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第七十四話 離脱



「実行する!」


 荷馬車のなかに光が満ち溢れる。

 眩い閃光が周囲を照らすが、それは瞬時に元の情景を浮かび上がらせた。その景色のなかにペイトンがいる。彼の姿は無事、落石が起こる前と同じ状態に戻っていた。


 目を閉じたままのペイトン。

 彼は自分を中心に輝き出した閃光のせいで思わず目を塞いだのだろう。未だ自分の姿が元に戻ったことに気付いてはいない。それを知るのは僕やジーナ。そして、初めて【リセット】のチカラを目の当たりにして、唖然としているロジだけだ。


「ほらね、ロジっち。お兄さんスゴイっしょ!」

「は、はい……あ、あの……ヨ、ヨースケ様は……か、神さまなのですか?」


「違うよ、ロジ。僕はただの人間さ。神さまってのは、こう……もっとすごい存在だと思うよ。多分……」


 この世界に復元魔法がないことは、ロジでも知っている。そんな世のなかで唯一、失った体の一部を元に戻せるのはこの【リセット】だけだ。間近でそのようなチカラを見てしまったロジは、何を思ったのか、僕を神さまだと言った。彼には悪いが、僕の知っている神は、そんな大した人物ではなかった。しかし、彼の理想を壊したくないので、ここは適当に誤魔化す。


 ロジの問いかけに返事を返したあと、僕は黙ったままのペイトンに声をかける。


「ペイトン。もう目を開けても大丈夫だよ」

「……うっ。ま、まだ目がチカチカしやがる。お前ホントに何を――」


 ゆっくりと目を開けるペイトン。

 彼は僕に文句を言いながら、自分の目をこすり、そこで固まった。


「な、なんだよ……これ。思わずやった俺もどうかしてるけど……これこそどうかしてるだろうが!!」


 そう。彼はこすったのだ。

 自分の目を、自分の手で。


 それに気付いたペイトンは叫んだ。

 自分の失った腕が元通りになっていることを。喜びと困惑に満ちた顔で大声をあげる彼に、ここにいる全員が微笑んだ。


「ヨ、ヨースケっ!!」

「うわっ!」


 勢いよく立ち上がったペイトンに、両肩を強く掴まれる。彼は僕を掴んでいる自分の両腕を、奇跡でも見るかのように交互に見つめながらも、目を見開いたままの表情で僕に詰め寄る。


「お前、何した!? 何をやった!? 俺を騙してるのか!? オイ、どうなんだよ!! こんなことあってたまるか、あっちゃイケねえだろ! オイオイオイ!! 夢か!? 俺に幻覚を見せてんのかチクショウ!! 何とか言え、何とか言えよ! ヨースケよおおおお!!」

「痛たたた……! お、落ち着いてよ、ペイトン! い、痛いって……!」


 ペイトンの掴む肩が悲鳴をあげたため、僕はあわてて彼に苦言を呈する。自分がとんでもなくテンションを上げていることに気付いた彼は、ハッとなり、その両腕を僕の肩から離した。


「僕の特殊スキル【リセット】を使ったんだ。なぜか僕の奴隷にしか効かないんだけど、どんなにひどいケガでも元に戻せる。だから一時的に僕の奴隷になってもらったペイトンの腕も、元に戻っ――」


 ペイトンに僕の【リセット】の説明を言い終わる前に、その言葉は遮られた。彼に痛いくらいの抱擁を受けたからだ。がっしりと僕を抱きしめる彼は、耳元でこう叫んだ。


「さ、最高だ。ヨースケ。お前は最高だ……バ、バカヤロウ……俺の想像を……は、はるかに超えた奇跡を起こしてくれやがって、チクショウ!」

「ペイトン……」


 ペイトンの声が震えていた。

 僕の【リセット】は彼の諦めていた希望を、再び蘇らせたのだ。夢を実現すること。そして、もう一度手綱を握ること。彼の腕は強く僕を抱きしめたまま、しばらくはその震えを止めることはなかった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「ありがとよ、ヨースケ。もう大丈夫だ」


 ペイトンがいつもの彼に戻ったのは、割とすぐだった。すでに首輪も外し、彼は奴隷ではなくなっている。元気を取り戻した彼は、復元された両の拳を胸の前でガッチリと組み、止まっていたのも同然の時間を、再び取り戻すため、馬車全体を見渡している。その目に少し陰りが見えたのは、僕が彼に再び声をかけられるのと同時だった。

 

「ヨースケ。さっそくだが、お前に相談がある」

「な、なんだい。そんな改まって……」


 良い相談ではないことはわかっていた。

 すでにペイトンのスキルの恩恵から解かれた荷馬車は、崩壊を始めている。最初は僕らが乗っていた二台目の荷馬車だったが、横を並走する黒狼族たちが、どうにか軌道を制御していたこの馬車もついにその役目を終えるときが来たようだ。


「すでに車輪の軸がイカレ始めている。元々こんな斜面を走れる作りじゃねえのに、俺のスキルから離れて地面を激走したんだ。今まで持っていたのが奇跡に近い」

「馬車は手放すとして、馬たちはどうするの? まさか置いてかないよね」


「ふふん。俺がそんな、馬車使いの風上にも置けない行為をやると思うか?」


 僕が不安をぶつけると、ニヤリとするペイトン。

 ようやく彼の調子が戻ったようだ。自信に満ち溢れる彼の言動。やはり彼は、こうであるべきだと僕は思う。


「まあ、馬車をここまでダメにしちまった時点で、十分に俺は失格なんだが、それはもう諦めた。その代わり、ここに繋がれた馬たちみんな、俺が命に代えても王都まで連れて行ってやる」

「ペイトンさん。そんなこと言ってるけど、お兄さんやロジはひとりで馬車に乗れないんだよ? 余ってる馬たちどうすんの。まさか全部、手綱持って引っ張るわけ?」


 僕もジーナと同じ意見だった。

 僕やロジは馬の操作を知らない。うしろに乗るのが専門てやつだ。それにペイトンに聞いた話では、馬車を引く馬は基本、人を乗せて走る訓練を受けていないらしい。だから現在、三頭の周辺護衛用の馬には、うち二頭にキースキースたち黒狼族がそれぞれ二名で乗り、残りの一頭はさっき僕を助けに来たときにアルテシアが乗っていたやつだ。


 リサメイはと言えば、信じられないことに、自力で落石の対処をしている。今も前方では、どこから持ってきたのか、とても大きなこん棒のような武器で、彼女が次々と岩を破壊しているようすが窺える。


「ジーナちゃん、俺の話聞いてた? みんな連れて帰るって言ってんでしょ。俺のスキルに不可能はないの!」

「マジか!」


 そんな条件のなか、まるでそれを意に介さずにペイトンは、ジーナに向かって胸を反らす。というか、彼のスキルにはまだ何かあるのか。


「俺が購入した二頭にかけてる【同期調教】を、今度は外側に四頭にかけるんだ。そうすると、次は人を乗せている馬を、他の四頭がマネするってことになる。まあ、浮いてるけどな」

「えっと、よくわかんないんだけど。お兄さんわかった?」


 なるほど。そういうことか。

 ジーナはあまり興味がなかったので、ほとんど聞いてなかったが、僕はちゃんとペイトンから聞いていた。今現在、【同期調教】を受けている二頭に僕らが乗り、荷馬車から離脱する。今度はその両側を荷馬車を引いていた四頭が、彼の【同期調教】の効果により、僕らが乗る馬たちと同じ動きで、宙に浮いたまま追従するというわけだ。


「わかったよ。それなら他の四頭も無事に離脱出来るね」

「ああ。さっそく今から実行だ」


「あー! わっかんないのに、アタシだけ置いて話が進むううう!!」


 話が決まり、僕らは荷馬車の先頭に出てきた。

 御者台はペイトンが襲われたときに同時に破壊され、今は無残な残骸と化している。そんな場所を軽い足取りで歩くペイトンが、バランスを崩すことなく、四体の馬たちの下へと向かって行く。


「待たせて申し訳ない。今まで馬車を守っていてくれて助かったよ。黒狼族のみなさん!」

「おお! ペイトンさん。兄貴にうまく元に戻してもらったんだな」


「そろそろ我々もキツくなって来たところでしたので、助かります」

「うしろで兄貴が落ちたって聞いたときは焦ったぜ。アルテシアの姐御さまさまだ」


「早くこんなところから離れて、奴らをぶっ倒そうや!」


 ペイトンは馬車の軌道を守っていた、黒狼族とやり取りをしながらも、四頭の馬の背に順に飛び移り、手慣れた手つきで繋がっていた固定具を外して行く。やがてすべての器具から離れた馬たちを前に、彼がスキルを唱え始めた。


示教(しきょう)する恩師ありて、学ぶ弟子あり。偽りの空間にて、その者たちの命の手綱をすべて我に差し出せ! 四つの御霊が乞うはすべて知識の習熟なり! スキル、【同期調教】!!」


 ペイトンが唱え終えると同時に、一瞬だけ荷馬車から逃げ出そうとしていた四頭の馬が、突然ビクリと反応する。すると両手を前に構えていた彼に向かって、馬たちから金色の手綱のような光が集まっていく。


 ペイトンがそれを掴んだあと、真ん中を走る赤いスカーフを首に巻いた二頭に、光の手綱を二本ずつくっつける。すると光はふわりと消え、それを確認し終えた彼は、再び僕らの下へと戻って来た。


「さあ、次は俺たちの番だ。ジーナちゃんはヨースケを頼む。俺はロジと一緒に前の馬に乗るから」

「わあっ!」


 ペイトンは僕らにそう言い放つと、いきなり持ち上げられて驚くロジを小脇に抱え、さっさと先頭の馬へと向かって行く。


「聞いた? お兄さん。アタシが馬を操るから、お兄さんはうしろ!」

「う、うん。頼む――って、急に引っ張るなああ!」


 ペイトンたちが前の馬に乗ると、次は僕らの番だ。ジーナの合図で、馬の背に飛び乗る覚悟をしていたのに、彼女はいきなり僕の腕を掴み、荷馬車の先頭から少し離れた馬の背に飛び乗ってしまう。当然、彼女に引っ張られる形になった僕も、いきなりのことに焦りながら何とか無事、馬の背に乗ることに成功。これで離脱の準備が整った。


「みんな乗ったな。じゃあ黒狼族のみなさんは、もう離れても大丈夫です! ジーナちゃんとヨースケは、馬が足を地に着けるとき、衝撃に備えてくれ!」

「「わかった(オッケー)!」」


「よし! じゃあ今度はお前たちの番だ。きちんとお手本になるところを、ベテラン四名さまに見せてやれよ……【同期調教解除】!!」


 ペイトンが乗っている馬に話しかけ、最初にかけていた【同期調教】を解除した。その声と同時に、宙を走っていた馬は、猛スピードで動く地面に対し、絶妙なタイミングで接地し、僕らにもその衝撃が伝わる。


 ぐっと腹にかかる衝撃に耐え、僕らを乗せた二頭の馬たちが斜面を駆け上がる。そして今度は逆に宙に浮いた四頭の馬たちが、それに追従する形で二頭のあとを追い始めた。


「よおし! 離脱成功だ!」


 ペイトンの声に続き、僕はうしろを振り向く。

 馬たちの助けを失った荷馬車は、斜面を駆け上がるチカラを失い、フラフラと横道へと逸れていく。そして、少し凹凸(おうとつ)の出た斜面に片輪を乗り上げると、重量の減った荷馬車は一瞬、空を舞ったあと横倒しとなり、そのままずるずると谷の底の方へと滑り落ちていった。


 ローザから預かった荷馬車は、これですべて失った。残った四頭の馬たちは、なにがあっても王都へと届けないとイケない。これはペイトンと同じ意見だ。心のなかでローザに謝りつつ、ペイトンに向かって叫ぶ。


「やっぱり()()()()()()()()()にして正解だったよ!」

「ああ、そうだろ! 俺に感謝しな! ヨースケ!」


 僕らだけにわかる合図を終え、斜面の上を見る。

 そこには斜面を飛び交いながら、岩を砕くリサメイと、馬を駆りながら、七聖剣で落石の軌道を逸らせる、アルテシアの姿があった。


「アルテシア!」

「――! ヨースケさんっ! ペイトンさんもご無事で」


 呼び声に反応するアルテシア。

 僕とペイトンの無事をを確認すると、七聖剣での攻撃を維持させながら、こちらに近付いてきた。


「待たせたね。みんな無事に離脱出来たよ」

「良かった。でも荷馬車が……積み荷も残念なことに……」


「うん。それはあとで考えよう、アルテシア。今は前に居る奴らだ」

「はい。そうですね」


 僕と目線で頷き、アルテシアは斜面の上を見据える。そのとき、前方を走っていたペイトンが突然大声をあげる。


「オイ見ろ! 奴らだ!」

「――!?」


 全員が斜面の先へと注目する。

 止むことの無い無数の岩石群。これが奴らのなかにいる、土魔法使いの仕業であることは、すでにアルテシアから聞いている。このまま僕らのうちの誰かが犠牲になるまで、これは続くと思っていた。しかし、絶え間なく迫る落石を装った奴らの攻撃に、ある変化があらわれ始めたのだ。


「い、岩の上に……人だと!?」

「えっ!?」


 誰かが岩を指を指して言った。

 僕らも即座にそこへ視線を向けると、転がり続ける岩を踏み台代わりにして、こちらへと迫る複数の人影が。


「くっ! 奴ら、いよいよ本気出してきやがったな……」


 ペイトンの言う通り、黒いローブをまとった奴ら【黒の手】は、一向に数を減らすことの無い僕らに対し、痺れを切らしたのか、とうとう直接攻撃へと出るようだ。


「ヨースケさん。リーダーであるあなたが命令してください」


 隣を走るアルテシアから指名される。

 その言葉に僕は黙って頷くと、アルテシアや前を走るペイトン、そして黒狼族、先頭を切って岩を砕いてくれているリサメイに聞こえるよう、声を張り上げて叫んだ。


「みんな! 絶対に生き残るんだ! なんとしてでも!!」

「「「「おおっ!!!!」」」」


 斜面を下る【黒の手】の集団と、斜面を上る僕ら。地の利としては不安のあるこの場所で、僕らの戦いが始まった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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