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第六十三話 きっとあなたは出来るはず



「主さん。だいたい片付いたよ」


 砂盗賊の馬が、何頭かリサメイに怯えている。

 野生の本能がそうさせるのか、リサメイがその横を通り過ぎるたび、恐怖で興奮し暴れ狂うようすが見られる。


 彼女の号令により、黒狼族がそれぞれ捕縛した砂盗賊を一か所に集める。奴らのほとんどが気を失っており、だらしなく開いた口からはヨダレまで出ている始末。


「リサ姫! 馬からちょっと離れてくれませんかねえ! ……ったく、暴れまくって仕事になんねぇ」


 馬のまとめ役だったキースキースが愚痴をこぼす。

 リサメイが不用意に近付くため、いつの間にか馬の鎮め役のようになっているからだろう。


「なーに言ってんだ。あたしが悪いんじゃないぞ。こいつらがビビり過ぎなんだよ」

「ビビるにきまってんでしょーが! あんたはすでに獣人族最強種なんだ。そりゃあ馬だって生きた心地しねえって!」


 自分の非を認めないリサメイに、我慢の限界を越えたキースキースが声を荒げる。


「そんなわけないよなあ。荷馬車引いてるこいつらなんて、何も反応してないじゃねーかよ。おー可愛いねぇ、お前たちは」


 キースキースの怒声をものともせず、先頭を走っていた荷馬車を引く馬たちにすり寄るリサメイ。彼女に顔を撫でられた馬たちは、自分たちの立場を理解しているのか、すでに何かを諦めたような顔で銅像のように立ちつくしている。


 馬たちの心情を察したキースキースが、僕の方を横目にし、肩をすくめる。


「まあふたりとも落ち着いて。リサメイもキースキースに協力してやってよ」

「そりゃあ主さんの頼みなら、あたしだって聞かない訳じゃないよ? でもこいつが――」


「リ・サ・メ・イ」

「むう。わかったよぉ、行けば良いんだろぉ、行けばぁ……」


 言い訳を聞く前に、僕が彼女の名を呼んで睨むと、少し拗ねた顔をするリサメイ。僕の頼みを渋々受け入れ、その場から身を引く際、キースキースの背後を通りながら、彼のお尻を自分の尻尾で叩いて行く。


「せっかく見た目と年齢だけは人族並みになったのに、中身はマジで子供なんだよねぇ。リサ姉は」

「キミが言うのかい? それを」


 僕の隣で暇そうにしていたジーナが、大人ぶった口を利く。そんな彼女にいつもの軽口を叩くと、ベッと舌を出した彼女は、もうここに興味がなくなったのか、馬車の方へと戻って行く。


「でも、見事な戦いでしたよ。砂盗賊を全員一撃で落としてましたし……やっぱり、リサメイさんは強いです」


 ジーナに代わって、リサメイを素直に評価するのはアルテシアだ。【リセット】で呪いを解いたため、彼女よりも強くなってしまったリサメイだが、ローザのぶっちぎりの強さは置いとくとして、やはり僕にとっての強者(ヒロイン)はアルテシアしかいないと断言出来る。


「僕がリサメイの呪いを解いたこと、怒ってる?」

「いえそんな。私はヨースケさんのしたことに、怒ったりなんてしません」


 わざとそう尋ねてみるが、答えは決まっている。

 彼女が怒るわけがないことをわかっていて、わざわざそれを聞く僕もタチが悪い。


「ごめん、今の訂正。アルテシア、あの――」

「おーい。いちゃついてるとこ邪魔するけどいいか」


「「――!」」


 すでに結構な密着具合だった僕らは、突然の声に距離を置く。その声は僕が散々羨ましがっていた、馬車使いのジョブを持つ、ペイトンだ。


 御者(ぎょしゃ)として何か用があるのか、割り込むようにして現れた彼に、何用かと尋ねる。


「あのさ。この定期便(キャラバン)のボスはヨースケ、お前なんだよな? ちょっと頼みがあるんだけどいいか」

「なんだい突然」


「いや、実は俺、この遠征終わったらギルド抜けて、独り立ちするんだよ。フリーの馬車使いになるから」

「えっ! そうなの?」


 街を出る前に話していたときは、そんな素振りを全く見せなかったペイトン。いきなりそんな話を切り出され、僕は思わず拍子抜けしてしまった。


「ああ。王都便は稼ぎにはなるんだけどさ、夢がないんだよ夢が。俺もうずっとこの道を往復して来たから飽きちまってよお。ホント目つむってても横断出来るくらいなんだぜ? ははは」


 短い髪が風に揺れ、そばかすの目立つ少年ぽい風貌で、あっけらかんと話すペイトンは、もしかするとジーナのような性格なのかもしれない。真面目に話すのが苦手なのか、うまく冗談を混ぜながら話す彼に、なんとなく微笑んでしまう。


「で、僕に頼みって?」

「おっと! すまんすまん。そっちだよ肝心なのは。実はフリーになるために稼いだ金で、立派な馬車はもう用意してあるんだよ。ただ、肝心の馬がさあ……」


 少し上目遣いになるペイトン。

 男にそんな媚びを売られても嬉しくないんだけど。


「この戦場(いくさば)で手に入れた戦利品が欲しいのですね」

「そ! さすがアルテシアさん、わかってるねぇ。それよそれ!」


「戦利品がどうしたの?」


 要領を得ないペイトンの要望に、首をかしげる僕。

 ペイトンのそれに気付いたアルテシアが言葉を挟むと、調子のいい彼が彼女を煽てだす。しかしそれよりも僕が気になったのは、アルテシアの言う戦利品のことだ。


「現在この定期便の責任者はヨースケさんです。ローザさんが言っていたように、道中での戦いによる戦利品の権利はあなたなので、馬や、砂盗賊の持つすべてを自由に分配出来ますよ」

「え? ローザは王都で請求しろって言ってなかったっけ」


「あれは積み荷を守ったときに支払われる報酬です。ギルドから派遣された馬車使いを連れていますので、道中での荒事は、ペイトンさんがすべて王都で証言してくれます」

「ウソ……そんな意味だったの? あれって……」


 説明を受けてもまだ半信半疑な僕に、こくりと頷くペイトンとアルテシア。責任者ってのはわかる気がするけど、この場の戦利品すべてが僕に委ねられるってのは予想外だった。


「じゃあ、ペイトンが欲しいって言ってるのは――」

「そりゃあもちろん。あいつらの乗っていた馬だよ」


 なるほど、そういう意味だったのか。

 戦利品が僕のモノなので、そこからペイトンが馬を欲しがっていたのだ。それなら普通に言えばいいのに。


「王都の馬は、だいたいが戦慣れしてない弱馬(じゃくば)ばっかでさ。その点、砂盗賊なんかが乗ってる馬は、根性も違うし、なによりタフだ。だからフリーで世界を渡るには、こいつらを調教するのが一番なんだよ」


 力説するペイトンに圧倒されながら、チラりと馬の方を見る。さっきまでリサメイに怯え、暴れまくっていたあいつらに、そんな勇気や度胸なんてあるのかな。


「頼むよ、ヨースケ! 金なら払うからさ」

「ええっ!? お、お金なんていらないよっ。僕はただ馬車に乗ってただけだし……」


「いんや! そこはきちんとしときたい。俺は友達とはなるべく同等でありたいんだ」

「ペイトン……」


 彼の目は本気だった。

 僕は同等の立場として認められたようだ。友達と言われたことも嬉しかったけど、空気が合うって言うのだろうか、彼とはずっと仲良く出来そうな気がした。


 必要な馬は二頭で良いらしい。

 例の如く、馬車使いのパッシブスキルには、荷馬車の負荷を軽減する【重量軽減】と荷馬車を引く馬の疲れを軽減する【疲労軽減】というものがあり、2台の荷馬車くらいなら、その後の維持費なども含めると、2頭で十分なのだそうだ。というか、いったいどれだけ優遇されているんだよ、馬車使いは。


「じゃあ、俺はこの二頭をもらうぜ。相場なら一頭あたり、白金貨二枚ってのが妥当なんだが、こいつらはけっこう上等だし、二頭で白金貨五枚でどうだ?」

「僕は馬の相場何てわからないし、そこはペイトンに任せるよ」


「そっか? じゃあ白金貨五枚でよろしくな。親友」


 そう言って、僕に白金貨五枚を渡し、自分が選んだ二頭の首に、赤いスカーフを巻くペイトン。それ以外の馬は僕らが乗っている二台目の馬車のうしろにけん引するらしい。すでに一五頭がうしろに二列で繋がれている。


 アレックスとの闇奴隷オークションを経てから、もらった報酬が大きかったこともあり、すでに白金貨五枚でも動揺しなくなった自分が怖い。しかもよく考えたらけっこうな金額だぞ白金貨五枚って。まあ、それを僕と同じ年齢でポンと払えるペイトンも凄いけど。


「兄貴。賊たち全員、目を覚ましたぜ」

「……そ、そっか。わ、わかった……行くよ」


 ロックロックが僕を呼びに来た。

 捕縛され、一か所にまとめられた砂盗賊たちは、すでに全員が目を覚ましたようで、責任者である僕が沙汰を下すという役目があるらしい。途端に憂鬱な気持ちに襲われた僕は、彼に導かれるまま、重い足取りで砂盗賊たちの方へと向かった。


「おい、お前ら注目しろ! この人が俺たちの責任者だ」

「……」


 緊張する僕のハードルを更にあげるロックロック。

 一斉に注目する砂盗賊の視線に思わず、唾を飲む。

 ここでは、僕が啖呵を切るのが決まりらしく、捕縛した悪党に舐められないようにしろと、ロックロックやリサメイから念を押された。


 最初は、そんな大役、自分には無理だと断った。けれども僕以外、他に適任者もいないし、何事も経験だと思ってやれば良いと、アルテシアやジーナから背中を押され、渋々引き受けたのだけれど、やっぱり僕には無理だって。


 前世でもこんなに緊張した場面はないというくらいに、背筋を嫌な汗が流れる。不安のあまり、周りを見渡すが、皆うんうんと頷くだけで、誰も助けてくれなかった。


 ダメだ。

 みんなが早くやれと言ってる。

 これは覚悟を決めないとイケない。

 乾いた唇を舐め、えいやと言わんばかりに僕は第一声をあげた。


「は、初めまして野郎ども……ぼ、僕……いや、俺がこの旅団の……せ、責任ちゃだ!」


 思いきり噛んだ。

 自分でも顔が赤くなるのがわかる。ロックロックたちは苦笑いし、リサメイはニヤニヤ。アルテシアは優しく微笑んでくれてはいるが、内心どう思われているのか怖くて聞けない。ジーナだって頭を抱えている。


 これは確実に砂盗賊たちに舐められる。

 そう思った瞬間、砂盗賊のひとりが立ち上がった。


「た、頼むっ! た、助けてくれっ!!」


 その声と共に、他の盗賊たちも一斉に騒ぎ出した。

 二十名近くいる奴らの声を浴び、僕は言い知れぬ恐怖を感じる。


 懇願するすべての目が僕を見つめる。

 後ろ手に縛られたまま、叫び続ける奴らが、なぜここまで必死になるのかわからないまま、何も言えずに黙っていると、集団をうしろで監視していたリサメイが叫んだ。


「うおらあっ!! お前らそんな権利あると思ってんのか!? 覚悟も出来てねえくせに、盗賊なんてやるんじゃねーよ!!」


 リサメイの罵声に集団の暴走がぴたりと止んだ。

 彼女の侮辱に言い返す言葉もないのか、全員が押し黙ったまま、声を殺して震えている。


「死ぬのがこえーなら、俺たちにケンカ売るんじゃねーっての」

「えっ?」


 隣に立つロックロックの言葉に思わず声が出る。

 彼らがなぜ死ぬのかがわからない。僕は確かに彼らを殺さずに掴まえろと言ったはず。疑問が頭を巡るなか、うしろからついて来たペイトンが僕に言った。


「ヨースケがあいつらを助けたいって言ったこと、俺は良いと思ってるぜ。しかし、それはあくまでも戦いを穏便に解決するって意味だ。処刑制度がないこの国にも例外はある。近隣の国全体で決まっていることなんだよ。民の財を脅かす賊だけは、有無を言わせず処刑対象になるってことがな」

「そ、そんな……」


「奴らは国を捨てて賊に身を落とした者たちだ。略奪行為の果てに死ぬことを己の矜持としていても、国に裁かれることは死ぬよりも屈辱的なことらしいぜ」

「――! そ、それを僕は……」


 知らなかったでは済まないことだ。

 僕はただ問題を先送りにしただけだった。

 いつか荒野で死んでいく運命だった彼らを、自分の自己満足や偽善によって、望まぬ処刑台へと送り出してしまうのだ。


 彼らの訴える意味が今になってわかった。

 僕に懇願する理由も。


 彼らから自尊心を奪い、戦場での死ぬ権利をも奪った責任を、僕は本当の意味で、責任者として果たさなければいけないのだ。



― 坊や。これがあんたのやらかした結果だよ ―

 


― そのあとどうなるかなんて考えもしない ―



― あんたはもうちっと大人になんな! ―



 ローザの言葉が蘇る。

 そうだ。僕はまた同じ過ちを繰り返すとこだった。ここで、そのままにしていては、まったく誰の言葉の教訓も活かせていない。だけど、どうしたら彼らをこの場から救えるというんだ?


 彼らの目を見つめながら、自分に出来ることを思案するが、なかなか良い答えが出てこない。すると、僕の手にそっと触れるモノが。


「ア、アルテシア……」


 それは彼女の手だった。

 温かいその手には三連石のブレスレッドが。自分がひとりではないと感じた僕は、彼女に問いかけた。


「アルテシア。ぼ、僕は彼らを……」

「ヨースケさん」


 アルテシアが僕の名を呼ぶ。

 まるで僕の気持ちがすでにわかっているように。


「私にはわかりません。決めるのはあなたです」


「僕が……」

「あなたには出来るはずです。彼らを導くことが」


 僕を称えるアルテシアの強い声。

 握られた手に力を込められる。

 

「私を救ってくれたあなたです。ならきっと、彼らも救えるはず」



「――!」



 そうだ。

 僕はアルテシアを救ったのだ。

 あの絶望的な状態から僕のチカラで元へと戻し、彼女をこの場に立たせているのは僕なんだ。


 穏やかに微笑む彼女の言葉に勇気をもらい。僕の中に眠りこけていた自信が蘇る。


 彼女の手をそっと離し、僕は言った。


「わかったよアルテシア。僕がやるべきことを」

「……」


 ただ微笑むだけのアルテシア。

 言葉はもう必要ない。


 僕は振り返り、怯えたままの盗賊たちを見据える。

 敗北感と屈辱を味わい、処刑台へと迫る残り少ない人生に、絶望した表情を浮かべる彼らへと届くよう、僕は叫んだ。


「安心してくれ! 僕がキミたちを救う」と。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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