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第四十三話 白豹族の真価



「主さん……こりゃいったい……」


 戸惑うリサメイ。

 閃光のあと、再び彼女のステータス画面を立ち上げた。新たに進化した【リセット】の能力によって、以前とは違う自分の【ステータス】を知ったリサメイ。それが当たり前だと思っていたはずが、実は違っていたという現実を前に、あまり物事に動じなさそうな彼女も、さすがに少し震えている。


 所々に現れている呪いの跡。

 もし自分のステータスがこんな風に正体を現したとしたら、僕なら絶望と恐怖に、きっと泣き叫んでいることだろう。神という絶対的な存在によって、延々と呪いをかけ続けられているなんて知れば、きっと発狂するに違いない。

 

 黒豹族という一族名。

 それさえも呪われていたと知った彼女たち一族の気持ち。それは分類上、人族に属する僕にとっては、計り知れないものなのだろう。単なるおとぎ話のなかでの作り話だと思っていたものが実話だった。それを知れば、彼らはなにを感じるのだろうか。まさか自分たちの祖が本当に神によって呪い殺されたなんて、思いもよらないだろう。そしてこれから沸き起こるであろう、神に対する一族の積年の恨み。そして同時に知る、神のという存在の恐ろしさ。


 リサメイのステータス画面には、はっきりと【神の呪い】と記されているのだ。これは紛れもない事実であり、僕が小細工したわけではない。ましてや、僕の【欲望】が作り出した幻想でもない。


 横目でリサメイを見る。

 彼女の横顔は、その種族性もあり、黒豹そのものの造形からは細かな表情は伝わりにくい。しかし、さきほどまでとは明らかに違う戸惑いや怒りといった気迫は、この世界に転生したばかりの僕でも感じ取れてしまう。そんな彼女にどう声をかけていいかわからず、僕は事務的に会話を始めた。


「さっき、【リセット】をパワーアップさせたんだ」

「「パ、パワーアップ!?」」


 リサメイだけではなく、アルテシアも一緒になって驚いている。僕の言葉が意外だったのか、ありえないといった風な彼女たちの表情を見て、少し不安になってしまう。もしかして、スキルってパワーアップとかしないのか? 


「と、とにかく! 今見てもらっているように、リサメイには神の呪いがかかってるんだ。これをどうにかしようと僕は思っている」

「えっ? あ、主さん。それって結構ヤバいんじゃ……」


「えっ、どうして? 呪いが解けたら嬉しくないの?」

「ヨースケさん、神の呪いを解く行為など、それって、私たちの神を、冒涜するのと同じではないでしょうか……」


「ア、アルテシアまで……ど、どうしてみんな、そんなに怖がっているんだよ」


 僕の発言に、なぜか消極的な彼女たち。

 普通なら、これは喜ぶべきことじゃないのか。自分たちが呪いによって、その寿命をわずか十年という、短い時間で終わらされていたことを、今まで苦だと思っていなかったのか。それとも、神という存在が自分たちにかけた呪いを、人間ごときが取り払ってしまっても良いのかどうかと怯えているのか。


 これは価値観の違いか。

 リサメイと同じく、アルテシアも心配そうな顔をしている。この世界にとって神とは神聖なものだとは、なんとなくわかる。実際、その神に会って来た僕だから、その神聖性が薄れているだけなのかもしれない。下級神ノアの顔が思い浮かぶ。僕の祖母の口真似をし、浅はかな悪知恵で責任逃れをしようとした幼稚な神。彼女に会えば、誰だって神という存在が、そんな大それたものじゃないと知ってしまう。


 もしかして僕という存在は、ここでは例外なのだろうか。この世界の理から外れてしまった存在なのか。実際に神に会って来た人間なんてこの世にはいないだろう。【世渡りびと】という別世界から来た人間は別として、そうそう神のひととなりを知っている人間なんていないのだ。


 

― ご命令とあらば、


      私は神にでもこの剣を突き立てます ―



 以前、アルテシアの言っていた言葉。

 あれは、広場で激高した僕が、彼女に突きつけた無理難題に対しての、単なる比喩表現だと思っていた。今覚えば、あれは彼女の本気の表明だったのだ。それくらい神という存在は大きいのだと。実際に神と対峙すれば、アルテシアは絶対その通りにするだろう。僕のために。


 なぜかいろいろと考えていたら、アルテシアの忠義に、深く感動するところまでたどり着いてしまった。道が逸れ過ぎたな。



 とにかく。僕はリサメイの呪いを解きたい。



 これは大前提だ。

 僕が転生した意味。それがたとえ神のミスという偶然とはいえ、ここにこうして生まれ変わった以上、何か意味があるはずなんだ。そして、偶然手にしたスキル【リセット】は、ここにきてその能力を飛躍させ、僕に更なる可能性を見せてくれた。そのふたつの偶然が重なった意味を、僕はこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。


 神の呪いというものが、絶対に解いてはいけない禁忌(きんき)なのだとしたら、こんな気軽に僕に見せるなって言いたい。セキュリティーが甘すぎるんじゃないのか。


「ヨースケさん……」


 思案する僕を心配するアルテシア。

 そんな彼女に僕は微笑み返し、再びリサメイの顔を見据える。


「リサメイ。僕を信じてほしい。これはキミたち獣人を不条理に嫌う、前任の神の戯れに過ぎないんだ」

「そ、そんな大それたこと言って大丈夫なのかい、主さん。下手すりゃ次は、あんたが神に呪われるかもしんないじゃないか!」


 僕のことを心配する優しいリサメイ。

 アルテシアと同じく、僕は彼女にも微笑み返す。


「大丈夫だって! なあアルテシア。僕はヤバくなったら、そのときはキミがその剣を、神に突き立ててくれるんだろ?」

「――! ヨースケさん、あのときの……」


 僕はアルテシアに向かってニヤリと笑う。

 そんな僕の言葉の意図を酌んでくれたのか、アルテシアが自分の腰から剣をスラりと引き抜くと、それを高々と天に向ける。


「もちろんです。私はあなたの盾であり、剣ですから」


 そう言ったアルテシアの笑顔が眩しい。

 僕と彼女が互いに見つめあっていると、もうひとりの頼りになる相棒が、いつの間にかうしろから抱きついてきた。ジーナは僕の背中に乗りながら、自分の短剣を天に振りかざすとこう言った。


「アル姉だけじゃ心配だから、アタシもお兄さんをイジメる神さまの背後を、こうやって取ってあげるよ」

「あはは。だってさ! リサメイ!」


「あ、主さん……それに、あんたたちまで……」


 僕たちのようすに、戸惑いながらも呆れるリサメイ。少し笑っているように見えるのは、もしかすると実は期待していたのかもしれない。神の呪いから解かれた自分が、どんな変貌を遂げるのかを。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「い、いいぜ……もう腹は括ったから」


 緊張するリサメイ。

 他のメンバーも集まり、僕から事情を説明をすると、ちょっとした大騒ぎになった。ただそれもすぐに平常に戻ったのは、すでに【リセット】の奇跡を一度見たからかもしれない。


「まさか、この年でこんな体験が出来るとはのぉ……」

「主さまって、やっぱすごい人だったんだ」


「ヨースケさま、大丈夫なんでしょうか……」

「だな。神の呪いを解くんだから、それ相応のリスクはあるかもしれん」


 いろいろと発言をする彼ら。

 ドレイクやメイウィンは彼ららしい発言だが、ソフィーたちは僕を心配している。やはりエルフやドワーフと違い、信仰心の面からして、神の呪いを解くということは、人族にとっては禁忌なのだろう。その点、亜人の彼らはその辺の認識が希薄らしいのか、これをイベントのように楽しんでいる感がある。


「じゃあ、始めるよ」


 僕がそう言うと、周りが息をひそめだす。

 やることはたぶん同じことなのだけど、呪い持ちにかかっている呪いと、神からかけられた呪いでは、その意味がまったく違うのか、彼らから感じられるのは今回の【リセット】が、なにか神聖な儀式のような位置づけと思っている節があることだ。まあ、僕はいつもどおりにやるだけなので、緊張はないと言えばウソになるけれど、彼らほど畏まる気持ちは不思議と湧かなかった。


 まず、自分のステータス画面を開き、そこからリサメイのステータス画面も、こちらから立ち上げる。なぜかいちいち周りの「「おお!」」と言う声が気になる。いつもと同じことやってるだけだっての。


 緊張したリサメイの顔を見ながら、自分のステータス画面の右下にあるマークに触れる。ブンという音と共に、再び【特殊スキル】の文字が現れ、【リセット】の画面が立ち上がる。


《対象の【ステータス】に、状態異常として呪い【神の呪い】の効果を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


「あ、あああ主さん!? な、なんか頭のなかに変な声が聞こえてきたんだけど、ど、ど、ど、どうしよう……!」


 急にしおらしくなるリサメイ。

 頭のなかに聞こえるアナウンスに戸惑っているらしい。細長い彼女の尻尾がせわしなく動いている。そんな彼女に問題はないと伝え、いよいよ新生【リセット】の使用を許可する命令を下すときがきた。


「使用する!」

《了解しました。リセットします》


「うっ!」


 アナウンスが了承すると共に、リサメイが少し声を漏らした。そのとき、彼女を中心に光――今度は以前と違い、ただの光じゃなくなり、青い閃光が走った。それは僕や他のメンバー、会場をも包み込むと、すぐに消えていく。閃光の照射時間さえ、明らかに前よりも早くなっている。


 そして目を開けた僕らが、リサメイのようすを見ようと、一斉に彼女に視線を向けた。


「「――! リサメイっ!!」」


 全員が目を大きく開けた。

 それはたぶん、全員が同時に同じことを思ったに違いない。皆口々に声をそろえ、彼女の名前を叫んだ。そう、呼ばずにはいられなかったんだ。


「こ、これは……」


 呪いは、リサメイの身体をも支配していた。

 それが解けたことにより、彼女はもう、別の体を手に入れたも同じだった。


 体毛は黒から白へと変わり、今までの黒い毛並みが呪いによる影響だったのが一目瞭然だ。白く輝く毛並みは、本来の色を取り戻し、艶のある美しさをアピールするかのように、僕らには眩しく映る。


 身長も以前よりも少し伸びたのか、これも呪いにより制限がかかっていたらしい。前よりも足が長く見えるのは、少し羨ましいくらいだ。スタイルの良さは変わらないが、鍛えられた筋肉質な体は、前よりもしなやかさを手に入れたようだ。


 そして、一番の変化は、その豹頭だ。

 

「な、なあジーナ。獣人て、獣頭が特徴って言ってたよな」

「う、うん。それが一般常識だ……ったんだけどね……あ、あれえぇ……」


 彼女の顔はもう豹ではなかった。

 獣人の特徴である豹の頭はもう存在せず、人獣であるジーナのように、人族と同じ表情のある顔。それも美しい妙齢の女性の顔そのものになっていた。唯一の獣人であった名残りは、その頭にある豹の耳のみ。これでは獣人と人獣、それぞれ特徴といった説が、虚言だったのではと疑うことになってしまう。


 しかも体毛は退化し、あるのは腕と足のみ。かろうじて彼女が獣人だった形跡が、それでわかる程度にしか生えていなかった。獣人と人獣の違いはこうだ! と習ったばかりの僕は、早くもその知識が使い物にならなくなってしまった。


「あああ、あたし、いったいどうなったんだ!? ななな、なんか、顔とかいろいろスースーするんだけど!」


 自分の顔を触りながら、挙動不審のリサメイが叫ぶ。以前の顔とは違い、今は人族と同じ造りになってしまったため、顔全体を覆っていた体毛もなく、その皮膚に直に触れている。これには戸惑うのも無理はない。


「リサメイさん、実は呪いで獣人になっていたとか?」

「え? そ、そうなのかな……」


 隣でそう呟くアルテシア。

 僕は真相を確かめるべく、彼女のステータス画面を再度立ち上げた。



 【名前】    

 リサメイ

【固定ジョブ】 

 魔法剣士  レベル33

【業】     

 奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

 獣人【白豹族】

【年齢】    

 22

【ステータス】 

 良好

【装備】    

 奴隷服            

 

【所持スキル】 

 剣士スキル 疾風剣 33

 魔法スキル 疾風  33

 魔法スキル 風防  33

 種族スキル かぎ爪 常時

 身体強化      33

 俊足        常時

 全盛期       常時

 経験値倍速     常時



「いや……獣人だ。てかそれよりも、すごいことになってるんだけど……」


 リサメイの画面がすごかった。

 呪いが解けたことにより、レベル制限や加齢制限、その他無効だったものが有効になり、まるで、今までずっと押し込められていたものが、これを機に、一気に開花したかのような成長を遂げていたのだ。


「うっそ! アル姉よりもレベル上になってるし……し、しかも年齢までアタシよりお姉さんに……」

「こ、この全盛期と経験値倍速ってパッシブスキル……伝説の勇者しか持っていない能力ですよ!」


 リサメイのステータス画面を覗くジーナとアルテシアが、感嘆のため息を漏らしながら、進化を遂げた彼女の画面の感想を述べている。


「ほ、ホントだ。あ、あたしじゃないみたいだ……」


 ようやく自分のステータス画面を確認したリサメイが、すっかり恐縮したようすで、自分の体を抱きしめながら呟いた。それには他のふたりも、激しく頷いている。


「あ、主さん。さっきはごめん」

「え?」


 少し、落ち着いたのか、リサメイが急に僕に謝る。


「いや、呪いを解くの正直反対だったし、主さんが強引にやるって言ったとき、コイツ何考えてんだって思っててさ。自分がどうなるかもわかんないのに、あたしらの呪いなんて、解く価値あんのかよって……つか、ごめん。今、すっごく感謝してる……あたし今、最高に気分良い!」

「うわあ!」


 リサメイが堪えきれず僕に飛びついた。

 あっという間の出来事で、不意を突かれた僕は彼女と共に地面へと倒れ込んだ。しかもさっきよりも身長が伸びてるせいで、僕の顔あたりに彼女の胸が――って、体毛がないからモロに! わわわっ!


「リ、リサメイっ! く、苦しい……」

「あるじぃ~」


「「もおっ! またあ!」」


 僕に抱きついたリサメイに、当然のごとく嫉妬するアルテシアとジーナだったが、レベル差によるものなのか、なかなか彼女たちの力では引き離すことが出来ずにいた。


 僕はリサメイの気が済むまでの間、ずっと彼女の胸のなかでもがき苦しむ羽目になった。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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