第七十七話 狂乱の魔導士
「頼んだぞ、ジーナ。」
苦労の末、たどり着いた頂上。
そこに現れた【黒の手】と呼ばれる最悪な集団。その中心人物と思われる、土魔法使いが呼び出した巨大なゴーレムにより、かつてない緊張感が僕たちを襲った。
あのゴーレムを止めるには、土魔法使いを倒すしかない。そう思った僕は、ジーナにその任務を託すことに。僕の意思を汲み取った彼女は、ひとり奴らの中心へと向かって行く。
本人たちにはバレていない。
盗賊ジョブを持つジーナのスキル【スナッチ】は、相手の意識外からの攻撃を可能とするからだ。向こうはまったく彼女には気付かないが、こちらからは彼女が見えている。もうすぐだ。もうすぐで彼女が土魔法使いを――
「きゃあ!」
「――!!」
ジーナの攻撃が土魔法使いに当たる瞬間、奴の周辺を取り巻く地面から、突然石の壁が空へと伸びた。それによって、ジーナの体が空中へと弾き飛ばされ、その拍子に【スナッチ】の隠密が解ける。
地面へと投げ出されるジーナ。
それを見た土魔法使いが高らかに声をあげる。
「くーっはっはっはっはあああ!!! キッツアマラのなかに盗賊がいるくらい、私が知らぬとでもウォモッツアのかあ! 自動で防御する術を持つくらい、土魔法使いにはトゥワヤスゥイことだああ!」
「ジ、ジーナっ!!」
牛仮面の下から、土魔法使いのヨダレが垂れる。
あの独特なイントネーションのせいか、叫びながらヨダレをまき散らす、どこか狂気染みた奴の雰囲気に背筋が冷たくなった。
「ありゃ重症だな。回復薬の後遺症だ」
「後遺症?」
隣りにいたペイトンが呆れ声をあげる。
彼の言葉にあった回復薬とは、奴が連続して魔法を行使するために服用した薬のことだろう。それに後遺症があるのは初耳だ。通常なら無理なことを無理やり通すには、やはりそれなりのリスクがあるらしい。
「ああ。魔法やスキルの使用回数を回復させる薬には、飲み過ぎると頭がおかしくなるって噂もあるんだ。あの狂った感じを見て、そいつを思い出したぜ」
狂ったように叫ぶ魔法使い。
あれが薬の副作用による後遺症なのか、それとも元からああなのかはわからないが、ペイトンが言うからには、その可能性が高いように思える。そんな狂人に僕らは執拗に襲われていたのだから、あんな目にあうのは当然だ。
「おい、それよりもヨースケ。ジーナちゃんを助けなくていいのかよ」
僕が自分との会話に夢中で、ジーナの危機を放置していると思われたのか、彼女の救出をペイトンに促される。
「大丈夫だよ、ペイトン。ジーナなら戻って来るよ」
「え?」
ペイトンの心配は杞憂だった。
僕の言葉通り、馬上にはいつの間にかジーナがいた。以前も黒狼族の襲撃で【スナッチ】を使用後、いつの間にか僕の傍に戻って来たのを覚えていたので、あえて彼女のことはスルーしていた。
「マジムカつくうううっ!! なにあの男! アタシの【スナッチ】対策までやってるとか、マジキモいんですけど! お兄さんこれ見てよ! アタシのナイフ、あのオッサンの石壁で刃が欠けちゃったしっ! マジで●ね! 雑魚粘土使いめ!! ●▼■◇の、▼▼▲◇野郎!」
必殺のスキルを対策されてしまい、大層ご立腹なようすのジーナ。自分の大事なナイフを僕に見せ、土魔法使いへの恨みつらみを口汚く吐き出している。
「ね。大丈夫だったでしょ」
「ジ、ジーナちゃん元気そうで、なによりだわ……はは」
ジーナの怒り狂う姿を見て、心配していたペイトンも、半ば呆れ気味だ。だが、こんな彼女を奴隷にしている僕を、どことなく哀れみの目で見るのはやめて欲しい。
「お兄さんごめん! あいつちょっと無理!」
「仕方がない。ゴーレムを倒すしかないみたいだな」
文句を言いまくって気が済んだのか、潔く負けを認めるジーナ。どのみち、奴がこちらの奇襲攻撃を対策をしている以上、先にゴーレムを倒すしかないようだ。
そんな話をしている間にも、ゴーレムは馬から離れた黒狼族やリサメイを襲い、遥か上空から何度も拳を振り下ろしている。下半身は土に埋もれ、実質胴体のみのゴーレムだが、腕が長いぶん広場の端にまで拳が届くため、ここに留まる以上、どこにも逃げ場がない。
「ヨースケ! 今のうちに山を下りるんだ! あの巨人の攻撃に巻き込まれるぞ!」
「で、でも……アルテシアたちが……」
「何言ってんだ! 俺たちは邪魔なんだよ!」
「――っ!」
ペイトンの言葉が胸に刺さる。
彼の言葉に落ち込む僕に焦れたのか、ペイトンは勝手にジーナから手綱を奪い取ると、自分たちの馬と共に、僕らを馬ごと引っ張っていく。そして、ゴーレムが戦闘組に攻撃を集中しているのを狙って、この山頂を離れようとした。
「ヴワカムェ!! 逃すとウォムォウクワァァァ!!」
「「――!!」」
土魔法使いの叫びと共に、僕らの行く手を阻む巨大な石柱が、次々と地面から飛び出した。
「ぐっ!!」
両方の手綱を握るペイトンが唸る。
一歩間違えれば、石柱の上昇に巻き込まれ、空中に弾き飛ばされそうなところを、間一髪で躱し、石壁に沿うようにしながら、二頭の馬を操作する。
「くっ! 奴にはバレてる!」
「ヤバいぞヨースケ! 石柱に囲まれた! 逃げる場所がもうないっ」
「ホントあいつ、マジウザいっ!」
「うわわわ……」
「クワーッハッハッハッアアアアア! 逃げられはせん。逃げられはスウェンドゥオオオオ!!! 私のゴーレムでキッツアマラをカエルのように潰し、母なるドゥワィツイィニイイイ!! 養分として捧げてやるわあああ!! 」
すんでの恐怖に冷や汗を流しながら、土魔法使いを睨む。僕らを閉じ込めたことで、気を良くした奴は、両手を空に掲げ、笑い声をあげている。
そしてこの包囲網が完成したことが引き金となったのか、ゴーレムの標的が変更され、ゆっくりと僕らのほうへ、その半身を傾け始めた。
「気をつけろ! ゴーレムがこっちを向い――」
ペイトンの叫びとゴーレムの鉄槌は、ほぼ同時だった。彼が僕らの手綱を掴むのが、あと少し遅ければ、ここで冒険は終わっていた。空を唸る拳――いや、ハンマーが落とされ、逃げのびたはずの僕らの体が、馬たちと共に宙に浮く。激しい土ぼこりと土砂を巻き上げ、まるであらかじめ地面に地雷でも埋めていたかのような、唐突に起きた爆風に飛ばされた僕たちは、それぞれが地面や石柱に激しく叩きつけられた衝撃によって悲鳴をあげる。
全身に激しい痛みが走る。
自分が今、どのような姿勢で地面に転がっているのか、どちらが天地かさえも判断できない状況のなか、僕らを心配するアルテシアたちの声が微かに耳に入った。
「ヨースケさんっ!!」
「ジーナ!! しっかりしな!」
「ペイトンの旦那! しっかりしろ!」
「おいロジ坊……ロジ坊!!」
うっすらと見える世界。
僕の体を抱きかかえているのは、アルテシアだった。
目に涙を溜めて、僕を揺り動かす彼女のチカラは強く、気が動転しているのが痛いほどにわかる。そんな彼女の腕に手を置き、自分が大丈夫だと無言で伝える。そして、だんだんと感覚が蘇るに連れ、痛みが襲ってくるのを感じる。
「ぐああぁ……」
痛みは声になり、声は痛みに返る。
自分の出した声が原動力となり、動かしたどこかの部分に、また痛みが重なっていく。痛い。今の僕はどうなっているんだ。
不安に駆られた僕を抱きしめるアルテシア。
どこなんだ。僕のどこが痛みを訴えているんだ。彼女に尋ねようとしても、痛みで言葉が出ない。
遠くで激しい戦闘音が聞こえる。
この場に留まる僕らを守るため、きっとリサメイたちが戦ってくれているのだろう。早く、僕たちが立ち上がらないと、彼女たちに負担がかかる。そう思っていても、痛みで体がこわばってしまい、動くことが出来ない。
「ヨースケさん、しっかり。私がわかりますか?」
「ァァアルテ……シァ。ぼ、僕はどう……なったん、だ……」
ようやく痛みに慣れたのか、少し声が出た。
ホッとした表情のアルテシアが、少しツラそうな顔になる。
まさか。
僕の体が……。
「う、腕がその……逆向きに折れてます。急いで応急処置をしないと」
「ぉお、折れ、てる? そ、それ……だけ?」
「ええ。ごめんなさい。私がいながら……」
僕の問いかけに頷くアルテシア。
傷みに耐えながらも、その言葉にホッとした。
もしも、腕が千切れたり、足が吹き飛んでいたなら、僕にはどうすることもできなかっただろう。自分の奴隷たちは【リセット】が可能だけれど、僕自身には効かないと思っていたからだ。あのスキルが通用するのは奴隷になり、赤い奴隷の絆を持つ者だけが許される奇跡。主である僕にその恩恵はない。
便利なようで不便なスキル。
それは今回、自分の身に何かが起きたのでは、と焦ったことで得た結論だ。
僕は簡単に手足を失えない。失ったら最期、誰にも元に戻すことは出来ない。骨折ならいつかは治る。手足を失くすくらいなら骨折くらい……。
前世なら考えられないような思考。
少し指をケガしたくらいで、大げさにあわてていたときとは違い、切り傷くらい。骨折くらいと言える自分の変化に少し驚く。
いつの間にか僕は、この異世界に準じた考え方になってきたらしい。
「痛つっ。ご、ごめんアルテシア」
アルテシアに応急処置をしてもらう。
彼女は、自分の剣を鞘から抜き、その鞘を僕の腕に添え木としてあてると、買ったばかりのスカートの裾を引き裂いてそれを巻いてくれた。
「一応、腕は固定しました。このままじっとしていてください」
「あ、うん。で、でもゴーレムが」
「私が倒します。もう奴らの好きには……させません」
「アルテシア……」
アルテシアの顔がわずかに歪む。
初めて見る本気の怒り。彼女の傍にいるだけで、激しい怒気を感じる。
「ア、アル姉……」
「ジーナ。あなたはヨースケさんを守りなさい」
なんとか無事だったジーナに、アルテシアが僕を守れと命令する。黙って頷くジーナ。その表情は彼女に少し怯えているようだった。
アルテシアが怒った。
彼女は僕の処置を終えると同時に立ち上がり、自分の周りに七星剣をまとう。いつもとは違い、制止しない魔剣。天へと刃先を向け、彼女の周りを高速で回転しているが、これはなにを意味するのか。
「アルテシア! そろそろこっちに!」
ひとりでゴーレムを相手に戦っていたリサメイが、アルテシアに戦線への復帰を促す。ジーナやペイトンたちの保護を終えた黒狼族たちは、土魔法使いの周囲に現れた【黒の手】助っ人たちへと戦いを挑む。肝心の土魔法使いは現状手を出せないため放置だ。
「こなくそおお!!」
リサメイがゴーレムの頭部に思いきり蹴りを入れる。声を出すことの無い巨人は、無言のまま大きく後ろへとのけ反り、その腹部に大きな隙を作る。これを勝機と見た彼女が即座にその腹部へと突撃。手に持った黄金のこん棒を振り回して何度も打撃を喰らわせる。
「クウオンンヌウヲォォ! ブウウウワェケェモンヌウォォグウワアァァァ!!」
自慢のゴーレムを傷付けられ、憤慨する土魔法使いが、またもヨダレを垂らしながら手をかざすと、ゴーレムの体から無数のトゲ岩が飛び出す。
「ぐあわあっ!!」
突然目の前に飛び出したトゲ岩に、腕と足を貫かれるリサメイ。痛みのあまりに声をあげる彼女に、更に増えたトゲ岩が襲い掛かる。
「――っ!」
よけきれないと察したリサメイが、無駄だとわかりつつもこん棒を構え、迫り来るトゲ岩を防ごうとする。
「リサメイ!!」
彼女のピンチに思わず叫ぶ。
だが、巨人から生えたトゲ岩は、リサメイの体を刺し貫くことなかった。彼女と巨人の間にアルテシアが割り込んだのだ。
「アルテシア!」
覚悟を決めたはずのリサメイが叫ぶ。
アルテシアがまとう七星剣たちが、まるでドリルのようにトゲ岩を砕き、周囲に岩片をまき散らす。彼女が魔剣を高速で回転させていたのは、このためだったのだ。
次々と砕け散るトゲ岩。
その攻撃は、リサメイを貫いたトゲ岩を叩き折り、彼女に脱出の機会を与える。加速のついたアルテシアの攻勢はどんどんと巨人の腹部へと迫り、トゲ岩の岩片よりも大きな破片を生み出していった。
「ヌワ……ヌワンドゥワアツウォルルエウワァァァァァァ!! そ、そんな攻撃が……!! ありえん! このゴーレムの強固さは、ミ、ミスリルでもないと……」
驚愕する土魔法使い。
アルテシアの攻撃が、奴の想像を超えたのか、自分の作り出した巨人が劣勢になるのを目の当たりにし、狂っていた精神が徐々に冷静なものへと変わっていく。
「痛つっ。く、薬の後遺症よりも、巨人を壊されるショックのほうがデカかったようだな」
「イケる! アルテシアはやっぱり強いっ!」
意識を取り戻したペイトンがこちらへとやってきた。土魔法使いの変化に、自分なりの意見を述べる彼の言葉に納得する。僕も奴の言動が正気なモノへと戻るようすが、手に取るようにわかった。
一時劣勢と思われた戦場に、勝機の気配が見え始めた。アルテシアの本気が戦況を変えたようだ。土魔法使いたちの狼狽える姿に、僕らの士気が上がっていった。
「おおおお……わ、私のゴ、ゴーレムがあああ!!」
アルテシアの魔剣が、ゴーレムの巨体に風穴を開けた。貫いた巨人の背に立つ彼女は、冷静な眼差しを狂乱から覚めた魔導士へと向ける。
「まだです。私はあなたたちを許さない」
アルテシアのターンは続く。
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