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第五十二話 ふたりの天才



「汚された……」


 ペイルバイン有数の宿のひとつ。

 【ジェニファー&ローガンの止まり木】の最上階にある、貴族や要人、裕福な人々にのみ宿泊が許されると言う、特別な一室。


 僕はその部屋のリビングにあるソファーにて、うつぶせに寝そべり、今しがた終えたばかりの屈辱? それとも凌辱? とにかく心身を削られるような思いをした時間を振り返り、涙ながらに黄昏れている。


 どんなことをされたかなんて、一生言わない。

 僕は、自らの全てをさらけ出されることを恐れ、涙ながらに訴えたが、彼女たちに聞き入れてもらえなかった。それどころか、執拗に、念入りに、執念を込めた彼女たちの手は、僕の体を。心を汚していった。


 僕はもうおしまいだ。

 新たに知り合ったドワーフに、冒険者くずれの戦士。そして黒狼族たち。彼らにどんな顔で、朝のあいさつをすればいいんだ。教えてほしい。僕は笑えば良いのか? それか情けなくも、女子たちにイジメられたと泣きつけば良いのか。


 同じソファーには、僕を彼女たちに売った、黒狼族の男が眠っている。その寝顔は安らかで、僕と言う存在を、平気で悪魔たちに売るような男には到底思えない。それどころか、彼ら種族の基本となる動物。狼や犬と同じように伏せた状態で眠る姿は、見ていて微笑ましい。


 だが、そんな彼をじっと見ているにつれ、心の奥底に閉じ込めたはずの憎悪が、突如としてふつふつと沸き上がり、全身を駆け巡るそれは、やがて僕の中心を支配すると共に、汚れてしまった体の一部に、大義とも言える命令を下す。


「ぎゃうん!」


 同じソファーを共有する狼が鳴いた。

 それは痛みを伴う声であり、その原因が僕であることは誰の目にもわかること。僕の心を支配する憎悪が、彼に復讐することを体の一部に命令したのだ。くしくもその命令を承ったのは僕の足。最初に命令を下された腕はその大役を辞退し、己の三倍の威力を誇る足へとその役目を譲ったという逸話は、また別の話。


 わき目も振らず、一直線に伸びたその足は、狼の腹部を直撃。俗にいう足蹴にしたと表現すべきその行為は、唯一の良心だった僕の理性から言わせてもらえばこうだ。


 

 ざまあみろ。自業自得だ。


 

 ああ。僕はなんて傲慢なんだ。

 目の前で苦しむ狼を見ても、なにひとつ罪悪感などないのだ。それどころか、こう胸がスっとする思いが全身を駆け巡っていく感覚さえ愛おしい。こんな僕を下級神ノアは業の者と呼び捨て、有無を言わせずに捌くのだろうか。罪深き少年をこの世界に転生させた本人が、自身の業を顧みず、僕の所業を責め立てるというのか。


 否。

 僕は悪くない。

 悪いのは彼女たち。

 そして目の前で苦しむ狼の男なのだ。


 晴れて免罪となった暁には、僕はこの短時間に起きた出来事を、すべて心の片隅に封印することを誓おう。下級神ノアのそのまた上の存在である、世界神さまに。


「なにぶつぶつ言ってんの、お兄さん。ただみんなに気持ち良く全身洗ってもらえて、泣いて出て行ったところで、裏切った黒狼族のこいつを見つけるなり、蹴っただけじゃん」

「ただ洗われて!? 嫌がる僕をみんなして掴まえるなり、好奇の眼差しで隅々まで鑑賞しながら洗われ、しかもタオルさえ巻くことも許されずに、ほとんど丸見え状態! 年の近い女の子たちに、良いようにされるがままだった僕が悪いって言うのか! それにそこの狼! ずっと寝たフリするんじゃないっ!」


 僕がソファーを足蹴にすると、あわてて飛び起きる黒狼族の男。やはりずっと起きていたようで、僕と目を合わさずに、頭を掻きながら正座をする。


「す、すまない兄貴。実は――」

「え?」


「こ、こらーっ! 裏切者がさらに裏切るってのかー!」


 急に何かを語り始める男に、ジーナが声を荒げる。

 それを手で制し、僕はさきほど蹴りつけたばかりの彼に、話の続きをさせる。


「あ、兄貴に言うなと言われたんだが、すまねえ。そんなに怒ると思ってなかったんだ。ここへ来る途中、リサ姫から、部屋に入ったらずっと入り口を気にしとけ。そんで、誰かがノックしたら絶対開けろって命令されて……だから寝たフリしながら、ずっとソファーに居たんだよ」

「リサメイが?」


 話のなかにリサメイの名が出た。

 立場上、自国の姫。しかもこの先、ローザの定期便を一緒に守る仕事をする、リーダーからの命令だ。黒狼族の男に拒否権はない。それを聞き、僕はリサメイの方を見る。


「え、えっと……そ、それにはちょっと、続きがあってさ……」

「続き?」


 僕が怒ると思ったのか、リサメイが少し戸惑いながら口ごもる。そのとき、部屋の扉がバタンと音を立てて、誰かが出て行くのが見えた。


「なんだ? 今のはジーナか」


 風呂場に居たメンバーは、全員リビングに居る。

 そのなかでひとり、席を外したのはジーナだった。ほーん。だいたい読めてきたぞ。リサメイに続きを促すと、彼女は頭を掻きながら白状する。


「いや、ジーナに頼まれたんだ。この部屋の魔道具は自分では開けられないから、あたしが部屋のなかに居る黒狼族を脅して、いつでも入れるようにしてくれないかって。風呂がすごいって聞いて、あたしもアルテシアと一緒で興味あったし、つい……」

「はあ。やっぱり黒幕はジーナか。で、たった今、それがバレそうになったんで、急いで逃げたと?」


 僕の推測に間違いはないようで、共犯者であるリサメイと黒狼族の男が頷く。まったく。毎度毎度、あいつには手を焼かされる。まあ、その目的が、僕の気を引きたいがためだと知っているから、余計にタチが悪い。前回のケンカから時間も経ってないし、あまりキツく言いたくないのだけれど、どうしようか……。


「あの。やはり私が止めなかったのが原因です。ここは責任持って私がジーナを……」

「うーん。アルテシアにお願いしたいのは山々だけど、これからもずっと一緒にいる仲間だし、あまりふたりの関係がギスギスするのもなあ……」


 僕が持論を述べると、アルテシアが俯く。

 かといって、ジーナの最近の行動は目に余る。いい加減どうにかしないと、今にとんでもないことになりかねない。僕が腕組して思案していると、向かいのソファーに座るリサメイが手を挙げる。


「主さん。ちょっといいかい」

「ん。なに? リサメイ」


 リサメイの問いかけに応じる。

 何か案があるのか、彼女は得意げな表情だ。


「あたしがジーナをお仕置きすれば、アルテシアにも手間かけさせないよ。さっきの件もあるし、ここはあたしに任せておくれ」

「いや、何も彼女のお仕置きを誰にするかって、考えてたわけじゃ……あっ!」


 リサメイの予想外の提案を受け、その返答の途中にあることを閃く。前世で僕が親にこれをされて、大泣きした覚えがある、よくあるしつけのひとつを思い出したのだ。これなら誰も気を咎めることなく、ジーナを戒めることが出来るかもしれない。


「お! 主さん。なんか良い案を思いついたのかい?」

「ははは。ちょっとね」


 僕の表情を見て、リサメイがそう問いかける。

 今回の案は、彼女にも手伝ってもらわないとイケない。ちょうどジーナが居ない今、僕は今回の作戦を彼女たちに説明することにした。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「ほう。彼をワシのところで雇えと?」


 翌朝全員を引き連れて、レイウォルド工房へ。

 レイウォルド氏にドレイクを紹介し、ここで雇ってもらえないか相談をする。前回と同じソファーで向かい合い、彼の返答を待つ。隣には緊張した面持ちのドレイク。他のメンバーは店の前で待たせている。


「むう。ヨースケ殿の知り合いというのは、あの名工レイウォルド殿じゃったのか」

「そうですよ。レイウォルドさんとは縁あって、最近知り合ったんです」


「はっはっは! ベナトゥレスの奇才ドレイク殿に、名工と言われると照れますなあ」

「ベナトゥレスの奇才?」


 隣に座るドレイクに肘で突かれ、この工房との関係を彼に説明する。驚くドレイクの気持ちはわかる。何といってもレイウォルド氏は、あのアイテムバッグを作れる唯一の存在だ。他のドワーフや鍛冶師たちから、その名を知られていることぐらい想像がつく。ただ、その向かいに座るレイウォルド氏がドレイクを奇才と呼ぶことまでは読めなかった。


「なんだい、ヨースケ殿。あんた知らなかったのか? ドレイク殿のことを」

「えっと。過去の【世渡りびと】の残した魔道具を再現することくらいは……」

 

「ふむ。なんとも無知な御仁だのぉ……」


 つい昨日、シャワーヘッドの製作者だと知ったばかりだけれど、レイウォルド氏の言葉によれば、どうもそれだけではないらしい。隣のドレイクと目が合ったが、彼はシラを切るつもりだったのか、視線をふわふわと漂わせている。


「ワシは知っての通り、アイテムバッグを作るという点でしか、才のない男だが、ドレイク殿は違う。彼は世界でたったひとり、魔剣を打てるドワーフだ」

「ま、魔剣!? 魔剣て……あの?」


 ドレイクとレイウォルド氏を交互に見比べながら、僕は声を裏返してしまう。付与術師の奥さんを戦争で失くし、失意のまま国の滅亡から逃れた、悲運のドワーフだとばかり思っていた彼が、実は名剣、いや魔剣の鍛冶師だと知り、腰を抜かしそうになる。そう言えば、彼のステータス画面は全然見てなかったな。


「ドレイク殿が魔剣を打てるのは、魔族とドワーフのハーフだからだよ。ワシが人族で、空間魔法使いの母親とドワーフのハーフのようにな」

「ま、魔族? それって、今も存在するんですか?」


「ああ。今も北の大地におるよ。あんたも知っているだろう、魔神の伝説を。あの戦いで真っ先に魔神の手先になったのは魔族だ」

「魔神……」


 以前、アルテシアに聞いた話を思い出す。

 太古の昔、魔神と勇者たちが戦い、相打ちとなった話。その魔人の呪いで、この世界から復元魔法がなくなったこと。そして現在、最も厳罰とされる刑が四肢の切断という、復元魔法がなくなった世界を皮肉るような処罰が横行している原因となったのも、その魔神のせいだ。その魔神の配下だった魔族は、今もこの世界に存在するらしい。まだ一度も魔族に会ったことはないけれど、そんなヤバい種族とは、出来れば今後も関わりたくはない。


「ドレイク殿。ホントに良いのですか? あなたならこの街で独り立ちするくらい、造作もないことでしょうに。わざわざワシのところに来なくてもそれくらい――」

「ほっほっほ。ワシももう年だからのぉ。今更、イチから店を始めるのも、億劫になってしもうてな。出来れば誰かの下で、のんびりと鉄を打っていたいんじゃよ」


 ドレイクが笑みを浮かべる。

 それをじっと見つめるレイウォルド氏が、少し間をおいて、自分の膝をポンと叩いた。


「わかりました。歓迎しますよ。ドレイク殿」

「おお。それはかたじけない」


「じゃあ、まずは作業場をひととおり見学でもしてもらおうかね」

「うむ。ぜひに」


 ドレイクの受け入れ先が決まった。

 意外とあっけなく決まってしまったが、紹介したこちらの顔も立ったので一安心だ。これで断られたらどうしようかと思っていたけれど、ドレイクが優秀な人材だったおかげで、すんなり承諾をもらった。しかも世界にたったひとりの、魔剣鍛冶師という優れた人材だ。これはこの工房にとって思わぬ収穫になったのかもしれない。


 彼らが作業場に行くと言うので、後をついていく。

 ドレイクはこのままこの工房に住み込むらしい。僕は作業場を少し見学したら、そのまま外で待たせている他のメンバーと合流して、ここをおいとまするつもりだ。


 いつもは通り過ぎている通路から道を逸れる。

 中庭のようにも見える場所には丸いドーム型の建物がいくつか並び、それぞれに煙突が立っている。外からでもわかる熱気のせいか、この周辺だけが妙に暑い。ちなみにここは、個別の鍛冶場になっていて、それぞれの職人が、指定された武器や防具、その他日用品などを作っているらしい。いくつかの作業場を見させてもらったが、みなドワーフばかりで、ぬいぐるみのような風貌の彼らが、自分の背丈以上の剣や防具を作っているのを見ると、なんだか、ほっこりしてしまいそうになる。


「ドレイク殿。ちょうど鍛冶場が交代で空いたみたいだ。ひとつ何か打ってみるかね」

「そうじゃな。国を逃れて結構日も経った。腕がなまっておらねばいいのじゃが」


 作業場の一番奥が空いたらしく、そこへ向かう。

 なかに入ると、大きな炉があり、その前に鉄の台が並んでいる。隣には火種の下となる石炭のような石と薪が詰まれ、いくつか設置された棚を見ると、打ったばかりの剣や防具、なんだかわからない道具や工具、見たこともない鉱石などもあって、ここが正真正銘、鍛冶師たちの作業場であることを物語っていた。


「おお。ちょうどいい。ヨースケ殿の奴隷、なんて名前だったか……ああ、そうそう! アルテシアくんだ。彼女の剣をドレイク殿に打ってもらうのはどうかね。費用はすべて、ワシがもつよ」

「えっ!? アルテシアの……ですか?」


 ドレイクが炉のようすを見ているうしろで、レイウォルド氏が突然、そんな提案をしてきた。あまりに唐突すぎて、僕が戸惑っていると、こちらを振り返ったドレイクもそれに便乗する。


「そうじゃな。お嬢ちゃんの剣を見たが、あれじゃあ、実力の半分も出し切れてないだろう。ワシもヨースケ殿の世話になったし、一本打ってみるかの」


 アルテシアの実力が、半分も出てないだって?

 レイウォルド氏が頷いているところを見ると、どうやら本当らしい。ローザの店で買った中古の剣は、【リセット】で元に戻したおかげで、最初の頃よりもすばらしい剣になった。それでもアルテシアの実力を阻害する物でしかなかったとすれば、この天才たちが打つ剣を持った彼女のチカラは、いったいどれほどのものになってしまうのだろうか。


 炉の前でニヤリとわらうふたり。

 僕はこの天才たちの不敵な笑みに、微かな希望と不安を抱くのだった。 



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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