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第四話   金欠奴隷ディーラーのお仕事探し

2024.10

すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。



「毎度ありがとうございました」


 受付嬢から勧められた店を出る。

 丁寧なあいさつに見送られ、ペイルバインの通りに立つ。

 辺りはすっかり暗くなり、この時間に街を行きかう客層は、僕らのような急を要する買い物客か、今宵の酒場を探す冒険者たちくらいしかいない。

 ここペイルバインは、前世にあるような眠らない街ではなく、まとまった区域に夜の店が集約されているらしい。

 なので、閑静な居住区で人々がすでに眠りについているのが普通なのだと、立ち寄った店の店主から聞いた。


 ただその分、朝が早いのだと。

 まだ陽の上がらない時間から、すでに働いている者も多く、大広場では、ほぼ毎日、朝市などが開かれているとのこと。

 そう考えると、異世界の住人は案外、真面目な人種が多いのかもしれない。

 まあ、剣と魔法の世界なので、犯罪の率は断然こちらの方が高いと思うけど。

 

 レンガ造りの街並みをアルテシアと歩く。

 彼女には、もう屋根伝いはごめんだと断りを入れる。

 だからといって、早く帰れるのにと、少し口を尖らすのは可愛いから勘弁してほしい。


 もちろんアルテシアの服は購入した。

 そして、思いのほか魔導書にあった、ペイルバインの地図が役に立った。

 きっと、この街での生活に欠かせないモノになったはず。

 受付嬢には大変世話になったと、ふたりして感謝しっぱなしだ。


 ちなみに今回購入したアルテシアの服は、チュニックワンピースというらしい。

 ただのチュニックだと、上下別々に購入しないとイケないからという、アルテシアと店主の薦めで買ったモノだ。


 服の値段は銀貨一枚。

 中古で申し訳ないのだけれど、今はこれが精一杯です。

 シーツしかまとっていなかったアルテシアに袖を通してもらうと、少し喜んでもらえたようなのでヨシとしよう。

 スカート丈も膝辺りまであるので、ようやく目のやり場に困ることもなくなった。


 あと購入したのはそれだけじゃない。

 チュニックワンピースを腰で締めるベルトを一本。

 これはアルテシアの希望で戦闘用のベルトを購入した。

 ただのベルトと、どう違うのかとたずねると、剣を吊るすホルダーがあるのだそうだ。

 なるほどと自分のベルトを確認したが、僕のは普通だった。

 彼女は以前に武器を持ったりしていたのかな。

 値段は服よりはさすがに安く、大銅貨五枚。


 そしてアルテシアの足を守る、革のブーツを一足。

 僕のブーツとは違い、膝まで覆い隠すほどの長いタイプだ。

 これも大銅貨五枚だった。


 それらを身に着けたアルテシア。

 どれも中古だけれど、よく似合っている。

 ただ、最後にどうしても、中古で済ませるわけには、いかないアイテムがある。


「あ、あの……買って来ました」

「お、おかえりっ! は、早かったね……」


 アルテシアには、ひとりで買い物に行ってもらった。

 さすがに僕も一緒にっていうわけにはいかない代物。

 

 それは下着のことだ。

 当然この世界にだって下着は存在している。

 僕も最初に確認したら、ちゃんと履いていた。


 他の装備品を買った店で、銀貨一枚あれば、いくらか新品が揃えられると聞く。

 それじゃあと、アルテシアに銀貨一枚の予算で、必要な分を買ってきてもらった。

 

「ぎ、銀貨一枚で足りた?」

「は、はい……あ、ありがとうございます」


 赤い顔をして俯くアルテシア。

 そんな顔をされると、余計にこちらも意識してしまう。

 デリケートな内容のため、すぐに話題を変える。


「まあ、とりあえず衣装がそろって良かった」

「あっ、ご、ごめんなさい! 私ばかり負担をかけて……いつか必ずお返ししますので」


「あっ! 決してそんな意味で言ったんじゃないからっ! こ、こちらこそ気を遣わせてごめんなさいっ」


 余計に気まずくなった。

 そうだよなあ。

 奴隷ディーラーなら、ある程度お金持ってると思うよな。

 うーん、どうせバレることだし、今のうちに言っとこう。


「金……欠、ですか?」

「あはは。実は訳あって今、お金なくて……」

 

 アルテシアが少し驚いた表情で僕を見つめる。

 ううう。視線がツラい。


 あーあ、幻滅されただろうなあ。

 お金もないのに、奴隷契約しちゃったんですかーとか。

 いや、つい最近まであったんだよ? 大金が。

 でもまさか、道案内の少女に、まんまと奪われたなんて言えないし。

 まあ、元々自分のお金でもないんだけれど。


 懐をゴソゴソと探り、貨幣の感触を確かめる。

 手持ちは残り銀貨五枚。これだけでどのくらい生活出来るのか。


 不安そうな顔がバレたのか、アルテシアに心配そうな顔で見つめられる。


「だ、大丈夫! な、なんとかするよ」


 なんの根拠もないカラ元気だ。

 しかも、そんな僕の空気を察したのか、アルテシアの表情はますます暗くなる。

 

「あ、あの……やはり、私をお売りになるんでしょうか」

「え?」


 アルテシアの不安事はどうもそれらしい。

 彼女は僕が奴隷ディーラーだと知っている。

 奴隷ディーラーは、奴隷を売買してナンボのジョブだ。

 僕にお金がないと知れば、当然自分が売られると普通は考える。

 そんなことにも気付かず、僕は彼女をずっと不安にさせていたんだな。

 

「いや、ごめん、心配させて。僕はそんな風にキミのこと考えてなかったから……」

「あ、す、すみません。て、てっきり……私はもう役目を終えたのかと……」


 奴隷を扱うのに、ふた通りの方法がある。

 前者は、奴隷を奴隷ディーラーから買うこと。

 後者は、奴隷ディーラーが売買目的で買うこと。


 前者だったら、アルテシアさんにも、そこまで気を揉ませることはなかったはず。

 必要だから奴隷として購入されたわけで、すぐに売られるはずもないからだ。

 

 ただし、後者の場合は違う。

 奴隷ディーラーは、仕入れた奴隷を出来るだけ早く捌きたい。

 自分で囲っていると、衣食住に費用がかかるのだ。

 儲けるためには、なるべく費用をかけずに高値で売るのが普通なのだろう。


 僕の場合、アルテシアには登録のため、奴隷になってもらった。

 そして無事、奴隷商ギルドにも入会出来たのだから、彼女が僕といる理由はなくなったのだ。

 そのうえで、後者寄りの僕が金欠だと知った彼女の結論はひとつしかない。

 でも――


「奴隷商ギルドに入会したのは、金欠解消のためです。冒険者ギルドで仕事をするには、先に固定ジョブのギルドに入会しないとって聞いたんで。だからアルテシアさんを、絶対売ったりしないし、てか、したくない」

「……ヨースケさん」


 真っすぐアルテシアの目を見て言った。

 僕の考えをちゃんと知ってもらいたかった。

 その勢いに押されたのか、彼女も少し赤い顔で僕を真っすぐ見つめる。

 

「あ、ありがとうございます」

「アルテシアさん」


「……私は、あなたのおそばに居たいです」

「えっと……た、助かります。ぼ、僕、超弱いんで!!」


「え?」

「アルテシアさんのスキル、すごかったです! あんなの僕にはないですし、守ってもらうってのも、少しカッコ悪いんですが、居てくれるとすっごく安心ですっ!!」


「……」


 アルテシアを引き留める良い理由を思いついた。

 あのスキルもそうだし、彼女はきっと僕より強いはずだ。

 一緒にいる理由を、僕のボディーガードってことにすれば、

 奴隷という立場を気にしないでもらえるんじゃないかと。


「……そういう意味じゃ……ないのに」

「えっ?」


「ううん……何でもないです……わかりました。あなたをお守りいたします」

「良かった! では、よろしくお願いしますっ!!」


 僕の提案をアルテシアが受け入れてくれた。

 転生したこの世界で、頼れる相手が出来たのだ。

 情けない話だけれど、剣と魔法の世界で、無力な僕は何も誇れるチカラがない。

 正直、今日一日で何度新しい人生に失望したことか。


 でもアルテシアと出会えたおかげで、その人生にも希望が見えてきた気がする。

 彼女とこれからも一緒だと思うと、明日への活力というか、思わず武者震いしそうだ。


 「へっ……ぶしっ!!」

 「大丈夫ですか、ヨースケさん」


 違った。

 これは武者震いではなく、寒気だった。

 夜になったせいか、気温が少し下がったようだ。

 気が付けば通りには誰もいない。

 酒場目的ではない通り客は、もう僕たちだけのようだ。

 

「宿に戻りましょうか、アルテシアさん」

「はい、ヨースケさん」


 ペイルバイン、初めての夜。

 僕らは互いに必要とされているのを感じながら、暗がりの道をふたりして歩いた。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「チッ! 駆け込み客かと思ったら、奴隷屋か。ぬか喜びさせやがって」


 宿に戻ったとたん、気分が滅入る。

 案の定、カウンターでお金を数える途中だった店主に、嫌味を言われた。

 宿泊に訪れた客だと思ったが、僕でがっかりしたようだ。

 こちらも客なんだけれど。


 一気にやる気の失せたようすの店主は、うしろにいるアルテシアに気付くと、さらに舌打ちをした。


「ケッ! さすが奴隷屋だな。もう奴隷を引っ張って来やがった」

「――っ!」


 悪態しかつかない店主。

 アルテシアも不機嫌になるのが、背中越しでもわかるくらいだ。

 もちろん、僕だって気分は良くない。

  

 奴隷ディーラーを嫌うのは分かる。

 奴隷商ギルドで僕も嫌と言うほど思い知らされた。

 悪態のひとつやふたつ、つきたくなる気持ちは分からなくもない。

 でも、いくら嫌な客だからといって、態度があからさま過ぎるだろうに。

 嫌味な店主に対し、反論したい気持ちが思わず暴走しそうになった。


 だが、僕は努めて平静を装う。

 こういう輩は反論しても逆効果と知っているから。

 それにちょうど、宿主に尋ねたいこともあったのだ。


「あはは、た、ただいまです。あのー店主さん。もうひとつ部屋をお借り出来たりとか……ダメですかね」

「はあ? あんた、まさかそこの奴隷女のために、わざわざ部屋を別に取るおつもりで? くっくっくっ、奴隷屋のくせに、えらくウブじゃねーか。さてはあんた。女も知らん、お坊ちゃんかい?」


「――っ!」


 店主がさらに僕を罵倒し始める。

 いくら我慢しているとはいえ、酷い言われようだ。

 怒りたいが、ここで揉めると、やっぱり奴隷ディーラーは――などと言われかねない。 

 そう思い我慢していると、突然、僕の前を誰かが進み出た。

 

「ア、アルテシアさん……!?」

「は? なんだあ? 奴隷女が――」


「私はヨースケさんの奴隷、アルテシア。彼を守ることが私の使命! 彼に従うことが私の矜持! 彼に対するすべての暴力は私が許さない!」


 僕と店主の間を割って入ったアルテシアが、突然、口上を述べ始めた。

 それは彼女に感じたこれまでの優しい雰囲気から一変し、非常に厳しい口調へと変わり、凛とした態度で店主と対峙したのだ。


 まさしく僕の盾となったアルテシアの放つ熱い言葉に、思わずジンときてしまう。

 

「な、何を……ど、奴隷風情が! お、おおお、俺がいつ、奴隷屋に暴力を振るったんだって――」


 僕の奴隷(アルテシア)の醸す覇気に狼狽しながら、尚も反論しようとする店主。

 しかし、それを遮るかのように、彼女はカウンターにあった銅貨を一枚取って、軽く握りながら、ひと言――


「言葉も……暴力です」


 と、同時にアルテシアの手から、銅貨――だった小さな塊がこぼれ落ちていく。


「ひあっ!」


 落ちた銅の粒を見て、情けない声をあげる店主。

 それだけで十分な抑止力になったのは明らかだった。

 僕の尊厳を守ろうとしてくれた、アルテシアに声をかける。


「もう行こう、アルテシアさん」

「はい、ヨースケさん」


 うなだれる店主には悪いが、

 階段をあがる僕の足取りが、少し軽く感じた。

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「いえ、ヨースケさんこそ、ベッドで寝るべきお方です」


 アルテシアも、なかなかに頑固だ。

 先ほどから、どちらがベッドに寝るかの口論が続いている。

 当然、男である僕としては、彼女にベッドを譲るべきだと主張した。

 対して、私は奴隷だからと言い張る彼女は、床で寝ると言う。

 そしてしまいには、どちらもまだ眠くないとまで言い出す始末。

 

「あの、眠くないのでしたら、ふたりで明日の予定を決めませんか」 

「なるほど、それは良い考えだ」


 結果、明日の予定を決めることとなった。

 いや、またあとで同じことが繰り返されるのを、先延ばしにしたというのが正解か。


 ふたりでベッドに腰をおろす。

 実際に予定を立てるのは僕の役目だろう。

 アルテシアもそう思っているのか、僕の発言を待つ姿勢だ。


「やっぱり優先順位からして、冒険者ギルドかな」


 本日、奴隷商ギルドで登録はした。

 しかし、ふたを開けてみれば、あのギルドで稼ぐ仕事なんてなかった。

 あそこは言わば、奴隷ディーラーの保養所だ。

 まあ、ギルドカードがあるだけで、仕事が探しやすくなったのは事実。

 身元確認大事。


 というわけで、実際に仕事を斡旋している、冒険者ギルドに頼ることになった。


「あの、失礼ですが、ヨースケさんは、どのようなお仕事をお探しですか」


 いきなり返事に迷う質問が出た。

 冒険者ギルドと言っても、僕が前世のイメージで想像するものと、まったく違う場合もある。

 ダンジョン行ってー、モンスターを倒してー、素材を手に入れてー、ランクをあげてーじゃないかもしれない。


「あー実は冒険者ギルドってどんな仕事あるのか……分かってない。ごめん」

「ああ、それでしたら――」


 アルテシアが、ざっくりと冒険者ギルドについて説明してくれる。

 基本はクエストをこなして、報酬を得るの繰り返し。

 例として、魔物を討伐する。素材を集める。あとは要人の警護など。


 うん、聞かなくてもイメージ通りだった。

 だが、ひとつ問題があった。


「うーん、素材集めも魔物討伐も、戦闘職が必須なんですよね? ぼ、僕は難しいかな。まだ奴隷ディーラーもレベル1だし……」

「い、いちっ? ヨースケさん、レベル1なんですか!?」


「うっ! は、はい……お恥ずかしながら……」

「だって……ど、奴隷ディーラーって、レベル1であんなことが……出来るんですか?」


「え?」

「あっ、その……いえ、私に起こった奇跡が……」


 あーそれか。

 アルテシアが驚く意味がわかった。

 例の特殊スキルのことを言ってるんだろう。

 確か下級神ノアによれば、奴隷ディーラーにあんなスキルはないと言っていた。

 じゃあ、レベル1の僕になぜあんなことが出来たのか、彼女が疑問に思っても仕方がない。


 このまま黙っていることも出来るけど、アルテシアはこの先も僕と一緒にいてくれるんだよな。

 

「アルテシアさん」

「は、はい」


「前に特殊スキルの話をしたとき、暴走とか言ってましたけど、ごめんなさい。僕……嘘つきました」

「嘘? じ、じゃあ……あれは」


 アルテシアを信じる。

 僕が不可思議なスキルを持っていても、怖がったりしないと。

 嘘と言う言葉と、彼女は、やはり――と、言った表情になる。

 薄々分かっていただろう。あんな奇跡が暴走何かで、起きるわけがないことを。


「実は正直、僕もあの特殊スキル――【リセット】については、まだ知らないことばかりなんです。どうしてあんなことが出来たのか。確かにキミと奴隷契約したときに、あのスキルが連動したのは事実で、それを実行したのも僕です」

「――!! ああ、や、やっぱり……あなたが」


 暴走じゃないとわかり、改めて僕の意志で救われたと知ったアルテシアが、目に涙をいっぱい浮かべて喜びの表情を見せる。


「それと今から質問することに、正直に答えて欲しいんですが」

「えっ、あ、はい」


 アルテシアに、どうしても確認したいことがあった。

 それは、この世界に医療や魔法による、完全復活といったものが可能なのかということだ。

 しかし、それを聞いた彼女は首を横に振ると、僕の知りたかったことをゆっくりと話してくれた。


 この世界には回復魔法は存在する。

 ただし、それはとても限定的なものらしい。

 アルテシアのときみたいな、欠損した部分を戻すのは不可能だということ。

 せいぜい傷や体力の消耗を治癒する程度らしい。

 アイテムや魔道具も同じとのこと。

 もちろん、死者を甦らせたりする魔法も存在しない。

 ただ――


「太古の昔、欠損をも治癒する再生魔法があったとされています。でも、古の呪いによって失われたと」

「呪い?」


「勇者が倒したという、魔神の呪いだとか」

「ま、魔神……ね」


 うーん。そのあたりは神話かおとぎ話かもしれないな。

 とにかくその再生魔法が存在しない今、僕の特殊スキル【リセット】の存在は、この世界のバランスを崩しかねないということが分かっただけでいい。


「あの……やはりこれは秘匿すべき内容です」

「うん、出来ればふたりだけの秘密にして欲しいかな」


「そ、それはもちろんです。私は救われた側ですし、他言はいたしません」

「ありがとう、これから少しずつ、あのスキルのことを調べてみるから」

 

「はい、私にもお手伝いさせてください」

「もちろん。僕がわからないことを教えて欲しいです」


 アルテシアに話して良かった。

 彼女はこの世界で、数少ない信じるに値する人だ。

 この関係を大事にしたいと思う。


「あーまた冒険者ギルドの話の続きになるんですけど」

「はい、どうぞ」


「戦闘系のジョブじゃない場合でも、お金になりそうなクエストとかー」

「えっと……」


 出来れば危険なクエストは避けたい。

 奴隷ディーラーとしてではなく、僕、一個人として。

 そんな期待を込めてアルテシアをチラっと見たのだけれど、答えは一目瞭然だった。


「うわぁ……やっぱ、ないかあ……」

「はい……簡単な採取系のクエストでも、外敵から襲われる危険はありますから」


 それもそうだと納得する。

 剣と魔法の世界では、街の外は危険だらけだ。

 安全な仕事なんてそこには存在しないだろう。


 冒険者ギルドへのあてが見事に外れ、思わず頭を抱えてしまう。

 そんな僕を見かねてか、すっとアルテシアが立ち上がった。


「大丈夫です、ヨースケさん。私がいます」

「えっ」


「ヨースケさんに代わり、私がすべての荒事を引き受けますから」

「アルテシア……さん」


 その瞳に信念のようなモノを感じた。

 アルテシアの頼もしいかぎりの言葉。

 本当に大丈夫な気がしてきた。

 どうして彼女はこうも僕に――

 そんな疑問に戸惑いながらも、僕は彼女に問いかける。


「アルテシアさんて、いったい何者なんですか」

「――!」


 その言葉に、ハッとするアルテシア。

 少し俯いて考えごとをするような間があり、やがてこちらを見つめる。


「……そうですね。私のことを、まだお話ししていませんでした」


 ベッドから立ち上がる、アルテシア。

 それと同時に彼女の目前に、光るモノが浮かび上がった。



【名前】    

アルテシア・■■■■■■

【固定ジョブ】 

騎士 レベル32

【業】     

奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

人族

【年齢】    

17

【ステータス】 

良好

【装備】 

劣化したチュニックワンピース

革の戦闘ベルト      

傷んだニーハイブーツ 

【所持スキル】 

騎士スキル 高速剣 32

身体強化      32

状態異常耐性    常時

回復小       常時



「ステータス画面……あっ」


 アルテシアの前に現れたのはステータス画面だった。

 そう言えば、契約のときやギルドの加入時も、彼女の画面はちゃんと見ていなかった。

 そして、そこに彼女の正体を表す表示を見つける。


「き、騎士! ア、アルテシアさんっ、お、お城の騎士だったんですか!?」

「はい……すでにお気づきかと思いますが、私は訳あって帝国から流れて来た者です」


「あっ……そっか、確か奴隷商ギルドであの大男が言ってたような……」

「……」


 少し気まずい空気になる。

 訳あって帝国から流れて来た者。

 僕はそれを特に気にしていないフリを装いながら、再び彼女のステータス画面を見る。

 

 アルテシアの固定ジョブは騎士。

 しかも、レベルはなんと、32という高レベル。

 レベルなんて、今はどうやってあげるのかさえわからない。

 ただ大変なことだけは、なんとなく理解出来る。

 それを彼女はここまで努力してきたのだ。


 これがアルテシアの強さの証。

 そして、騎士だからこその、あの忠誠心。

 彼女はこんな僕でも、仮そめの主人として認めてくれる。

 でも、こんな立派なジョブを持つ彼女が、なぜあんな目に。

 今はさすがにその理由を聞くことは無理だろう。

 いや、今後も聞けるかどうかなんてわからない。

 それでもこれで少しは彼女のことを知ることができた。


「よければ他の項目もご覧になってください」

「えっ、い、良いんですか? じゃ、じゃあ、お言葉にお甘えて……」


 こくりと頷くアルテシア。

 それを確認し、僕はおそるおそる他の項目へ目を移す。

 なんだか他人の情報のすべてを、盗み見るような罪悪感。

 そう考えると、やはり他人にステータス画面を見せるのは、あまりよくないのかもしれない。

 自分も、特殊スキルとかあるし、今後は気をつけないと。


 そのままアルテシアのステータス項目を順に目で追う。

 自分のステータスでわからなかった箇所も、

 照らし合わせることで答えにたどり着けるだろうか。

 そう期待しつつ、気になった箇所に目をやる。


 【業】

 アルテシアでは、奴隷となっている。

 隣りには所有者である僕の名が。

 ここで気付いた、業とはカルマのことだと。

 何か罪を犯したり、奴隷落ちした場合にはここに変化があるんだろう。

 幸い、僕の【業】には何もなかった。


 【所持スキル】 

 さすがにレベル32の騎士ともなれば、スキルも多い。

 屋根まで跳んだスキル、身体強化(ブースト)もある。

 騎士スキルという騎士専用のスキルだと思われる、高速剣? の隣には数値があった。

 

 数値は32。

 これはもしかしてジョブのレベルと関連しているのか。

 僕の奴隷ディーラー専用スキルにも数値があった。

 それもやはりジョブレベルと同等の1。

 少し気になるので、このあとアルテシアに尋ねてみよう。


 ちなみにアルテシアの年齢は――17っっ!?

 アルテシア()()は、僕よりひとつ年上だった。


「あの、アルテシアさん、少しご質問させていただいても、よろしいでしょうか」

「……なぜ急に、そんな畏まったような」


「あ、すみませんでした。アルテシアさんが年上だったと、知らなかったもので」

「……ヨースケさん」


 あれ?

 何かマズったかな。

 アルテシアの表情が少し怖い。


「は、はい……」

「いいですか? 私はもう奴隷なのです。主は奴隷に敬語なんて使いません。当然? と、年上なんて関係ありませんし、名前もアルテシアと呼び捨てにして下さい! 言葉使いも、もっとくだけた感じでお願いします!」


 矢継ぎ早にアルテシアが訴える。

 いや、僕へのお願いと言った方が良いか。

 でも敬語になるのは、前世からの習性だからなあ。

 学生なんて、たったひとつの年齢差でも、相手を過度に敬う世界だ。

 そこで慣れてしまった僕には、奴隷と主の関係性なんてすぐには受け入れられない。


「で、でも、親しき中にも礼儀ありと申しま――」


 突然、アルテシアの顔が間近に迫る。

 刹那、僕の心臓がドクンと跳ねた。

 こんな美少女に迫られるなんて、意識しない方が無理。

 うるさく鼓動する胸の高鳴りと、自分の顔が紅潮する恥ずかしさ。

 そしてあろうことか、彼女の両手がそっと僕の頬を包んだのだ。

 

「年上は――お嫌いですか」

「――っ!!」


 アルテシアが潤んだ瞳で訴える。

 ここでその言葉は反則だと思います。

 これはいいえと答えるべきか、それとも黙って抱きしめるのが正解か。

 究極の分かれ道、ヘタレな僕は迷うことなく前者を選ぶ。

 黙って首を横に振ることだけが、精一杯の対応だった。


「では先ほどの件、お願いしますね」

「は、はい――じゃなかった。わかったよ、アルテシア」


 満足そうに微笑むアルテシア。

 別に彼女がそれを望むなら、僕に異論はない。

 むしろ距離が近くなる気もするし。

 ただ、あそこで抱きしめるという選択をしなかったことに、少しだけ後悔した。

 

「ありがとうございます。で、先ほど中断してしまったご質問とは?」

「えっ? あ、実はスキルの隣にある数値についてなんだけど」


「ああ。あれは――」


 アルテシアは、気安く答えてくれた。

 やはりあの数値はレベルと連動した、スキルの使用回数だった。

 ジョブレベルがあがれば、スキルの回数もそれだけ上昇する仕組みだ。

 ちなみに、減った回数は日を跨ぐか、レベルアップ時に全回復するらしい。

 もしくは高価な回復薬が必要とのこと。


「じゃあ、冒険者ギルドでは、どのクエストを受注しても大丈夫なんだね」

「はい。私にお任せください。でもひとつお願いが」


「なに? 僕が出来ること?」

「はい。出来ればギルドに行く前に、剣を一振り調達していただければと」


 そうだった。

 僕らは防具の装備はあっても、武器がない。

 さすがに奴隷ディーラーは不要だとしても、騎士のアルテシアには必須だ。

 

「ごめん、そこまで気が回ってなかったね。明日早速買いに行こう」

「すみません。さらにご負担をかけてしまって」


 そう言って頭を下げるアルテシア。

 初期投資は必要だと彼女に告げると、少し安心した表情に戻った。

 ただ、資金は残り銀貨五枚。


「あのさ、ちなみに剣って、いくらぐらいで買えるのかな」

「えっと、中古なら銀貨二、三枚ほどだと」


 うん。厳しいけど、何とかなりそう。

 武器があれば、そのあと報酬の高いクエストを受けられるし、取り戻せるだろう。

 冒険者ギルドに寄る前に武器屋を探すことにしよう。


「武器屋ってどこにあるんだっけ」

「えっと、ふたりとも街の地図は頭に入ってますから――」


 服飾店の場所は、受付嬢のチラシで見つけた。

 なので、今回初めて魔導書で得た地図を利用することになる。

 その後、僕らはお互いの頭の地図を照らし合わせながら、場所探しを始めた。


 そして、ふたりの夜が更けていく

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「お、おはよう……ご、ございます……」


 アルテシアの声で目覚める。

 どうやら朝まで寝落ちしていたらしい。

 彼女もきっとそうだったに違いない。

 ふたりで深夜まで、地図で悪戦苦闘してたし。

 

 アルテシアはちゃんと寝れたのかな。

 まさか床で寝たりしてないよな。

 

 まどろみのなか、ぼうっとそんなことを考える。

 なぜか枕がやけに柔らかい。

 こんなに顔が沈み込むような枕なんて久しぶりだ。

 いや、待て。そもそも枕なんてあったっけ。

 それと、アルテシアの声が、すごく近かった気が――


「――!!」


 瞬時に頭を移動させる。

 まどろみなんて、すっ飛んでしまうほどに。

 枕だったモノに目をやると、それは枕じゃなかった。


「た、谷……間」 

「あ、あの……ヨースケさん、くすぐったいです」


「――っ!」


 その声に視線を向けると、アルテシアの小顔がそこにあった。

 彼女の吐息を肌に感じるほどの超至近距離。

 紅潮した彼女の潤んだ瞳と目が合ってしまった。


 そして、枕だと思って寝ていたのは彼女の胸。

 服を着たままなので、昨日ほどではないにせよ、とにかく――

 って、何言ってんだ。

 昨日は膝枕。

 今日は胸枕。

 あーもうワケわかんない。


「ご、ごめっ! 寝てっ、いや、ごめっ!!」


 もう何言ってるか、自分でもわからん。

 ただ、彼女から離れることは出来た。


「私たち、いつの間にか眠っていたみたいですね」

「ごめっ! な、なんか枕だと思って、ごめっ!!」


 ゆっくりと起き上がるアルテシア。

 彼女の言葉なんて、耳に入らないくらいにテンパってしまう。

 そんな僕に彼女は優しく微笑みながら――


「もう気にしてませんから。それよりもそろそろ準備しないと」

「……はいっ」


 アルテシアは天使だった。

 僕の罪深き所業をすべて慈悲深く許してくれた。

 いや、そんな浸ってる暇なんてなかった。

 彼女の言う通り、出発の準備をしないと。

 今日はいろいろと忙しくなる予定だから。


 まあ、準備と言っても荷物があるわけでもない。

 ただ、ひとつ気付いたのが、昨日はなかったはずの、洗面器とお湯が扉の外にあった。

 これはきっと、昨夜のアルテシア効果が、効いたのかもしれない。

 ありがたく、朝の身支度に使わせてもらう。


「ヨースケさん。女の子の寝ぐせを、じっと見るのはダメですよ」

「あっ! ごめん」


 身支度の途中、いつの間にかアルテシアを見ていたのを窘められる。

 寝ぐせを直す彼女の姿に、見惚れてしまったんだ。

 寝落ちしたとはいえ、女の子を朝を過ごすなんて初めてだし。

 今更ながら、恥ずかしくなってきた。


「ヨースケさん、どうかしました」

「あ、いや、ね、寝ぐせも可愛いなって……はは」


 照れるあまり、柄にもないことを言ってしまう。

 なのになぜかアルテシアが、凄く驚いた表情になった。


「だめっ! 朝に女の子をほめたら、魔物がやって来ますっ!」

「ウソっ!?」


 異世界のルール怖っ。

 転生したばかりなのに、いきなりそんな地雷踏むとか最悪だ。

 てか、女の子を朝にほめたら魔物って、どんなエンカウントだよ。

 とっさに周囲を見渡すが、魔物は現れない。

 えっと、アルテシアさん?


「ふふっ、ウソです」

「アルテシア!?」


「だって、可愛いなんて言うから……です」

「え、あ……ごめん」


 ダメだ。

 どうにも彼女の全部が可愛すぎる。

 嘘をつかれるよりも、胸を打つ鼓動がツラい。


「……」

「……」


 そして、お互い意識したまま、無言の時間が過ぎる。

 

「おまたせしました」


 流れるような金色の髪をまとめ終えたアルテシアが、スッと立ち上がる。

 そして、僕に向かって右手を胸の前に構え、ゆっくりと一礼した。

 その仕草は洗礼された騎士の礼儀なのだろうか。

 突然のことに戸惑う僕を見て、彼女は言った。


「さあ、ヨースケさま。この騎士である(わたくし)めが、どこへなりとお供いたします」


 あっけに取られる僕を、彼女がクスクスと笑う。

 

「ふふっ、その顔! 騎士の主はもっと堂々としてください」

「えーでも騎士の主って?」


「もちろん、私のご主人さまですから。騎士の主ですよ」

「主か……まあ、それっぽくなれるよう、ぜ、善処します……」


 頑張って背筋を伸ばし、アルテシアの主たる姿を体現してみる。

 すると、その恰好がおかしかったのか、彼女はさらに破顔した。

 僕も自分の滑稽なポーズに我慢出来なくなり、思わず吹いてしまう。


「ふふっ」

「はははっ」


 お互いを見つめ合いながら、僕らは笑った。

 ありがとう、アルテシア。

 僕はキミとなら、この異世界で楽しくやっていけそうだよ。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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