第六十六話 砂上の義賊たちとの別れ
「なんか、すっげえ声が聞こえたけど……」
林から出ると、ペイトンが待っていた。
キースキースの絶叫は林の外まで聞こえたらしく、心配したペイトンが、こちらまでようすを見に来るところだったようだ。
「な、なんでもないよ」
別に友達のペイトンなら、知られても構わないと思うのだけれど、アルテシアが他言すると、どこで漏れるかわからないと言っているし、わざわざこちらから言うこともないなと判断した。
「そっか。なら良いけど」
ペイトンはそれ以上問い詰めることもなく、すぐに忘れたように、今度は自分の用件を話し出す。
「用事が済んだなら、そろそろ出発するけど、こいつらどうすんだ? このままここで解放か?」
「うん。彼らにはこの砂漠を守ってもらうことになったから」
「はあ!?」
呆れるペイトンに説明する。
彼ら砂盗賊は、名前を新たに【砂上の義賊】と変え、砂漠を渡る人々を他の賊たちから守る役目を言い渡したこと。その責任は僕が持つということを話す。
「いやいやいや! そんな簡単に言うこと聞くような奴らかよ! 騙されてんじゃないのか」
半信半疑なペイトンが僕に抗議する。
彼には奴隷ディーラーの従妹はいるが、そこまで詳しくないようだ。僕は彼に向かってこう告げる。
「大丈夫。奴隷ディーラーの命令は絶対だから」
「はあ……そんなにその赤い首輪の効力ってすごいのかよ。つか逆に怖いな。奴隷になるのって……」
僕もそう思う。
奴隷の絆のチカラは絶大だ。それはローザの件で嫌と言うほど味わった。出来ればこんなことはやりたくないけれど、彼らを救うためには仕方がない。
僕に用件を伝え終えると、ペイトンはあっちで待っていると言って、急ぎ足で馬車へと向かって行った。
「マジで酷い目にあったわ……」
うしろからキースキースがやって来る。
リサメイに切られた彼の尻尾はすでに【リセット】で元に戻した。それよりも今回、切られた尻尾がしばらくすると光になって消えていくのを初めて見てしまった。ずっと残ったままかと思っていたけれど、よく考えたらアルテシアが自分で切り落とした腕も、あのあと広場では騒動になっていない。あれも消えたのだと思うと、この尻尾の現象も納得出来る。
「わかりやすかったろ? 昔の世渡りびとのコトワザだっけ? あれにもあるじゃねーか。ヒャクブンハイッタンモメンってな」
キースキースの隣で笑うリサメイ。
それを言うなら、【百聞は一見にしかず】だ。逆に一反木綿という名前が出たことの方が驚きなんですけど。
リサメイの大胆な行動は、さきほど十分に注意したのだけれど、本人はあまり気にしていないようす。被害者のキースキース曰く、「もう諦めた」とのこと。彼のこれからの苦労を予感させる言葉だった。
「あんな神業があったとは……あれなら我々も、義賊として頑張れるかも知れないな」
リサメイたちに遅れ、ダスティンが現れる。
彼は真剣な表情で俯いたままぶつぶつとこれからのことを思案しているようだ。真面目な彼にはこれから砂上の義賊を率いてもらわないといけないので頑張って欲しい。
目の前で起きたことに驚愕した彼らには、【リセット】のことは他言無用と言い聞かせている。キースキースの尻尾が元に戻ったとたん、彼らは僕のことを一斉に崇めだしてしまったのは困ったけれど、僕がたまたま持っていた特殊スキルだということで、なんとか納得してくれた。
「ヨースケ兄ちゃん」
ダスティンやリサメイたちを追い越し、僕のところに走って来たのはゼノだった。まだ大きく成長した体に慣れていないのか、少しふらつく彼女をそっと支える。
「大丈夫かい、ゼノ」
「うん。ごめんね兄ちゃん。俺、女だって黙ってて」
男っぽい話し方は変わらないゼノ。
見た目は成長する依然と比べ可愛くなった彼女は、ジーナからもらった服が良く似合っている。褐色の肌を少し露出させたミニスカートや、へその出た上着のデザインはジーナの趣味だろう。身長も大幅伸びて、僕の肩くらい。五年の月日を一気に跨いだ結果はすごいな。
「僕の方こそごめん。こんなに成長させる気なんてなかったんだ」
「ううん。それはいい。俺はうれしいんだ。これでみんなと一緒に戦える」
「そのことなんだけど、ホントにいいのかい。このまま砂上の義賊に残ることを選んで」
「うん。俺は隊長と一緒にいたいから」
ゼノのことでダスティンから相談を受けていた。
自分たちがこれから義賊として再出発すると共に、彼女を僕の奴隷としてそばに置いてやってほしいと。その方が人族の生活に溶け込めると思ったのだろう。しかしそれを傍で聞いていたゼノが激しく抵抗した。彼女はみんなと戦うこと、ダスティンと共に生きることを泣きながらに訴えたのだ。
これには僕やダスティンも何も言えず、ゼノの意思を尊重することに。わかっていたけれど、彼女にとってダスティンたちはもう家族なんだ。それを聞いたダスティンが陰で泣いていたのは内緒だけれど。
そんなゼノに最後の忠告をしたが、彼女の意思は固かった。これ以上は何も言うまいと、僕は彼女に微笑むだけに留める。
「えっと、ありがとう兄ちゃん。みんなを救ってくれて」
「ううん。いいんだ。僕にも責任あったし、これで砂漠に平和が訪れるといいな」
「うん! 俺、がんばるね。にい……えっと……あるじ……」
「いいよ無理しなくて。兄ちゃんで」
他の仲間たちに習い、僕を主と呼ぼうとしたゼノに、そう言って笑いかけると、満面の笑みを浮かべて彼女は再びダスティンたちの下へ戻って行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「えー。ではこれでキミたちとも解散するわけですが……」
出発の準備が終わり、砂上の義賊たちをここで解放することになった。ダスティンが先頭に立ち、僕が彼らに別れの言葉を述べるという形に。
うしろでは未だ納得のいかないペイトンが、御者台からこちらを遠目に見ている。彼のような賊たちに一定の思いがある馬車使いは多いだろう。彼らの悪しき印象を、これからは彼ら砂上の義賊が変えてくれればいいと願いつつ、僕はダスティンにあるモノを渡す。
「こ、これは……」
渡したモノを見て驚くダスティン。
彼の手には白金貨五枚。さっきペイトンからもらったものだ。元々ペイトンが彼らの馬を買い取ったお金だ。受け取る権利は僕ではなくダスティンたちだろう。四頭引きの先頭馬車には、追加で彼らの馬だった二頭が一緒に並んでいる。
「これからいろいろとモノ入りだろ。これは軍資金として使ってくれていいよ。だから略奪はしたらダメだからね」
「主、すまない。何からなにまで……」
感動屋なのか、涙ぐむダスティン。
そんな彼の肩を叩き、最後の別れの挨拶を叫んだ。
「じゃあみんな元気で! キミたちのようすは、奴隷管理画面で定期的に見てるから、安心して大ケガしても良いからね!」
義賊たちのなかでドッと笑いが怒る。
皆が笑いながら別れれば良いと思い。僕もそれに満足する。
「なにかあったら、ペイルバインに尋ねに来てくれていいから。それまでみんな頑張って」
「「おお!!」」
全員が声をそろえて呼応する。
それを見届け、僕たちはペイトンの待つ荷馬車に。ダスティンたちは少し数の減った馬たちに乗った。
「主! お達者で」
「兄ちゃん! またね」
「ふたりとも元気でね」
ダスティンとうしろに乗るゼノたちに手を振り、僕らの荷馬車はゆっくりと動き出す。やがて速度の出た荷馬車は王都へと進んで行く。
だんだんと小さくなっていく、ダスティンたち砂上の義賊たちを見つめながら、僕は彼らの成功と無事を祈るのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おーい。ちょっといいか、ヨースケ」
魔道具越しにペイトンの声がした。
砂上の義賊たちと別れ、草原に現れ始めた王都への道を進む僕たちは、かれこれ数時間ほど同じ景色を眺めている。それに飽きたジーナは、早々に荷馬車の方へ入ってしまい、熟睡を始めている。僕とアルテシアは景色を眺めながら、王都へ着いたときの予定などを話し合っていた。そんなときにペイトンからの通話だ。
「どうしたの? なにかあった?」
何気に問いかける僕に、ペイトンは少し黙ったあと、こう話し始めた。
「ああ、そっちの盗賊の姉ちゃんはどうしてる? まだ気付いてないっぽいけどお前ら」
「「え?」」
ペイトンの声に少し緊張が走る。
また新手の敵が現れたのか。【警戒】を持っているジーナは熟睡中だ。向こうには黒狼族の盗賊ジョブを持つキースキースがいる。彼がいち早く察知したのか、僕らとの温度差が激しい。
「ごめん。ジーナは寝ちゃってて」
「あーそっか。じゃあ、わかんねーか」
ペイトンに理由を話して謝る。
特に怒っているわけでもない彼は、事情を察し、あっけらかんとしている。アルテシアはすでに周辺を見渡して警戒しているが、彼の口調からそう差し迫ったようすは伺えない。
「いやなに、砂漠を抜けたあたりから、俺たちに付かず離れず、一定の距離を置いてつけて来る奴らがいるらしいって、おたくのキースキースさんが言ってんだよ。今のところ危険はないみたいだけど、とりあえずお前の判断を聞きたいと思ってね」
「なんだって!?」
そんな奴らがいたのか。
アルテシアと顔を見合わせ、お互いに考え込む。現状、害のない奴ら相手に、わざわざこちらから出向くこともないのだろうけれど、何か気になる。アルテシアもそんな考えだったのか、僕の目を見ながら黙って頷いている。
「で、どうする?」
「うん。さっきの件で結構時間取ったし、このまま害がなければ進もう」
「そうだな。俺もそれには賛成だ」
僕の答えが自分の考えと合致したのか、ペイトンはそのまま魔道具の通信を切ったようだ。静かになった御者の上で、僕とアルテシアは言葉を交わし始める。
「私たちのあとをつけている者って、ローザさんの積み荷目当てなんでしょうか」
「わからない。まあ、あの人の性格だと恨みを買ってるって筋もあるけどね」
ふたりして笑う。
今のところ特に問題がなければ、距離を進んだ方がいい。遅れも少しあるし、僕らは無事に王都に着けば良いだけだ。それにもしかすると僕らの勘違いってこともある。王都へ行きたいのは何も僕らだけではないはず。
砂漠付近から出発する前にペイトンから聞いた予定では、砂漠を通り抜けたあと、草原を走り、森の手前で宿泊。翌日からはほぼ一日かけて森を抜けるとのこと。その森を抜けると短い草原地帯で二泊目を迎え、今度は山岳地帯に入るらしい。山岳地帯を抜けた辺りで三泊目を過ごし、残りの平原を王都まで突っ切るという手筈だと彼は言った。
ここで余計な時間を取ると、全てがズレてしまう。森を抜ける前に夜になったり、山岳地帯での宿泊になったりすれば、危険度は更に増してしまう。ここはやはり先を進むしかないのだ。
「出来るだけ何事もなく、王都に着けばいいんだけれど」
「ヨースケさん。前におっしゃってましたけど、それってフラグって言いませんでした?」
「ああっ! そ、そうだった……思わず言っちゃったよ」
「ふふっ。大丈夫です。みんながあなたを守りますから」
アルテシアに指摘され、言ってはイケないワードを自ら口にしたことを後悔する。そんな僕にいつもの彼女の台詞。今回はなぜか自分だけではなく、リサメイたちのことも含めて言ったようだ。
僕にしか出来ないことはあるけれど、僕に出来ないことも多い。それぞれが出来ることで助けあっているんだと知った今、彼女の言葉に自己嫌悪になることもなくなったようだ。ローザに言われたおかげなのか、僕も少しは成長出来たかもしれない。
「きゃあ! なんなのコイツ!!」
「――!?」
僕がそんなことを悟っていると、荷馬車の方からジーナの叫び声が。僕とアルテシアは御者台から彼女のいる荷馬車へと急いで移った。
「出てこい! この密入者!」
なかに入ると、大きな籠の前で、ジーナが仁王立ちになっている。状況が掴めない僕たちは彼女のそばに寄り、理由を尋ねる。
「どうしたんだよ、ジーナ。何をそんなに――」
「どうしたもこうしたもないよ、もお! コイツが――」
怒るジーナが籠を指差す。一瞬、その籠に何か居るのかと思えば、その陰に隠れている者を発見する。
「キミは……」
思わず声がもれ出た。
その大きな籠のそばには、ボロボロの服を着た、年端もいかない痩せこけた子供がじっと座っている。少年と見受けられる彼は、ジーナの声に怯え、ガタガタと震えたまま目を閉じている。
そんな彼を見て気付いたことがあった。
彼の首にはその年齢では無理なはずのモノ。奴隷の首輪があったのだ。
おかしい。彼のような小さい子供に、【奴隷契約】は無理なはず。砂漠でゼノと契約する際、アナウンスに言われた言葉を思い出す。
「それ、奴隷の絆ではないですね。作り物の首輪です」
「えっ?」
隣に立つアルテシアが、それに気付いて僕に耳打ちする。そうなのか。てっきり奴隷の絆だと思ったけれど、この世界では奴隷じゃなくても、こんな作り物で相手を拘束するらしい。
虐待――そんな言葉が思い浮かんだ。
よく見れば少年の体には、大小さまざまなアザがある。それを見つけたとたん、僕は彼が不憫に思え、怖がらせないよう、そっと近付く。
「――!」
「大丈夫。何もしないよ」
僕の接近に気付き、あわてて目を開ける少年に、無害だと言って聞かせる。しかし、彼は頑なに籠の陰から出てこようとはしない。
「どうしてここにいるんだい。そう言えば街を出るときに、荷馬車のうしろで見かけた影は、キミだったんだね」
「……」
「怒らないから言ってごらん。この馬車に乗って、キミはどこに行きたかったんだい」
「……」
「そうだ。お腹空いてない? 何か食べるモノ出そうか」
「……」
怖がらせないよう、ゆっくりとした口調で。
僕の目を見ず、虚ろな目で俯く少年から、片時も目を離さずにそっと優しく言葉を投げかける。そして徐々に僕の気持ちが届いたのか、落ち着きを取り戻した少年がポツりと呟いた。
「……僕は捨てられたんです……とても悪い子だから」と。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




