「なにこれ! 地震!?」


 困惑ペイトンやジーナが声をあげる。

 僕も突然の地震に驚き身を構えるが、あまりにも激しいために立っていられなくなる。


「まさかここまで手酷く反撃されるとはな。あの【黒の手】が最後に仕掛けを残しておいてくれて助かったぞ」

「なにっ!?」


「ふはははは! 逃げられるものなら逃げおおせてみろ! 悪いが俺たちはここから撤退させてもらうがな」

「あっ!!」


 そう言って懐から魔道具を取り出すグレングレン。

 その道具を見た僕は思わず声をあげる。それは以前、ペイルバインで出会った謎の男が持っていたやつと同じモノだったからだ。それにより転移魔法のような空間を作り出したグレングレンたちは、あっという間にこの場から消え去って行く。


「くっそ! あいつら逃げやがった!」

「なんだよあの魔道具! ズルくねえか」


「グレングレンめ。いったい何を」

「お、おい……地面を見ろよ!」


 突然捨て台詞と共に消え去った、グレングレンたちを罵る黒狼族たち。ふと地面に何かを見つけたキースキースが、揺れる大地を指差して叫ぶ。全員の視線が集まると、そこには揺れによって出来た亀裂が。


「なんだよキース! 地面に亀裂が走っただけじゃねーか! それよりも兄貴。さっさと逃げましょうぜ!」

「ち、違うって! 兄貴もロックもこれをよく見ろ!!」


 亀裂をただの現象と受け取ったロックロック。

 そんな彼が、僕らにこの場からの脱出を提案するが、依然として地面から目を離さないキースキースが再び地面を見て叫んだ。


「なあっ!?」


 その声は驚愕したロックロックだ。

 僕も同じように地面を見たまま固まってしまう。


 亀裂だと思っていたそれは、全体を見れば、すでに山頂の広場にまで広がっており、まるで紋様のような形を形成しだす。


「ま、魔力暴走のトラップだ!! あの土魔法使いの奴が仕掛けた罠かっ!」

「マ、マジじゃん! お兄さんヤバいって! この辺一帯が吹き飛んじゃう! は、早く逃げな――」


 ジーナが叫んだとき、光りがあふれた。

 亀裂から漏れる魔力が一気にあふれ出し、僕らを包む。【リセット】が放つ光とは非にならないほどの光量と熱が山頂を覆い。その場にいるすべての生き物を蒸発させようとする、


 地面が砕け、押し上げられた無数の岩が、空へと吹き飛ぶ情景を見ながら、自分に何か固いモノが当たるのを感じた僕の意識は、その場でフェードアウトしていった。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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