第六十五話 永久なる命令を
「ホントお兄さんて、罪な男よね」
ジーナの言葉が胸に刺さる。
新たに奴隷ディーラーのスキルとして誕生した魔血契約した結果、ダスティンの申告では七歳だったゼノが、一気に十二歳になってしまった。そのことを暗に責められているのだ。
それだけでなくゼノは男の子ではなく、女の子だったことも判明。乙女の多感な成長時期を台無しにしたとして、主に女性陣からのブーイングは免れなかった。もちろんアルテシアは別です。
砂盗賊たちのなかにも兎人族や鹿角族といった女性陣が数名在籍しており、彼女たちもゼノが女の子だとは知らなかったようだ。しかし、同性だと知ったとたん、僕に対する視線が痛い。
「ハーフペインもそうだが、魔物は大人になるまで性別が不明な種族が多いらしい。俺もゼノが女だとは知らなかった」
かくいう隊長のダスティンまでもが、そう証言しているのだ。僕がわかるわけないでしょう。
「ゼノはダスティンのことを隊長って慕ってますけど、どういう経緯でこの砂盗賊に?」
ふと、ゼノの生い立ちが気になったので、彼に聞いてみる。するとダスティンは一瞬悲しい顔をしたあと、僕らにそれを語り始める。
「まず、俺の話から始まるんだが、俺は以前、ただの冒険者だったんだ。あるとき、別の町で貴族の奥方が魔物たちに誘拐される事件が起きてな。まあ、わかると思うが、それがゼノの母親だ」
少し離れた場所では、黒狼族たちに剣の扱い方や、手入れの仕方を習う砂盗賊の姿があった。それに混ざって他のハーフペインたちと無邪気に話すゼノを見て、過去を思い出すダスティン。彼の横顔を見ながら、取り囲む全員の表情が歪む。
「俺はギルドの依頼で、貴族の亭主が指揮する捜索隊に入った。そして魔物たちの巣穴を襲撃し、貴族の奥方を牢屋のなかで発見した」
ここまでを話し、ダスティンは一度深呼吸をする。話に聞き入っていた者たちも、それに合わせ一息ついた。彼はもう一度、遠くに見えるゼノを見据えたあと、続きを語り始める。
「貴族は激昂したさ。牢屋に繋がれた奥方の隣には、自分と血の繋がっていない子供が居たんだからな。奥方は鎖に繋がれながらも、ゼノを庇いながら自分の旦那に懇願した。この子を殺さないでとな」
周囲に沈黙が漂う。その結末の続きを聞く心構えをするかのように、全員の拳が握りしめられている。そんななか、すでにジーナは泣きそうな顔になり、隣のアルテシアに抱きかかえられていた。
「貴族の夫はそれを許さなかった。その場で自分を裏切ったも同然の奥方を惨殺し、忌み嫌われるハーフペインの子供を、奥方のあとを追わせるために殺そうと剣を振り上げた」
目を閉じるダスティン。そのときの惨劇を思い出しているのか、歯噛みする彼と共に全員が顔を伏せる。
「気付いたら俺も剣を振っていたんだ。そのまま貴族の亭主ともみ合いになり、ついに大ケガを追わせてしまった。怖くなった俺は、他の仲間を放り出したまま、まだ当時三歳だったゼノを抱きかかえて逃げた。俺は腕のなかで俺を見て泣き叫ぶあいつの言葉を今も忘れない。どうしてお母さんは殺されたのってな」
すすり泣くジーナの声が静かに響く。他のメンバーたちも苦渋の表情だ。僕も怒りと悲しみに思わず拳を強く握りしめてしまう。
「ゼノの母親は牢屋のなかで、ちゃんとあいつの教育をしていたらしい。言葉づかいや字の読み書きもな。いずれあいつが人族のなかで暮らせることを願って、それだけを望みにあいつと牢屋で生きてきたんだ……だけど俺にはあいつを……ゼノを賊としてしか育てられなかった」
最後に悔し声をあげるダスティン。
そして彼は僕の方へ懇願する眼差しを向ける。
「ヨースケさん。俺はどうしたらいいんだ。このままではゼノを遅かれ早かれ、野垂れ死にさせるだけだ。自分の実力もあって、いつしか相手からすべて奪うことに俺は酔いしれていた。このまま荒野で死ぬのも悪くないと。でも今日それがただの妄想だとわかったんだ。ゼノが俺を庇う姿を見て、あのときのあいつの言葉を思い出してしまった……」
「俺はあのときのゼノを見て誓ったはずなんだ。俺がなんとかしてやる。お前をきっと人族のなかで暮らせるようにしてやると……! だが、出来なかった。お尋ね者の俺には、こんな生活しかあいつに与えてやれなかったんだ……俺は今までなんてことをしていたんだ……」
ダスティンはその場でうなだれてしまった。
自分の不甲斐なさを悲観し、今日明日に死ぬかも知れないという人生を送ってきた代償を、今ようやく気付いたかのように。その上リサメイたちにあっけなく敗れたことで、それまでに培った自信も失くしてしまったようだ。
「ふざけんな! 今更後悔したって遅いんだよ。俺たち馬車使いは今まで散々お前らみたいな奴に脅かされてきたんだ。いくら生きるためだからって、人さまのモノを盗んでいい訳がないだろう! 今までこの砂漠で何人死んでいったか、わかってんのか!」
ダスティンの言い分が気に入らなかったのか、傍で黙って聞いていたペイトンが異を唱えた。彼なりの経験からくる憤りがあったのか、これまでの悪行を反省するダスティンを罵倒したあと、「馬のようすを見てくる」と言ってこの場を去っていった。
ペイトンの言葉が効いたのか、ダスティンは黙ったままだ。彼は自身を失くし、これまでのことを後悔し、僕に命乞いをした。それは仲間を庇おうとする彼にとって、苦渋の決断だったのかもしれない。
自身のなさは僕も同じだった。
このシビアな世界で、奴隷ディーラーとしての能力しか持たされずに転生。どうにか仲間に恵まれて生きている僕も、そうダスティンと変わりはない。ただ、僕は決意した。僕のやり方で僕の周りにいる人たちを守ることを。それにはゼノやダスティンも当然含まれている。
「ダスティン。今からみんなを集めてくれないか」
「え? あ、ああ。それはいいが……」
僕はダスティンに頼み、彼らの仲間を集めさせ、先に彼らを少し離れた林のなかへと待機させた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なあ、主さん。こんなとこにこいつら集めてどうすんだ?」
リサメイが僕に尋ねる。
馬のようすを見に行ったペイトン以外のメンバーと共に、砂盗賊らが集まる林の広場へと向かった。そこでは、赤い首輪の奴隷たちと魔血契約を終えた数名のハーフペインたち。それには当然ゼノも含まれている砂盗賊全員が、僕の到着を不安げな表情で待っていた。
僕が彼らをこの場所に集めたのは理由がある。
ひとつは、この道なき砂漠には多くの街へと続くルートがある。僕らが通るルートはさすがに王都行きだけあって、停車している僕らの横をすでに何台もの馬車が通り過ぎて行った。そんな彼らに、砂盗賊たちのこと知られたくなかったのと、もうひとつの理由、僕の話を往来する彼らに聞かれるのが、ちょっと恥ずかしかったからだ。
ゼノは女の子だったため、急きょジーナの服を着せられている。ボロはすでにサイズが合わず、このまま裸同然の彼女を放置するのは忍びないという皆の意見もあり、ちょうど買ったばかりのジーナの服がサイズ的に合うということで、「王都に行ったら絶対もう一着買ってよね!」と言う彼女の要望に黙って頷き、それを提供させた。
「うん。これから彼らに頼みごとがあってね」
「頼みごと? なんだいそれ」
首をかしげるリサメイを尻目に、集まった砂盗賊に向けて声をあげる。
「みんな集まってくれてありがとう。これから少しだけ僕の話を聞いてほしい」
ざわつく砂盗賊たち。
さきほどの魔血契約での騒動もあり、女性陣などは不信感を持った目で僕を警戒している。そんなプレッシャーにも耐えながら、彼らをじっと見据えて、僕は語った。
「えー改めて自己紹介をします。僕の名前はヨースケ。ご存じの通り奴隷ディーラーです。残念なことにこの世界では僕のジョブは嫌われています。それこそ賊のみなさん以上に!」
少し砂盗賊の集団から笑い声が聞こえる。
僕の最初の掴みは成功したようだ。続いて演説を続ける。
「今回たまたまの偶然で、この砂漠を行き来する定期便に乗せて頂いたんですが、残念なことにあなた方と出会ってしまい、結果僕たちが勝ってしまったことは、もうわかっていると思います」
僕の話を笑みを浮かべながら聞いていた砂盗賊たちが、とたんに静かになって俯きだす。自分たちの首にある赤い絆に触れる者たちも数名いる。
なぜ十回しか【奴隷契約】が使えないはずなのに、全員が首輪をしているのかといえば、答えは簡単。レベルがまた上がったからだ。
九人分の【奴隷契約】に加え、新たなスキル【魔血契約】まで使ったのだから、上がるかもしれないと思っていた。最悪、上がらなければ、ここで一泊し、明日にでも残りの人員を契約しようかと思っていたけれど、画面を開くとレベル11になっていたので、一気にやってしまった。
「そして本来ならあなた方を王国に差し出し、処刑台に立たせるという決まりを僕はあえて破り、奴隷としてあなた方を救うと宣言しました」
俯いていた彼らが少し顔をあげる。
自分たちが救われたことを思い出したのだ。奴隷になったことで、その身の自由を奪われたことは気の毒だが、彼らにはもう一度生きるチャンスが与えられた。
「そして僕はあなた方に最初で最後の命令を下します」
「――!?」
ざわつく砂盗賊たち。
奴隷ディーラーの命令は、奴隷にとって絶対だ。これに逆らえる奴隷はこの世には存在しない。彼らが僕の次の言葉を待つ。
「あなたたち砂盗賊は今日で死にました。これからは賊ではなく、義賊として活動してもらいます」
「「「ぎ、義賊……!?」」」
「そして、この砂漠を渡る人々を、他の賊たちから守ってください。これは命令です!」
困惑する砂盗賊たち。命令とは義賊になること。さっきまで剣を振り上げ、人々を脅かし、略奪を信条としていた彼らにとって、いきなりの看板替えはキツいものがあるかもしれない。だが、あえてそれを僕は彼らに押し付けることにした。
「もう一度言う。これはキミたちの主である、奴隷ディーラー、ヨースケからの命令だ。義賊として民を救え! そしてキミたちがどんなに戦いで傷ついても、それらはすべて僕が救う!」
僕の声が彼らの心に届く。
命令という、絶対的な服従。永久なる命令を今、彼らに与えた。
全員が一度立ち上がり、そして跪く。
声を揃えて彼らは誓った。
「「「かしこまりました。主! 我ら砂盗賊改め、砂上の義賊! 民を救い、砂漠の平和を維持することをここに誓います!!」」」
僕の意思を継いだ彼らがそこに立つ。
彼ら【砂上の義賊】たちは、今ここに誕生した。
それぞれの瞳に決意の意思があらわれ、誰一人自信のない者はいない。それが命令による一種の自己催眠であったとしても、彼らは再び一致団結したのだ。
各々が武器を掲げ、これからの再出発を誓う声明を高らかにうたうなか、ダスティンが浮かない表情で手をあげる。
「ど、どうしたんだい? ダスティン」
まだ自信なさげな彼に、命令がうまく届かなかったのかと不安になり、皆の騒動を制して彼に発言を許す。
「あの……さっき主が言った、俺たちが傷付いても、その……主がすべて救うって言った意味がよくわからないんだが」
ダスティンの質問に、他の仲間たちがああ、と思い出したかのように、首を縦に振りだす。
そう言えば、彼らには見せてもいなかったんだ【リセット】のことを。
「えっと、どう説明したらいいかな……実は僕の能力に――」
口だけで説明をするのが難しい。
なんとか彼らに理解してもらおうと思案するなか、リサメイが声をあげる。
「おーい! お前らこっち向け~」
「「「――!?」」」
全員がリサメイの呼びかけで彼女に注目する。
ニヤリと笑う彼女が、隣にいるキースキースの尻尾を突然掴んだ。
「ん? な、なんだよ、リサ姫」
「いいから、こうすんだよ!!」
自分の尻尾を掴まれた意味がわからず、リサメイに振り返るキースキースをよそに、突然武器を振り上げた彼女が、彼の尻尾を一刀両断した。
「ぎゃああああああ!!!!」
「ああ! リサメイなにやってんの! キースキース! 今、戻すから待っててっ!」
静かな林のなか、叫ぶキースキースと、僕の焦る声がこだました。
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