第七十五話 斜め四十五度の死闘 1
「リサメイ!!」
斜面を駆け上がる途中、リサメイと合流する。
獣人最強種の彼女であっても、さすがにこの数の岩をずっと破壊し続けるのは至難の業らしい。こちらを振り向いたときの彼女は、いささか疲れた顔をしていた。
「主さん。無事で良かった」
「うん。リサメイこそありがとう! 少し休んでて!」
「ああ。すまない」
すれ違いざまに言葉を交わし、リサメイを後退させる。彼女の代わりに岩を排除するのは、アルテシアの役目になった。彼女は素早く七星剣を呼び出すと、前方の岩に向かって攻撃を集中させる。
魔剣の集中砲火を浴びた岩石は派手に砕け散ると、そのうしろから黒いローブを着た奴らが現れる。
「オラオラオラ! アルテシアの姐御だけにカッコつけさせんなよ、お前ら!」
「「「おおお!!」」」
ロックロックの怒声により、他の黒狼族たちの士気があがる。そして彼らの後方から、馬上で弓を構えるリュークリュークが、最初の一矢を放つと、風を切る音と共にちょうど別の岩石へと移る途中の【黒の手】のひとりに命中。回転する岩石の前に落ちてしまい、哀れにもその下敷きとなっていった。
「リュークリューク。すごい!」
リュークリュークに向けて賛辞を贈ると、フッと笑みを浮かべる彼は、続けて第二矢を放つが、次は外れる。その前を走る馬の後部に乗ったロックロックが「ふふん」と笑うと、ムッとするリュークリュークが今度は二本の矢を同時につがえて放った。
それぞれが弧を描き、ふたりの【黒の手】を襲う。
うちひとりに当たり、ぐらりと姿勢を崩すが、即座に刺さった矢を抜き去ると、ふたりが同時にこちらに向かって急接近して来た。
「ご苦労さん、リューク! あとは俺たちに任せな!」
「奴らの装備に気を付けてください。固いですよ!」
前で馬を駆る盗賊ジョブのキースキースが、うしろに向かって声をかけると、自らの矢の手ごたえのなさに違和感を感じたのか、アーチャーのジョブを持つリュークリュークが、【黒の手】の手ごわさを他のメンバーへと伝える。
「来るぞ!」
先行するロックロックが叫び、彼らの馬上よりも高い位置から、ふたりの【黒の手】が襲い掛かる。僕を乗せたジーナの馬は、彼女の機転によりその場から離れ、そこで黒狼族たちとはしばし離れてしまった。
「お兄さん。アレはあいつらに任せて、アタシたちは頂上まで急ぐよ! とりあえず上にいる土魔法使いを倒さないと、ヤバいっしょ!」
ジーナが僕にそう叫ぶと、僕らの乗った馬は、斜面を更に駆け上がる。
「援護します!」
後方にいたアルテシアが、僕らの前に割り込み、前から迫る岩石を次々に破壊。細かく砕けた石が当たるのを我慢しながら、まるで遊園地のアトラクションコースを通り過ぎるかのようにそこを潜り抜けていく僕ら。
「あいつら何人いるんだろう」
「一番上の土魔法使いは、とりあえず置いとくとして、下には三人いたんでしょ? リサ姉がひとり倒して、さっき黒狼族たちにふたりが当たったし、ひとり下敷きになったから、あと目の前にいる三人だけ? 余裕っしょ!」
砕けた岩の雨あられを浴びながらも、ジーナが見当をつける。だが、それは残念ながら、この直後に間違いだと判明する。
「えっ! ふ、増えてない!? ってか、下の奴らがいつの間にか戻って来たの?」
困惑するジーナの言う通り、前方に迫る岩を飛び移りながら、こちらへと迫る三人の【黒の手】以外に、そのうしろから新たな三名が現れた。
「下に居た奴ら、黒いローブでわかりにくいけど、もしかしたら獣人かもしんない。あいつらなら下からアタシたち追い抜くくらいワケないし」
「追いつくのに、わざわざ山岳トカゲで追いかけてたってこと? なんでわざわざそんな……」
「アタシが知るわけないっしょ! たぶんだけど、遊ばれてるーみたいな?」
こんなときにもジーナは、余裕の表情で冗談を言う――いや、冗談じゃないのかもしれない。奴らは僕らをいつでも襲えるのに、あえて遊んでいるのか。
六人の【黒の手】が一斉に迫る。
だが、間髪入れずにアルテシアの魔剣が、奴らに突き刺さっていく。貫かれた六人はそれぞれが地面に叩きつけられると、後続の岩石によって潰されてしまう。
「やった! アルテシアすごいっ!」
「アル姉すごーい!」
一度に六人もの敵を倒したアルテシア。
ジーナが歓喜しながら彼女の近くへと馬を寄せる。だが、六人を倒す快挙を成し遂げたはずのアルテシアの表情が暗い。
「どうしたの? アルテシア」
アルテシアの表情が気になり、理由を尋ねる。
それに対し、すでに魔剣を自分の周囲に呼び戻した彼女は、それを亜空間へ戻すことなく、眼前を見据えたまま答えた。
「まだいます。奴らは……まだ!」
「――!!」
そう言い放ったアルテシアの視線の先には、さきほどと同じ姿の【黒の手】が。たった今、彼女が倒したばかりの数で再びこちらに向かってくる。
「おいジーナ。キミが言ってた数より、少し多いんじゃないのか!?」
「おかしいって! アタシちゃんと最初に【警戒】で数だけ把握してたっつーの! 頂上にいる土魔法使い入れて、全部で十一人だったの間違いないって!」
「クソ! こいつらいくらでも出て来やがる!」
「――!?」
突然、キースキースの声が。
遠くで戦っているはずの黒狼族たちが、いつの間にか奴らに誘導されるようにして、僕らの近くに戦場を移動している。そして、その敵のひとりが、キースキースの攻撃から逃れ、僕らのほうへと狙いを変えた。
「うわっ! ジーナ!!」
「――っ!」
「兄貴っ!」
真横から飛んで来た【黒の手】のひとりは、手に持ったロングソードを真っすぐに構えたまま、僕らへと突っ込んで来た。
「おーっと! よそ見すんなよ!」
「ペイトン!」
絶妙なタイミングで、襲って来た【黒の手】をペイトンの馬が弾き飛ばす。馬の頭突きによって激しく地面に叩きつけられた敵は、ペイトンの馬と、追従する二頭の馬たちによって踏みつけられ、斜面に沈んだまま動かなくなった。
黒狼族たちと戦っている残りのひとりは、周辺を転がる岩石をうまく使い、つかず離れずの戦いを仕掛け、馬上で思うように戦えないこちら側を翻弄している。
合流したペイトンたちと共に、斜面を上がる僕ら。ここからは馬の体力勝負になるが、ペイトンを中心としたスキルの恩恵により、急激な消耗は今のところ見受けられない。この間になんとか頂上を狙いたいところだが、前方に何度も現れる集団が行く手を阻むため、そうもいかない。今、近付いた集団は、またもアルテシアの魔剣に沈んでくれたおかげで、一応のインターバルが稼げたようだ。
「こりゃあ、キリがないぞ。ヨースケ」
「うん。今のところ、アルテシアの魔剣だよりだけど、こう続けざまに来られると、彼女の集中力もどれだけ持つかどうか」
「私ならなんとか大丈夫ですが、馬たちのほうが危険です」
「ああ。俺のスキルで今は大丈夫だけど、そろそろ時間切れになりそうだ」
「そ、そうなんだ……ちょっとマズいね」
「もお! あいつら何人いるんだよお!」
リサメイもダウンし、アルテシアや馬たちのチカラにも限界がある。このままだといつかはジリ貧になってしまう。何か打開策を考えないと、頂上までたどり着けない。
「待たせたな兄貴! ようやく倒せたぜ」
ちょうど僕らがそんな話をしていると、苦戦していた黒狼族たちが、なんとか残りのひとりを倒し終え、こちらに合流してきた。
彼らも戦いで体力を消耗したのか、息が荒い。
アーチャーのリュークリュークなどは、頼みの矢をすべて使い切ってしまったようで、今はブロードソードに持ち替えている。他のメンバーの剣も、たまに接近する岩の軌道を、強引に逸らしたりするためか、刃こぼれを起こしている。そう、刃こぼれ――。
「あっ!」
肝心なことを忘れていた。
なんでこんなことに、僕は気付かなかったのだろうか。
「ん。どうした? ヨースケ。何かあったのか」
隣で並走するペイトンや、その前に乗るロジが、こちらを見て首をかしげる。残念ながら彼らに関係のないことだけれど、僕はまたも自分の立場を、有効活用することを思いついたのだ。
「お兄さん。どうしたのいきなり」
僕が取った行動を、走りながら振り返ったジーナが、怪訝な顔で見ている。それもそうだろう、僕が突然馬上で、自分のステータス画面を立ち上げたのだから。
「この前、黒狼族たちの腕を、元に戻したときに気付いたんだ。【リセット】は身体の復元だけじゃなくて、体力まで戻すってね。すっかり忘れてたけど、今、彼らの武器を見たときに偶然、思い出したよ」
「マジで!? そんなの――って。ア、アタシそう言えば、その場に居なかったわ。あはは……」
地下牢の臭さに耐えかねて、階段を降りてこなかった、自分勝手なジーナのことを思い出す。彼女もそれを思い出したようで、少し照れ笑いだ。
「お前のスキル、マジでなんでもアリだな」
「そ、それをキミが言うのかい……」
僕の【リセット】のチカラに呆れるペイトン。
馬車使いのスキルに、散々羨ましさを感じていた僕からすれば、彼のそれは嫌味に近い。
「ああ、そっか! 兄貴のそれがあれば、あいつらや落石に特攻かけて、俺たちの腕が飛んでも治してもらえるじゃねーか。じゃあオイお前ら! 今からガチんこで行くぜ!」
「やめて!? そんなトラウマになるような戦法! 絶対許さないぞ!」
間違った解釈をするロックロックに、すかさず苦言を呈する。そんなことをすれば、僕はおろか、ロジだってかわいそうだ。絶対やるなと彼らに念を押したあと、僕は【奴隷管理】を開く。
「うわっと!」
開いた画面が思いの他、大きかったので驚く。
そう言えば、ここにいるメンバーだけじゃなくて、砂上の義賊たちも居たんだ。ずらりと並ぶ、総勢二十七名の奴隷たちの名前が表示されている画面を見て、僕は思った。
奴隷ディーラーである自分は、彼らのように武器を手に、戦いに参加することは難しいだろう。ただ、僕は僕なりに、こういうやり方でみんなを支援しながら、戦いを制することだって出来るはずだと。
剣や魔法の世界に転生して、僕が手に入れた人生を守るため、彼らに助けを請い、その代償として、傷付いたときは助ける。これが僕の戦い方だ。どんなに格好悪いと言われたって、今はこれしか出来ない。
「ありがとう。ロックロック。おかげで僕の戦い方が決まったよ」
「えっ!? な、なんですか兄貴、突然……」
「ははは。良いんだ。言いたかっただけだから」
いきなり僕に礼を言われ、困惑するロックロックに、微笑みながら、現状この場にいる奴隷メンバー全員の名前に触れ、周囲に彼らのステータス画面を展開する。さしずめ七星剣の奴隷ディーラーバージョンだ。
《対象者全員の【ステータス】に、状態異常として体力低下、および複数の【装備品】に、規定を超える劣化を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》
「「「おお!!」」」
周囲がざわめき立つなか、僕はアナウンスに対して、命令を下す。
「すべて使用する!」
その瞬間、斜め四十五度の斜面を巨大な光が覆いつくした。
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