第五十一話 眠れない宿の美少女たち
「ア、アルテシア……どうやってここに」
目のやり場に困る恰好のアルテシア。
胸はタオルで隠されてはいるが、どうにも収まらないようす。いや、それよりも彼女に問うのは、どうしてここに居るのかということだ。ジーナは黒狼族のうっかりによって見事入室し、現在に至る。ではアルテシアはどうだ。そんな二度も――
「ノックしたら黒狼族の人が」
二度もあるぅぅぅぅ――っ!!
あんの犬っころめええ! 一度ならず二度までも……。
「そ、そっか。で、そ、その恰好はいったい……」
「えっと……わ、私もお風呂、ご一緒……したいな……って」
ダメだ。アルテシアが可愛い。
真っ赤な顔で答える彼女は、下を向くと、胸がタオルからこぼれそうになるので勘弁してほしい。うしろにいる賊っ娘は別として、彼女のバスタオル姿は、今の僕が見るのは禁忌に等しい。
何がヤバいのかは、僕の僕に聞いてくれ。
そういや自分がタオルを巻いていなかった。
あわてて近くにあったタオルで隠す。
こういうのは、ジーナが来た時点でするべきだったと、少し後悔するが、今更遅い。
それよりも、おかしくないか?
普段のアルテシアなら、ジーナがこういう行動を起こせば、必ず仲裁や指導に入っていたはずだ。それなのに、今回に限ってはその素振りさえなく、逆にジーナと同じパターンでここにやって来た。
おかしい。アルテシアは何を考えてる?
じっと彼女の目を見るが、俯いたまま目も合わせてくれない。
そこでピンときた。
ジーナに何か吹き込まれたな。
純情なアルテシアが、こんな大胆なことをするはずがない。どうせジーナの入れ知恵か何かだろう。湖の森で彼女の裸を見た瞬間、剣を顔面に投げつけられて気絶した僕を、舐めるなと言いたい。
「アルテシア。ジーナにまた、変なことを吹き込まれたんだろう? そんなの、いちいち相手してたら――」
「ちょっとお兄さん! アタシ悪くないっしょ!?」
僕の言葉に反応したジーナが苦言を呈する。
いや、こんなアルテシアを見れば、まっさきに疑うって。憤慨し、湯船から乗り出すジーナから、あえて視線を逸らし、彼女に反論する。
「当たり前だろ? いつもアルテシアを担ぐのはキミなんだから」
「あーチョームカつく! アタシ、今回は何も言ってねーし、アル姉が勝手にそんな恰好で入って来たんだからね! アタシ、関係ないからマジで!」
「えっ?」
「わわっ! こっち見んな、エッチ!」
「ぶふっ! な、なにを……!」
「もー! アタシだけ裸だと、お兄さんに見られちゃうじゃん!」
ジーナの声に思わず振り返る。
これは見たらヤバいと気付いた瞬間、ジーナから顔面にお湯をかけられたおかげで、いろいろ見てしまうことはなかった。僕の不意打ちにあわてた彼女は、頭に投げつけられていたタオルを、急いで体に巻きつけると、勢いよくバスタブから飛び出した。
自業自得のジーナは置いとくとして、それよりもさっきの言葉が本当なら、アルテシアが独断で起こしたということの方が気になる。真実を問うべく、彼女に再び視線を向ける。
「アルテシア。ジーナの言ってることは本当なのか」
「……」
「ほらね!」
僕の問いかけに黙って頷くアルテシア。
すぐには信じられなかった。胸元を押さえ、恥ずかしそうにこちらを見る、バスタオルを巻いた彼女は、てっきりジーナに言葉巧みに騙された姿だと思いこんでいた。しかし、隣で勝ち誇ったかのように声をあげるジーナの言葉が、アルテシアのそれを事実だと証明している。
「いつも通り、ジーナがいないことに気付いたので、こちらに伺ったのですが、お風呂が素晴らしいとお聞きしていたので、つい……」
「そ、そうなんだ……いや、実は僕もさっき、アルテシアやジーナに、こんなお風呂に入れてあげたいなって思ってたんだけどね」
さきほど思ったことを、そのまま正直に話す。
ふたりには、いつかこんなお風呂に入ってもらうような生活を、毎日させてあげたいとは思っていたけれど、こんなすぐに――しかも混浴なんて聞いていない。
「ありがとうございます。でも、セナさんが私たちを出入り禁止にしているのに、やはりこんなこと……」
「こんな高そうな部屋、男ばっかで使うのもったいなくなーい? お兄さん、セナちんに頼んで、部屋替えてもらってよー」
それぞれのキャラらしい反応。
アルテシアはセナの言いつけを気にしている。これには僕も、いろいろと言い分はあるけれど、何もやましいことがないんだし、今回はノーカウントでお願いしたい。あと、ジーナは論外で。
「それじゃあ、僕は先にあがってるから、あとはふたりでゆっくり、お風呂を満喫してよ」
せっかくの機会だし、アルテシアとジーナには、贅沢なひとときを味わってもらいたい。そんなことを思いついた僕は、タオルで前を隠しつつ、そそくさと扉の方へと向かう。そして扉を開けようとした瞬間、
「うわっ!」
いきなり左右から腕をガシっと掴まれる。見ればアルテシアとジーナが僕の両脇に立ち、自分の腕を絡ませていた。いや、前を押さえてるから、そんなに腕を引っ張らないでほしいんだけど……。
「何をおっしゃるんです。主を差し置いて、私たちだけで楽しめません」
「そーだよ。せっかくの、なんとか水入らずってやつじゃん。みんなで入ろーよぉ」
「えっと、ふたりとも。そ、それはちょっとマズいと言うか、恥ずかしいと申しますか……」
こういうときに限って、結束力の強いふたり。
退路を断たれてしまった僕は、彼女たちによって、なす術もなく洗い場へと戻される。
「じゃあ、さっきの続きね! アタシが頭洗ったげるから、アル姉はお兄さんの背中お願い」
「ええっ!? いっ、いやいやいや! 背中も頭も洗ったし、それはいいってば!」
「せっかく美少女ふたりが、洗ったげるって言ってんのにさ。もっとありがたがれっつーの!」
「は……初めてですが、頑張りますっ!」
「ぶはっ! てか、冷たっ! な、何でいきなり水なんだよ、ジーナ――って、アルテシア!? あふっ……! そ、それ、直塗りはダメだって!」
半ば強引に僕を洗おうとするふたり。
ジーナは僕の頭に、湯桶で思いっきり冷水をぶっかけるし、アルテシアはアルテシアで、石鹸を手に持ち、僕の体を直に洗おうとするし、ふたりとも滅茶苦茶だ。いや、絶対キミたち、誰かを洗った経験てないよね?
親切のこもった嫌がらせ行為に対し、僕は必至に抵抗する。彼女たちに任せたら、綺麗になるものもならない予感が。あーだこうだと言っている三人を、余裕で迎え入れる広さの風呂場に、それぞれの声が響き渡る。
まだ世間は真夜中だ。
誰もが寝静まった時間に、こんな場所で半裸のまま騒いでいる僕らは、いったい何をやっているのだろう。新たに知り合ったメンバーたちにこんな姿、絶対に見せられないな……。そんなことが頭を過ったとき、
「おーやっぱり、ここかあ」
「「「――!!」」」
ふいに風呂場の扉が開き、威勢の良い声がする。
僕はもちろん、アルテシアやジーナも驚いて、そちらへ振り向く。
「さ、三人共、どうして……」
「うっわマジ!? リサ姉……それにエルフのお姉さんと、ソフィーちゃんまで」
「どうしてあたしだけ種族名なのよ。ジーナっ!」
扉を開けたのはリサメイだった。
そのうしろに続いて、エルフのメイウィン。そして、ソフィーまでもがバスタオルを巻いた状態で立っている。いやもう、どうなってんだよこれ……。
「一応聞きますけど、どうやってこの部屋に?」
「「「どうって、ノックしたら黒狼族が……」」」
頭が痛い。
もうツッコむ気も失くした僕は、頭を押さえつつ、彼女たちを迎え入れる。どうせ出て行けと言っても無駄だろうし、それならこの混雑に乗じて、ここから逃げ出せばいいと企んでもいたから。
「と言うか、みんな、なんでこんな時間に起きてるの?」
一番の疑問を皆にぶつける。
僕はいったん睡眠を取った状態で起きてしまい、風呂が気になったのもあって、今に至るが、それとは違い、彼女たちはとっくに深い眠りについている時間帯のはず。それが全員同じく目が覚めるとか、違和感でしかない。何か示し合わせたのだろうか。
「そりゃあ下手したら、あの黒狼族たちみたいに、あたしらだって、ゴミ箱部屋に落ちてたかもしれないんだ。そんな絶体絶命だった自分らが、こうやって主さんたちのおかけで助かったんだから、いろんな気持ちがたかぶっちまって、なかなか眠れないんだよ」
仁王立ちのリサメイがそう答えると、他のふたりも黙って頷く。そうだった。彼女たちは誰も落札しないと言われている、闇奴隷オークション、夕方の部にいたんだ。
本来ならば今ごろ、あの悪臭漂う薄暗い鉄格子のある部屋で、鎖に繋がれたまま、夜を明かしてたかもしれない彼女たち。運命とも言えるアレックスとの出会いによって、その人生を再びやり直すことが出来たのだ。その当日の夜に、絶望と恐怖からの生還による安堵で体が打ち震え、眠れないことくらい、誰が責めると言うのか。
それは一流の戦士である、リサメイとて同じ。
【リセット】により生まれ変わった体に、バスタオルを巻き、勇ましく構える彼女でさえ、それに抗うことは不可能らしい。風呂場の室温によるものか、それともその抑えきれぬ衝動が、彼女の体を熱くしているのか、白銀の毛並みを覗く色白の肢体は、ほんのりとピンクに染まっている。
他のふたりも例外ではない。
数多の種族が存在するなかで、最も透き通った、白く輝く肌を持つと言われるエルフ。その一端を担うひとりであるメイウィンも、美しい白皙の首元は赤く火照っている。人族であるソフィーも、元々色白だったためか、エルフに負けずとも劣らない彼女の美しい肌は、バスタオルが隠す部分以外、すべて熱を帯びた状態であることが伺える。
「それよりも、ここの風呂はすげーな! ずっと湯が沸いた状態になる魔道具なんて、うちの王宮にもなかったぞ――って、あれはなんだ?」
リサメイがシャワーヘッドに気付く。
壁にかかったそれを手に取ると、細かい無数の穴を見て、一瞬、顔をゆがめる。
「うへえ。なんだよこれ。デモンズ・ビーの巣みたいな穴あけやがって。思い出しただけで、寒気してきたし」
リサメイにとって、それはあまり良い記憶ではないらしい。シャワーヘッドの噴水口が、その巣を連想させたのか、嫌そうな表情を一瞬だけ見せた。彼女がそんな顔をするほどだから、きっと僕が見ても気持ち悪いに違いない。
「つかこれ、どうやって使うんだ? ああ。この栓を開ければ良いんだな」
「きゃあっ!」
何気にリサメイが使い方を知りたがるが、自己完結してしまった。彼女はすぐにシャワーヘッドの近くにあったレバーを見つけると、躊躇することなくそれを上にあげた。しかし、ちょうどシャワーヘッドの先が、運悪くうしろに立つソフィーの方へと向いており、勢いよく噴出したお湯が彼女を襲う。悲鳴をあげる彼女に気付いたリサメイが、あわててレバーを下げるが、もう遅かった。
「おっと! すまないソフィー」
「ううぅ。ここに立っていた私も悪いので……」
「――!」
全身ずぶ濡れのソフィー。
リサメイの謝罪を受け入れるも、すでに濡れ鼠になってしまった彼女は、大変マズい状態に。そのようすを間近で見ていた僕も、思わず目が釘付けになる。
バスタオルからしたたる水滴。
高級な素材ゆえなのか、それとも神のいたずらか。ソフィーの体にぴったりと張り付く薄生地が、彼女のスタイルと一緒に、いろいろな部分をさらけ出してしまう。不可抗力とは言え、これは見たらダメなものだと悟った僕は、あわてて視線を逸らすが、それでも一歩遅かった僕の僕。どうか今は大人しくしていてくれっ! 頼む……!
「あーっ! ソフィーちゃん! 前が透けてるっ!!」
「えっ? あっ! きゃああああ!!」
ジーナがソフィーを指差して叫ぶ。
僕以外のメンバーが彼女に視線を集中させると、ようやく自分の状態に気付いたソフィーが、ただでさえ赤い顔を更に赤くして、その場にしゃがみこむ。
「あーあ。お兄さん、ソフィーちゃんのエッチな格好、全部見ちゃったんじゃね?」
「ヨースケさんっ!」
「ええっ!? ジーナはともかく、アルテシアまでそんなあ……」
僕をジト目で見るジーナが、余計なことを口走る。
そんな彼女の言葉で、アルテシアからも追及されるし散々だ。てか、僕のせいじゃないよね? これ……。
「ううぅ……と、殿方に見られてしまいました……」
「あ、その……ごめん。ソフィー……」
膝に顔を埋めて丸くなるソフィーが、泣き言を呟く。その重い雰囲気に、僕が思わず謝罪を述べてしまうと、それがかえって裏目になった。
「や、やっぱり、見てしまったのですね……ふえぇん」
「え!? あ、いや、すぐ別の方向を向いたし」
「それって、結局は見てんじゃね?」
「ぐぬっ……!」
ソフィーにカマをかけられ、逆にバッチリ見たことがバレてしまい、あわてて弁解するも、ジーナに揚げ足を取られて自滅する。泣き出すソフィーには悪いけど、僕だって泣きたい。
「ま、まあまあ。元はと言えばあたしが悪いんだし、主さんが、たまたま運良く見ちまったってだけで……」
「リサメイ。その運良くってところを、訂正してくれると助かるんだけど……」
リサメイが擁護するのかしないのか、微妙な慰め方をするが、ソフィーはなかなか泣き止まない。これはもう土下座コースかと思い始めていると、またもや空気を読まないジーナが、口を挟んで来た。
「じゃあさ。もういっそのこと、お兄さんをみんなで洗っちゃえば良いんじゃね? ソフィーちゃんもそれでおあいこってことで~」
「「「えっ!?」」」
「な、なにバカなことを言ってんだよ、ジーナ! そんなことダメに決まって――」
「えー良いじゃん。みんなどうせお兄さん目当てっしょ。今ちょうど洗い始めたとこだし、いいから黙って手伝えーみたいな?」
「「……」」
何を言いだすんだ、この賊っ娘は。
いや、そんなこと言いだすから、周りの空気もちょっと「え? それもアリ?」みたいになってるじゃないか――って、ソフィーさん。あなた泣いてたんじゃ……。
さっきまで泣き崩れていたはずのソフィーは、涙の跡さえ皆無。それどころか、ニコニコと笑顔を見せながら、さっさと新たなタオルを自分に巻いているようす。もしかして、これが女の涙に騙されるというやつなのか……。
「――!」
隣に立つアルテシアが、突然物音を立てる。
見れば彼女の手には、さっきから大事そうに持っていた石鹸が、なぜか複数に割れていた。
「ア、アルテシアさん? そ、それは何を……」
「えっと。皆さんのために、石鹸を分割したのですが」
いや、そこ気配りする!?
アルテシアが暴走を始め、ジーナが手際よく全員にタオルを配り始めると、完全に僕の背中――というか全身を洗おうとする空気に。こ、これって、みんな寝ていないから、ハイになってるとか……?
「じゃあ、これからみんなでお兄さんを洗おー!」
「「「はーい!」」」
「ひいいいい!!」
そんな考えを確かめる暇もなく、
僕は、彼女たちによって存分に洗われた。
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