第四十六話 アフェトンの姫君
「じゃあ、【奴隷契約】を結びますね」
黙って頷く黒狼族たち。
彼らの首にはまだ奴隷の絆はない。奴隷になる価値さえないということで、この奴隷商ギルド最下層にある、ゴミ箱部屋に落とされたのだ。その原因は彼らの片腕が欠損していること。戦闘奴隷として最適な獣人でる彼らにとって、片腕を失くすということは、その存在価値さえもなくなるという意味らしい。
果たしてそんな彼らを、わざわざ昼の部に連れ出したのは、誰だと問い詰めたいが、今更そんなことはどうでもいいか。ふと、あの気まぐれなオークショニアの顔が頭に浮かんだけれど、もう考えるのはよそう。
「あの、待ってください」
僕が【奴隷契約】のための呪文を唱えようとしたとき、鉄格子の外で待機していた、アルテシアが声をあげた。同じように外にいたメンバーたちも、突然の彼女があげた声によって注目しだす。
「どうしたの? アルテシア」
呪文の詠唱をやめて、アルテシアに問いかける。
なにか言いたげな表情の彼女が、壁にもたれかかったままの黒狼族たちを見つめる。
「奴隷になる前に、皆さんにお詫びがしたくて……」
「……あ、あんたよく見りゃ、あのときの……!」
明かりが少ない場所のせいで見えなかったのか、元気な黒狼族の男が、アルテシアにようやく気付いたようだ。自分たちの腕を切り飛ばした張本人が、すぐ目の前に立っていたことに驚く男。他の黒狼族たちも、男の言葉で彼女に気付き、じっと鉄格子の向こうを凝視する。
「ひいっ!」
「あっ……」
あのときの恐怖が蘇ったのか、アルテシアを認識したとたん、黒狼族の男は、すでに行き止まりになっている背後の壁へと、更に後ずさりを始める。
「すみません! 彼女はあなたたちに謝りたいって言ってるんです。だから少し落ち着いてください」
怯えさせたことに、動揺するアルテシアに代わって、彼らに謝罪の意思があることを再度説明する。うしろに下がった男を始め、他の黒狼族たちも心なしか怯えているのを見て、改めて広場での惨事を思い出す。
「お前ら、アルテシアが謝るってのに、なに怯えてんだよ!」
「だ、だって、あいつ、ヤバいんだから仕方ねえだろ……」
「……」
横から口を出すリサメイが、彼らを更に煽ったため、黒狼族が余計に委縮する。そして、怯える黒狼族の男に非難されたアルテシアも、黙って俯いてしまう。
これでは互いに平行線のままだと思った僕は、アルテシアに再度問いかけた。
「アルテシア。キミがさっき思ったことを、そのまま彼らに言えばいいんだよ」
「ヨースケ……さん」
顔を上げたアルテシアは、不安な表情だ。
僕はそんな彼女に頷き、自分の代わりに鉄格子へと彼女を引き込んだ。
「あっ」と、小さな声をあげ、僕に腕を引っ張られたアルテシアは、前につんのめりそうになりながらも、僕と入れ替わるように、狭い鉄格子のなかへと足を踏み入れる。四人の黒狼族は、彼女が近付いたことで、少し緊張しているが、さきほどよりはまだマシに見える。
僕のいきなりの無茶ぶりで、少し戸惑っているようすのアルテシアだが、振り返った彼女に黙って微笑むと、さすがに観念したのか、彼女は前を向き直り、黒狼族たちを見据えた。
「な、なんだよ……」
「あ、あの……腕を切り飛ばしたことは……その、も、申し訳なく思ってます。私のせいで皆さんが、こんなことに……。だ、だからヨースケさんの奴隷になって、あなたたちの腕を……わ、私も彼に無くなった腕を、元に戻してもらったので……」
「も、戻しただと!? じ、じゃあさっきの話は……ほ、本当なのか?」
アルテシアの言葉に驚く黒狼族。
僕の説明では納得しなかった彼らが、奴隷の絆を着けたアルテシアの実体験には、耳を傾けたようだ。やはり奴隷の立場での証言の方が、効果があるのだろうか。
「本当です。だから、あなたたちにもぜひ元に戻ってほしくて……あの……本当にごめんなさい」
黒狼族に深々と謝るアルテシア。
広場での出来事を思い出す。僕は、アルテシアの考えが納得出来ず、怒りに任せて彼女を怒鳴りつけた。そのあと僕自身、甘いと思った自分の価値観を、少しは見直した方がいいのかなどと悩んでいたけれど、彼女は彼女で、当たり前だと思っていた、敵への過剰な制裁を反省し、黒狼族たちへの仕打ちを後悔していた。
アルテシアの言葉を聞き、何かを考え込む黒狼族たち。相手を恨み、追い込むことを善と考える彼らは、きっと僕のような考えは理解出来ないかもしれない。だが、考えるきっかけを持つことは悪いことではないはず。
じっと押し黙る彼らの脳裏に、何が浮かぶのかはわからない。ただ言えることは、自分たちがやってきたことの結果が、今の彼らの状況だと言う事実。争いの果てに腕を失くし、奴隷になりそこねた彼らは、今、ここで人生の終わりを迎えようとしていたのだ。
それよりも彼らにとって、一番説得力のあることはひとつ。腕を元に戻すことだ。論より証拠、百聞は一見にしかず。四の五の言うよりも、実際にやって見せた方が、彼らにとって一番効果的だと思う。
「わ、わかった。俺たちはもう、あんたにとやかく言う気はない。頭を上げてくれ」
アルテシアが顔を上げる。
黒狼族とのわだかまりが解けた瞬間だった。アルテシアの表情に見えていた陰りは薄れ、黒狼族の緊張した顔つきも緩やかなものとなる。彼らと彼女の間に、ようやく対話による解決が果たされたのだ。
「じゃあ、始めますね」
少し笑顔になったアルテシアと入れ替わり、また鉄格子のなかへと戻った僕は、彼ら黒狼族との【奴隷契約】を再開することにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
《対象の【ステータス】に、状態異常として欠損部位を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》
黒狼族四人のうち、最期のひとりをアナウンスが促す。すでに他の三人は、自分たちの腕が元に戻ったことにより、お互いの回復を称え合っており、残すは一番元気だった男のみ。その彼も仲間の回復を横目に、表情も柔らかいようす。
今回、彼らに対してスキルを使ったことで、新たにわかったことがある。【リセット】により元に戻るのは何も状態異常、四肢欠損の復元や、壊れた物の修復だけではないということだ。
出血により著しく体力を消耗させていた黒狼族の三名。【リセット】を行使したのは、先にこの三名だった。自分よりも彼らを優先してくれという、唯一元気だった黒狼族の男からの要望を受け、疲労困憊だった彼らに対して、スキルを行使したところ、腕だけではなく、尽きかけていた体力をも元に戻せたのだ。
これで今後、アルテシアたちが戦いによって、疲労した場合にも、【リセット】を使うことで体力を元に戻せることもわかった。かと言ってそんな状況、起きなければそれに越したことはないのだけれど、もしもの場合もあるし、知っておいて損はないだろう。それよりも最後のスキル実行だ。
「使用する!」
再び四回目の閃光が僕らを包む。
短い瞑目のあと、元に戻った彼のようすを窺う。
「ほ、本当に戻ったのか……!」
元に戻った自分の腕を、まじまじと見つめる黒狼族の男。狼頭の彼らの表情は、人のそれとは違うが、明らかに笑顔と受け取れるような顔つきだ。ふさふさの尻尾も、心なしか左右に揺れているように見え、彼の機嫌が良いのだとわかる。
「こいつは奇跡だぞ!」
「俺たちの腕が戻ったんだ!」
「これでまた元の生活に戻れるぞ!」
「……」
それぞれが歓喜するなか、一番最後に回復した黒狼族の男だけが沈黙している。そのようすが何かを決意したように見えるのは気のせいだろうか。
「「……」」
他の黒狼族たちも沈黙する男に気付いたようだ。
その男が自分を注目する他の三人を見渡すと、彼らは黙って頷いている。そして、僕の方へと黒狼族全員が向き直る。
「ど、どうしたんですか?」
思わず彼らに声をかけるが、沈黙したままの黒狼族たち。すると、そのうちのひとりが、急に僕の前に跪いた。
一番最後に【リセット】によって腕を取り戻した男。仲間思いだった彼が、僕に跪いた状態で僕の顔をじっと見つめる。
「あんたの言っていたことは本当だった。まさか俺たちの腕が戻るなんて……き、奇跡だ」
黒狼族の男が僕の目を見てそう言った。
他の黒狼族たちもその言葉に頷いている。やはり彼らには実際にやって見せた方が効果的だった。
「俺たちはこれからあんたの言う通りにする。黒狼族は恨みを糧とする種族だが、そのまた逆もしかり、一度恩を受けた相手には絶対服従を誓う」
「――!」
初めて知る黒狼族の別の顔。
彼らはあれほどの執念を持つ種族であるにも関わらず、その真逆の心理に対しても忠実らしい。恨みと恩義。相反する執着心が、今回は良い方向へと傾いたらしい。
「ヨースケ兄貴! あっしらにご命令を!」
「ええええっ!?」
いきなりの変わりよう。
あ、兄貴って……。
黒狼族たちは、代表の男のあげた声により、全員が一斉に尻尾をバタバタと降り出し、まるで命令を待つ犬のようにその場に跪く。狼だから似てて当然なんだろうけれど、少し可愛いと思ってしまった自分が悔しい。
「ほお。あの暴れん坊の黒狼族がのお」
「ちょっと可愛いとこあるじゃない」
そう評するのはドレイクとメイウェイ。
鉄格子の外で黒狼族の変わり身の早さに驚いている。他のメンバーも同様で、ある意味有名な黒狼族の別の顔に、さまざまな反応を示す。
「おーし、お前ら。主さんのおかげで腕も元に戻ったし、頑張って働いてもらうぜ」
「な、なあ。さっきから兄貴の隣にいるその人獣の女。あっしらに妙に偉そうなんですけど、いったい……」
「え? ああ。実は――」
姐御肌のリサメイに反発心を覚える黒狼族たち。
そんな彼らに、彼女が同じ依頼先で働く仲間であることを伝える。そして、その正体も。
「ええええっ!! 黒豹族の長の娘!?」
「マジかよ! てか、白銀だし、顔も……」
「そ、それも兄貴のスキルのせいですかい」
「か、神の呪いって……」
四人それぞれが、リサメイを見て驚きの声をあげる。その一番の原因は、自分たち黒狼族に似た種族である黒豹族の変化だろう。【神の呪い】を解かれ、真の姿である白豹族になった彼女。獣人のなかでも特に寿命の短かった彼女にはもう、短命で命を失うことはない。それどころか人族よりも長寿なのだ。
当然、同じ獣人である、黒狼族の彼らにも、同じ【神の呪い】による【加齢制限】がかかっていた。ただ、リサメイほどに切羽詰まった状況ではなかったため、今回の【リセット】では彼らの【神の呪い】を解くのを見送っている。いきなり腕だけではなく、呪いまで解くのはさすがに彼らの混乱を招くだろうと思ったからだ。
「そういうわけで、今後はこのリサメイと一緒に、ローザの下で働いてもらうことになります」
「そ! これから、よろしくな。お前ら」
「「……」」
リサメイの快い挨拶に、なぜか黙り込む黒狼族たち。どちらかと言えば彼女に怯えているようにも見えなくもない。そのうえ、四人それぞれが顔を見合わせ、何か言いたげなようすだ。
「皆さん、どうかしたんですか?」
「……く、黒豹族の長の娘っていや、獣人のなかではちょっとした有名人でしてね。実は、俺たちが所属する、獣人の国アフェトンの姫でさあ」
「「アフェトンのひ……姫!?」」
黒狼族の男の言葉に全員が驚く。
そして全員がリサメイに注目する。
「な、なんだい、みんなしてジロジロ見てさ」
「い、いや、お姫さまって……そ、そんなひとを奴隷に……」
僕の呟きに、他のメンバーも大きく頷く。
それはそうだろう。他国の姫君を奴隷にしたんだ。そのうえ、定期便の護衛にしようとしているのだ。下手をすれば国家間の大問題に繋がりかねない。というか、獣人の国アフェトンって、どっかで聞いたな……。
― ブルトン侯爵か。
獣人の国アフェトンの重臣だ ―
頭の片隅でアレックスの言葉が浮かぶ。
アフェトン……そうだ! さきほどの闇奴隷オークションにいた、ブルトン侯爵の国のことだ。ソフィーを落札するために、白金貨七十枚も出そうとした男。アレックスの言った彼の国が、たしかアフェトンだったはず。それよりも気になるのが、あの男は、自国の姫がオークションで奴隷として競売にかけられているのに、平然と別の落札に勤しんでいたことだ。
それと同時に、リサメイの素性も思い出す。
アフェトンの長である、国王直々に奴隷に落とされた彼女。その辺りを思い出し、なにやらきな臭さを感じてしまう。あのブルトンは姫であるリサメイが、奴隷として売られるのを監視に来ていたとか?
照れくさそうに笑う、獣人の姫君を見ながら、そんな疑念が浮かぶ僕だった。
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