第六十七話 捨てられた少年 拾われた運命
「おいおい。次はまた何の冗談だ?」
休憩のために、草原の途中で停車した。
僕らが連れている少年を見るなり、頭を抱えるペイトン。いや、僕らだって困っているのだ。いきなりこんな少年が荷馬車から見つかったのだから。
少年の名前はロジ。
やせ細り、大切な成長時期を栄養不足のまま育ったような彼は、意外にも年齢は11歳だった。身長は僕の腰より少し上くらい。見た目は五、六歳くらいにしか見えない。
「ジーナが見つけたんだ。荷馬車の籠の裏に隠れてた」
「なんだよ密入者かあ。坊主タダ乗りはダメだぞ? タダ乗りは」
ペイトンにも彼が11歳だと伝えると、心底驚く。
ジーナやアルテシアに囲まれたロジは、今にも泣きそうな顔をしている。冗談で言ったつもりのペイトンも、彼の泣き顔を見てバツが悪くなったらしく、急に態度を軟化させる。
「じょ、冗談だって。な、なにもそんな泣きそうな顔をしなくてもいいじゃないか。悪かったよ……」
すっかり調子の狂ったペイトン。
冗談だと言ってもなお、泣きそうな姿勢を崩さないロジに対して観念したのか、早々に馬たちのようすを見に行ってしまう。
「なあロジ。ペイトンは悪い奴じゃないんだ。ちょっと口が乱暴なだけだから、許してやってよ」
「いえ。僕が悪いんです。悪い子だから……」
荷馬車のなかでも同じことを言っていたロジ。
デリケートな部分を、こちらから追及するつもりはなかったが、こうも被害妄想的な考えはどうなのか。これには何か事情があるのではと思い、失礼を承知で彼に尋ねる。
「さっきも同じことを言ってたけど、なにか原因があるの? 良かったら僕らに話してくれないかな」
僕の申し出に最初は戸惑っていたロジ。
不安そうな顔の彼は、両隣に立つアルテシアやジーナの顔を見上げるが、彼女たちも僕と同じ意見なのか、彼に向かって静かに頷くだけだった。そんな空気のなか、覚悟を決めたような顔つきになったロジが、ふうと息を吐く。
「……僕はずっと牢屋のなかで育ちました――」
ゆっくりと事情を話し始めるロジ。
彼の全身に渡るアザの理由も、そのなかにあるのだろうか、僕らは黙って耳を傾ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ロジは王都で生まれた。
貴族である父と母は、彼にまったく興味を示さず、すべて使用人たちに任せていた。生まれてすぐに両親の愛情を受けるはずであった彼の人生は、まったくと言っていいほど、幸せとはかけ離れたものとなり、両親の顔すら知らないまま、部屋の隅に設けられた牢屋同然の鉄格子のなかで、ひとり過ごす毎日を強いられていたそうだ。
あるとき彼に妹が出来た。
彼にとっては双子の妹。その存在を知ったのは最近だった。自分とは違い、両親と暮らしていた妹は、五歳のときに落馬事故によって、頭を打ったときのケガが原因となり、耳が聞こえなくなったらしい。それに失望した両親は妹に見切りをつけ、兄である彼にその世話のすべてを押し付けた。
使用人たちはみな意地悪だった。
お前が悪いのだ。お前のせいで、自分たちは良い暮らしも出来ず、こんな寂れた街の別荘で、お前らの世話をしなくてはいけない。すべてお前のせいだ。
そう罵声を浴びせる使用人たちに、毎朝、毎晩と虐待を受ける日々を過ごすロジ少年。たまに彼らの気まぐれで川へと連れて行かれる水浴びは、真冬であっても変わることはない。ほとんど食事らしい物を与えてもらえず、自分の妹を守るために、その食事すら彼女にわけ与えていた。
栄養の行き届かない状態に成長は止まり、ロジは実年齢よりも遥かに小さな容姿のまま、人生を過ごす。
ある日の朝、彼ら双子の兄妹は旅に連れ出された。同行者は使用人ふたりに、初めて見る自分の父親。自分にまったく興味すら示さない父であっても、ロジにとっては唯一の肉親のひとりだ。
ロジは嬉しかった。
自分の目すら見ない冷徹な肉親とは言え、その父と初めての旅。傍らには妹が微笑んでいる。人生で初めての喜びを知った彼に、残酷な結末はすぐに訪れた。
妹が姿を消した。
理由はわからない。初めて訪れた街に着くなり、使用人たちによって双子は引き離され、自分は宿の馬小屋で一夜を過ごした。翌朝、宿のカウンターで父親たちを捜してもらったがすでに発ったとのこと。彼は絶望した。妹を失っただけではなく、その父に捨てられたことに。
無我夢中でで街中を駆けずり回り、この街がペイルバインだと知る。そして自分を捨てた父や母が暮らすという王都へと向かうため、そこまでたどり着ける馬車を見つけようと、ひたすら道行く人に尋ね歩いた。二日間飲み食いもせずに街をめぐるロジは両親に会うため、わずかな希望を胸に彷徨い続ける。
そしてようやく三日目の朝、王都へと旅立つ馬車を見つけた彼は、なりふり構わずその荷馬車へと忍び込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ひ、ひどいぃぃ!!」
隣でジーナが泣いている。
ロジの境遇に同情したのだろう。僕もいたたまれない気分だ。彼の生い立ちから、この荷馬車に乗るまでの経緯、彼の父親、使用人の理不尽さ、そして妹の行方。
すべてに憤りを感じる。
ロジがいったい何をしたのだと。
彼に落ち度なんてひとつもないはずだ。
捨てられる理由なんてどこにも存在しない。
目の前のロジに、何か言ってあげたかった。
キミは悪くない。キミだって幸せになる権利はあるのだと。
だが、僕がそれを言う前に、ロジの前に誰かが立った。
「アルテシア……」
「ア、アル姉ぇ……」
アルテシアだった。
ロジの頭を抱きしめる彼女は、震える彼の体を受け止め、優しく癒そうとしている。初めて誰かに抱かれたであろう彼は困惑し、何が起きているのかさえわかっていないようすだ。
「あ、あのっ……」
たまらず逃げようとするロジ。
しかしアルテシアの胸に抱かれる彼に、その温かさと柔らかさ、そして力強さから逃げる術はない。そのまま目をぱちくりとする彼のすぐ頭上で彼女は言った。
「大丈夫です。あなたはきっと、ヨースケさんが救ってくれます」
「ア、アルーー」
アルテシアに宣言されてしまった。
彼女は僕をどれだけ買いかぶり過ぎているのだろうか。思わず彼女の名前を呼ぼうとしたが、それも彼女に遮られてしまう。
「ヨースケさんだけではありません。ロジのことは、私やジーナだって守りますから」
アルテシアはロジの背後に回り、彼を僕の前にそっと差し出す。赤くなった彼の顔は、驚きと困惑が入り混じり、これはいったいどうなっているのかと、僕に尋ねるような眼差しを向ける。
「お兄さん! ここで断ったら男が廃るっしょ! アタシたちも手伝うからさあ。ロジっちをみんなで守ってあげようよ」
「ジーナまで……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、ロジの首を自分の脇に抱えて訴えるジーナ。すでに彼女たちの決意は固かった。
僕のなかではすでに決まっていた。
それを後押しするかのように、アルテシア、ジーナが賛同する。ロジを救えと。彼の人生を幸せに満ちたモノへと変えるのだと。
僕はアルテシア、ジーナ、そしてロジを見据えて言った。
「わかったよ。僕だってそう思ってたさ。まさかアルテシアやジーナに、先を越されるなんて思ってなかったけどね」
「ヨースケさん!」
「さすがお兄さん! 大好きっ!」
「わあっ!」
興奮のあまり、僕に向かって飛びこんでくるジーナを受け止め、うしろに倒れ込んでしまう。そのとき、背後で遠吠えが聞こえた。
「リサメイ……それにみんな……」
僕たちの会話をうしろでそっと聞いていた、リサメイと黒狼族たち。彼らはみな固まって震え、それぞれが涙を流している。さきほどの遠吠えはキースキースが感動のあまり鳴いた声だった。
「ううぅぅ主さああん。ぐすっ……あたしらもロジを守るぜえええ!」
「リサ姫だけに任せておけねえぇぇ。兄貴ぃぃ! 俺たちにも手伝わせてくれえええ!」
「うおおおおおおん!!」
「俺、こういうの弱いんだよなぁ……うち兄妹も多いから同情しちまって……くっ」
「……全員、主さまの意見に賛同します……」
皆が口々にロジの加入を賛同する。
彼らもロジの人生を我がことのように悲観し、そして憤ったのだろう。誰も彼を否定する者はおらず、むしろ暖かな目で迎え入れてくれるようだ。
「あ、あの……僕は悪いことをしたはずなのに、みなさんどうして……」
誰かに受け入れられることを知らない、ロジがずっと困惑したままだ。そんな彼に僕は言葉をかける。
「これが僕らの仲間さ。ロジのことをみんなが受け入れてくれたんだよ。もちろん僕だって」
「ヨ、ヨースケ様……」
「きっと王都で、キミの両親を探しだしてあげるからね」
未だに状況の変化に戸惑うロジ。
実際に両親に会ったとしても、彼は受け入れてもらえないかもしれない。それよりも僕らがその場で正気でいられるかもわからない。彼が肉親から本当の意味で拒絶されることがあったとしたら、そのときは僕らが彼を受け入れるつもりだ。
今すぐには彼の心に巣くう、不安や人に対する恐れは消えないだろう。ゆっくりで良いんだ。彼が笑顔になる日までは、僕たちがずっと傍にいよう。
そう心に決めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そっか。そんなことが……」
しんみりしたようすのペイトン。
彼にもロジの事情を説明した。彼の生い立ちに同情するペイトン。すでに密入者だとからかっていたことは反省し、これからのロジを応援したい気分だと彼は言った。そんな親友の優しさを、もっと相手の前で出せば良いのにと思いながら、僕はペイトンの不器用さにひとり笑う。
すでに荷馬車は草原を走っている。
遅れを取り戻すため、ひたすら王都へと続く道を進む二台の荷馬車。
僕は今、先頭車両に乗っている。
ペイトンの隣に座り、席を譲ってくれたキースキースには、幌の屋根に乗ってもらっている。休憩の合間に交代した周辺警戒役は出発時、リサメイ、ロックロック、キースキースの三体制から、ロックロックは継続。それに加え、ジェイジェイとリュークリュークの三名に変更されている。
僕は真ん中に座るペイトンの右側だ。
彼を挟んで、左にはアルテシア。昨日から積み荷の手伝いをして、ほとんど寝ていないリサメイは、うしろの荷馬車に設置されている簡易ベッドで熟睡中だ。もちろんジーナとロジもそこにいる。てっきりこちらについて来たがるかと思ったら、意外にもジーナはロジをたいそう気に入ったようすで、まるで弟のように世話を焼き始めた。たぶんうしろでは現在、彼に食事を与えている最中だと思われる。
そんな状況で走っている、僕らを乗せた二台の荷馬車。先頭車両と魔道具で連結されたうしろとは違い、前の幌馬車で遮られることのない迫る景色にはスピード感がある。
「先頭車両ってこんな風なんだね」
「ああ。今は六頭編成だから迫力はあるぜ」
うしろから見ていた風景と違い、前には馬がいる。
最初からいたローザの所有する四頭に加わった、ペイトンが購入した元砂盗賊の馬たちは、二頭二列編成の間に一頭ずつ、真ん中を走っているらしい。だから今は三頭二列編成という贅沢な構成だ。
「砂盗賊の馬って、調教しなくても荷馬車が引けたんだね」
僕が何気にそんなことを呟くと、ペイトンが馬たちの方を指差した。
「真ん中の二頭の足元を見て見な」
「足元?」
ペイトンに言われるがまま、赤いスカーフを巻いた彼の馬の足元を見て、僕は叫んだ。
「う、浮いてる!?」
そうなのだ。二頭の馬は地面を脚で蹴ることなく、宙に浮いていた。信じられない状況を前に、ニヤニヤと笑う彼へと僕は説明を求める。
「これは俺の馬車使いスキルで、【同期調教】ってやつさ。集団で荷馬車を引いて走ることに慣れていない馬たちは、他のベテランの馬と一緒に走らせると、どうしてもズレが起きるんだ。それを馬自身に気付かせることなく、こうやって宙に浮かせて、両脇の走り慣れた馬たちと同時に走らせて空気を読ませる――例えば俺がどう手綱を引っ張るだとか、スピードを上げるタイミングとかを一緒に体感させて、徐々にこいつらの体に覚え込ませるって方法なんだよ。まあ、要するに現場で先輩のやり方を隣に一緒に立って、肌身で覚えろってやつだな」
すでに彼のジョブ、馬車使いに並々ならぬ敬意と嫉妬を抱いている僕には、すでに驚きを越えて感動すらあった。どこまでも優遇されている馬車使い。これ以上、僕に何を見せてくれるのだろうか。
「いや~今回最後の遠征で、こんなベテランの馬たちに俺の馬を【同期調教】させられるなんて、超ツイてたぜ」
そう言ってペイトンは笑うのだった。
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