第五十三話 魔剣 七星剣と五星剣
「それじゃあ、さっそく打つとしようかの」
そう言って奴隷服の袖をまくるドレイク。
その隣で、レイウォルド氏がおもむろに炉に燃料を継ぎ足すと、炉内の炎が煌々と燃え盛りだす。それによって部屋の温度が一段とあがり、僕の額にも薄っすらと汗がにじみ出た。
「あ……でも僕、これから用事が……」
「ほっほっほ。ワシらが今までどれだけ剣を打ってきたと思っとるんじゃ。ほんの一時間程で済む。ヨースケ殿は大人しくそこで待っとればいい」
「なんなら、他のお仲間の分も打とうか? ワシも手伝えばすぐだぞ」
なんだか話が大きくなってきた。
断る隙も与えず、彼らは僕の仲間の分まで剣を打ってくれると言い出す。そのとき、昨日のことが頭をよぎり、思わず彼らに懇願した。
「そ、それじゃあ。アハトさんの剣をお願いします! 彼、これから大変なんです」
「アハト殿の?」
「誰だいその人は。ヨースケ殿の新しい仲間か?」
アハトの名前を出すと、ふたりがそれぞれの反応を示す。昨日、彼に昔話を聞いてから、これからソフィーを守りながら、彼女の家族を探す旅を続けることになるアハトに、どうしても旅の準備を整えてもらいたいと思ったのだ。僕がいろいろと準備をしてあげれば良いのだけれど、それだけは自分でなんとかしたいと彼に断られたため、なにか別のことで力になれればと思っていたところだった。
「アハト殿は今朝、自分でなんとかすると言っておったが、ヨースケ殿も聞いたじゃろう。ああいう御仁は一度言ったら頑固だからのお。剣など受け取ってもらえるかどうかも怪しいぞ?」
「そのアハトという方は戦士か。なら自分の剣がないと厳しいな」
「わかってます。でもどうにか剣だけでも、彼には持っていて欲しいんです」
悪いと思いつつも、僕は昨日の話をふたりに話すことにした。不動の星の話。彼の生い立ち、妻のソニアさんの最後の言葉。アハトの語った物語を、彼に聞いた通りふたりに伝えた。
「【火竜の洞窟】か。昔聞いたことがあるな。Aランクパーティーが、謎の全滅を遂げたという知らせが、うちの工房にも届いたんだ。ここで作った武器や防具がそのパーティーに使用されていたと聞いて、その調査に何人か弟子を派遣したことがある。結局、武器や防具の不具合が原因じゃないというのが、そのときのアスラマサクス王との合意だったがね」
「不動の五星にそんな願いを込めているとは、アハト殿も辛い人生だったのじゃな」
「ですから、なんとかアハトさんには無事でいてほしくて。ソフィーの安全も心配ですし」
ふたりに話し、それぞれの感想を聞き、なおかつ彼に武器を持たせたいと懇願する。だが、仮に彼らがそれを了承したとしても、肝心のアハトが受取らなければ意味がない。それが一番の難関だと感じた僕は、思い切って彼らに提案する。
「あの……厚かましいお願いですが、アハトさんに気を遣わせないために、僕ら全員の武器を打ってもらえませんか。費用ならちゃんと負担しますので、全員の分だったら、きっと彼も受け取ってくれるかと思うんです」
「なるほどのお……レイウォルド殿、どうかの? ヨースケ殿の頼みじゃが……」
「もちろん打つのは構わんよ。それなら頑固な戦士殿も受け取るだろう。ただ全員となると時間がかかり過ぎるかもしれんから、アルテシアくんとそのアハト殿以外の武器は、既製品を打ったと称して用意すればいい」
僕の案に抜けている部分を補うかのように、レイウォルド氏が意見を述べる。彼の案に僕とドレイクが賛成し、さっそくアルテシアとアハトの剣を打つことが決まった。
「ドレイク殿。さっきのアハト殿の話を聞いて、おもしろいことを思いついたんだが――」
「ほう。ワシも同じようなことを考えおったんじゃが、これなんかどうじゃ――」
そう言って、ふたりは炉の前で密談を始める。
天才ふたりの案が込められた剣。それが二振りも今から誕生するのだ。側を通りかかった弟子のドワーフが、周りに噂を流し、他の作業場で仕事をしていたドワーフたちが一斉に集まりだすなか、レイウォルド氏とドレイクの共同合作が始まる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ヨースケ殿。途中ふたりには、剣と【血の契約】をしてもらうから、ちょっと呼んで来てもらえないかのお」
ふたりが作業を始めてから小一時間。
熱気に耐えられず、鍛冶場の外でぼーっと待っていた僕に、ドレイクがおつかいを頼んできた。剣はまだ作業の途中で、赤い鉄の塊のままだ。今から二人を呼んで、契約とは何をするのだろうか。要領を得ないまま、とりあえず頷き、何も連絡しない状態で外に待たせているメンバーのところへと向かう。
「マジ遅いしっ! 何やってんの? お兄さん!」
開口一番、不満をもらすジーナ。
昨日、突然部屋から逃げたあと、朝になって食堂にケロっとした顔で現れた彼女に、誰も昨日立てた作戦のことを漏らすことなく、平素を装っている。着々とお仕置きという名目のしつけの時間が近付いていることを知らない彼女は、依然としてひょうひょうとした態度のまま、僕らに接して来るが、今に見ているがいい、キミが心底反省するのが楽しみだ。
「ごめん。もうちょっとかかるかもしれない。ここに戻って来たのは用事があったからなんだ」
「えー。アタシちょっと疲れたんだけどー」
そんな計画のことをおくびにも出さず、ジーナに返事を返す僕は、案外役者なのかもしれない。しかし、相変わらずわがままな態度の彼女に、注意もせずに無視を決め込む、不自然過ぎるアルテシアたちは別で、ジーナにバレないよう、いつも通りにするようにと目配せするが、緊張している彼女たちはそれに気付かない。そのせいもあって会話の少ない場の空気はシンとしている。
「ヨースケさん。用事というのは?」
僕と会話するときだけは、自然体のアルテシア。もうちょっとその自然さを、他でも出してもらいたい。と、内心採点をしながら彼女の問いかけに応える。
「あーちょっとアルテシアとアハトさんだけ、レイウォルドさんたちが呼んでるんだ。それで今から一緒に向こうに行ってもらいたくて、ここに呼びに来たんだ」
「私とアハトさん?」
「えっ! 主殿、俺もなのか?」
「うん。急用だからすぐに来てって」
小首をかしげ、戸惑うふたり。
ここで用件をバラすと、アハトが渋るかもしれないので、早めに移動させようと彼を急かす。アルテシアは僕の言葉を素直に聞き、自ら工房の入口へと向かって行った。
アハトを連れ立って工房の入り口に。
彼を先に扉のなかへと通し、続いて自分が入るが、背中を向けたまま閉じようとした扉が動かない。振り返るとそこにジーナが。
「アタシも連れてってよ」
「はあ? 大人しく待ってろよ」
「じゃあ勝手に入るし」
「……」
急いでいるのに面倒くさい。
外をチラと見て合図を送る。ジーナは我先にと、僕を追い越し、扉の奥へと進もうとするが、さきほど 合図を送った人物が、それを阻止する。
「おっと! お前はあたしとお留守番だよ」
「えっ、ちょっと、リサ姉!」
空気を読んだリサメイがジーナの首根っこを掴んで、外へと引き戻す。ズルズルとかかとを地面に擦りながら、リサメイのパワーで連れ戻されるジーナが何やら喚いているが、今はそれに構っている暇はない。リサメイには後で礼を言うとして、とりあえず賊っ娘のことは後回しだ。
作業場に戻る途中に、アルテシアたちがいた。
ふたりと合流し、作業場の方へと向かう。初めてこの場に立ち入るふたりは、初見のときの僕と同じく、物珍しそうに辺りを見渡しながらついて来る。そのまま奥にある、ドレイクたちの待つ作業場に入ると、すでに大方の作業が終わっていた。
ここから出て、ふたりを呼びに行ったとしても、それほど時間は経っていないはず。それが赤い鉄の塊だった物はすでに剣の形になっており、それどころかその剣の表面には、何かしらの呪文が形どられた金細工のような紋様が施されていた。しかもそれが十二本もある。少し形が違うのは、剣の種類が違うからなのか。素人の僕にはそれ以上の違いがわからなかった。
「おかえり。今回の剣はすごいぞ。レイウォルド殿の空間呪文とワシの魔剣技術を融合させた物じゃ。すでに契約紋様は焼き付けが終わっとるから、ここであんたたちの【血の契約】じゃ」
少し興奮気味のドレイク。
ふたりの天才の長所を融合させた剣が出来たことが、彼の職人魂に火をつけたのだろうか。アルテシアとアハトの手を、急かすように引っ張り、剣が置いてある台へと導く。
「これは……魔剣か?」
「数……が、多すぎませんか」
台の上に並ぶ剣を見てふたりが戸惑う。
アルテシアの前には七本の剣。そしてアハトの前には五本の剣。それぞれの剣には中心に赤い宝石が埋まっており、そこから金色の紋様が伸びて剣全体を覆っている。アハトは冒険者だった経験で魔剣を見たことがあるのか、この剣を見てすぐに魔剣だと見抜いたようだ。
「ああ。ワシとドレイク殿が考案した、空間を越えて持ち主の意志通りに飛び交う魔剣だ。普段からアイテムバッグに入ってるようなもんだから、鞘もいらないし、自由に時空から呼び出せる」
「「……」」
レイウォルド氏がふたりに説明を始める。
ドレイクの魔剣技術に、彼の空間魔法を合わせた画期的な魔剣。持ち主の意思通りに敵に向かって飛んでいく剣とか、前世の物語などではよくありそうな剣とはいえ、実際に存在すれば反則に近い。時空間を飛び越えるため、どこから現れるかわからない分、相手からすれば最悪の剣だろう。
「なぜアハトさんの剣が五本で、私の剣が七本もあるのですか」
説明の途中でアルテシアが質問をする。
目の前に七本もあれば、さすがに彼女でも戸惑うのだろう。腕は二本。つまり七本もいらない。そして隣で同じように沈黙したままでいる、アハトとの数の差も気になる。そんな疑問を抱く彼女から質問を受けた、レイウォルド氏とドレイクが、互いに顔を見合わせニヤりと笑う。
「それはワシが説明しよう。じゃが、その前に魔剣について話すとしようかの――」
ドレイクが魔剣について語り始める。
僕も魔剣については無知のため、彼の説明に耳を傾ける。
「ワシが打つ魔剣とは、この体に流れる魔族の血によって得た【特殊スキル】を使い、疑似的に命を吹き込んだ剣のことを示すんじゃ。簡単に言えば剣が自分の意思を持つということじゃな。まあ、ただ勝手に動き回る剣なんぞ、何の役にも立たないからのお。そこで考えた末、【血の契約】を使い、契約者の意思の通りに動く剣にしたのが、ワシの魔剣の始まりなんじゃ」
「なるほど。それでこの剣と【血の契約】を結べと言うのだな」
魔剣の仕組みを理解したアハトが呟く。
彼の言葉に満足気に頷くドレイクが、さらに話を続ける。
「そこでさっきのお嬢ちゃんの質問じゃが、魔剣を己の意志で動かすのに、我々の脳みその限界と言うか、同時に動かせる数が七本までが限度なんじゃ。お嬢ちゃんの剣はその力量を見て、最大本数の七本にしておる。それで、次にアハト殿の数が五本になっている理由じゃが――」
そう言いかけて、僕の顔をチラと見るドレイク。
アハトの剣の数が五本になっているのは、もしかすると、僕の話した彼の話に基づいているのか。ドレイクが僕を見たのは、それを彼に話して良いかどうかの合図なのかと思った僕は、黙って彼に頷いた。
「アハト殿は、不動の五星を大事にされていると、ヨースケ殿に聞いてのお。ワシはそれに感銘を受けて、この剣の構想をレイウォルド氏に持ち掛けたんじゃ。その結果、七本にせず五本にした方が、お主の剣として相応しいと判断した。ほっほっほ。ソフィー嬢ちゃんを守るアハト殿を、五星剣が守るなんて、なんとも夢があるじゃろう?」
「ドレイク殿……」
意外とロマンチストだったドレイク。
彼の粋な計らいに、アハトも言葉に詰まる。彼が祈りを捧げる不動の五星、あのとき失った彼の子供を含めた五人の仲間が、再び魔剣となって蘇り彼らを守る。そんな情景が浮かぶのは、彼の物語を知る僕と天才ドワーフたち。意味を持って減らした五本。それはアハトの心に寄り添った、ドワーフたちの優しさなのかもしれない。
「では、さっそく【血の契約】を始めてもらおうかね」
話がついたところで、レイウォルド氏が懐から一本のナイフを取り出す。なんの変哲もないナイフだが、柄のところに小さなスライド式のボタンがついている。おもむろに彼がそのボタンをスライドさせると柄の反対側から小さな針が飛び出す。
「レイウォルドさん。そのナイフは?」
ナイフが気になった僕が、彼に尋ねる。
ニヤリと笑う彼が、僕にナイフを投げてよこし、受け取った僕は、手に持ったナイフをまじまじと観察する。一見普通のナイフだが、僕が一番注目したのは、柄の下に設けられたギミックだ。まるでカッターナイフの刃を出すときに触れる小さなスライド式ボタンがついているそれは、【血の契約】をするときに、飛び出した針を指に突き刺すだけの、簡単な仕組みとなっているが、僕からすれば大変便利な物に映る。
「それは以前、ヨースケ殿と同業の奴隷ディーラーに頼まれた商品でね。毎回契約の度に指を噛むのが辛いってことで、こんな仕組みのナイフを作ったんだ。【契約のナイフ】って大層な名前もついてる」
「これ、すごく便利そうですね!」
「じゃあ、ヨースケ殿に渡す武器はこれにするかい? まだうちに在庫が三本ほどあるから、好きなのを持っていくがいい」
意外なところで便利な物に出会えた。
確かに指を毎回かじるのはツラい。同じことを考えている奴隷ディーラーも居るってことがわかり、少し安心する。普段武器なんて使わない僕には、これくらいのナイフで十分だ。あとでこれをもらうことにしよう。
【契約のナイフ】をアルテシアに渡す。
それ受け取った彼女が自分の指に針を刺し、七本の剣に向かって、流れる血を順番に落として行く。 その一滴が真ん中の赤い宝石に吸い込まれると、淡い光が金細工の紋様を伝い、剣全体へと広がっていく。感覚的にそれが契約の締結だとわかったとき、さきほどまで静かだったそれぞれの魔剣が、ドクりと脈動を始める。
「魔剣はすでに意思を持っているんじゃが、【契約の紋様】で大人しくさせておる。それが【血の契約】によって、持ち主の意識に支配されたとき、初めて動き出すように作ってあるんじゃよ」
薄気味悪い動きをする魔剣に驚く僕のうしろから、ドレイクが理由を語る。
「じゃあ、これで魔剣はアルテシアやアハトさんの思いのままに?」
「ああ。ここに魔剣、十二本が誕生したのじゃ!」
「おおーっ!」
「――っと、その前に、最期の仕上げをしないとな」
思わずずっこけそうになる。
盛り上げるだけ盛り上げて、足元を掬うような発言をするドレイクをジト目で見るが、マイペースな彼は、動き始めた魔剣を一本ずつ手に取り、炉から流れる光輝く液体に浸し始める。
「それは?」
「ミスリル金属をワシらの魔力で液体状に溶かしたものじゃ。普段は固いミスリルも、液体にすればこの通り剣にまとうことが出来る。すべてミスリル製の剣を作らずとも、表面さえミスリルであれば、十分だと言う検証は、すでに現存するミスリルソードで実証されておるし、なにより安上がりじゃ」
赤い宝石と金細工を全体にまとう魔剣は鉄で出来ており、その最終工程をミスリルという貴重な金属でコーティングするという贅沢な魔剣。これらをあっという間に計十二本も作った彼らは、やはり天才という言葉でしか言い表せない。
続々とミスリルに包まれた魔剣が誕生する。
先にアルテシアの七本が出来上がり、その一本を手にした彼女が、笑みを浮かべる。
「アハトさんの魔剣が五星剣なら、私の魔剣は七星剣ですね」
ドレイクの言葉を借りるなら、
アルテシアの言う通り、今この瞬間、
魔剣、七星剣と五星剣が誕生した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。