第六話 冒険者ギルド
2024.10
すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。
「ここが冒険者ギルド……」
冒険者ギルドは、西大通りの途中にあった。
あの武器屋も、別の西通りにある。
ここまでは差ほど時間もかからずにたどり着けた。
陽はまだ登り始めたばかりに近い。
他の各ギルドも、この西側に寄っているとのこと。
逆に住居はその東側で、東大通り沿いに最も多く密集している。
変わって、あの宿があった北大通りは、商業が盛んな通りだ。
それはあまり乱雑に点在するのではなく、きちんとした街づくりが計画的に行われているということを意味している。
放射状に伸びる街道といい、きっと、民のことを優先する几帳面な王さまが造ったのだろう。
「分かりやすくて、助かったよ」
「ですね。地図も役に立ちましたし」
奴隷商ギルドの受付嬢に借りた魔導書。
見ただけでその内容が、勝手に頭にのなかへ入ってくると言う優れものだ。
それによって僕らふたりの頭にはこの街、ペイルバインの地図がすでに入っている。
頭に目的地の名前を思い浮かべるだけで、そこへの道順が出てくる。
いわゆるカーナビのような能力を手に入れてしまったのだ。
確かにそれはそれで便利なのだけれど、こうして街が役割ごとに配列されているのはすごく良いと思う。
「さて……」
「ええ……」
途端に口数が減ってしまう。
少なからずお互い緊張感があるのだろう。
しかし、それも当然のこと。
武器屋の老婆と【エンゲージメント】を結んでしまったのだ。
なんとしてでも、今日か明日中には、銀貨六枚以上を稼がなくてはならない。
もしダメだった場合、僕はあの老婆の元で一生奴隷暮らしだ。
もちろん僕の奴隷であるアルテシアも、自動的に老婆のモノになってしまう。
「絶対、明日までに……」
「……ですね」
表情険しきアルテシアが、腰の剣に手をかける。
あの老婆から買った剣だ。ただし支払いは保留中。
気合いを入れ直しているのか、ギュッと柄を握ったまま、ギルドを見据えている。
もちろん、僕だって老婆に下るつもりはない。
自然と手の甲に浮かぶ、契約の印に目がいく。
残念ながら、握る武器はないけれど、気合いだけは拳に込めた。
冒険者ギルドは、あの奴隷商ギルドよりも立派だった。
もちろん時間帯の関係もあるだろうけど、日の当たる立地のうえ、建物も大きい。
看板にはそれぞれのギルドを象徴する、モチーフが描かれているらしい。
冒険者ギルドの場合は、重なり合う剣と盾。
その右下に、皮袋のような絵が描いてあった。
人の出入りも多く、扉は朝から解放されたままの状態だ。
そのおかげで、僕らは気負うことなく、中に入ることが出来る。
途中、真っ黒で大きな体格の集団とすれ違う。
狼の頭を持つ冒険者風の獣人たちだ。
僕よりもはるかに背が高く、全身が黒い毛で覆われている。
ただその風体に、僕は少しだけ違和感を感じてしまう。
同じ獣人でも、猫耳盗人ジーナとは違い、彼らの頭は獣のそれだ。
種族によって違うのか、それとも何か別の理由とか。
ただ、見るからに雰囲気は良くない。
周囲も暗に避けている感じがする。
そして間が悪いことに、入り口の出会い頭に彼らとぶつかりそうになった。
幸い、アルテシアのおかげで回避出来たものの、ちょっと睨まれはした。
「ふぅ」
「大丈夫ですか、ヨースケさん」
特にトラブルもなくやり過ごし、ホッとする。
まあ、大抵こういう場合、フラグが立つので、あまり深堀りする気もない。
「あれは黒狼族ですね。あまり良くない噂しか聞かない獣人族です」
去って行く黒狼族の背中を見送りながら、アルテシアが呟く。
その口ぶりから、彼女たち帝国人のなかでも、あの獣人たちの評判は良くないのだろう。
ここで初めて彼らが黒狼族という名だと知るも、目的もあってか、すぐに興味は薄れ、僕はギルド内へ足を踏み入れた。
「……すごい活気」
冒険者ギルドで、最初に感じた印象だ。
奴隷商ギルドのそれとは空気が違う。
受付カウンターでは会話が飛び交い、それ以外からも笑い声があがる。
当然、冒険者たちの顔には希望が満ち、場内は一獲千金を夢見る人たちであふれている。
これこそが冒険者ギルド。
これこそが異世界の醍醐味。
振り返ると、アルテシアも黙って頷いてくれた。
これほど活気に満ちた場所なら、きっと大丈夫かもしれない。
ここなら奴隷ディーラーの僕でも、何かやれそうな気がしてくる。
あの絶望あふれる奴隷商ギルドにはない可能性を、ここではひしひしと感じられる。
そんな期待を胸に、僕らはカウンターへと向かった。
「いらっしゃいませえー。ご登録ですかあー? それともおー、ご依頼ですかあーん?」
僕らを迎えたのは、ややクセの強い女性だった。
ギルドの制服を華麗に着こなし、見た目も華やかで笑顔も素敵だ。
やたら語尾をねっとりと伸ばす言葉遣いさえなければ、完璧に近い受付嬢だろう。
ただ、冒険者に媚びた風な態度は、正直ちょっと引いた。
まあ、愛想が良いのは悪いことじゃない。
出来れば、あの不愛想な受付嬢にも見習わせたいところ。
ただし、限度ってものがある。
その点でこの受付嬢は、少し度が過ぎている気がする。
「あの、登録の方をお願いしたいんですが」
「はーい。かしこまりましたあーん。でえわあー固定ジョブのギルドカードを、ご提出くださあーいん」
なぜか受付嬢からウィンクされる。
やっぱりこの人なんか変だ。
アルテシアも、そこで咳き込まないで。
受付嬢の態度に戸惑いながらも、昨日もらったばかりのカードを差し出す。
その際も、わざわざカードごと、僕の手を包み込むように握ってくる受付嬢。
受け取ったカードを満面の笑みで確認するも、その瞬間、彼女の表情は一変した。
「はあ?」
抗議と苛立ちを孕んだ声。
先ほどまでの受付嬢とは別人と見間違うその表情。
カードを持つその手は、心なしか震えているようにも見えた。
明らかにようすの変わった彼女は、こちらを睨むなり、小さく舌打ちをしながら、あろうことか僕のカードを地面へ投げ捨てた。
「えっ?」
「え? じゃないですよ、え? じゃ。逆にこっちが、え? なんですけど」
それまでの媚びた態度から一転、いきなり悪態をつく受付嬢。
その豹変ぶりに、周囲もざわつき始めた。
いったい何がそこまで彼女の機嫌を損ねたのか。
「えっと、僕が何か……?」
「はあ? ちょっと、先に言って下さいますぅ? おたくが奴隷屋だってこと」
「――!」
それを聞いて理解した。
この受付嬢も、そっち側の人間であることを。
僕が奴隷ディーラーだと知った途端、彼女は手のひらを返すように態度を変えた。
そう、あの門番兵や宿屋の店主のように。
「たしかに僕は奴隷ディーラーですが、別に悪いことをするわけ――」
「あなた方、口ではいつもそう言ってますけどぉー、陰でいろいろと悪さをするのが奴隷屋でしょぉ? なにせ奴隷をモノみたいにぃー扱うんですからぁー」
「そんな! 勝手に決め――」
「ハッキリ言ってぇー、当ギルドを利用されると、迷惑なんですよねぇー。さっさとお引き取り願えますぅ?」
「なっ!!」
そう吐き捨て、受付嬢がカードを踏みつけた。
その瞬間、僕の中でまた何かが弾けた。
初めて出会う人からの、否応なしに浴びせられる敵意。
半ば強制された、奴隷ディーラーであることの不条理。
僕はこんなにも世界から否定されるのか。
すべての異世界人の認識はこうなのか。
差別とは? 区別とは? 共生とは?
弁明する機会すら与えられない僕らは、未来永劫この不遇に苛まれるのか。
悲しみと絶望が溢れてくる。
怒りが言葉を介して爆発しそうになる。
カウンターを隔てた悪意へと、無意識に手を伸ばそうとした瞬間、それを遮る女性がまた、僕の前に立ち、こう叫んだ。
「私はヨースケさんの奴隷、アルテシア。彼の尊厳を守るは私の掟! 彼への悪意に盾となるは私の務め! 彼を貶めるすべての所業を私は認めない!」
僕と悪意の間でアルテシアが両手を広げた。
それは僕を救うための手。
僕の尊厳を守るための手。
それが騎士の役目だとはいえ、その言葉がまた僕の心を熱くさせる。
しかし、僕は昨夜の一件を忘れてはいない。
あふれる感情をグッとこらえる。
彼女の気持ちは、とてもありがたい。
だがもうこれ以上、周りの人に対して、彼女に過激なことはさせたくない。
「そのカードを拾ってください。そしてヨースケさんに謝ってください」
「なっ! なあにそれぇー! 奴隷のくせに、この私に命令する気ぃ!?」
反発する受付嬢。
立ちはだかるアルテシアへと怒声を浴びせ、手に持っていた書類を彼女へ向けて投げつける。
その暴挙に呼応するかのように、アルテシアの手がスッとあがる。
マズい。
脳裏に宿屋での一件が浮かび上がる。
とっさに僕は、彼女を制止しようと声をあげ――
「何事です、シャーリー」
突然、透き通った声がギルドに響く。
それに対し、その場にいた全員が声のする方を注視する。
そこに立つのはひとりの女性。
悪意ある受付嬢と同じ、ギルドの制服をまとい、綺麗にまとめた薄黄色の髪に留まる、緑のカチューシャがとても印象的なその女性は、少し厳しさを含んだ表情のまま、自身がシャーリーと呼んだ相手を真っすぐに見つめる。
その視線の先にいるのはもちろん、僕らに対し暴言を吐き続けた受付嬢だ。
「マ、マルガリータ……先輩」
そう名を呼んだ女性に対し、ばつの悪い表情になる受付嬢シャーリー。
しかし、その目の奥には、敬意を払う相手というよりも、むしろ敵意を孕んでいるように見える。
きっと関係性はあまり良くないのだろう。
「もう一度聞きます。何事ですか、シャーリー」
「え、ええっとぉ……」
再度問いかけるマルガリータから、目を逸らすシャーリー。
そのまま黙秘を続けようとする彼女に呆れたのか、マルガリータがため息をつく。
その後ゆっくりと彼女の視線は、問題を起こした後輩受付嬢から僕へと移る。
そこから今度は前に立つアルテシアの首元へ目を向けた。
そしてしばらく沈黙をしたあと、改めてシャーリーへと視線を戻し――、
「シャーリー。ここはいいので、貴女はあちらをお願いします」
「……はあぃ」
この場の空気を理解したのか、マルガリータは静かに後輩への指示を下した。
僕らとこの受付嬢を近付けたままでは、問題が解決しないと踏んだのだろう。
さすがに先輩からきつく窘められたと感じたのか、シャーリーはそれ以上僕らに絡むことなくこの場を去って行った。
しんとしたギルド内は、それを合図に徐々に元の喧騒を取り戻していく。
しばらくすれば、すぐに最初に訪れたときの賑わいを見せ、ようやく僕らも胸を撫でおろすことが出来た。
「この度は当ギルド職員が大変失礼をいたしました。あの者とギルドに代わり、私が謝罪をさせていただきます。申し訳ございませんでした」
「あぁ、いえ、僕らはもう……特には」
僕らに向かってマルガリータが深々と頭を下げる。
彼女に直接の非はないけれど、ギルドを代表しての謝罪だと受け取る。
正直、あの受付嬢は許せないが、中にはマルガリータのような節度を持った受付嬢もいるのだと分かっただけでも嬉しい。
「あの、もしよろしければ、これからは私、マルガリータが誠意を込めてご対応させていただきますが、いかがでしょうか」
「えっと、じゃあ、よ、よろしくお願いします」
願ってもない提案をマルガリータから受ける。
ここまで親切に対応してもらった彼女が担当になるなら、これほど嬉しいことはない。
隣のアルテシアに視線を向けると、彼女も笑顔で頷いてくれた。
僕らが了承すると、新たな担当者はホッとした表情を浮かべた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「では、ヨースケさま。こちらのカードをご確認いただけますか」
【冒険者ギルド登録証明証】
【パーティー名】
【ギルドランク】
F
【登録者名】
ヨースケ
【職業】
奴隷ディーラー レベル1
【登録地名】
ペイルバイン
マルガリータのおかげで、早々に冒険者ギルドカードは完成した。
奴隷商ギルドカードと多少違いはあるものの、そこまで真新しい部分はない。
肝心なのは、これを所持していることで、なければクエストを受けることが出来ないということ。
少し注意が必要なのは、こちらのランクと奴隷商のランクは別物だということ。
どちらかのランクがあがろうとも、他のランクまで同時にはあがらない。
あと、冒険者ギルドカードには、奴隷商ギルドにはない特徴がある。
それは自分たちのパーティー名をつけられること。
かといってすぐに決める必要はないらしく、一旦保留にしてもらった。
また人数が増えれば考えてみよう。
「ヨースケさま、他にご質問などありますでしょうか」
マルガリータは、初心者である僕らにも優しい。
その上で彼女の気遣いを受け入れ、ひとつ確認することに。
「あの、奴隷は個別登録とか出来ないんですか?」
「……申し訳ございません。現状、奴隷は所有者あっての存在と定められております。なので個人財産を有する権利がございません。ですからこちらでギルドカードを取得して個別報酬を得ることも、基本的に認められていないのです」
説明を終えたマルガリータの表情は少し暗い。
それがかえって、彼女の人となりを証明している。
奴隷の存在は認めるも、それを良しとしない意志。
僕にとって信頼に値するひとが、また一人増えた。
そしてひと通りの準備が終わり、いよいよクエスト受注をするときがやってきた。
ここではクエストの掲示板はなく、担当者と相談して仕事を斡旋してもらうシステムのようだ。
「はい。ギルドに登録されたばかりの方には、共通の初回クエストをご依頼しております」
「なるほど。で、その内容は?」
「はい。薬草採取でございます」
やはり出たか、薬草採取。
冒険者ギルドの定番クエストとして名高いやつ。
ゴブリン討伐と並ぶ、冒険者ギルド二大入門的クエストのひとつと言ってもいい。
ただ――
「あ、あの……マルガリータさん。その薬草採取って、どれくらい集めたら銀貨六枚になります?」
僕はまだ冒険者になったばかりだ。
当然、初回クエストである以上、これを拒否は出来ない。
現実的に考えれば、薬草採取でそれほどの報酬は見込めないと思う。
しかし、僕らは現状、銀貨六枚以上を稼ぐ必要がある。
「そうですね。一応ですが、採取量自体に制限は設けておりません。ですのでこちらからお答え出来るのは、ヨースケさまの頑張り次第――としか……」
マーガレットの言葉に少し救われる。
要は皮算する前に、まずは頑張れということだ。
時間は明日までたっぷりある。
がむしゃらに集めるしか手段はないってこと。
「じゃあ、そのクエストを今すぐ受けます!」
「かしこまりました。では、ヨースケさま。ご参考程度ですが、只今、薬草の買取価格は、一本につき銅貨一枚となっております」
「安っ!?」
思いのほか薬草の価値の低さに驚く。
薬草一本あたりが銅貨一枚らしい。
日本円で考えれば三十円。
銀貨六枚は一万八千円。
薬草で銀貨六枚を稼ぐのに、少なくとも六百本が必要となる。
需要が多く、そのうえ生息量も多いのか?
でないと、そんな価値にはならないはず。
ただ、その六百という数字を、一日や二日で集められるものなのか。
頭の中を数字と焦りが駆け巡る。
今から現地に向かう時間。
そこから一本あたりの収集にかかる速度。
悩んだって先には進まないと決めたばかりなのに、早くも挫折の足音が聞こえてくる。
マーガレットが、頑張り次第と濁した意味がようやくわかった気がする。
「ヨースケさん」
ふいに肩に手が置かれたのに気付く。
振り返ると、そこにはアルテシアが。
きっと今の僕は、不安いっぱいの顔になっているだろう。
それでも彼女はそれに同調することなく、笑みを浮かべた。
「心配ありません。私たちはきっとうまくいきますから」
「――!」
さっき武器屋で僕がアルテシアに言った言葉だ。
それを再び彼女から返してもらった。
そうだった。忘れていた。さっきあんなに自信を持って言った言葉を。
僕は彼女に頷いた。
「そうだね」
「そうです」
「では、クエスト受注の証をここに」
マルガリータの指示に従い、クエスト受諾書にサインをする。
これで僕らは今日一日、薬草採取に専念することになった。
逸る気持ちで席を立とうとすると、彼女に呼び止められる。
「お待ちください。これをヨースケさまに」
「えっ」
マーガレットはそう言うと、カウンターの上に小さなかばんをひとつ置いた。
それは何の変哲もない、ただの革製のかばんだ。
「これは?」
「アイテムバッグです。ヨースケさまには先ほどご迷惑をおかけしました。そのお詫びとしてこれをお貸しいたします」
お詫びとして貸してくれるのは嬉しい。
ただ、こんな小さなバッグを貸してもらっても、薬草はすぐに満杯になってしまう。
とてもじゃないが、六百本という数を集めるのには向いていない。
かえって邪魔になるくらいじゃない?
躊躇する思いが態度に出ていたのだろうか、そんな僕を見かねてアルテシアが耳打ちをする。
『ヨースケさん。あれは魔道具です。冒険者ギルド貸与のアイテムバッグは、高ランク冒険者にしか貸さないと聞いてます。相当価値のあるモノで、薬草六百本程度なら、優に入る能力はありますよ』
「ええっ!!」
思わず声が出てしまった。
せっかくアルテシアが、小声で教えてくれたのに。
マーガレットも少し苦笑している。
ちょっとだけ恥ずかしい。
いや、それにしてもあったんですね。さすが異世界。
見た目以上に収容が可能な魔道具、アイテムバッグ。
ただの小さなかばんにしか見えないけど――じゃなくて!
「いやでも、マーガレットさん? そんな高価なモノ、ぼ、僕らなんかにいいんでしょうか……」
「ええ、問題ございません。必要な方に貸与することこそ、この魔道具の存在価値だと思いますので」
マーガレットさんがすごく男前に見える。
彼女に礼を述べ、アイテムバッグを受け取る。
これで改めて、薬草採取スタートだ――
と、はりきったところで、今度はアルテシアに止められた。
そのまま僕と入れ替わり、彼女はマーガレットに問いかける。
「あの、マーガレットさん。もし薬草が多く生息する場所をご存知でしたら、教えてもらえませんでしょうか」
おっと、そうだった。
僕はもちろん、アルテシアも他国の出身者。
そう都合よく薬草の生息場所なんて分かるはずがない。
冷静な彼女に感謝すると共に、少し反省。
やっぱり僕ひとりじゃ危なかったかも。
「ええ、構いませんよ。薬草は湖の森という場所に多く群生しております。まれにですが、大量の薬草畑が発見されたとの報告もありますね」
マーガレットは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。
そのうえ、有益な情報まで教えてくれた。
これはかなり期待できるかも。
「湖の森……ごめんなさい。私まだこの国に来たばかりで」
「そうでしたか。ではこの街の南門から出て、そのまま街道を約半日ほど歩けば、やがて左手に大きな森が現れます。それが湖の森です」
もしかして、僕が転生したときにあった森かな。
たしか僕が目覚めたとき、ちょうど森と街道の境目だった。
あそこなら最初に通った道だし、行き方もわかる。
「それとあとひとつ。ヨースケさま。湖の森なのですが、あまり奥の湖に近付き過ぎると魔物が出て危険です。女性の方――は、お強そうですが、ヨースケさまは……特にお気をつけになられた方が」
「は、はあ……ありがとうございます……」
マーガレットの優しさが逆にツラい。
アルテシアを一目見て強者と判断したのはさすがだけれど、僕を見て少し言いよどむのは、正直ショックだ。
まあ、僕が奴隷ディーラーだと知っているのだし、
戦力外なのもわかるけど、
出来ればそこはそっとしておいて欲しかった。
そんなとどめの気遣いに軽く落ち込んだまま、僕らは大広場の南側にある門にたどり着いた。
ここは先日、僕が初めてくぐった街の門だ。
幸い、この前の門番兵は不在だったので、別の門番兵にギルドカードを提示し、街の外に出る。
そこには記憶にまだ残る街道が、南へとまっすぐ続いていた。
「ヨースケさんは湖の森をご存じなんですか?」
「うん。ここから休憩挟みながら六、七時間ほどかな。この街道を歩いた先にあったよ」
「七時間……ですか。ではヨースケさん、失礼します」
「えっ、ええっ? ア、アルテシア!?」
アルテシアが僕に迫る。
腰と肩に彼女の手が触れた。
ん? 何かちょっとチカラが強いな。
あれ? なんでまた抱き抱えられて。
あーこれはアレか。
アレですか。
「ぎゃああああああああああ!!」
僕の叫びが街道にこだまする。
予想した通りの展開だったけれど、さすがにコレは我慢出来ない。
前回よりもさらに速く、アルテシアは走る。
恐怖のあまり、景色を見る余裕さえない。
これは生身で体験して良い速さじゃないはず。
息も出来ない程の風圧を身体全体で受け止めながら、
やがて、精も根も尽き果てようとした頃――
僕らは湖の森にたどり着いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。