第六十二話 砂盗賊
「快適過ぎる……」
ペイトンの操る馬車での旅がズルい。
馬車使いが居るのと居ないのとでは雲泥の差がある。これは由々しき事態だ。もし今後馬車の購入を考えたとして、それを誰が操作するかで旅のクォリティーがまったく違ってしまうのだ。だからといって毎回御者ギルドに頼んで馬車使いを雇うのも何か違う気がするし、どうすればいいんだ。
砂漠の砂地や固いごつごつした地面から、何の影響も受けず馬車は進む。砂まみれになることも、もしかして雨にさえ濡れることなく進めるとしたら、もう馬車使いのない旅には戻れない~なんてことになりかねない。
ペイトンのパッシブスキルの影響は、なにも馬車や乗っている僕らだけに限ったことではない。現在、一緒に進む周辺護衛役のロックロックたちにも、その恩恵はあるのだ。彼らの乗る馬はまるで綺麗に舗装された道を進むかの如く軽快に進み、さもすれば僕がまだ知らないパッシブスキルによって、疲れさえ軽減されているのではなかろうかと思うくらい、この数時間ずっと同じペースで走り続けている。
まもなく砂漠地帯は抜けるようだ。
遠くには緑が見え始め、大地には草原がうっすらと産毛のように現れ出す。
ペイトンの進む道にはブレがない。
ここは砂漠で道しるべも舗装された道路もない不毛な地帯だ。なのに彼にはまるでそれが見えているかのように、迷いなく進む。凡人が通い慣れた道を、地図も見なくても歩けるように、彼にとってそれこそ飽きるほど通ったであろうこのルートは、一種の庭のようなものなのだろう。
別に砂漠が嫌いと言うわけではないけれど、あまり慣れている景色でもない。砂の及ぶ範囲がまだ数時間程度で切れるから良かったものの、これが丸二日とか続けば、さすがにげんなりしたかもしれない。
しかし、砂漠が途切れそうになる頃、先頭の馬車の斜め前を追従していた、周辺警戒役のひとりであるロックロックが、僕らが乗る二台目の馬車へと下がって来る。
「兄貴。そろそろ現れる頃なんで注意してください」
「えっ。何が?」
「何って、砂漠が終わるころには、奴らが決まって現れるでしょうに」
「へ?」
ロックロックの言っている意味がわからない。
さも当然のように話す彼の言葉に、僕をからかっている気配もない。
「もう! お兄さんはこう見えて、チョー世間知らずなんだから、少しはわかりやすく説明しろっつーの!」
僕の隣りに座るジーナが、説明不足なロックロックをなじり始める。まだ僕という人間に慣れていない彼に、そんなことがわかるわけもなく、馬上で困惑したまま困り顔で僕を見ている。それよりも、いくら僕が転生したばかりだからと言って、そんなに堂々と世間知らずなのを公言するのはやめてもらいたい。
「砂漠には砂盗賊という賊たちが多く出没します。構成される人種はバラバラで、人族の言葉を話せる人型モンスターも多く混ざっている集団もあります。彼らは旅人が、あと少しで砂漠を抜けられると安心したころを狙って現れるのが手口なんです」
「なるほど。ありがとう、アルテシア」
僕の右側に座るアルテシアが、砂盗賊に関してとても詳しく説明をしてくれた。彼女も遭遇した経験があるのだろうか。特に警戒したようすもなく、涼し気な顔で周辺を見ている。
「まあ、俺たちも慣れてるんで、すぐに蹴散らしますけどね」
「うん。任せたよ、ロックロック」
そう自身あり気に言うと、ニカっと牙を見せながら、僕らの更に後方へと下がるロックロック。アルテシアの居る右側からも、別の周辺警戒役がうしろに下がる姿が一瞬見えたので、きっと僕らの後方を警戒するために二頭で下がったのだろう。先頭には彼らのリーダーであるリサメイが、周辺警戒役として走っているので、馬車を取り囲むよう、デルタ状に陣を形成したのだと推測した。
「お兄さん、そろそろ来るよ」
盗賊であるジーナのパッシブスキル【警戒】の網にかかったのか、彼女が僕にそれを伝える。リサメイを含む周辺警戒役たちも、目視で確認したのだろうか、馬車から少し距離を離して陣を広げる。
「おらっ! 来やがったぞ!」
後方にいる僕らにも、十分聞こえるほどの大声で叫ぶリサメイ。彼女の声と共に、僕らの荷馬車を中心に周囲50メートル付近から、突然十数体の馬に乗った賊が現れた。
「えっ……なんでっ!?」
そう声をあげたのは僕だ。
まったく何もない空間から、いきなり奴らは現れた。
ジーナの【警戒】によって、周囲に近付いていることはわかっていたのだけれど、まさかそんな近くにまで接近されているとは思わなかったのだ。驚きの余りあたふたとする僕に対し、至って冷静なアルテシアが応えてくれる。
「彼らのなかに、ミラージュ・エフェクトを使う術師がいるみたいですね」
「ミラージュ・エフェクト?」
また知らない言葉が出た。
アルテシアに聞き返すが、彼女はそれに答えることなく、自分の腰にある剣へと手を伸ばし、周囲を警戒し始めた。
どこから手を通して着るのかさえ不明な、ボロを身にまとった砂盗賊たちが、徐々にその距離を縮めて来る。
こちらはペイトンのパッシブスキルによって、砂地の弊害を受けることなく走っているというのに、それを受けていないはずの砂盗賊が、僕らと同じようにして走っているのが気になる。まさか奴ら全員が元馬車使いでもあるまいし、何かカラクリでもあるのだろうか。
おもむろに武器を抜く黒狼族たちが、後方を振り向いたときにチラと見えた。ローザによって支給されたという彼らの武器は、レイウォルト氏自らが打った武器だという。自分の店では中古しか売らない彼女だが、さすがに積み荷を守るためには、そうも言ってられないのか、最大限の備えを彼らにも施しているようだ。
かく言う僕の隣にいるアルテシアも、ふたりの天才ドワーフたちによって作られた、七星剣を持ってはいるものの、まだ十分に使いこなせていないせいもあり、今回は僕がローザの店で最初に買った武器を使用している。こんなことなら工房で予備に良い剣を買っとけば良かったと、今更ながらに後悔した。
砂漠を縄張りとする、砂盗賊たちも、そのあたりはさすが盗賊といったところか、各々が手に持つ武器は見栄えも良く、この道を王都から来る裕福なキャラバン隊からでもかすめ取ったのだろうか、こちらのレイウォルド工房製の武器と大差ない仕様だ。武器は互角。あとは当人の実力といったところか。
「ギャッキャッキャッ! ギサマラ! ドマレ! ゴロスゾ!」
「サンドゴブリンの系統かあ! 砂漠らしい人選だな!」
砂盗賊のひとりが、奇妙な発音で大声をあげる。人よりか少し小柄で、ボロから露出する肌は少し土色に近くごつごつしていそうだ。アルテシアが言っていた人族の言葉を話す魔物というのは、あのゴブリンのことらしい。リサメイがそれを見て叫んだことで、あれがサンドゴブリンだということはわかった。
「来ます!」
アルテシアの叫びと共に、周囲から一斉に無数の矢が飛んだ。それらすべてが僕らへと放たれたことは一目瞭然だ。奴らはこの速度で走りながらも、的確に狙いを定めてきたのだ。
「こなくそっ!」
馬上のロックロックたちが、自分たちに向かってくる矢を剣でいなす。彼らも慣れていると言った手前、こんな奇襲をものともせず、気丈に応戦している。一方相手は数十人の体制でこちらを襲うべく、止まない矢を、絶えずこちらへ降り注ごうと懸命に弓を引く。
不思議なことに、リサメイや黒狼族には矢が届いているにも関わらず、肝心の僕たちが乗るこの荷馬車には一向に矢が落ちてこない。それどころか、届く前に見えない何かに弾かれているような場面も数多く見られるのだ。
「すごいねーペイトンさん、【矢避け】まで持ってんだ」
「【矢避け】?」
「ほら。全然矢がこっちまで届いてないっしょ。これ全部ペイトンさんのパッシブだよ」
「うーん。もうなんでもアリだな、ペイトンは」
恐るべしペイトン。恐るべし馬車使いパッシブ。ここまで馬車使いというジョブの便利さを思い知らされるとは。なんで僕はこんな危険なときに、何の役にも立たない奴隷ディーラーなんだろうか。
《おーい。聞こえるか? 俺だ》
「えっ!?」
荷馬車の幌の辺りから、突然ペイトンの声がした。
三人で幌の方へと視線を向けると、幌の入り口の先に小さな魔道具が括りつけられている。いわゆる無線機のようなモノなのだろうか、ペイトンの声はそこから発したようだ。
《そこの幌に魔道具がぶら下がってるだろ? 音は繋がってるから、普通に話しかけても大丈夫だぞ》
再びペイトンの声が。
無線だとわかる僕は問題ないが、アルテシアたちは若干引いている。
「聞こえてるよペイトン。砂盗賊の矢が当たらないのは助かってるけど、このあとどうするの?」
無線魔道具に向けて話しかける。
絶えず降り注ぐ矢の心配はないが、このまま逃げられるのかと心配になったのだ。
《ああ。それなんだが、このままじゃキリがない。もうすぐ砂漠を抜けるから、そこで奴らと対峙しようかってリサメイさんと話してたところだ》
先頭を走る馬車の先はもう緑の大地だ。
砂地での戦闘は、ペイトンから離れてしまうと恩恵もなくなるため、非常に戦い辛い。リサメイが言うならと、その案を受け入れることに。
《了解。リサメイさんに、お前に聞いてくれって頼まれたんだけど、奴らを殺すのか?》
「――!」
短い付き合いだったはずなのに、リサメイは僕があまり命を奪うことを好まないとをわかってくれているらしい。あえてそれを尋ねるということは、この戦いがすでに僕らの勝利だと確信しているんだろう。それと今現在、僕が彼女たちの主であることが起因しているかもしれない。
「うん。リサメイに伝えて。捕獲が出来るなら、ぜひお願いって」
《……了解。そう伝えとく》
少しの間が空き、ペイトンがそう返事をした。
この弱肉強食の世界で日々を生きる人たち。そのなかで平穏無事を願う僕の幻想に対して、彼は甘いと思ったのかもしれない。だからといって僕は訂正なんかしたくはない。それでも無駄な殺生は好きじゃないのだから――と、短い友情が途絶えたことに少し落ち込んでいると、再び魔道具から音がした。
《なあ。ヨースケ……》
「――! な、何? ペイトン……」
ペイトンの静かな沈黙がうち破られる。
ため込むような彼の声が、魔道具からゆっくりと響いてくる。
《俺は嫌いじゃないぜ。お前のそういうとこ》
「……」
ペイトンの言葉に胸が熱くなる。
彼のその言葉に、僕の落ち込んだ心が再び浮上する。彼は僕と同じ感覚を持ってくれていた。それが今は嬉しい。両脇にいるアルテシアやジーナも、僕を見て微笑んでくれている。この一瞬、僕は間違っていないのだと感じる。
「ありがとう、ペイトン」
《よせやい。そんな感謝はこの騒動が終わってからにしなって!》
ペイトンの言葉と共に、馬車は砂漠を抜ける。
得物の急な減速に、追って来た砂盗賊は歓喜し、自分たちの勝利を確信したかのように叫び出す。それが奴ら自身の敗北とも知らずに。
《よしっ! リサメイさん、頼んだ!》
魔道具越しに、ペイトンの号令が聞こえる。
小さくリサメイの返事が聞こえたとき、周囲に轟くような遠吠えが鳴り響いた。
「おらおらおらあ! お前ら負けんじゃねーぞ!」
遠吠えは黒狼族たちのものだ。
勝利へと導く咆哮か。地面が揺れるような四人の戦士たちの遠吠えが終わると共に、リサメイが戦闘開始の喝を入れた。
真っ先にリサメイが馬上から飛んだ。
そしてあっという間に後方から追いついた、数名の砂盗賊たちを蹴散らす。
リサメイは武器を使っていない。獣人族最強種族として圧倒的すぎる彼女がそれを使うと、奴らを無事確保することなど到底不可能だからだ。すべて無手による攻撃で、次々と砂盗賊の意識を刈り取っていく。
追従する黒狼族たちも同様に武器を収め、僕の願った通り、彼らを痛みに悶絶しうずくまらせるだけに留める。
相対する砂盗賊たちも、馬上の有利を使い、勢い任せに突進するが、リサメイたちの気迫によって馬たちが怯え、二の足を踏む瞬間を狙い撃ちされる形で、次々と沈黙させられていく次第だ。
リサメイたちの奮闘に、思わず我もと参戦しようとするアルテシアをジーナとふたりで抑え、黒狼族たちの活躍を三人で見守る。
そして思ったんだ。
最後のひとりをリサメイが倒したとき、薄れゆく意識のなかで砂盗賊たちはきっと、自分たちが狙ってしまった標的たちの強さを前に、大きな後悔を感じているのだろうと。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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