第七十二話 黒い暗殺者たち
「このまま頂上まで行くのか」
蛇行する道を真っすぐ突き進む二台の荷馬車。
ずっと斜面を登っているはずが、スキルの影響下にあるおかげで、まったく違和感がない。まるで重力のない場所を、ずっと移動しているかのような錯覚に見舞われ、三半規管がおかしくなったような気分だ。
だが、今は追われる身である以上、贅沢なことは言ってられない。これは次なる反撃のための逃走。僕らは敗走しているわけではない。
《右側の道は王都側からの一方通行だ。俺たちがそこを走れば、向こうからやって来るかもしれない奴らと鉢合わせになる。そうなれば巻き添えを喰らう奴まで出てきて、被害はもっと増えちまうんだ。ここは上を目指すしかない!》
「それもそうだね。さすがペイトン」
《煽てたってなんも出せねーぞっと!》
ペイトンの意見に同調する。
僕がからかっていると勘違いした彼が、謙遜すると同時に、荷馬車のスピードが更に上昇した。
《やつらの足はたぶん馬じゃなくて山岳トカゲだ。追いつかれる前にかっ飛ばすぜ!》
「山岳トカゲ?」
「山岳地向けの魔獣です。飼いならせば、どんな斜面でも走る乗り物になるそうです」
僕の欠けた知識を、即座に穴埋めしてくれるアルテシアに感謝し、僕は御者台から幌の後部を覗き込み、迫り来る敵を確認する。すると遥か眼下に、僕らと同じく頂上への斜面を、蜘蛛が這うようにして登って来るトカゲたちを見つける。
猛スピードで僕らを追ってくるトカゲの上には、騎乗用の馬具のような物が取り付けてあり、黒いローブを着た奴らがひとりずつ跨っていた。
その頭に被ったフードによって、男女の性別さえわからないが、全員が同じマスクを被っている。牛の骨をかたどったような不気味な面には、各々違った亀裂が走っているため、それで個人を判別出来そうな気もする。そしてその亀裂からは、赤い瞳のような光がひとつ、ぼんやりと浮かんでいて、見ているだけで、背筋に冷たいモノを感じる。
「ペイトン! 奴ら、牛の仮面を被ってる集団だけど、心当たりとかないか」
奴らを認識したあと、魔道具からペイトンに向けて、追跡者の特徴を伝えると、即座に返事が返る。
《なっ! う、牛の仮面だって!? そりゃあ【黒の手】じゃねーかよっ!!》
「「「【黒の手】?」」」
後列組のメンバーが声を揃える。
すぐさま、何か知らないかとアルテシアを見ても、首を横に振るだけ。荷馬車に居るジーナを見ると、何かを知っているようすだった。
「ジーナ。【黒の手】を知ってるのか」
御者台からジーナに呼びかける。
少し深刻な顔の彼女は、抱きしめていたロジを離し、後部から奴らを確認するために身を乗り出した。そして、すぐにこちらへと戻った彼女の顔は、今までに見たことがないほどに、最悪の顔色だった。
「うん……そうだ……奴らだ。昔、盗賊ギルドからアタシら全員に通達が届いたんだ。【黒の手】絡みの依頼は、何があっても絶対に受けるなって。その特徴は黒いローブに牛の仮面……奴らに間違いないよ。お兄さん」
《そうだ、ヨースケ! 奴らには絶対に関わるなってのは、なにも盗賊ギルドだけじゃねえ。俺たち御者ギルドだって一緒だ。とにかく奴らはヤベえ。ただそれだけしか言えないがな!》
ジーナだけではなく、魔道具からペイトンまでもが忠告してくる。ふたりして一様に【黒の手】には手を出すなと。じゃあ、この状況は何なのだと言いたい。
「そんなこと言われたって、どうするんだよ。今、あいつらは僕らに用があるんだよね? それなら停まって挨拶でもする?」
《バカ! 冗談言ってる場合じゃねえ、逃げるに決まってんだろ! 幸いこっちのほうが奴らより少しだけ早いんだ。追いつかれる前に山を下りて――うわあああ!!》
「――!? ペ、ペイトンどうし――」
会話中、突然ペイトンが叫んだ。
僕がそれに問いかけようとしたとき、突然馬車の横を大きな岩が横切る。それと同時に馬車はバランスを崩し、一気に斜面の影響を受け始めたのか、かってないほどに大きく揺れ動きだした。
「なっ!?」
「落石ですっ!!」
「ぎゃっ!」
「ああっ!」
突然の落石。
アルテシアの警告と共に、無数の岩石が、僕らの馬車に向かって前方から降り注ぐと、そのひとつが僕らの荷馬車の屋根を、大きな音と共にこそげ落としていった。
「屋根が……! 攻撃は弾き返すんじゃ……」
「なっ、何言ってんの!? お兄さん。それ【矢避け】だけだからっ!!」
ボケたつもりはなかったのに、ジーナに思いきり肩を叩かれる。
僕らのいた御者台は、先ほど屋根を吹き飛ばした岩石によって共に潰され、とっさの判断で僕を荷馬車へと移動させた、アルテシアのナイスアシストにより命を救われることに。荷馬車の床に投げ出された僕は、突然の荷馬車の振動と吹き込む風に、何か嫌な予感がする。
「ア、アルテシアはっ!?」
「アル姉なら、先頭車両に飛んでったよ」
「先頭車両に?」
僕を助けてくれたアルテシアを探したが見当たらない。ジーナによればペイトンやリサメイたちのいる先頭車両に行ったという。後方の【黒の手】たちよりも、自然災害の対処を選んだらしい。
「これってさあ。アタシらも前に行った方が良くね?」
「行くってどうやって」
「そりゃあ、前まで飛ぶしかないっしょ?」
「いや、無理でしょ!? 前の車両まで二メートル以上離れてるし」
普通の人間である僕には、二メートル越えをポンと飛べと言われても無理だ。助走をつけようにも、前の御者台は木っ端みじんになり、斜めにこそげ落とされた屋根と一緒に馬車本体の後方も、かなり削られたらしく、床の長さが圧倒的に足りない。
「うあっ!!」
「きゃあ!」
「……!」
その間にも、落石による被害は拡大する。
屋根に続いて、左側の幌が岩との接触によりすべて剥がれてしまった。詰んでいた荷物も大半がその衝撃により馬車から飛び出して行き、後方を走るトカゲたちがそれを避けているのが見えた。
「もうヤバいってお兄さん! 飛べないならアタシが担いでも良いけど、たぶん落とすよ? アル姉みたいに身体強化とか持ってないし」
「落とすの前提で担ぐなよ! 僕を殺す気か!?」
「あ、あの……」
ここからの脱出を提案する、ジーナの無計画な発案を却下。僕を何だと思ってるんだよ。かと言っていつまでもここには居られない。アルテシアを呼ぼうにも、すでに先頭車両で何かをやっているようだ。ここはもう飛ぶしかないのかと思い始めたとき、隣にいたロジが遠慮がちに手をあげる。
「ん? どしたの、ロジっち。心配しなくても、あんたなら運んだげるから」
「おいっ! 僕は置いてけぼりかよ。ロジ、こんなお姉ちゃんにはついて行くな。僕と頑張ってここで助けを待とう」
僕に対して無慈悲な発言をするジーナを押しのけ、ロジを奪い合うようにして、情けない争いをする僕ら。自分でもこんなときに何をやってるんだと思うが、こんな状況下だからこそ出る、人間性なのかもしれない。そんな僕らに若干引き気味のロジが、おそるおそる発言する。
「あ、あの……あそこに繋がっている、ぼ、棒のようなものを渡れば、良いのではないでしょうか」
「棒? って、あ、あの連結魔道具?」
ロジが指差す先には連結魔道具が。
あれはこの二台目の荷馬車と、先頭車両を繋ぐアイテムだ。あれが繋がっている限り、この荷馬車は先頭車両と同じ行動と共にするいわば命綱だった。
「でもあれ、さっき御者台が吹っ飛んだときに、けっこう壊れたっぽいよ?」
ジーナが連結魔道具を見ながら、さきほど岩石で被害を受けた部分を指摘する。通常なら連結魔道具は3本の支柱で形成されているのが、岩石の衝撃により、一本はすでにへし折れ、残りの二本も先頭車両とは、かろうじて繋がっている状況だ。
「で、でも……あれしかヨースケ様が渡る方法はありません」
「ロジ……」
冷静な判断をするロジ。
まさか彼がこんな状況下で、こんな提案をするとは思っていなかった。彼の好意に応えるべく、ジーナを納得させるような条件を考える。
床の真ん中に設置されている、簡易ベッドに掴まりながら、周辺を見渡す。すでに大半の荷物を失った荷馬車には剥き出しになった幌の骨組みと、少しぐらつき出したこの簡易ベッドしか残っていない。
そこで、僕は思いつく。
この簡易ベッドは脚の部分は、寝台と繋がったままコの字になっている。これを逆さにして先頭車両との間に渡し、連結魔道具を軸にした橋を作れば良いのではないかと。
「お兄さん、アタシも今、それ思ったけど、マジでうまく行くと思う?」
「えっ! まだ何も言ってないんだけど、なんでわかったの?」
突然、ジーナが僕の案を言い当ててしまう。僕の視線を追って気付いたのか、彼女たちに相談するよりも早く、僕の作戦はバレてしまった。えいままよとでもいうように、僕はジーナに向かって声をあげる。
「もう時間がないかもしれない。うまくいくかいかないかは、やってから反省しよう! ジーナ。これを運ぶのを手伝ってくれ!」
「もお。了解だけど大丈夫? アル姉が来ればすべて解決するんだろうけど、こっちに来ないってことは、向こうも大変なんだろうし、このジーナちゃんしか居ないよねーやっぱ!」
ふたりで勢いよく床から簡易ベッドを外す。
幸い、ほとんど外れかけていたので、容易にコトが運んだ。
「ぼ、僕も手伝います!」
連結魔道具の上まで運ぶとき、ロジも一緒に手伝ってくれる。三人でどうにかベッドを運ぶと、こちら側で縦に立て、そのまま向こうへと押し出すようにして橋渡しをする。
バタンという音と共に、うまく先頭車両とこちらの馬車の間に通路が出来た。人が上を渡ってもいいように、軸として下には連結魔道具の支柱が走っている。
「これで大丈夫だろう。じゃあ、まずは一番軽いロジから渡ってくれ!」
そのとき後方から、板が激しく折れるような音がした。振り返ると、僕たちが外した、簡易ベッドの下にあった床板が、荷台の激しい揺れに耐えられず、大規模に崩壊し始めているようすが。
「や、やばいって! ロジっちは早く――」
「ロジ! 急ぐんだ!」
ふと我に返った僕とジーナが、ロジに早く橋を渡るようにと、前方を振り返るが、なぜかそこには誰も居ない。まさかと思い、ふたりでその先を凝視すると、すでに先頭車両の後部に立つロジの姿が。
「す、すみません。もう渡ってしまいました……」
「「……」」
謝るロジ。呆気にとられる僕ら。
普通こんな場面だと、怖がるのが子供だろうと思っていた僕とジーナ。互いに半笑いのまま、顔を見合わせるが、それは長く続くこと無く、先に彼女から視線を外される。
「あ!」
素早く先頭車両に飛び移るジーナ。
呆気にとられる僕を置いて、さっさと安全地帯へと行ってしまった。残されたのは僕ひとり。うしろを振り向くと、さっきよりも激しく床板がせり上がっている。
「あとはお兄さんだけだよ! 早く!」
そう言って振り返ったジーナが、僕に向かって手を差し伸べる。
今、この馬車と先頭車両を繋ぐ橋は、簡易ベッドをひっくり返したモノだ。コの字の橋はまるで、前方にせき止める板がない、ボブスレーのソリみたいで、両端を掴みながらゆっくりとバランスを取って渡ればなんてことはない。こんな二メートル弱の橋を渡るのに、僕は何を怖がっているんだ。
そう言いながらも足元は震える。
この橋を支えるのは、すでに支柱が折れそうな連結魔道具の上だ。もし今、これがポッキリと折れたとしたら、いったいどうなるのだろうか。後方から迫る【黒の手】たちに掴まり、たちどころに殺されるのがオチだ。
「いや、そんなことを言ってたらフラグになるからよそう」
そう独り言をつぶやき、橋の欄干に手をかけるようにして掴む。斜面を進む荷馬車はすでに地形無効とは無縁の状態。その影響もあってかグラグラと心もとない揺れが起こり、こんな提案をしたさっきの自分を戒めたい気分になる。
「よし!」
そう気合いを入れて渡り始める。
まずは一歩。僕の歩幅は約七十三センチ。背筋を丸めて手すりを掴んでいるので、たぶんそれよりも短いはず。二メートル弱の橋を渡り切るのに必要な歩数は、およそ三歩から四歩。その数さえ動かせば向こうにたどり着くのだ。
二歩目の足を前に動かす。
そのたびに足を出した方へぐらぐらと傾くため、心臓に悪い。まだ簡易ベッドに重さがあるために、下からの揺れを抑えているけれど、軽ければすぐに吹っ飛んでいたかもしれない。眼下には猛スピードで後方へと去っていく地面の景色。無意識にゴクリと唾を飲む。
「お兄さん。早くっ!」
「ヨースケ様っ!」
ふたりの声がすぐ近くに聞こえる。
手を伸ばせば届きそうだけれど、その手が手すりから離れない。勢いよく飛べばいいんだと、誰もがそう思う距離だけれど、その勢いが出て来ない。
ないないづくしの僕が三歩目を踏み出したとき、前ではなくうしろの連結部分がとうとう悲鳴を上げる。耳障りな高音が鼓膜に嫌な印象を与え、ズッ、ズッっと僕の目線を下げていく。
「うわああっ!!」
「お兄さんっ!」
「ヨースケ様っ!」
ガタンと落ちる僕の乗った簡易ベッド。
前は辛うじて先頭車両に引っかかってはいるが、それも時間の問題だろう。ベッドのうしろ部分は地面と激しく接触を繰り返し、細かな振動が体に不快感を与える。工事現場にありそうな転圧機を手に持った感覚が全身に伝わると言えば良いのだろうか。とにかく耐えがたい気持ちの悪さが僕を襲う。
「ぬぎぎぎぎぎ……!!」
「お兄さ――」
「ああっ!」
僕を助けようと手を伸ばしたジーナ。
だが、彼女の隣に立つロジが、岩を踏んで空中に一瞬浮いた荷馬車のなかで転倒し、そのまま地面へと投げ出されそうになったのを、彼女はとっさに優先してしまった。
投げ出される寸前のロジの腕を、ジーナがしっかりと掴んだとき、僕の乗った簡易ベッドのすべてが地面へと落ちて行った。
「がふっ!」
衝撃が胃に直接きた。
苦しむ暇もなく、地面へと叩きつけられたソリのなか、僕はベッドの裏側に、しこたま顔をぶつける。その瞬間、僕の頭上を、背後から走って来た崩壊寸前の荷馬車の床板が通り過ぎて行く。
よくソリから投げ出されなかったモノだ。それだけでも奇跡に値する。そんなことを目から火花が出そうな状態のなかで考えながら、僕の乗ったソリは地面との摩擦により、その速度をゆっくりと下げていった。
即座に停止するソリ。
山頂を目指す傾斜のため、重力の法則に従ったのは当然だ。全身に重たい疲労を感じながら、僕は真っ先に恐れていたことへの対応に迫られる。
逃げないと。
早くここから。
そう思いつつも、足はさきほどの振動でしびれたまま、僕の命令を聞こうともしない。這うように斜面を登りはするが、そんな人間の一歩や二歩を、瞬く間に追いつく魔物がその差を一気に詰めた。
「うわああ!!」
声をあげるしか抵抗する手段はない。
すぐ目の前に迫る山岳トカゲの大きな口は、スローで見るようにゆっくりと、その鋭い牙をこちらに向けながら、僕をかみ砕こうとしている。
トカゲの上には牛の仮面を被った奴が。
裂けた隙間から、こちらを覗いているように見えるその赤い光。すべてが恐怖でしかないその刹那、僕をかみ砕くはずのトカゲの頭が突然爆ぜた。
「――!!」
爆ぜたのは一体だけではない。
周りを囲む数頭の山岳トカゲたちが、一斉にその命を散らしたのだ。
彼らはどんな声をしていたのだろうか、爬虫類らしき奴らの叫び声を聞くこともなく、目の前で爆散していくトカゲたち。当然その上にいた者たちは、瞬時にその場から消えた。
「ヨースケさん!!」
遠くから聞こえる、見知った声。
僕のことを全力で守ることを誓った少女が、この名を呼んだ。
「アルテシア!!」
僕も彼女の名を叫んだ。
彼女が僕の危機に応えたように、僕も彼女の呼びかけに応えた。
雄々しい馬に跨った金髪の美しい騎士は、僕の腕を掴み、操る馬の背へと導いてくれる。
「お迎えに上がりましたよ」
「た、助かったよ……ほんと……死んだと思った」
振り返ったアルテシアがニコリと微笑む。
そんな彼女に礼を述べながら、自分が命拾いしたことを振り返り、今になって背筋に冷たいモノを感じる僕だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




