第四十九話 星に祈りを捧ぐ男
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
一通り案内を終えたパフィーが戻って行く。
紅一点だった彼女が去ったあとに残るは、むさくるしい男ばかりなり。なんだか前世で中学生の頃に行った修学旅行の気分だ。大部屋に数名の同性ばかりが押し込められ、このあとどうする? なんて相談してたっけ。
とは言っても、ここに居るのは同級生ではない。上は年齢不詳のドワーフから、下は神の呪いのせいで、僕の年齢の半分にしか満たない獣人、といった幅広い年齢層の男たちがいるのだ。さしずめごった煮のようなメンバー編成だが、これはこれで楽しいかもしれない。そうだ、枕投げとかしてみる? いや、そんな文化きっと無いだろうな。
ソファーには、依然として重役気分に浸っているような表情の黒狼族たちが、ふんぞり返った状態でその場を占領している。よほど気に入ったのか、部屋に入ったときからその場所を動くことはない。
ドワーフのドレイクは、これまでの疲れが祟ったのか、風呂場から出てすぐ、自分で決めたベッドで熟睡中だ。こちらはたぶん、明日まで起きることは無いだろう。
ソフィーの従者となったアハトは、部屋に来たときからずっと無口のままで、リビングから外に出たところにあるテラスで佇んでいる。すでに外は暗く、宿に戻る途中に見えた星々は、天候が変わったのか、今は見えなくなっていた。
アハトのようすが気になった僕は、彼の下に行くため、リビングからテラスへと移動する。最上階になるここは、建物の敷地およそ三分の二が一部屋として作られており、残りの面積はテラスという贅沢な造りだ。外に出ると、そこはダークブラウンの板が敷き詰められた板間になっており、周りには地上から伸びた植物の蔦が生い茂る、ちょっとしたガーデンテラスを思わせる景色だ。
ふと、上を見ると、ガラスの屋根が設けられていて、ところどころにさきほど見かけた植物の蔦が、ここでも複雑に絡み合っていた。ガラスの屋根なんて、この世界に来て初めて見たかもしれない。たぶん昼間に出れば、開放感あふれる空間を感じたのだろうけれど、生憎と今は夜だ。このガラス屋根に気付くのに、少し時間を要したほどの暗闇は、シンとした空気のなか、遠くに見えるわずかなランプの明かり以外の景色を闇に染める。
ダークブラウンの床を進むと、途中に野外用の椅子とテーブルがあり、天板の上には小さなランプが火を灯していた。そしてその椅子のひとつに、腰を下ろしたアハトを見つける。
「アハトさん」
僕がそう呼ぶと、気付いた彼がこちらを振り向く。
その表情には特に変化はなく、僕を見てこちらへ座るようにと、隣にあったもうひとつの椅子を指差した。
「星が見えなくなりましたね」
「ああ。最上階と聞いて、少しでも近くで見れるかと期待していたんだが、残念ながら雲に隠れてしまったようだ」
歴戦の勇士を思わせる、屈強な体躯を持つアハト。言い方は悪いけれど、そんな彼にも存外ロマンチックなところがあったようだ。空を見上げる彼の横顔は、本当に星が見れないのを残念がっている顔だ。
「はっはっは。柄にもないって思っているんだろう? 主殿」
「えっ!? い、いや、そんな……」
図星だ。
顔にでも出ていたのだろうか。アハトにうまく考えを見抜かれた僕は言葉に詰まる。
「大丈夫。別に怒りはしないさ。実際、国境警備兵だったときから、周りにからかわれて、慣れているし」
「そんなに星が好きなんですか」
彼の星に対する思いが、この場だけのものでないことを知り、自然と理由を尋ねてしまう。僕の問いかけに少し苦笑いしたアハトは、テーブルに置かれた小さなランプの炎を見つめながら、ぽつりぽつりとその理由を語り始める。
「国境警備兵になる前、俺は冒険者だったんだ」
アハトは話の冒頭、自分が冒険者ギルドで依頼を受ける冒険者だったと言った。ランクは経験が長かったのもあり、いつしかAランクまで上り詰めたらしい。ランクの評価はパーティー全体の評価であるためか、僕がそれを褒めると、自分だけの実力ではないと謙遜するアハト。パーティー内では前衛として、剣を振るっていたらしい。
「俺たちは五人パーティーだった。そこで妻になる女と出会った」
「えっ!? ご結婚されてたんですか」
彼には妻が居た。
名前をソニアと言い、ジョブは【パラディン】という盾職。パーティーの紅一点であると同時に、防御の要だった彼女は、隣で剣を振るうアハトと前線で戦い、いつしか恋に落ちた。
「冒険者ギルドの長には、警告されてたんだけどな。同じ冒険者で夫婦になった奴らは、覚悟しとけって」
「覚悟?」
昔を思い出すように微笑むアハト。固い口調だった言葉使いは、当時のそれに戻っていったのか、時折ラフな話し方が混ざり始める。
そう言えばその奥さんであるソニアは、今は何をしているのだろうか。そう思った僕は、この後に聞く話で全てを悟る。
「早い話が、冒険者同士でくっついちまったら、いずれどちらかが死ぬって場合もあるってことさ」
「あ……」
そう言って空を眺めるアハト。
空には星ひとつ見えない暗闇が広がっている。
ふう。と息を吐くアハトが、空から視線を落とし、再びランプの炎を見つめ、話を再開する。
「あるとき、俺たちに緊急のクエストが指名で発注されたんだ」
緊急クエストとは、ある一定の評価を受けた冒険者パーティーが、ギルド指名で発令されるクエストのことを差すらしい。Aランクとして名が売れ始めていた彼らのパーティーは、とうぜんそれを受けることを選択した。
それが間違いだった。
彼らのパーティーは、ソニアの不調により防御面が瓦解し、あっという間に窮地に追い込まれてしまう。Aクラスである彼らが受けたクエストの内容は【火竜の洞窟】最下層にある秘宝を手に入れることだった。別国の冒険者である彼らにそのクエストが託されたのは、【パラディン】であるソニアの名声を知った、アスラマサクスの国王自らの依頼だったらしい。そんな栄誉を断ることも出来ずに、不調を隠していたソニアが最初に倒れた。
「そのときはまだ命があったんだよ。なんといっても【パラディン】は丈夫さが命だったからな」
パーティーメンバーに不調を隠していたソニアは、ひん死の状態になりながらも仲間を守るべく、ミスリルの大盾を構えながら、最下層のボス【炎々の竜王】からの攻撃に耐え続けたという。
どうにか態勢を整えたパーティーは、アハトの攻撃のおかげもあってか、徐々にボスへの反撃を開始した。しかし、それも長くは続かなかった。彼のパーティーはその後、終焉を迎える運命をたどり始める。
「もうちょっとだったんだ。奴を、【炎々の竜王】を倒せるはずだったんだ。それが奴の最期の一撃を受けたソニアが、その場に倒れたことで変わってしまった。あんなに弱り切った奴の一撃くらい、いくらひん死の状態だったソニアとはいえ、ミスリルの大盾の防御力なら、難なく受け止められたはずなのに」
当時を思い出し、歯噛みするアハト。
最愛の妻が倒れ、パーティーが崩壊する最期をその目で見続けた彼に、なんと声をかければいいか思いつかない。同じ境遇を経験した者でしか、彼の目に映る世界を知ることは出来ないのかもしれない。
「それからはあっという間だった。ソニアのあと、パーティーの回復役だった【聖職者】が奴の炎で焼かれ、俺たちは火傷ひとつ、治すことさえ不可能になった」
アハトはそのあとの状況を淡々と語る。
防御の要と回復の要。そのふたつの重要な役目を担う者たちを、次々と失くした彼らに、戦線を維持出来るはずもなく、一番体力のない【盗賊】と【ソーサラー】たちは、火傷のために動くことが出来ず、【炎々の竜王】に踏みつぶされてしまった。
「残ったのは俺だけだった……。正直信じられなかったよ。仮にもAランクである俺たちが、多少苦戦を想定していたとはいえ、負けるはずがないと思っていた奴に、一瞬のスキを突かれて全滅させられるなんてな」
テーブルに置いた彼の拳が、強く握りしめられる。
未だ消えぬ未練と怒りが、彼の瞳を憎悪に染める。
それは、遥か遠くにいる怨敵に向けられているのか、目下で光を放つランプの炎を、宿敵に見立てているのか、その瞳はじっと炎を見つめたままだ。
「そ、それが星と、どんな繋がりに……?」
空気を読めなかった僕が、思わずアハトに話の続きを急かしてしまう。だが、彼にとってはそれが良かったのか、憎悪に煮えたぎった瞳はふっと元通りになると、その視線を僕へと移し、はははと笑う。
「ありがとう。主殿のおかげで正気を取り戻せたよ」
やはりアハトは、どこかおかしくなりかけていたらしい。僕に笑いかける彼は、要望通りに再び話を戻す。
「俺は動かないソニアを担いで、どうにかその場を逃げ出した。他の仲間もと思ったが、みな肉塊になっちまったから、さすが連れ出すのは不可能だった」
アハトたちは、【炎々の竜王】の討伐に失敗した。
屈辱のなか、彼は妻だけを連れて逃げ出したのだ。
仲間を失い、そして最愛の妻も、自分の腕のなかでその命を散らそうとしている。その瞬間、絶望に打ちひしがれた彼の心境は、赤の他人では計り知れないだろう。
「今でも後悔している。なんであのとき、あいつの……ソニアの最後の言葉を聞いてしまったんだろうかってね」
「最後の言葉……な、なんで……そ、それって大事ですよね? 普通は聞きたいんじゃ……」
彼の言葉に反発心を覚える。
最愛の人の最後の言葉なんだ。誰だって聞きたいだろうし、聞く権利もあるはずだ。なのに、アハトはそれを後悔していると言う。疑問が自然と口を衝く。
「うむ。少し話を変えよう。主殿が知りたがっていた星のことだ。主殿。この世には絶対に動かない星が、五つあるのをご存じか?」
再び普段の口調に戻ったアハト。
前世の知識では、北極星が唯一不動だったような記憶が。それが五つもあるって聞けば、やはり異世界ならではなのかと勘繰ってしまう。
「北の空には、この星の回転とは真逆に、同じ速度で回る星が五つあるんだ。動いているのだが、逆回転のため、まるで不動のように見えるのさ」
どうやらこの世界は天動説が基準となっているらしい。この大地を星と言った時点で、地球? ここがどんな名前で呼ばれているのかは不明だけれど、とにかく自転や公転といった知識はこの世界でも通用するらしい。逆回転の星があるのかどうかは、前世の記憶を辿ったが、覚えていなかった。
「俺は、その星に毎日祈りを捧げている。五人パーティーだった俺たちの仲間と、同じ数の不動の星を……これは俺の贖罪だ」
もはや星なのか、天に常設する何かの物体なのか、判断しかねるが、アハトはそれを信じ、祈りを捧げているという。それに文句をつけるわけでもないが、五つの星か……。あれ? 星は五つ。彼の仲間はソニアを含めて四人だったはず。ひとつ余分じゃないのか。
「星の話はそれだけだ。で、ソニアの最後の言葉なんだが――」
僕がそれに気付いたと同時に、アハトは再び話を元に戻す。その表情は沈み、今にも泣きそうなほどに不安定な状態にも見える。思わず彼に歩み寄りそうになるが、それを制するかのように彼は語り始めた。
「そのときのソニアの言葉をそのまま話せばこうだ」
そう言って彼は目を閉じた。
― アハト。愛しのアハト。
あなたを残して逝く私を、
あなたは許してくれないと思う。
私はあなたに秘密を隠していた。
私たちはふたりじゃない。
私とあなたの子がここにいる。
それを隠して戦った罰ね。
私はここで終わる。
この子もここで終わる。
私はあなたに許されない。
私はあなたからこの子を奪った。
怒っていいよ。
恨んでいいよ。
私の愛しいアハト。
ごめんね。
私をずっと憎み続けて ―
アハトが潤んだ目を開けた。
彼はじっと僕を見据えたまま言った。
「俺は当時Aランクになって浮かれていた。どんなクエストでも制覇して、名声を手に入れてやると。【火竜の洞窟】クエストを依頼されたとき、俺は愚かにもソニアに嫉妬したんだ。なぜ俺じゃなくて彼女が王に認められたのかってね。俺は是が非でもこのクエストで活躍して、ソニアより上だってことを証明したいと欲をかいた。それをあいつは肌で感じ取ったんだろう。何も言わずに俺の言う通りにクエストを受けてくれた。子供を身ごもっていることさえ、俺に話すことも出来ずに……」
アハトの瞳が淀む。
涙は流れ続け、後悔の念と必死に戦っている。何も言えなくなった僕は、それを黙って見続けるしかなかった。そして彼は再び話始める。
「俺はまだ見ぬ子どもと共に、愛する妻と仲間を同時に五人も失った。絶望した俺は冒険者を辞め、この国の国境警備兵として、五つの不動の星を祈りながら、一生を終えようとした。だが、あれから十五年。俺の周囲である変化が起きた。そこからは主殿も知っての通りだ。十五年。ちょうど彼女、ソフィーの年齢と同じだ。息子か娘かわからないまま失った子どもを、俺は彼女に、その面影を見ているのかもしれない。主殿がここに来るまでは、そんな不純な動機で従者という役割を受けた自分を、空を見ながら反省していたのさ」
「アハトさん……」
アハトがあのとき、ソフィーの従者になることを望んだ意味がわかった。それは彼の言う通り、子供の面影を彼女に見ていただけかもしれない。ただ、僕がひとつ思ったのは、それだけじゃないということだ。家族を失いそうな彼女に、自分がすべてを失ったときと、同じ思いをさせたくないのだと。
アハトの苦悩に満ちた、十五年という長い年月。
それは彼にしかわからない苦行だったはず。
五つの不動の星に祈りを捧げ、彼は決意した。
同じ境遇にならざるを得ないソフィーを守るため、彼は死んでいた自分の魂を、もう一度奮い立たせたのだ。それは決して不純な動機ではない。
アレックスは僕に彼女の家族を探すことを、宣言通り依頼するだろう。
しかし、それは僕ではなくアハトの使命なのだ。
彼はアレックスに依頼されなくとも、この任務を成し遂げるに違いない。たとえ死の危険があろうとも、彼はどんなことをしてでも、ソフィーを守り続けると僕は信じている。
いずれソフィーの願いは叶うだろう。
そう――彼、アハトによって。
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