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第四十四話 リサメイの提案



「ご、ごめんな、主さん。つい……」


 すっかり生まれ変わったリサメイ。

 ようやく気が済んだのか、それとも正気に戻ったのか、自分の大胆な行動を恥じるようにして、僕に詫びる。彼女もそうだが、とにかくこの世界の女性は、スキンシップが多いのではないだろうか。


 前世でもめったに異性と触れ合えるようなことがなかったのに、ここに転生してから、やたらと抱き着かれているような気がしないでもない。


 別に悪い気はしないが、こういうの外国人同士のハグのようなノリは、日本人だった僕にとっては非常に不慣れな習慣だ。したがって、慣れるには時間がかかりそう。


 まだ出会ったばかりだけれど、普段の彼女はもっとサバサバしているのだろう、こんな風に相手に抱きつくことにも慣れていないのか、真っ赤な顔で照れている。さっきの行動もきっと、感情が高ぶっていたからに違いない。良かった。同じ感覚の人がいて……。


 他のメンバーも遠巻きに、僕の【リセット】のようすを伺っていたのだけれど、リサメイの呪いが解けた当初は、あまりの変わりように驚き、その場で固まっていた者が多く、しばらくしてようやく状況を理解したの彼らは、おそるおそるといった感じで、僕らに近付いてきた。


「う、うんビックリしたけど、僕は平気だから」

「リサ姉チカラ強すぎ! マジで全然ビクともしなかったし」


「あの、リサメイさん、出来ればもう、あんなことは……」

「あ、ああ、も、もちろんだ! に、二度とあんな恥ずかしいマネなんて、し、しないからさ」


 リサメイを僕から離そうと健闘していたふたりも、ようやく落ち着いた彼女に苦言を呈している。頭を掻きながら照れくさそうにするリサメイは、チラチラと僕を見つつ、ふたりにも謝っている。


 別に差別とかするつもりはないけれど、頭が豹だった頃に比べて、今のリサメイの表情はとても豊かになった。人族と変わらないその容姿は、以前の凛々しくがっしりとした筋肉質の彼女とは違い、しなやかな女性らしい見た目に変わってしまった。もしかしてあの筋肉は、レベルが制限によって蓄積された経験値が行き場をなくし、あげく筋肉に変異してしまったなんて話だとしたら、ちょっと怖いものがある。ちなみに胸の大きさは、レベルアップの方へは行かなかったのか、そのまま健在でした。


「あーっ! お兄さんリサ姉のこと、ヤラシイ目で見てるっしょ! わかるんだからね!」

「バ、バカ! そんなことないって」


「えーそんなにあたし変わったかあ~? えへへ」

「ヨースケさん、不純です!」


 ジーナの余計なツッコミに、まんざらでもないようすのリサメイ。その隣にいるアルテシアのジト目が怖い。ちょっと見惚れていただけなのに……。


「呪いを解くだけで、えらく変わってしまったのお。黒豹のお嬢ちゃん」

「またライバル増えた……しかも美人」


 ドワーフのドレイクが、自分よりもはるかに背の高いリサメイの足元をぺしぺしと叩きながら、感心したようすで見上げている。隣に立つメイウィンは、えっと……ノーコメントで。


「リサメイさん、素敵です!」

「とんでもなく美人になってしまったな。リサメイ殿」


 最初、【リセット】をリサメイに使うことを心配していたソフィーも、生まれ変わったリサメイに、まるで憧れの女優を見るかのような眼差しを送っている。その隣では、アハトが少し上気したようすでリサメイを褒め称えている。まあ、確かにリサメイは美人だし、女性から見ても別格なのかもしれない。いや、あくまでも一般論だから、僕個人の意見じゃないから。ジッとこっち見てるけど、ホントだからアルテシア。


「でも、こんな強くなったリサ姉なのに、そのローザって依頼者に引き渡してしまうんだよね? てか、それって、ちょっともったいなくない? お兄さん」

「え? あ、いや……」


 現在、僕の身を守るって意味で、専属の奴隷になってもらっているのは、アルテシアとジーナのみ。ここへリサメイが加われば、確かに僕としても安心するところはある。この世界には僕の力ではとうてい太刀打ちできない奴らもいる。この前、路地裏で争った男だってそうだ。


 しかし元々はローザの依頼で、この闇奴隷オークションに参加したのだ。最初にふたり確保したはずが、成り行き上、アハトはソフィーの従者になってしまった。そしてその上、リサメイまで自分たちの都合で仲間にしてしまったら、いったい何のためにここへ来たのかわからなくなる。


 別に奴隷ディーラーとしての品格を、重要視するつもりはないけれど、良い奴隷が現れるたびに自分の奴隷として確保するっていうやり方は、あまり好きではない。それよりも依頼された以上、出来るだけ相手の意向にあった人材を、確保してあげたいという気持ちの方が、僕のなかでは強い。


 ジーナの言葉に返事を返そうとしたとき、すぐ近くでソフィーと雑談していたリサメイが、ふいにこちらを振り返った。


「主さん。アタシは依頼されたところに行くよ」

「リサメイ……」


「マジで言ってんのリサ姉。それでいいわけ?」

「ああ。主さんは依頼であたしを落札したんだろ? じゃあ、あたしがそこに行くのが、スジってやつじゃないか」


 僕のほうを見ながら、ウインクするリサメイ。

 ジーナは理解しがたいみたいだけど、本人は奴隷ディーラーとしての僕の立場を理解してくれているのか、彼女は奴隷として依頼先に行くことを拒絶することもなく、黙って受け入れようとする。せっかく呪いも解け、これから第二の人生が待っているであろう彼女を、ホントはここで解放することだって出来るはずなのに、あえてそれを言わない僕も、ずいぶんと奴隷ディーラーとして板についてきたらしい……。


「それに、以前の姿ならまだしも、こんなに変わっちまったんだ。今更仲間たちと同じ人生なんて歩めないしさ。仕事があるなら、別に奴隷のままだって構わないよ」

「リサメイさん……」


 アルテシアも思う所があるのか、リサメイの言葉に何か言いたげなようすだ。同じように戻る場所の無い彼女たちは、奴隷として生きていくという同じ決意をした者同士、何か通ずるものがあるのかもしれない。


「リサメイ殿、すまない。本来なら俺もそちら側だったはずなのに」


 リサメイの決断に、当初、奴隷として彼女と共に、ローザの下へ行く予定だったアハトが頭を下げる。そんな彼の肩を優しく叩きながら、リサメイが笑う。


「はっはっは。なーに言ってんだよ、アハト。あんたも言い方は悪いけど、そこのソフィー嬢のお守りだろ? それじゃあ奴隷あんま変わらないじゃないかあ。くっくっくっ。 だからこっちのことは気にするなって」

「リ、リサメイ殿……」


「もお! リサメイさんたら酷いですぅ!」


 軽く皮肉られてしまったことを、リサメイの気遣いだと知るアハトも、彼女につられて苦笑気味だ。隣ではまだまだ子供なソフィーが、その言葉を額面通り受け取ってしまったのか、少しむくれている。


「で? あたいの仕事って、いったい何やるんだい。主さん」


 一通り落ち着いたところで、リサメイが本題に入る。そういえば、まだちゃんと彼女に、ローザに依頼の件を説明していなかった。


「ああ。実は、この街にある武器屋の主人に、王都との定期便を護衛する戦闘奴隷を、数名ほど用意してほしいって頼まれたんだ」

「武器屋? ああ! あのローザかい」


 唯一の武器屋だし、知っているのも当然だろう。こちらから言わなくても、リサメイの口からローザの名前が出てくるくらい、ここではローザの名前は有名らしい。それと同時に、それなら話が早いと安心する。


「へえ。あの婆さんの定期便の護衛か……。まあ、悪くないね」

「ワシらの国にもローザの武器屋があったぞ。今はどうなっているか、わからんが」


 仕事内容に問題はないらしい。リサメイがニヤリと笑った。その近くにいたドレイクの話によれば、崩壊したベナトゥレス王国にも支店があったようだ。それを知り、改めて彼女の店の規模に驚く。


「今回は王都との定期便らしいから、規模も大きいみたいだし、リサメイ以外にもあと数名必要なんだだよ」

「ふむ。あと数名か……」


「ん? 誰か心あたりの人とかいるの?」


 王都への定期便と言っていたし、数名必要ともローザは言った。しかし、アルテシアと同等か、それ以上の力を持ってしまったリサメイでは、過剰防衛にならないか心配だ。最悪、見つからない場合、彼女だけでも良いかなと思っていたけれど、僕の数名という言葉に引っかかるのか、少し思案するリサメイに、思わずそう尋ねてしまった。


「いや、そう言えば、昼の部で散々野次られていた連中が居たなって、ふと思い出しただけさ。あたしらと一緒に詰所から連れてこられたのに、奴らだけ昼の部に引っ張って行かれて、結局売れなかったらしいけど」

「えっ……それってもしや、黒狼族?」


 リサメイにとっては、何の気なしのつもりで言ったのだろうが、僕らにとっては違う。聞けば、彼女の話し方からして、どうみても彼らしか思いつかないであろう、僕らにとって因縁のある相手。間違いなくそれは、黒狼族の四人組だ。


「なんだ主さん、知り合いかい? じゃあ、話は早いね」

「え? ま、まさか……」


 僕が彼らの種族名を出すと、リサメイがパッと明るくなる。いや、まさかね。


「何なら、あいつらで良いんじゃないか? その残りの枠。売れ残りならあいつらもうタダだろうし、 元手かからないから、絶対そっちのほうが良いって」

「うわぁ……やっぱし」


 リサメイの提案は、僕の予想した通りだった。

 アルテシアに突っかかり、あげく片腕を飛ばされてしまった不運な連中、黒狼族。まさか彼らの話がここで出るとは思わなかった僕は、思わず天を仰いでしまう。なんだかんだ、彼らとは縁があるのか、僕はここらで腹をくくるべきなのかもしれない。


「リサ姉、チョー合理的だね……」

「……」


 めずらしく引き気味のジーナ。

 アルテシアは少し気まずいのか、黙ったまま下を向いている。そんな彼女に、僕はあえて問いかけてみる。


「アルテシア。キミはどう思う?」

「――!」


 僕の問いかけに、アルテシアがハッとなり、こちらを見上げた。その顔は広場で黒狼族の腕をぶった切ったときの表情とは違い、僕と土砂降りの雨のなかで言葉を交わしたあとの彼女だった。



 ― 相手も私を殺そうとしていたのですよ ―



 彼女の言った言葉を思い出す。

 目には目を、歯には歯を、

 そして、死には死を。

 そんな考え方を僕はあのとき猛烈に嫌った。


 今の彼女は、あのときそれを怒った意味を理解してくれたのか、その後の路地裏での死闘、黒狼族たちの襲撃において、彼らを再起不能に追い込むようなことはしなかった。それは僕の単なる甘い理想であったかもしれないはずなのに、それどころか彼女は、あの最初の広場での事件を、まるで自身の黒歴史かなにかとでも思っているような節さえあるのだ。そして案の定、彼女は僕の問いかけを否定しようとする。


「わ、私に意見などする資格なんて――」

「いや。キミだから聞くんだ。彼らをどうしたい?」


「――!」


 僕はアルテシアに食い下がった。

 彼女に目を背けて欲しくなかったからだ。


「アルテシア。キミが決めるんだ」


 アルテシアの意思で決めたかった。

 僕が勝手に決めた、惰性や道場による救済では意味がない。彼ら黒狼族は、彼女によって救われるべきだと思ったからだ。自分の意思で彼らを救ったと思えば、きっと黒歴史さえ払拭できるはずだと。そう信じて彼女の返事を待つ。


 そしてそのときは意外とすぐに訪れた。


「……!」


 アルテシアの眼差しが変わった。

 一度俯き、何かを決意したようすの彼女は、もう一度顔を上げると、僕を見つめながら力強く答えた。


「……救いたいです。ヨースケさん。私は……彼らに報いたいです!」

「……うん」


 アルテシアの真剣な眼差しに僕は安堵する。これでもう、このさき黒狼族の名前が出てきたとしても、彼女は二度と俯くことはないだろう。僕は静かに彼女に向かって頷いた。


「よし、行こう。彼らのいる場所へ」

「予定変更だね! おーい全員集合!」


「急ぎましょう。()()()()という者たちが来る前に」

「お! なんか三人共、急に張り切り出したね。そんなにあたしの意見が良かったのかい」


 本来ならば、このあとの予定は、レイウォルド氏のところへドレイクを紹介するはずだった。それが急きょ予定変更になり、あろうことか自分たちにとっては因縁ある相手、四人の黒狼族がいる場所、奴隷処理施設。通称ゴミ箱部屋に向かうことになった。もうこうなった以上、彼らとは切っても切れぬような縁があるような気がしてならない。


 リサメイの何気ない提案により、まったく予定していなかった状況へと流されてしまった僕ら。オークション会場から地上へと向かうはずが、なぜか奴隷商ギルド最下層にある、黒狼族たちが収容されている施設へと、階段を下りていくことになった。

 


  

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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