表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/114

第五十七話 そして僕らは叱られる



「な、なんで……?」


 凍り付いた表情でジーナが呟く。

 そして、アルテシアとリサメイという、二大強者に拘束された彼女は、無謀にもそこから逃げ出そうともがき始める。


「アル姉! リサ姉も離してよ!」

「大人しくしなさい。ジーナ」


「あたしらから逃げられると思うなよ。ジーナ」

「マ、マジで……?」


 どうにも逃げられないことを悟ったジーナ。

 もがくのをやめ、大人しくなった彼女に、こちらに近付いてきたローザが言った。


「えらく元気な娘だねえ。さあ坊や。さっさとこの娘をあたしに譲渡しとくれ」

「え? でも先にリサメイたちを……」


「いいから早くしな!」


 店内で話した段取りとは違う流れ。

 ローザと話したとき、先にリサメイたちの譲渡し、最後にジーナを脅かして終了する手筈だった。しかし彼女はアドリブなのか、突然ジーナを先に譲渡しろと迫る。


 その気迫に押され、仕方なくジーナを譲渡する準備を始める。あとで戻せばいいし、なによりこの方がリアリティがあって効果的かもしれないと思った僕は、ローザの書いたシナリオに乗ることにした。


「や……や……ま、待って! お兄さんいきなりそんな……ごめん! アタシが悪かったから! 謝るから許してっ! 嫌だ! こんなの聞いてないっ! こんなのやだああああ!!」


 涙ぐむジーナが僕に懇願する。

 しかし、ここで中断すれば、またいつも通りの彼女に戻ってしまうかもしれない。僕は心を鬼にして無言のまま自分のステータス画面を開く。そして出た画面にある【奴隷譲渡】を長押しした。


《周囲に譲渡可能な者が数名います。誰とリンクしますか》


 頭に響くアナウンスの声。

 それと同時に小さなウインドウが開き、そこに今ここにいる、奴隷じゃない人たちの名前が表示される。



【譲渡先リスト】


 ローザ

 メイウィン

 

 ローザを選ぶと、ウインドウは閉じ、次に奴隷リストが現れた。そこからジーナを選び、ローザが自身で開いたステータス画面へとフリックして飛ばす。


 僕の奴隷リストからジーナの名前が消え、ローザの方へと譲渡が完了すると、すべての画面が閉じていく。これで彼女は僕から手を離れた。


「ああっ!」


 ジーナが突然叫んだ。

 彼女を見ると、その首元にあった赤い奴隷の絆は、淡い光りを放つと共に、赤から黒へと変色させていく。これは、宿屋の娘パフィーの言った通り、赤い首輪は僕の奴隷だけの証で、それをローザへと譲渡した結果、本来の奴隷の絆の色である、黒に戻ったのだ。


 さきほど画面が閉じたことで、ジーナが僕から手を離れたと言ったが、実はこの変化を終えてこそ、真に僕の奴隷でなくなったことを示すようだ。



 なぜだか一抹の寂しさを感じる。



「ご苦労さん。これでこの娘は、あたしの奴隷になったんだねえ。ヒッヒッヒッ」


 不気味な笑い声をあげるローザ。

 そんな彼女に少しの不安を感じた瞬間、


「さあ、命令だよジーナ。さっさとこっちに来な!」

「――!!」


 奴隷と所有者の間には、絶対的な約束事がある。

 それは、奴隷の絆の効力により、所有者が【命令】と言えば、それは奴隷にとって絶対の言葉なのだということだ。かくいう僕も、以前知らずに言ってしまい、アルテシアを服従させた覚えがある。


「……はい」


 ジーナの目が一瞬、色を失くす。

 ローザの言葉に導かれるまま、アルテシアたちの拘束を離れ、新たな所有者の下へと踏み出し始める。まるで夢遊病者のような足取りの彼女は、奴隷の絆の効力によって無意識にさまよう屍のようだ。

 

 行動を終了すれば、奴隷の絆の暗示は解かれ、ジーナも正気を戻す。


「――! な、なんで!? いつの間にアタシ……」


 それまでの記憶がないのか、自分が移動したことに驚くジーナ。彼女の顔はどんどん不安げな表情へと変わっていく。それらを目の当たりにした僕が、そろそろこれくらいにして、彼女にネタばらしをするべきかと悩んでいると、更にローザが語り始める。


「それにしても残念だねえ。お前が男だったら、このまま定期便の戦闘奴隷に使ってやるつもりだったんだけど、女だとわかれば別さ。このままあたしの取引先にいる、変態貴族に売り渡してしまうとするかね」

「――なっ!?」


 彼女の発言に、言葉を詰まらせてしまう。

 すっかりローザのことを信用していた僕は、彼女の突然の変貌に唖然とする。そして、ローザの隣では、彼女に変態貴族に売ると言われたジーナがとたんに震えだし、涙を浮かべて発狂した。


「や、やだやだやだやだあああ!! アタシ絶対にヤああああ!!」

「命令だよ。そこでじっと黙っときな」


「――!!」


 またしてもローザの命令が下された。

 発狂していたジーナは、彼女の命令によって、強制的に声を奪われたように沈黙する。


 これほどまでに強制力があるなんて、知らなかった。

 奴隷に対する所有者の権限が、こんなにも圧倒的かつ威圧的だとわかっていれば、もっと慎重――いや、それどころか奴隷を持つことすら、ためらっていただろう。


 これは権力の暴力だ。

 ローザは知っていたんだ。

 奴隷を持つ所有者のチカラを。


 奴隷ディーラーはその手助けをする仕事。

 僕はまだ甘かった。

 まだ足りていなかった。


 無知という愚かな自分の未熟さを、

 嫌という程、思い知らされた瞬間だった。


 目の前には朦朧としたようすのジーナがいる。

 隣ではローザがニヤついたその顔を僕に向ける。


 不安と恐怖に駆られた僕は叫んだ。


「アルテシア! リサメイ! ジーナを助けて!」


 僕と同じことを懸念していたのだろう。

 アルテシアとリサメイが無言のまま、ローザへと向かって行った。そして、彼女たちの手がジーナへと届こうとした瞬間、その場を動こうともしなかったローザがニヤリと笑う。


「きゃあ!」

「あがっ!!」


「――!!」


 何が起こったかわからなかった。

 僕の目の前――いや、その頭上を、アルテシアとリサメイが吹き飛んだのだ。そのまま彼女たちは向かいの建物の壁へと突っ込んでいく。


「アルテシア! リサメイ!」


 派手に突っ込んだ半身を、ピクリとも動かさずに沈黙する彼女たち。何が起こったのかもわからず、とにかくふたりの下へ駆けつける。


「大丈夫か! ふたりとも!」


「ううっ。だ、大丈夫です……ただ少し体が」

「あいててて……なんか動かねえぞ。どうなってんだこれ」


 微かに声をあげるふたり。

 幸い大きなケガはないが、ローザに何かのスキルを使われたのか、ふたりとも動けないようだ。とにかく無事なふたりに安堵し、僕はこの原因の元となった相手の方へと振り返る。


 目の前には見たまんま老婆の姿をしたローザがいる。レベル32のアルテシアと、さらにその上をいく、獣人最強種族のリサメイが、彼女によってこうもあっさりと倒されたのが信じられない。


「ローザ……あなたは何者なんだ!」


 ローザを睨む。

 最初に居た場所から一歩も動くことなく、何をやったのかさえ見えなかった彼女の攻撃に、ただの武器屋でないと感じた僕は、その正体を問いかける。


 ニヤつくローザは、その口角をあげたまま、僕の問いかけに対し、ゆっくりと口を開いた。


「なあに。あたしは今でこそ武器屋をやっているが、元は戦闘職だっただけさ」

「せ、戦闘職だって!? ジョ……ジョブって変えることが出来たのか!?」


 初めて知る事実に驚愕する。

 たしかにローザのジョブが戦闘職なら、さきほどの攻撃も不可能ではないかもしれない。しかし、鑑定も使ったりと、正真正銘、武器屋の固定ジョブを持つ彼女が、戦闘職であるわけがない。だが、それが許される条件はただひとつ。この世界では、ジョブチェンジが出来るということだ。


 ローザは元戦闘職と言った。

 それは今が武器屋であって、どういう方法を使ったのかは知らないけれど、ジョブを変更したという証拠があるということだ。これは誰からも聞いていない、僕にとって衝撃的な事実だ。


 もしかすると、奴隷ディーラーからおさらば出来るかもしれない。それどころか、僕は別のジョブ……剣や魔法の世界に似合った、もっとカッコいいジョブになれる可能性だってあるのだ。


「あんまり知られていないだろうけど、ジョブをレベル50まであげると、ジョブチェンジ出来るのさ。十二歳のときに突然現れる、あのステータス画面がまた出てきて、再びジョブを選ぶんだ。まあそこで選んじまったら、二度と元のジョブには戻れないし、レベルをさらに上げることも出来ないんだけどね。だからあたしの持っている前職のスキルや能力は、すべてレベル50止まりなのさ」

「レ、レベル50……!」


 前回ローザとの話ではそんな話は出なかった。

 それもそのはず。奴隷ディーラーのレベルアップの先に、何かが起こるという話を聞いただけで、その途中であるレベル50のことなど、そこで説明する必要はなかったからだ。でもこれで確定した。ジョブチェンジは存在するのだ。苦難の末、前人未踏とも言われるレベル50に到達することで、新たなジョブに変われることを。


 ってことは、ローザの戦闘職での能力はレベル50!? 今のアルテシアたちよりも、遥かに上なのだ。そりゃあ勝てないはずだ。


 ローザの発言に色々と驚くと共に、奴隷ディーラーからの脱却は、そのレベル50にならないと無理だということに、ひどく落ち込んでしまう。こんな低いレベルの今でさえ、レベルアップひとつ達成するのに四苦八苦しているのだ。それが50まで上げないとダメだなんて、無理ゲー過ぎる。


 ここでも世の中が甘くないことを知る。

 奴隷ディーラーとの付き合いは、まだまだ続きそうだ――って、


 いや!

 それよりも肝心なことを忘れている!

 ジーナのことだ!


「ローザ。彼女を……ジーナを返してください!」

「ほお。ジョブのことで頭がいっぱいかと思ったけど、ちゃんと覚えてたんだねえ」


 僕の訴えを茶化すローザ。

 彼女は隣に立つ、捕らわれの状態であるジーナの頭をひと撫ですると、目をカッと見開いた。


「甘えるんじゃないよ! 坊や。お前はもうこの娘を手放したんだ。今更返せとは都合が良すぎるんじゃないのかい!」

「そ、それは店で話したとおり――」


「だから甘いって言ってるんだよ! お前は何もわかっちゃいない。奴隷を持つことを、奴隷を手放すことを。あとで元に戻してくれだあ? そんな保証、誰が守る義務あるのさ」

「そ、そんな……」


 ローザの正論に言葉を失う。

 僕が勝手に彼女に頼み、あとで元通りになるなんて、確かな保証もなくジーナを渡してしまった。些細な揉め事を解決したいがためにやったことが、まさかこんなことになるなんて。


「さっき言った変態貴族は獣人や人獣の女を犯す趣味があってね。今まで何人もの女が奴の子を産んでいるんだ。だが言うことを聞かない奴は、手足を切り飛ばして動けなくしてから、じっくりとなぶり殺すらしいから、こんな生意気な小娘だと、いったいどうなるのかねえ。ヒッヒッヒッ。どうだいジーナ。好きにわめいても良いんだよ」

「――! い、いやあああああ!!!」


「ジーナ!!」


 【命令】を解かれたジーナが泣き叫ぶ。

 すでにローザの手中に落ちた彼女は、これから自分に起きる悲劇を想像し、身も心も恐怖に支配される。いつもの軽いギャル語はなりを潜め、本能のまま彼女は叫んだ。


 アルテシアたちよりはるかに強いローザ。

 そんな彼女の暴言に反論出来ず、ましてや泣き叫ぶジーナを助けることさえ出来ない自分を、失望と絶望が同時に襲う。僕はなんて無力なんだ。浅はかな考えでこんな作戦を思いつき、その挙句、仲間たちを深く傷つけてしまった。


「ほら、もっと喚きな! お前はこれから地獄を味わうんだよ!」

「あ、あ、あ……」


「――!」


 ローザに頭を捕まれ、ガシガシと揺さぶられるままのジーナ。すでに彼女は意気消沈し、微かに声をあげるだけになってしまった。僕は悔しさと悲しさを感じたまま、どうすることも出来ない自分に苛立つ。

 

「お、おい兄貴……あの婆さんやべーよ。リサ姫もやられちまったし、どうすんだよこれ!」

「あんな婆さんの奴隷になるのか、俺たちは……」


 傍にいた黒狼族が騒ぎ立てる。

 彼らもローザの強さを目の当たりにし、彼女がこれから自分の主になるということを恐れている。エルフのメイウィンなど、すでに建物の物陰に隠れて震えている始末。そして誰も手出し出来ないまま、ジーナの小さな声だけが辺りに響く。


「坊や。これがあんたのやらかした結果だよ。軽はずみに奴隷を相手に渡し、そのあとどうなるかなんて考えもしない。まさに奴隷ディーラーそのものの考え方だよ!」

「――っ!」


 ローザの言葉が胸に刺さる。

 自分が忌み嫌うジョブ、奴隷ディーラーの思想に似ていると言われ、反論出来ない自分がいた。確かに僕はジーナを譲渡してしまった。彼女と真剣に話し合うこともせず、安易にお仕置きなどという馬鹿げた行為に走ってしまった。何様のつもりなんだ自分は。奴隷が嫌だと言いながら、やってることはまさに奴隷を扱うディーラーそのものじゃないか。


 体から力が抜ける。

 もうなす術もないことはわかっている。

 僕はジーナを救えない。

 絶望だけが心を覆い隠す。


 目の前のジーナも同じ気持ちだろうか。

 それともバカな主を持った、自分の運の悪さを呪っているのかも。


「ジ、ジーナ」

「――!」


 自然と彼女の名前を呼んでいた。

 それに微かに反応するジーナが、涙目でこちらを見つめる。


「ごめん……ごめんよ、ジーナ」

「……」


「今更謝っても仕方ないのはわかってる。でも、ごめんジーナ。こんなはずじゃなかったんだ。僕はキミを手放すつもりなんて……」

「――なさい」


「え」

「ごめんなさい……お兄さん。アタシが……悪いんだよね、これ。お兄さんをずっと困らせてばっかで、このままだと……いつかこうなるってわかってたのに……」


 ジーナが涙を流しながら僕に謝った。

 そこにいつもの彼女らしさはなく、素直に言葉を紡いでいくような印象を感じる。そんな彼女に声をかけようとしたとき、


「そんな謝罪、なんでする必要あるのさ。お前はあの坊やに裏切られたんだ。もっと罵ってやりゃあいいんだよ」

「違う! アタシはお兄さんのことを恨んでない! これは、アタシが悪いんだから……」


「いや! ジーナだけが悪いんじゃない! 僕がキミともっと真剣に向き合わなかったのがイケなかったんだ!」


 ローザの言葉に、僕とジーナが反論する。

 これはどちらも悪いんだ。彼女も僕も。

 反省しないジーナ。

 誰かに依存し過ぎる僕。

 ふたりとも何かが欠けていた。

 それは何をもって埋められるのか。

 友情?

 愛情?

 それとも――

 

「口だけならなんとでも言えるさ。ジーナ、あの坊やは、女としての価値しかないお前が、これからひどい目に遭わされるってときに、未だにお前を助けようともしないんだよ? それでもこいつを庇うっていうのかい」

「そ、それは……」


 何も言い返せない。

 僕は未だに足が震えたまま、一歩も動けてはいない。それこそローザの言う通り、口だけの男だ。それに反論出来ないジーナも、本音ではそう思っているのだろうか、口を濁したまま俯いた。


「そら見ろ。あんたたちは口ばっかだ。しょせん奴隷と所有者なんてそんなもんさ。いくら仲が良くったって、結局は自分が一番大事なんだよ。ジーナ。お前はあの坊やにとって、それだけの価値しかないんだよ」

「やめろ! もうそれ以上ジーナを侮辱するな!」


「お兄さん……」


 怒りが湧いた。

 それはローザにだけでなく、自分に。

 いいように言われっぱなしなのはもちろん、いい加減ビビり過ぎの自分にもだ。


 怒りは恐怖を克服する。

 僕の足は前へと進み、ジーナの下へと一歩ずつ近づいていく。


 僕を見据えるローザが少し動いた。

 その手には、どこから取り出したのかわからないが、一本の剣が握られている。


 ニヤリと笑うローザ。

 剣先を僕へと向け、叫んだ。


「甘ったれた坊やにしては上出来だね! でもこれを向けられたらどうなる。あんたはそれでもこの娘を救えるのかい?」


 ギラリと光る剣先が僕を睨む。

 その鋭い切っ先に恐怖する自分がいたが、それよりも怒りが勝っていたことに驚く。これ以上ローザの好き勝手にはさせられない。そう思う気持ちが、僕の足を更に前へと進ませる。


「お兄さん、もうやめて! ホントに殺されちゃうよ!!」

「ヨ、ヨースケさん……ダメ……」 


「主さんっ! ま、待て……」

「「「「やめろ、兄貴ぃぃ!!」」」」


 僕を心配するみんなの声。

 その甘い声が耳を刺激する。

 行くなと僕を引き留める。

 死ぬ危険を冒すほどのことでもないと、僕を誘惑する。


 それらを振り払い、僕は歩みを止めず、ジーナの下へと進む。そしてあと一歩でジーナに触れられそうな距離まで近づいたとき、

 

「まだ来るか! じゃあ覚悟するんだね!」

「――っ!」


 圧倒的な破壊力を秘めた、ローザの振り下ろす剣が僕を狙う。剣圧が僕を押す潰すかのように襲い掛かり、立つことさえ困難な刹那、僕は恐怖のあまり目を閉じてしまう。


「くうぅっっ!!」


 漏れ出る声。

 自分のしでかした愚かな行為が、己の命を終了させることになるとは。そんな後悔と無念が僕の脳裏に過り、今まで会った仲間たちの顔が走馬灯のようにかけめぐる。




 けど僕は死ななかった。




 いつまでも自分に振り下ろされないローザの一撃。

 待ち望むつもりのないはずの死を、なぜか待つという不思議な感覚。だがそんな死の代わりに、温かい何かが、僕を包み込む。


 うっすらと目を開ける。

 その先に僕は何かを見つけ、思わず声をあげる。


「み、みんな……」


 目の前にはアルテシアとリサメイが。

 それどころか、あれだけビビっていたはずの黒狼族の四人までもが、僕を守ろうとローザの前に立ちはだかっていた。


 そして傍らにはジーナが。

 僕を抱き込むようにして守ってくれていた。


 誰もローザの剣に倒れてはいなかった。

 彼女の剣先は、僕の真ん前に立つ、アルテシアの頭上で止まったようだ。


 誰もが必死の形相でローザを睨む。

 そんな彼女たちの姿勢に、すんでのところで剣を止めたローザが、ニヤリと顔を歪める。


「あたしのスタンバッシュを喰らったのに、早くも立ち上がれるなんて……やるじゃないか、あんたたち」

「私のヨースケさんを、傷つけさせるわけにはいかない」


「あたしだって一緒さ! 主さんには恩もあるし、気持ちだって……」

「「「「俺たちだってそうだよ!!」」」」


 皆が皆、僕を庇おうと、勝てるはずのないローザの前に立っている。


 もういい、やめてくれ。

 僕は何も言ってないし、頼んだ覚えもない。ましてや【命令】をする気さえなかった。


 それなのに彼女たちは僕を守ろうとする。

 これ以上ローザを刺激すると、僕だけの命じゃ済まなくなる。みんなを止めないと。


「み、みんな……どいてくれ! 僕が責任を取ればいいだけなんだ! キミたちは関係な――」

「関係なくない!!」


 僕の言葉を遮るジーナの声。

 傍らで抱き着く彼女を見下ろす。

 涙で濡れた彼女の瞳と目が合う。

 ぎゅっと僕を抱きしめる、彼女のチカラが強くなった。


「死んだらダメ! お兄さんは死んじゃダメなの! アタシはお兄さんが一番大事! アル姉も! リサ姉も! それに他のみんなだって……」

「ジ、ジーナ。僕は――」


「ああもうやめだ、やめだ! しらけちまったよ」

「「「!?」」」


 ローザが剣を投げた。

 音を立てて地面に落ちる剣と、彼女の言葉に皆が疑問の表情を浮かべる。ここまでやってやめるとは、いったいどういう意味なのか。そう言いたい気持ちはみんな同じのはず。


 しらけたと言ったローザが、僕に向かって言った。


「いいかい坊や。あたしが代わりに言ってやろう、こいつらが坊やを守る理由ってのをね」

「ロ、ローザ……」


「坊やは気付いていないんだろうねえ。自分のことでいっぱいいっぱいだし。その間にこいつらが坊やにどんな感情を持ち始めたかなんてさ」

「いったい何を……」


 ローザがひとりで話を進めていく。

 意味がわからず、彼女に尋ねようとしたとき、ローザの眼差しが鋭く僕を射抜く。



「信頼さ」



 そう一言、ローザが呟いた。

 信頼――信頼って……。


「そんな……ぼくと彼女たちはまだ出会ったばかりで、信頼なんて……」

「時間じゃないんだよ。信頼ってのは」


 僕の考えを否定するローザ。

 わけがわからず、思わず自分の仲間たちを見渡す。


「私は最初から信頼しています。ヨースケさんのことを」

「アタシだって……信頼……してるもん」


「あたしも同じだよ。主さんには絶対の信頼を置いてるし」

「「「「俺たちもだぜ!」」」」


「みんな……」

「ほら見ろ。坊やが今までやってきた行いで、勝ち取ったんだよ。こいつらの信頼をね。だがねえ……」


 ローザの目が光る。

 その気配の変化に全員が再び身構えた。


「あたしをあんたらのごたごたに巻き込むんじゃないよ! ったく、ガキどものケンカを仲裁するのは疲れるよ! そこの猫娘! あんまり調子に乗ってると、ホントに変態貴族に売っちまうよ! それに坊や! あんたはもうちっと大人になんな! いつまでもグチグチ根に持つなんて男らしくないよ! あとあんたたちはまだまだ弱すぎる! そんなんじゃ大事な主を守れやしないよ。わかってんのかいっ!」

「「「「は、はい……」」」」


 突然怒り出すローザ。

 さきほどよりも威圧的な覇気を周囲にまき散らす彼女の姿に、思わず唾を呑み込む。黙って彼女の指摘する内容にイエスと言わざるを得ない状況下のなか、ジーナや僕、そして他のメンバーたちもたじたじだ。


「声が小さいよ!」

「「「「は、はいっ!!!」」」」


 そのあと、ローザにこっぴどく絞られたのは言うまでもない。

 


 


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ