第七十六話 斜め四十五度の死闘 2
「よし。みんな、もう目を開けてもいいよ」
【リセット】の放つ光が止んだ。
ペイトンとロジを除く、僕の奴隷すべての体力と装備が元に戻り、全員の士気高まった表情が垣間見える。斜面を走る馬たちには、残念ながらもうひと頑張りしてもらわないとイケない。
時間を少しかけ過ぎたのか、すでに向こうから新たな敵が十名、こちらに向かって来ている。そのようすを見て、うしろから走って来たリサメイが、アルテシアの駆る馬へと飛び乗ったあとにこう言った。
「わかったよ。やっぱりあいつら、人じゃないね」
全員がリサメイに注目する。
しかし、彼女の口調はさきほどジーナが言った、もしかすると獣人かもしれないというニュアンスとは違い、人ならざる者という意味にも聞こえる。そして、次に彼女が放った言葉がそれを決定付ける。
「たしか、土魔法使いってのは、ゴーレムを召喚出来たはずだよ。さっきから何度も倒してるけど、一向に減らないのはたぶん、そういうことなんじゃないのかい」
「「「ゴーレム!?」」」
全員がハッとなった。
ゴーレム。土魔法使いなのだから、きっと土から作る人形だろう。それを操って何度も僕らに攻撃を仕掛けているのか。
皮肉にもここは奴にとって、絶好のゴーレム生産工場みたいなモノだ。いくら強いアルテシアやリサメイたちが倒しても、減るはずはない。何度だって作り出せるのだ。でもひとつ疑問がある。それはゴーレムを作り出す魔法。それの使用回数だ。
さきほどから、絶え間なく現れるゴーレムたち。
これを維持するには相当のレベル持ちか、それとも、使用回数を回復する手段があるかのどちらかだ。前者はさすがに難しいとしても、後者は不可能ではない。薬草が存在するのだし、使用回数を回復する手段だってあると思う。だが、確認は必要だ。僕はその存在を確かめるべく、周囲のみんなに問いかけた。
「ありますね。ただ、とても法外な値段だと聞きます。でも、そこまでして私たちを襲う、利があるのかどうか……」
隣で並走しながら魔剣を使い続けるアルテシアが、疑問を呈しながらも、僕の問いかけに対し反応してくれる。周りを見れば、彼らも同意見のようだ。
「まあ、そんだけお前らに価値があるってことか、それとも何か別の存在に依頼されて行動しているのかもな」
「依頼? 僕らを狙うための?」
「ああ。砂漠からずっと付け狙うにしては、準備が出来過ぎている。回復薬や山岳トカゲも安いモノじゃない。あんな大規模に、前もって山道を破壊したうえに、わざわざ山でしか利用しない足まで用意してる……積み荷目当ての賊にしては、道楽が過ぎるし。これはどう見たって計画的だろうよ」
ペイトンの言葉には、否定できない説得力がある。
確かに、積み荷目当てでここまでやるのは、効率的ではない。それにしたって、なぜそこまで僕らに執着するんだろうか。転生してから今まで、人に恨まれることなんてした覚えもないし――いや、闇奴隷オークションにいた、アレックスに解雇された同業者には、結構恨まれてるかも。
名前も思い出せないあの男。
彼なら可能性はあるけれど、ここまでやるかどうかは、彼の人となりを知らないのでわからない。どちらにせよ、命を狙われている以上、ここは全員で生き残るために戦うしかないのだ。
「お兄さん。問題は敵の数っしょ! 今のままじゃ襲撃の理由もイミフだし、早く山を抜けないと夜になっちゃうよ」
「とりあえず、上にいるその魔法使いってのを、ひっつかまえるしかないよな」
ペイトンとジーナが、それぞれに意見を出し合うなか、アルテシアのうしろにいる、リサメイが声をあげた。
「さっきみたいにバラけて戦ってもキリがない! ここは一点突破で進むんだ! あたしとアルテシアで岩をやる。ロックロックたちは、寄って来たゴーレムだけを適当に相手しな!」
「「「了解っ!!」」」
作戦が決まった。
全員が一致団結し、一点突破で突き進む。倒す意味のないゴーレムは、申し訳程度に倒し、とにかく頂上を目指すのだ。
僕とペイトンたちの前に、戦闘組たちが集結する。
ちょうど目の前にはアルテシアたちの乗る馬が見える。その馬のうしろに乗るリサメイが、こちらを振り向いて僕に向かって最後にこう付け加えた。
「主さん。今回は目的地の到達重視だからさ。ちょっと防御面が雑になるんで、たぶん全員ケガしまくるけど【リセット】の件、よろしく頼んだよ」
「えっ!? リサメイ。それって――」
「よっしゃ、行くぞ! お前らああ!!」
「「「おおおお!!!」」」
リサメイの不穏な発言に、僕は一瞬戸惑い、彼女に問いかけようとするが、前を向いてしまった彼女の号令により、それは遮られた。
「あーあ、アタシらもヤバそうじゃん。お兄さんも気をつけてよね。今度降ってくる石。たぶんめっさデカいよ」
「えっ」
「じゃあ、俺たちはせいぜい頭を潰されないようにして、あとを追わせてもらうとすっか。ロジも気をつけろよ」
「は、はいっ!」
どうしよう。みんな覚悟決めてる。
頭が潰れるとか、石の大きさがどうのこうのと、ジーナたちが脅かすものだから、ちょっと怖くなって来た。だが、すでにアルテシアたちは先行し、次々に岩を破壊。僕らに飛んでくる石の粒が、あきらかに大きくなっているのは事実だった。これはジーナたちの言う通り、僕も覚悟を決めないと。
頂上まではまだ遠い。
蛇行する道を真っすぐに突き進んでいるのにも関わらず、まだ先は見えてはいない。そのなかをひたすら岩とゴーレムを破壊しつつ、僕らは進む。
もしものため、周囲には【奴隷管理】のパネルを並べ、いつ彼らがケガをしても大丈夫なようにと待機している。もちろん使わずに済めば良いが、リサメイたちが破壊する岩の破片は僕らだけでなく、黒狼族たちにも降り注いでいるのだ。
「この調子で行けば、陽が傾きだすころには、頂上へ着けそうだな」
地理に明るいペイトンが隣で呟く。
陽はもうすぐ真上に上る。そうなると、あと一時間以上はかかるということか。岩石がそこまで続くとなると知り、多少うんざりするが、敵が生み出している以上、止めてもらえるわけがない。
「奴ら、そろそろ仕掛けてくんじゃない? アタシら結構耐えてるし、今のところ攻撃もチョーマンネリだもん」
「ジーナちゃん、そう言うのはフラグって言うらしいぜ! ホラ見ろ!」
「「なっ!?」」
ジーナの言葉を聞き、ペイトンが声をあげる。
彼の指差す先に、突然地中から天高く伸びた、巨大な石柱を目の当たりにした僕とジーナは言葉も出ないほどに驚く。
あれは反則だ。
二十メートルはあろう巨大過ぎる石柱は、空へと伸びる運動を停止させると、今度は猛スピードでこちらへと倒れだした。最悪なことに、今の僕らは全員同じラインを走っている。石柱はそのラインに沿って倒れるだけで、敵を容易に押しつぶすことが可能だ。
さすがに前を走るアルテシアたちにも、あの石柱の破壊は無理だろうし、今の馬たちの体力ではあれを避けることなど不可能に近い。馬を見捨てれば、アルテシアたち戦闘組は難を逃れられるかもしれないが、問題は僕らだ。一点突破が逆に仇となったこの状況に、絶望感が加速する。
「うわああ!!」
「ヤバい、ヤバいって!!」
僕とジーナが順に絶叫した。
逃げられない。潰される。
そう誰もが思ったとき、
「しっかり掴まってろ!!」
「「――!!」」
突然、ペイトンが僕らの馬の手綱を掴んだ。
彼の指示でとっさに身構える僕とジーナ。
「スキル【激走】!!」
「「――っ!!」」
身に覚えのある加速感と風圧。
アルテシアに担がれたときよりも更に強い重力を感じ、僕らは未知の速度を体感する。突然、馬たちにロケットでも取り付けたのかと思うほどの急激な加速は、息が出来なくなった僕とジーナが、思わず同時にうしろを向くほどに凄まじかった。
「はあっ、はあっ」
「くふぅぅぅ……」
ジェットコースターを乗り終えたような疲労感。
あのえげつない加速は終わり、平素の走りに戻った馬上で、僕とジーナはその背にへたり込むようにしてしがみつく。流れる景色を見つめ、ふとさきほどの状況が脳裏に再現される。
「あ……」
気が付けば僕らは助かっていた。
背後で大きな音を立てて崩れ去る巨大石柱。
ひとつひとつが巨大過ぎるその破片は周辺へと飛び散り、当然僕らにも降り注ぐはずだった。しかしペイトンの使ったスキルにより、破片は僕らを襲うことなく、後方の斜面へと落ちていく。
「悪いな。急だったもんで、なんも説明出来なかった」
僕らの手綱を掴んだまま、ペイトンが謝る。
命拾いした僕らは、その言葉に首を横に振った。
「とんでもない。僕らこそ助けてもらって感謝しかないよ」
「マジでオワタって思ったし。ちょっと洩れそうだった……」
ふたりして命を拾ったことに安堵する。
そんな僕らを見て笑うペイトンだったが、すぐにその表情を変える。
「オイ、ヨースケ。リサメイさんたち大丈夫か? 姿が見えないぞ」
「「えっ!?」」
ペイトンの言葉に思わずうしろを振り向く。
彼の使ったスキルは、手綱を握った馬だけを加速させるモノらしい、当然、離れていたアルテシアたちには適用しない。
「アルテシア!!」
「リサ姉!!」
並走する二頭の馬と、追従する四頭の馬たちしか周囲には何もいない。不安のあまり、アルテシアたちの名を叫ぶが、返事はない。
もしかしてあの石柱に。
そんな最悪な状況が浮かび、頭を振った。
「そ、そうだ……!」
急いで【奴隷管理】を確認する。
空にアルテシアら六人の名前が浮かび上がった。
《対象の【ステータス】すべてに、状態異常として欠損部位多数を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》
「お兄さん、早くっ!!」
「うわああ!! ヤバい、ヤバい!! 使用する!! 使用するっ!!」
それぞれのステータス画面が出たとたん、アナウンスが告げた不安な情報に、あわてて了承すると、石柱の崩れた瓦礫のすき間から、複数の光が見えた。そこに彼女たちがいたらしい。やはり脱出は不可能だったようだ
不安なまま、走る馬上で瓦礫跡のようすを見守る。
もうもうと砂煙が上がるなか、やがてそこに小さな影が映った。
「「ああっ!」」
アルテシアたちの影だ。
それはだんだんとこちらに近付くにつれ、全容が明らかにされて行く。三頭いたはずの馬は二頭に減り、一頭にはアルテシアとリサメイ。あとの一頭には、リュークリュークとロックロックが乗っていた。そしてその後を追い抜くかのようにして走る、キースキースとジェイジェイの姿が。
全員無事、【リセット】によって復元されたようだ。
「ヨースケさん! よくご無事で!」
「おー! ペイトンも無事だったか」
アルテシアとリサメイが、それぞれ僕らの無事を喜んでくれる。いや、キミたちのほうが危なかったんだけど。そんな彼女たちのうしろに続く、四人の黒狼族たちも無事でなによりだ。
「アルテシアたちも良かった。死んでたらどうしようかと……」
「ありがとうございます。ヨースケさんのおかげで、この通り生きてます」
「いやあ、馬たちがあたしたちの足や腕をくわえて、傍に立ってたときは焦ったよ」
思わず不安だったことを漏らす。
そんな僕に優しく微笑むアルテシアと、ニッカと笑うリサメイ。【リセット】を使う直前のスプラッター話をするリサメイには少し引いたけど、とにかく一安心する。
「まーた、兄貴に救われたなあ」
「キースキースは首の骨折れてたもんな。あれは死んでると思ったぜ。わっはっは」
「うっせえ。ジェイジェイだって両足飛んで泣いてたくせによ」
「泣いてねえわ!!」
「こらこら。ケンカの前に、まず主さまへの感謝だろう」
黒狼族の四人も無事だ。
いつものようにふざけ合うキースキースたちも、あまりヘビィな惨状をここで説明しないでもらえると嬉しいんだけど。ロジもいるんだし……。
和気あいあいとする束の間の休憩時間。
あれほどの石柱を実態化させるために、敵も相当のチカラを使ったのか、落石やゴーレムの攻勢がいったん中断したようだ。そんななか、難しい顔をしたペイトンが口を開いた。
「あちゃあ。やっぱり馬は減ったか……仕方がない。ここの四頭を解放するから、適当にみんなで乗ってくれ」
「えっ? でもまだ【同期調教】の途中なんじゃ」
「いや、今回は馬車を引くコツや、馬同士の連携を覚えさせるわけじゃない。人を乗せて走るくらいなら、すぐに覚えるだろう。あれから少し走らせたし、歴戦の戦馬というわけにはいかないが、まあ、なんとかなるさ」
【同期調教】恐るべし……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よっし! 頂上が見えて来たぞ。みんな」
ペイトンがいち早く声をあげた。
あれから数時間、予定よりも時間がかかったが、ようやく頂上が見えて来た。石柱に襲われてから、突然なりを潜めた落石とゴーレムの攻勢。皆で敵は回復薬を使い切ったのかもと噂していたが、そのまま頂上に近付くまで、何事もなく走れたのはラッキーだった。
「いるよ」
「ああ。いるな」
盗賊ジョブのジーナとキースキースが、ふたりして呟いた。【警戒】を使ったのだろう。この先に僕らを散々苦しめた敵がいる。
「敵はひとりじゃないぞ。四人いる」
「えっ、四人!?」
「ゴーレムたちはずっと上から襲って来てたけど、ほら、最初に山岳トカゲで追って来た奴ら。あれは本物だったみたい」
キースキースの口添えで、敵が四人いることがわかった。てっきりゴーレムを土魔法使いだけで操っていたのかと思い、その数の増加に驚いていると、ジーナがその理由を説明してくれた。やはりあのとき、山岳トカゲに乗っていた【黒の手】たちは本物だったらしい。
「いたぞ!」
リサメイが叫ぶ。
それに釣られて僕らも頂上に目を凝らすと、太陽に照らされた四人の姿が、山頂に浮かび上がった。
「みんな、行こう!」
僕の号令によって、一斉に馬たちが頂上へと駆け上がる。やがてたどり着いた場所は、中腹にあったような広場になっており、黒いローブをまとった【黒の手】たちが、じっと僕たちを見据えて待ち構えていた。
そして、そのうちのひとりが、ワナワナと体を震わせ、牛の面からくぐもった声を出す。
「キッツアマラアアアア! なぜだっ。なぜ、私の土魔法でもって、苦しまずして殺してやろうとしたのに、誰一人として死んでおらんのだ! なにをやったああああ!!!」
土魔法使いらしき人物がそう叫ぶと、突然、奴らのうしろから、さきほどと同じような石柱――いや、とてつもなく巨大なゴーレムが現れた。
「デカいぞ! みんな気をつけろ!」
ペイトンが叫ぶ。
全員に緊張感が走った。
二十メートルを越える人型の石巨人。その上半身だけの怪物が突如として腕を振り上げると、僕らに目がけて鉄槌を落とす。
「スキル【激走】!!」
アルテシアたちはすでに馬を逃がしており、馬たちもその惨事から難を逃れた。近くにいた僕らは、前回と同じくペイトンのスキルで、巨人の攻撃から逃れることに成功。
轟音と共に大地は揺れ、地面が崩れ始める。
圧倒的な巨人の破壊力。土魔法使いはチカラを使い果たしたのではなかったのか。この巨人を最後に僕らへとぶつけるために、あえてそのチカラを温存していたとしたら、こいつは奴のとって最強の切り札のはず。
「くっそ。このままだと夜になっちまうぜ」
僕らを二度も救ったペイトンが愚痴をこぼす。
太陽を見ながらそう話す彼には、ここでの時間は無駄でしかないのだろう。それには僕も同意だ。こんなところで時間を食うわけにはいかない。僕らは一刻も早く山を下りなければいけないのだ。もたもたしていると夜になり、余計に奴らとの戦いがより困難となってくる。だが、すでにリサメイたちは武器を構え、ゴーレムと戦う気でいる。彼女たちはここを決戦の地に選んだのだ。
それならば一番早くケリをつけるにはどうしたらいいか。答えはひとつ。ゴーレムを倒さずにして、勝つしかない。
「ジーナ!」
「うんうん。やっぱこういうときは、アタシの活躍だよねー」
僕の考えをすでに読んでいたのか、ニヤけながら馬上に立つジーナ。
「な、なんだよ、いきなり。危ないぞジーナちゃん!」
あわてて僕らの馬の手綱を持つペイトンが苦言を呈する。そんな彼に、僕が小声で説明をした。
『静かにペイトン。今からジーナにあることをやってもらうから』
『あること? な、なんだよそれ』
彼には黙って微笑み、馬上に立つジーナに声をかける。
「ジーナ。キミの出番だ!」
「任せて! 愛しのご主人さま」
その声と共に、僕の前からジーナが消えた。
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