第六十八話 月明りの下で
「よーし。今日の移動は終わりだぞ」
ペイトンが荷馬車を停止させ、号令をかけた。
草原を突き進み、遠くに森が見えてきた頃には、辺りはすでに夕暮れとなっていた。本当はもう少し森の手前まで進む予定だったのだが、道中にハプニングはつきものというは、ペイトンが言った言葉だ。
大きな岩がある場所に二台の馬車を停め、僕たちは今夜の野営の準備に取り掛かる。高台の見張り役として岩のてっぺんにはリュークリュークが立ち、他の黒狼族とリサメイはペイトンの馬も借りて近隣の警戒に出る。
残された僕らは食事の用意と寝床の設営だ。
この草原には野犬や狼などが多く、魔物の出現は少ないらしい。奴らのテリトリーはこの先にある森のなかで、草原のような障害物のない目立つ場所にはあまり出没しないそうだ。
「奴らはセコいんだよ。奇襲ばっかしてきやがる」
いつものことなのか、うんざりしたようすのペイトンが語る。そんな彼の愚痴を聞きながら、僕は自分のアイテムバッグから先日買った食材や野営の道具をアルテシアやジーナ、そして新たに加わったロジに渡して行く。
「ヨースケっ! そ、それアイテムバッグじゃねーかよ! お前どこでそんな物を……」
腰のバッグに気付いたペイトンが叫ぶ。
僕のような新米の奴隷ディーラーが持つようなモノでないと、彼にもわかっているのだろう。そんな彼こそ白金貨をポンと出せるほどの財力があるのに、買う予定はないのか尋ねると、自分は客の荷物を運ぶだけだし、必要ない。そんな物に大金を出す気がしれないとのこと。
「まあ、僕も買ったわけじゃなくて、もらったんだけどね」
「余計にタチが悪いわ!」
持っていた手綱を放り投げるペイトン。
彼が怒るのも無理はない。僕だってそんな幸運な奴がいたら怒っているだろう。まあ、本人なんだけど。彼にちょっとした経緯を話すと、
「マジかよ! あのレイウォルド工房とそんな関係になるなんて普通ねーから。つか、あのハーフペインたちを奴隷にしたスキルといい。お前ちょっと普通の奴隷ディーラーと違うぞ?」
「いや、知ってるでしょ。僕がまだレベル11だって」
「あーそーだった! じゃあ運が良いだけかあ。くーっ! 羨ましいなクソっ」
【リセット】のことを知らないペイトン。
なんとか僕がただの奴隷ディーラーだと納得してもらえたが、運か。たしかにあるかもしれないな。
今日の野営に必要なモノをすべて出したあと、さっそく野営の準備にとりかかる。少し離れたところにある森には、警戒に出たリサメイたちが、焚き木になるものを取りに行ってくれている。アルテシアとジーナは昨日買った食材を、同じくアイテムバッグから出した台の上で調理にかかっている。隣には珍しそうにそれを見ているロジもいる。今夜はガーク鳥とパンプの実を使ったスープらしい。
基本食事に関しては別々だ。
ローザが用意した食料は主に携帯食ばかりで、それを時間があるときにリサメイや黒狼族たちがそれぞれ食べるスタイル。護衛の仕事があるので、腰を落ち着けて食べるというわけにはいかないらしい。
そしてペイトンも携帯食派だ。
今の彼は、干し肉のようなモノを口にくわえながら、馬の手入れや食事をさせたりしている。彼の本業はあくまで荷馬車と馬と旅の行程の管理。夜の見張りには参加しないが、旅の途中に故障した荷馬車の修理などがあれば、徹夜だってするらしい。
ちょっとした旅行気分なのは僕たちだけ。
向こうでは和気あいあいとした雰囲気のなか、女子たちが調理に勤しんでいる姿が。鍋や焚火台のようなモノも例のバンブーワークスで購入したので、あとは火をつけるだけ。普通ならここで薪が必要なのだけれど、僕らはさきほどのバンブーワークスで、あるモノを手に入れている。
「ヨースケ様。それはなんでしょうか」
少し僕らに慣れたロジが尋ねてくる。
僕が持っているモノが気になるらしい。
「これはね。【発火石】だよ」
「はっかせき?」
不思議そうなロジに説明をする。
この【発火石】はこの異世界にある燃える石のことを差す。乾燥していないと使えないのだが、焚火台などの下に置き、少し硬いモノで衝撃を加えると、途端に炎をあげて燃え出すという物騒な代物だ。なので扱いは前世でいう危険物と同じで、普段はクッションに包まれた魔道具の箱に入っている。
どういう仕組みになっているかわからないが、炎は無限に出るので、消したいときは普通に水に濡らすだけで収まってしまう。そして再び使用するには、ちゃんと乾燥させた状態にしないとイケないらしい。ちなみに【発火石】とセットの魔道具は、入れているだけで乾燥させるという便利な箱だ。
バンブーワークスのオーナーである熊猫族のシャオロンさんお勧めの一品で、価格はなんと、白金貨一枚もする貴重な品だ。ジーナが便利だ! 絶対に欲しい! と絶賛するので買った。
「そんなモノがこの世にはあるのですね」
「うん。そうらしい。僕も最近まで知らなかったけど」
【発火石】を物珍しそうに見つめるロジ。
転生したばかりの僕だって知らなかった。こんな便利な石が前世にあったら、歴史も変わっていたかもしれない。異世界のこういったチート的なアイテムには本当に脱帽する。
「お兄さん。【発火石】持ってきてくれた?」
「ああ。ここにあるよ。焚火台の下でいい?」
「うんうん。火を着けたあとでいいんで、そこの鍋に水が入ってるから、その上に置いてくれるかな」
「オッケー。わかったよ」
ジーナの頼み通り焚火台に【発火石】を置き、その辺に転がっている石で衝撃を与える。それが口火となった【発火石】からは炎が勢いよくあふれ、すぐさま隣にあった鍋を、焚火台の上にある吊るし台のフックに掛ける。
「ん? どうした?」
僕の行動を隣で見ていたロジが、驚きの表情を見せている。それに気付いた僕は、唖然とした表情でこちらを見つめる彼に何事かと尋ねる。
「あ、あの……ヨースケ様はあの人たちの主なんですよね? それなのにどうして命令をお聞きになっているのですか」
ジーナの指示通りに僕が動いていることを、ロジは不思議に思ったのだろう。主は絶対で、その下々の者は命令を受ける立場にあると。使用人たちのなかで育った彼にとって、上下関係は絶対だと教え込まれたらしい。本当は貴族の両親から生まれた彼の方が、使用人たちよりも立場が上だったはずなんだろうけれど。
だから、主である僕がジーナの命令を聞いているのが、ロジには不思議でたまらなかったようだ。そんな彼にどう説明したらいいか迷っていると、
「ヨースケさんは、普通の主さまではないのです」
「そうなのですか?」
切り分けた食材を乗せた皿を持ったアルテシアが現れ、ロジにそう説明を始める。僕が言うよりも彼女に任せた方が良いと思ったので、そのまま彼女に委ねることに。
「普通なら私たち奴隷は、ヨースケさんの命令を聞くだけの立場です。けれどもこの方は私たちを平等に扱ってくださるのです。私たちの意見を受け入れてくださり、そして私たちに判断を任されることも。これもすべて、ヨースケさんのお人柄なのですよ」
なんだか聞いていて照れくさくなる。
僕に絶対の信頼をおいてくれる、アルテシアならではの意見だ。それをホオっとした顔で見上げて聞き入るロジ。その目がキラキラしているのは、自分のこれまでの概念を覆されたことを、逆に喜んでいるかのようだ。
振り返ったロジがおそるおそる僕に尋ねる。
「あ、あの……ぼ、僕も自分で決めてもいいのでしょうか」
「ロジ……」
これまで関わった者たちに、その人生を狂わされてきた少年にとって、自己判断という選択肢は存在しなかった。両親に放置され、使用人の気まぐれに翻弄され、最後にはあちらの一方的な判断で捨てられてしまったロジ。
唯一自分で決めたことは、この荷馬車に忍び込んだこと。それさえも健気な彼が、自分を捨てたであろう冷酷な両親を追い求めた結果なのだ。
今、僕とアルテシアの表情が同じであることは明白だ。ロジのこれまでの人生を憂い、彼をこの手で抱きしめてあげたいという気持ちが、男である僕にだって湧いてくる。父性とも母性ともわからぬこの想いは、彼を救いたいという心の表れか。
「ああ。良いに決まっている。キミのことはキミが自由に決めて良いんだ。もちろん道を誤ったときは、誰かがキミを注意するだろうけれど、キミの決意はキミだけのモノだよ。ロジ」
「……僕が決めていいことがあるなんて……そ、そんな……」
震えるロジ。
誰も教えてはくれなかった当たり前のことを知り、彼の狭い世界は少しずつ広がってきている。彼が涙を浮かべているのは、広がった世界の広大さを知ったことで受けた、衝撃による痛みなのかもしれない。
「ロォジィっちぃぃぃ!!」
「あっ!」
突然ロジに抱きつくジーナ。
またも話を聞いて感極まったようだ。困惑する彼をこねくり回し、ほほを擦り寄せながら頭を撫でるようすに、僕とアルテシアは呆れて肩をすくめる。
「あんたをイジメる奴は、このジーナちゃんが許さないんだからね! 安心して良いよ、ロジっち!」
「あ、ありがとう……ございます。ジーナさん」
「わあっ! ロジっちが初めて名前呼んでくれた!!」
ジーナの感動はまだまだ続く。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「今のところ周辺に異常はないよ」
警戒に出ていたリサメイたちが戻って来た。
ちょうど僕らも食事を終え、これから就寝といったところまできていた。リサメイたちも馬上で食事を済ませたらしく、これからは交代で見張りを始めるそうだ。
僕らも手伝おうかと言うと、これは自分たちの仕事だからと断られる。仕方がないので、僕らは寝袋を準備し、荷馬車の近くで寝ることにした。
この世界の寝袋は巾着式で、大きな綿の入った袋を首元まで被り、紐を閉めるタイプだ。頭の方には毛布を巻いたモノを枕代わりにして寝るのが異世界の野営スタイルらしい。バンブーワークスで購入した寝袋はひとり金貨二枚だった。フリーサイズだから、頑張れば二人くらいは入れる作りになっていて、急きょメンバー入りしたロジの寝袋を用意してなかったのだけれど、彼を気に入っているジーナが、一緒に寝ると言ってくれたのでそれは解決された。
「ありがとう、リサメイ」
これから徒歩で、周辺を見回ってくれるらしいリサメイに礼を言う。黒狼族からはジェイジェイが出てくれるそうだ。他の三名は次の交代のため、すでに寝袋に入っている。
隣を通り過ぎようとした彼女に、そう声をかけると、リサメイはニコリと微笑んだ。
「なあに、あたしたちは基本夜行性だからね。昼間は嗅覚でしのいでるけど、実際は夜の方が夜目が利いて楽なんだよ。主さんは昼間頑張ったんだから、ゆっくり寝てくれていいさ」
そんな言葉で労ってくれるリサメイ。
確かに昼間は頑張った。砂盗賊の件では一番働いたかもしれない。疲れがないとは言わないが、スキルを行使するだけなので、手間と気苦労が多かった。
なぜかすぐには僕のそばから離れないリサメイに、気になっていることを尋ねる。奴隷として、ローザの下へ行くことになったことについてだ。
「ホントに良かったの。ローザの定期便で働くこと」
僕がそう尋ねると、リサメイが少し俯く。
黒狼族たちは、族内で狙われていると言っていたので、冒険者でいるよりも、こういった仕事に身を隠す方が良いと、進んでこの仕事を引き受けてくれた。
奴隷なんだから、そんなの勝手に売り渡せば良いじゃないかと、逆に黒狼族たちから笑われてしまったが、僕的にはそう簡単には割り切れない。彼らも僕の性格をわかってくれているのか、わざとそんな風に言ってくれるのが、逆にツラいところなんだけど。
少し考え込んだリサメイがこちらを向く。
呪いを解いた効果で、人族と変わらない風貌になった彼女。月明りに照らされる彼女の美しい顔に、一瞬、心を奪われる。
「そ、そりゃあ、あたしだって主さんと一緒に居たいよ……ジーナたちが羨ましいって思うし……」
少し拗ねたように話すリサメイ。
幸い僕らの周りには誰もいない。アルテシアとジーナたちは、僕の安眠を気遣ってか、二台目の荷馬車近くで寝ている。一台目の荷馬車付近には、すでに寝入ったペイトンと僕らだけだ。
そんな状況だったのか、リサメイが本音を漏らす。
なんとなくだが、彼女が僕に好意をもってくれているのはわかる。呪いを解いたことによる感謝の気持ちがそう変化しただろうと、僕自身そう考えているのだけれど、それはあくまでも僕の勝手な考えだ。
彼女が本心でどう考えているかはわからない。
もし、彼女が本当に僕のそばにいたいと考えてくれるのなら、彼女の意思を尊重すべきでは? そう思った僕は、思わずそれを言葉にしようとする。
「それじゃあ、僕たちと――」
そう言いかけたところで、近付いて来るリサメイに口を手で塞がれる。
「ダメだよ、主さん。奴隷ディーラーがそれじゃあ、世間が成り立たなくなっちまう」
「――!」
「あたしは奴隷なんだ。この仕事のために主さんが助けてくれた。それは感謝しているよ。だけど主さんが私情を挟んじまったら、世間から主さんの評判が下がってしまうじゃないか。それだけはあたしが許さない」
「リサメイ……」
悲しい目で僕を見つめるリサメイ。
彼女はあえて僕の言葉を遮り、僕のことを思っての意見を述べる。それは世間の常識。なんでも自分の都合で振舞っていては、誰からも相手にされなくなってしまう。彼女の言葉にハッとなった。優しさだけじゃダメなんだと。
「でもさ。ひとつだけお願いがあるんだ」
「……なに?」
僕のそばで膝立つリサメイが顔を赤く染める。
今の彼女にならどんな願いでも叶えてあげたいと、そう思って尋ねる。
「いつかあたしが報酬額を返納したら、そのときは……主さんの下に行っても……いい?」
リサメイの言う報酬額の返納とは、僕がローザからもらう報酬分を、ローザの下で彼女が働いて返すことだ。実際に給与として支払われるかどうかは、奴隷として雇われる先の条件によるが、ローザたちなら大丈夫だろう。しかし、今回の報酬は家だ。それを彼女は支払うと言っているのだ。
少なくとも簡単に支払える額ではない。
きっと大変な時間がかかるだろうし、もしかすると一生支払えない可能性だってある。それでもその可能性に一縷の望みを託し、僕の下へ戻りたいと言ってくれる健気な彼女に、僕の胸は詰まる。
「ダメ……かな」
不安なリサメイに、僕は黙って頷く。
それを拒否と受け取った彼女は、悲しい表情のままその場を立ち去ろうとする。
「あ、あっはっはー。そ、そーだよね。あたしみたいなガサツな女、主さんの好みじゃないだろうし……ごめんね! そ、そうだ。あたし、見回りに行かないと――」
そんな言葉を吐く、リサメイの手を掴む。
驚く彼女に僕は微笑んだ。
「ダメじゃないよ。キミをずっと待ってるから」
「……あるじぃぃ」
僕の言葉に感涙するリサメイ。
泣きながら僕の胸を叩く彼女。今だけは彼女の思い通りにさせてあげたかった僕は、黙ってそれを受け入れる。
月明りの下に照らされる、彼女の涙が美しかった。
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