第六十一話 そして王都へ
「遅いよ。お前たち」
ローザから遅いと注意を受ける。
ジェニファーとの話で少し遅れてしまったか。パフィーをめぐる彼女たちの話は、一旦置いとくとして、これから気合いを入れて王都への旅を始めないと。
リサメイを始め、黒狼族のメンバーたちもすでに来ており、若干疲れた表情を見せている。きっとローザに扱き使われて、徹夜同然で積み込みを手伝わされたに違いない。
「えっと。馬車は?」
肝心の馬車が見当たらない。
ローザに尋ねると、倉庫に置いて来ているとのこと。ここからよりも王都へ向かう門に近いからだそうだ。今回、馬車を操作する御者も、すでに向こうで待機しているらしい。その御者も片道だけの契約しているとのこと。向こうに積み荷を降ろすと、帰りは僕らは別で。馬車はお孫さんの方で新たな荷物を積んで、リサメイたちと共に戻って来るらしい。そのときの御者はお孫さんの方で雇うそうだ。
御者とは、ギルドに所属する馬車使いのこと。
各地に点在する馬車使いギルドは、運送業者と同じで、契約する内容は片道で契約、もしくは往復の契約。自分の住む町から出る場合は基本、往復で契約。契約先の都合で片道しか契約されず、地元に戻れない馬車使いは、次回は片道だけの契約となる仕組みだ。だから今回の御者は王都出身となる。
アハトの契約するフリーの馬車使いは、定住地を持たない、根無し草のような人々のことをいい。契約の続く限り、どこへでも連れて行きやすいのが特徴。場合によっては、さまざまな場所に立ち寄るかもしれない彼らには、ギルドに登録している馬車使いと契約するよりも、フリーの方が便利というわけだ。
そんな話を御者のペイトンが教えてくれた。
僕らは倉庫に向かい、今回、御者として同行するペイトンと、挨拶を交わしたあとに雑談。ローザは積み荷の再チェック中だ。
ペイトンは気さくな少年で、僕と同い年。
そんな共通点もあり、話も弾んだ。彼は馬車つかいとしては四年目のベテラン。たった四年でベテランと呼ばれるのは、彼らのジョブである馬車使いの経験値システムによるものだ。馬車使いは馬車を操る距離で経験値を得る。したがって真面目な馬車使いほどレベルが上がりやすい。ペイトンのレベルは弱冠一六歳にしてレベル27。真面目さゆえの努力の結果だ。王都との往復は距離も稼ぎも良く、人気のルートらしいが、今回はたまたまこちらの親戚の家に、長期で遊びに来ていたため、片道契約で滞在していたのだという。
「へえ。ヨースケは奴隷ディーラーなのか。大変な仕事だよな」
「うん。いろいろ嫌われてるジョブだから、気苦労も多いけどね」
「偶然うちの同い年の従妹も奴隷ディーラーなんだよ。今回ちょっとだけ会ったけど、ヨースケとはまったく違って性格悪くてさあ。結構苦手なんだよなーあいつ」
「へえ。従妹さんが……偶然だね」
ペイトンは僕が奴隷ディーラーであることを気にも留めず、普通に接してくれるので助かる。従妹が僕と同じジョブなので、そのせいもあってか、変な偏見がないのかもしれない。もしその従妹に会うことがあれば、礼を言わないといけないな。
こんな彼とはお互いに馬が合ったのか、出発する頃には冗談も言えるほどの仲になった。
「よし。積み荷は目録通りだね。あんたたちご苦労だったよ」
「はあ~良かったぜ。徹夜した甲斐があったよ」
「ホント。人使いの荒い婆さんだよ」
「俺なんか手にマメが出来ちまったぜ」
「これだけやっても、まったく金になんねーって奴隷も楽じゃねーなあ」
「まあまあ。その分良い運動になったじゃないか」
積み荷を確認し終えたローザが、リサメイたちを労う。リサメイの証言で彼らが徹夜だったことが判明。早くもブラックな匂いがする。黒狼族も口々に騒ぎ立てるが、嫌々でもないらしい。体調に気をつけてほどほどに頑張って欲しいところだ。
黒狼族のメンバーは全部で四人。
一番最初に僕と会話したリーダー的な人物は、名をロックロックと言い、メンバーのなかで一番体も大きく、冒険者として活躍していた時は、バトルウルフという固有ジョブに就いていたらしい。弟もメンバーにいたらしく、あのとき広場で唯一、腕を切られずにいたロッツオロッツオが彼の弟らしい。
のちの黒狼族襲撃でロッツオと呼ばれていた、最後に黒狼族の長によって背中を爪で裂かれた男だ。あのあとドワーフたちから手当を受け、なんとか無事だったと聞いたので、彼にもそう伝えると安心していた。
次にメンバーで二番手になる、細身でクールな黒狼族リュークリュークだ。普段温厚な彼は、アルテシアと戦った広場では、あまり乗り気ではなかったらしいが、リーダーのロックロックの命令は絶対ということで、嫌々参加したらしい。結果、腕を失くしたときは、二度とロックの命令を聞かないと誓い、以降ロックとは仲違い中。これからの共同任務に支障がでないといいけど。ちなみにさっき「いい運動になった」と言っていたのが彼だ。ジョブはアーチャー。
三番目はジェイジェイ。
彼はメンバーのなかでは一番小さいが、それでも僕と同じくらい。素早さに定評のある彼はダブルアタッカーという双剣使いだ。冒険者ギルドでも有名で、他のパーティーにもよく臨時で呼ばれたりするほどの実力者だが、お調子者のため、次の指名は来ないらしい。今は手に出来たマメをしきりに気にしている。
そして最後はキースキース
リュークリュークと同じくらい細身の彼は、ジーナと同じジョブである盗賊だ。とにかくお金が好きらしく、それで盗賊になったと言っても過言ではないらしい。黒狼族メンバー内では主に資金管理や交渉を担当。このなかで一番頭を使う仕事に向いているようだ。
彼らもそうだが、獣人族はなぜか名前が重複する者ばかりだ。たとえフードを被った相手であっても、名前が重複していれば獣人族だと揶揄されるほどに、ほぼ全員がこのような名前らしい。しかし王族は別で、名前をあえて重複させないのが特徴だ。例えばリサメイなども元王族なので重複はしていない。これはさっきキースキースに聞いた話だ。
リサメイを含め、彼ら四人には、ローザから立派な武器と防具が支給されている。武器屋の主人でもある彼女だ。これくらいの出費は当然なのだろう。
馬車は2台あり、一番前の馬車には4頭の馬が繋がれている。一台目と二代目の間には、トレーラーがコンテナをけん引するときのような連結器具が繋がっている。これは魔道具の一種で、前の動きを間違いなくトレースするように二台目も動かすことが出来るらしい。馬を急に止めた場合でも、同じように減速するので追突の危険もないという優れモノだ。
この馬車の御者台は三人乗りで、真ん中にペイトンが乗って操作し、その両脇を護衛役二人が乗る予定だ。僕らが乗るのは二台目の馬車で、こちらには前と比べて荷物が少なく、空間もあるため、御者台に乗らずとも中で過ごすことも出来る。御者台に乗れない護衛役三人には別に馬が用意され、交代で周辺の警戒をするらしく、三頭の馬がすでに準備されていた。
定期便には御者のペイトン。護衛役のリサメイと黒狼族の四人。そして僕ら三人組という計八人が乗りこみ、これから王都へと旅経つのだ。
「おい坊や。あんたにこれを渡しとくよ」
「なんですか?」
ローザから手紙と目録を渡される。
孫にあてて書いたそうで、これと目録を渡して欲しいと頼まれた。
「えっと、お孫さんはどうやって探せば――」
「王都の門番にローザ商会と言えば、場所くらい教えてもらえるよ。孫もそこにいるだろうからあとは自分で探しな」
相変わらず口の悪いローザに苦笑いし、ペイトンに出発しようとと伝える。
「おーし。周辺護衛役以外は全員乗ってくれ」
ペイトンの号令により、皆がそれぞれの配置につく。僕も先に御者台に乗った、アルテシアとジーナの下へと急いだ。
「ん?」
二台目の馬車のうしろで、一瞬、何かの影が動くのに気付いた。動物でも横切ったのか、特に人の気配はしなかった。
「お兄さん、早くしないとマジ置いて行かれるよ。ほら」
「あ。ごめん」
御者台から急かすジーナが伸ばした手に掴まり、僕も御者台に。
「じゃあ。気をつけていくんだよ。道中で盗賊や魔物をやった場合の報酬は、王都で孫に請求しな」
ローザが見送りに近寄り、そんなことを言った。
出来ればそんなハプニングは御免だけれど、この世界ではごく普通にあることらしい。けれども、幾分過剰防衛に思われる、このそうそうたるメンバーであれば問題ないだろう。アルテシアにリサメイ。黒狼族四人もいるんだ。そして盗賊スキル【警戒】を持ったジーナも隣にいる。これだけいればきっと何が起きても対処可能だ。
「みんな乗ったな? それじゃあ出発だ」
ペイトンが声をあげると同時に、馬車が動く。
ギシっという木が軋む音が車輪辺りから聞こえ、その音が断続的に続きながら、ゆっくりと馬車が前に進みだす。そう言えば、馬車での遠出は初めてじゃないか? 以前セナと一緒に乗った馬車は距離も短く、乗っている間に別の緊張感があったため、あまり記憶に残っていない。
自分に長距離経験がないことを思い出し、急に不安になる。前世で子供の頃、遠足で乗ったときによく経験した、電車酔いやバス酔いといった乗り物酔い。おまけにアルテシアに担がれたときの揺れなど、揺れに対して、あまり良い思い出がないのだ。幸い、倉庫から伸びる道は綺麗に舗装されており、馬車の揺れもなぜかほとんどしない。これが街の外に出た場合どうなるのか心配だ。
「お兄さん、どうしたの? 顔色悪いけど」
隣に座るジーナから声をかけられる。
僕の顔が心配のあまりに引きつっていたのか、それを見かねた彼女が心配してくれたようだ。
「いや。馬車で遠出って、何気に初めてだったんだ。今は良いけど、街の外は揺れそうで、酔いが心配なんだよ」
ジーナに正直に答える。
するとジーナがクスクスと笑いながら耳打ちした。
『大丈夫だって。なんのために馬車使いが居ると思ってんのさ。今この馬車が全然揺れたりしないのは、馬車使いが御者してるおかげなんだってば』
『えっ! そうなの?』
どうやら馬車使いのジョブは、馬車を操作するときに便利なスキルを、いろいろと身につけているらしい。彼らのパッシブスキルである【無振動】によって、今の馬車は建物のなかに居るのと同じ感覚なのだという。そう言えば馬車自体は屋根とか結構揺れているのに、自分たちだけはまったく揺れを感じていない。
恐るべし馬車使い。いや、ありがとうと言いたい。
「ヨースケさん。東門が見えてきました」
アルテシアの声で正面を見る。
ゆっくりとカーブを曲がる二台の馬車は、先頭車両がズレたことで、うしろからでも門が見える。前に利用した門は湖の森がある南側の門だ。王都へと繋がる東門は初めて通ることになる。
見た目はあまり変わらないが、門の外に見える景色はまったく違う。南門側は草原ばかりだったけど、こちらはどちらかと言えば砂漠に近い。
乾いた砂が舞う荒野は、南側とはまったく様相が変わり、見ているだけで旅が困難になるのではと思えてくる。
やがて東門の門番兵の前に近付く。
東の門番兵たちは南の偉そうな門番兵よりも大きく。人数も多い。また同じように彼らからいろいろと奴隷ギルドに対しての文句とか言われるんだろうな。そんな近未来が見えてきて、うんざりする僕の横を、門番兵たちが通り過ぎた。
「えっ!? け、検問は?」
「ああ。御者ギルドの特権でさ。御者が操作する馬車だけは、検問免除なんだって。マジズルいよねーあれ」
「そ、そんな便利な特典まで……」
恐るべし御者ギルド。
恐るべし馬車使い。
わざわざ定期便に御者を雇う理由がわかった。
いろいろと便利に優遇されているし、なにより快適だ。
「そろそろ門をくぐりますよ」
再びアルテシアの声。
砂の舞い散る砂漠の荒野へと二台の馬車が突き進む。目の前を飛ぶ砂の粒子に備え、急いで目を閉じる。しかし、風はおろか、砂粒さえ顔に当たることなく、馬車はスムーズに走る。
「マジで良いよね~これも馬車使いのスキルだってさ。たしか【地形無効】だっけ? 砂漠でも山でも関係ナシで走れるらしいよ」
「……あ、あはは……」
唖然とする僕の横で、ジーナの悔しがる声だけが耳に響いていた。
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