第五十四話 魔剣使いとしての課題
「これで最後じゃ」
最後のミスリルコーティングを終えたドレイク。
彼の言葉通り、すべての魔剣のコーティングが完成し、台の上には、アルテシアの【七星剣】と、アハトの【五星剣】が並んでいる。
今は、ミスリル金属を液状化するために浸していた特殊な液体を、硬化したミスリル内から蒸発させるため、魔剣を乾燥させている最中だ。数分もあれば、作業場の熱で飛んでしまうらしい。
この工程を終えると、あとは自由に魔力を魔剣に通すことが可能となり、いよいよ真の完成に。
受け取ることを渋るかと思われたアハトも、ドレイクの五星剣を作る理由を聞いたことで、その態度を軟化したのか、今はアルテシアと共に、自分の剣の完成を心待ちにしている。なんとか彼に装備を整えてもらいたかった僕としても一安心だ。
「主殿。今朝はすまなかった。俺も変に意固地になっていたようだ。それなのにこんな武器をいただけるなんて、何と言えばいいか……」
「良いんですよもう。でもこれで武器に関しては心配がなくなりましたね」
「ああ。まさか魔剣を手に出来るとは、冒険者時代でもなかったことだ」
罰が悪そうに頭を掻くアハト。
そんな彼に笑って返事を返す。
彼が生き残る確率が増えるなら、今朝のことくらいどうってことはない。ソフィーを守ると決めた彼には、なんとしても彼女を家族と再会させてもらいたいのだ。
それから少し時間が進み、いつの間にか姿を消していたレイウォルド氏の弟子たちが再び戻って来た。彼らはそれぞれ装飾された立派な柄をたずさえており、師匠が無言で頷くと、一斉に台の上にある、魔剣のタングと呼ばれる握りの部分を、その柄に差し込み、双方の目釘穴の位置を合わせ、そこへ小さな釘を叩きこんでいく。
これで刀身とガード(刀で言う鍔)の付いたグリップ(剣を握る部分)が一体となり、僕らが良く知る剣へと姿を変えるのだと、そばにいたドレイクが説明してくれた。
「ヨースケ殿。まずは【七星剣】の完成だよ」
レイウォルド氏の言葉通り、立派な柄の付いた魔剣が完成した。七本の柄には星の模様が、それぞれ一から七まで刻んであり、彼の弟子のひとりが言うには、頭で数字を想像すると、剣が管理しやすく、攻撃時も順番通りに動いてくれるらしい。その説明を真剣に聞くアルテシア。心なしか目が輝いているのは、新しい玩具を与えられた子供のようにも見える。
「本当に鞘はいらないのですか」
不安になったアルテシアが質問をする。
レイウォルド氏によれば、彼の空間魔法の技術も、この剣には備えられており、頭のなかで【魔剣収納】と言う言葉と、それぞれの星が割り振られた魔剣を想像するだけで、自在にこの世界と異次元を行き来が可能だという。その言葉通り、アルテシアが少し黙り込むと、台の上にあった七本の魔剣は、一斉に姿を消した。
「す、すごいですっ! でも……このあと、どうやって魔剣を使いこなせばいいのでしょうか」
自分で消したのにも関わらず、七本全部が姿を消したことに驚きを隠せないアルテシア。そんな彼女の素朴な疑問に、僕の隣に立つ魔剣鍛冶師ドレイクが回答する。
「うむ。魔剣の挙動はすべてアルテシア殿の意思で制御される。それによって、七本の魔剣による攻撃も防御も、あんたが頭で想像した通りに、一瞬で可能になるじゃろう。まあ、多少慣れるまで時間がかかるかもしれんが、俗にいう【魔剣使い】と呼ばれる者たちは、常日頃から己の魔力と想像力を鍛える訓練をしておるし、まずはちゃんと動かせるようになるのが、当面の課題じゃな」
何事も一日にしてならずというやつか。
魔剣を手にしたからといって、すぐに自在に操れるという、補正はついていないらしい。まあ、騎士として、厳しい経験を積んできたアルテシアなら、それほど心配することもないだろう。そう絶大な信頼を彼女に寄せると共に、いずれどこかの地で【七星剣】を自在に操って戦う彼女の姿が思い浮かび、そのカッコ良さに少し興奮する。
「じゃあ、そこの中庭で試してみるといい」
レイウォルド氏の薦めで、中庭へと移動する。
ここに来る途中で知ってはいたけれど、各作業場の横には、ちょっとした試し切りのための的が立ててあり、アルテシアの魔剣を試すのにはうってつけの場所となっていた。
地面に打ち立てられた、縄が巻かれた丸太。
それに、ドワーフの弟子が用意した、傷だらけの鎧が被せられる。何度も試し切りをされたであろう鎧の表面には、高温で溶かされたような跡もあり、どんな武器の試し切りをしたのか、余計な想像を膨らませるような代物だ。
その前に立つ、我らがアルテシア。
彼女の手に魔剣はなく、今は亜空間に漂っているらしい。さっきドレイクにアドバイスを受けていたようだが、素人がやりがちな魔剣の扱い方として、動かすとき、想像だけにとどまらず、身振り手振りでジェスチャーをしてしまうのが一番ダメなパターンらしい。もちろん声に出すのも、もってのほかだ。
理由はひとつ。
敵に気取られること。
【魔剣使い】は、隠密が基本。実際にはアルテシアより、ジーナの方が向いているのかもしれないが、そこはあえて追及はしない。そもそも魔剣は自在に宙を飛び、相手に悟られることなく、後ろから襲うことも出来るという特徴を持っている。それが魔剣を操る時点で「うしろに回り込め!」やジェスチャーで剣を操る仕草などをすれば、せっかくの利点を失いかねない。なので想像は無言に尽きる。そして決して体の動きや、顔の表情に出さないことが求められるのだ。
さて、アルテシアはいかに。
天才ふたりが見守るなか、アルテシアが無言で構えた。
ごくりと喉を鳴らす。
それとほぼ同時に、アルテシアの手が、動いてしまった。
「やあ! とお!」
やっちまった。
可愛い声で、苦戦するアルテシア。
そんな彼女を見て、前世で親戚の女の子が、レーシングゲームをするとき、体ごとコントローラーを動かしていたのを思い出す。よくありがちな光景で、苦手な人ほど、その傾向が強いと言う。そして目の前にいるアルテシアこそ、その親戚の女の子と同じタイプだったのだ。
頭をかかえる天才陣。
その前で、両手を振りまわし、声を張り上げるアルテシアは、亜空間から呼び出した七本の魔剣を、標的である丸太へと突き立てる。
「あっ! ヨースケさん、当たりました!」
満面の笑みでこちらにアピールするアルテシアに、手をふって微笑み返すも、気持ちは複雑だった。七本同時に現れた魔剣のうち、たった一本だけが的に命中し、その他はすべて地面に突き刺さっていたのだ。しかし、初見でこれはまだマシじゃないのか? ドワーフたちが要求する理想ではないにせよ、よく出来たんじゃないだろうか。慣れるまで時間がかかると彼らも言っていたし、焦ることなんてないのかもしれない。
「「おおっ!」」
僕が、そう思案しているとき、天才ドワーフたちから歓声があがった。見れば、アルテシアの魔剣が刺さっている丸太とは別の丸太の中心に、五本の魔剣が突き立っている。
それは、アルテシアに遅れて、さきほど自身の魔剣が完成した、アハトによるものだった。
「やるのお。アハト殿」
「初見で五本同時に当てるとは、さすが元Aランク冒険者だな」
アルテシアよりも少しうしろに立つアハトを、天才たちが褒め称える。少しはにかんだ顔のアハトが、自分の鼻を指でこすりながら言った。
「魔剣使いに何人か知り合いがいてな。昔そいつらにコツを教えてもらったことがあったんだ」
魔剣の経験者だったアハト。
一日の長ならぬ、一歩も二歩も進んだ彼の技量の前に、さきほどまで笑顔だったアルテシアが、見る影もなく盛大に落ち込んでいる。う、うちのメインアタッカーを泣かすのは誰だあ!? 丸太に刺さった自分の魔剣とアハトの魔剣を見比べ、はあ、と肩を落とす彼女にあわてて駆け寄る。
「だ、大丈夫? アルテシア……」
「はい……ヨースケさん。私、これから練習して、きっとうまくなります!」
「えっ? あ、う、うん! が、頑張ろう。僕も何かあれば手伝うから」
「はいっ!」
そうだ。彼女は真面目な努力家だったんだ。
何をやっても卒なくこなしそうな彼女にも、苦手なことがあったのにホッとする反面、意外な気がしないでもない。魔剣を飛ばす距離や、それぞれの位置関係などに必要とされる空間認識能力は、女性より男性のほうが得意だと、どこかで聞いたことがあるが、やはり彼女も女の子。そういった分野での経験が足りなかったのか。
「魔剣を授ける以上、おぬしたちに言っておかなければならないことがある」
アハトやアルテシアを前に、ドレイクが真面目な顔で語り始める。魔剣を扱う以上、その製作者である彼の言葉に従うのは道理だ。真面目なふたりなら、どんな内容でも問題ないだろう。そんな安心感を持ちながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「今回の魔剣、ワシのチカラに加えて、レイウォルド氏の空間魔法の能力までもが備わっておる。それは必然的に、他の魔剣よりも遥かに優れた殺りく兵器であることを意味する」
「「殺りく兵器……」」
彼の言葉を復唱するふたり。
アルテシアは困惑し、アハトは思う所があるのか、苦虫を噛むような表情だ。
「アルテシア殿は知らんかもしれんが、アハト殿には経験があるじゃろう。人間は、巨大なチカラを持てば、必然的にそれを行使する欲望に駆られることを。ワシが自分で言うのもなんじゃが、魔剣や聖剣。これらはその見本とも言える代物じゃ。持てばきっと、チカラに誘惑されるときが来る!」
「「……」」
ドレイクの言葉に耳が痛い。
【リセット】というチカラに頼り切っている、自分のことを言われたような気がした。
世界の理を歪めるチカラ。
魔剣や聖剣。それこそレイウォルド氏やドレイク、そして僕の持つ【特殊スキル】は、チカラそのものだ。真剣な表情のドワーフふたりも、若き日にそれで失敗したのだろか。目の前で自分の言葉を理解しようとしている、新たなるチカラを会得したふたりの戦士に、その教訓と警告を叩きこもうとしている。
かくいう僕も、彼の言葉で思い出したことがある。それは【リセット】のパワーアップをしたときだ。
あのときの僕は、今現在とは違い、明らかにようすがおかしかったはず。他人からの印象ではなく、自分自身でもハッキリとわかるくらい、欲望に溺れかけ、どこか好戦的になっていた。行動は大胆になり、誰かの意見を聞くのではなく、そこに、自らの直感を信じて決定した節がある。
今振り返ると、あれは何だったのだろうか。
あれほどまでに貪欲になったことなど、転生前にもなかった僕は、あの一瞬、別人になった気分だった。それはリサメイを助けたいという気持ち以上に、自分の持つ能力を更に引き上げたい。新たなチカラを手に入れたい。それ一心だった。
それが何かと言われれば、ドレイクが言うように、チカラに誘惑されたのかもしれない。
彼は、それを恐れると同時に、僕らに警告する。
人は慣れた頃にケガをする。
よく聞く言葉だ。
その意味が彼の言う、チカラに溺れるなという言葉と重なる。
あのときの僕は本当に僕だったのか。
今思うと、怖くなる。
なにか。
別のなにかが、僕を変えるような感覚。
怒りとも、悲しみともつかない感情に支配され、
僕は何かに変わろうとしたのかもしれない。
いや、変われるのか?
もしかして変われる?
変われる? 変われる? 変われる――
― キサマハカワリタイノカ? ―
「ヨースケ殿。どうしたんじゃ」
「――!」
ドレイクの呼びかけに、正気を戻す。
何だったんだ、最後の声は。
「だ、大丈夫です」
心配そうなドレイクやアルテシアたちに、何でもないと返事を返す。さっき聞こえた声はドレイクだったのか? それとも自分の心がそう聞こえさせたのか。よくわからない声が聞こえたせいで、全身からドッと汗が流れている。
「うむ。まあ、ともかくじゃ。ワシはチカラに溺れ、己を失くした者をたくさん知っておる。そやつらの最後はおぬしらも知っての通りじゃ。ゆめゆめ忘れるでないぞ? 人として死にたいのならな」
そう最後に意味深な言葉を残し、ドレイクの話は締めくくられた。僕以外の者は皆知っていたようで、黙って頷いている。結局、僕だけが彼の言葉の意味を理解出来ないまま、この説法は終わってしまった。まあ、この話はアルテシアたちに向けた内容だったし、僕がそこまで食いつくものでもないか。
そう納得した僕は、この話と共に、さきほど起こった自分の出来事も忘れることにした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。