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第四十二話 欲望



「本当にすまない、主殿」


 申し訳なさそうに謝るアハト。

 今さっき、彼には【奴隷解除】を施したばかりだ。主を差し置いて他の者と主従契約を結ぶのは、奴隷社会では御法度らしく、元主の僕を、ないがしろにしてしまったと反省する彼は、さっきから何度も僕に謝ってくるのでちょっと困っている。彼に対して頷いた時点で、もう承諾したのと同じだと思っていたのに、それでは気が済まないというのが、彼の言い分らしい。


「だからもう良いですから……。僕のことは気にせずに、ソフィーのことを守ってあげてください」

「いや、それでは――」


 このやり取り何度目だろう。

 いい加減疲れてきたけど、アハトはそのあたりの神経がタフなのか、なかなか終わる気配を見せない。まあ、これだけしつこければ、ソフィーの家族探しも頑張ってくれるだろう。


「もう! おっさんマジしつこいって!」

「これ以上ヨースケさんを困らせないでください」


「ぐぐっ……わ、わかった。もうやめるから、剣から手を離してくれないか……」


 さすがにもう見ていられなかったのか、ジーナが真っ先にキレて怒鳴り、続いて腰の剣に手をあてながら、アハトを睨むアルテシアも参戦。いや、冗談だよね? アルテシア。


 彼女たちの気迫に押されたのか、ようやくアハトの熱が収まった。だが、今度は新しい主であるソフィーが僕の下にやってきた。


「ごめんなさい、ヨースケさん。私があんなこと言ったばかりに……」

「良いんだよ。僕の依頼は別で探すから、キミにはアハトさんが必要だから気にしないで。ねっ?」


「あっ……」


 あまりにもアハトが僕に謝るもんで、ソフィーまでもが、気まずくなってしまったようだ。そんな彼女に笑いかけ、問題ないと言うと、なぜか彼女の顔が赤い。いや、まさかね。


「おーっと! お兄さんはアタシらの主だから、ソフィーちゃんは、あっちのおっさんの相手ヨロ~」


 そう言った空気を即座に察知するジーナが、また無駄にスキルを使ったのか、いつの間にか僕の腕を抱きかかえて、ソフィーを邪魔者扱いしだす。彼女に邪険にされたソフィーは、戸惑いながらも再度、僕に礼をしたあと、アハトの下へ行ってしまった。


『いや、ホントマジでお兄さん、油断できんしっ! あんま誰にでもニコニコすんの、ヤメてくんない?』

『仕方ないだろ! 僕だって笑うことあるしっ! 笑うなってのが無理だよっ!』


『笑うなって言ってないし! 女を目でコロすなって言ってんの!』

『だっ、誰がコロしたんだよ、誰が!』


「あの、おふたりで何をコソコソと、話しているんですか?」

「「……はい、ごめんなさい」」


 声をひそめてジーナと言い合いをしていたら、剣を少し抜いた笑顔のアルテシアが、笑っていない目で問いかけてきた。いや、さっきより鞘から剣がたくさん見えてますけど、本気じゃないよね? アルテシアさん……。


「なあ、主さん。ちょっといいか」


 僕らがそんなやり取りをしていると、ふいに黒豹族のリサメイが話しかけてきた。そういえば、彼女にはまだ、依頼先の話をちゃんとしていなかった。ソフィーの件で、依然としてオークション会場からも移動出来ていないし、彼女たちをずっと階段前で待たせたままだった。


「ごめん、リサメイ。ずっと待たせっぱなしで、迷惑だったよね」

「ああ。それは別に気にしてないさ。向こうの連中も、特に急いでいる奴なんていないし」


 僕がその件について謝ると、彼女は問題ないと言ってくれたので、良かった。出来るだけ早く移動しよう。もう陽も落ちて来たころだし。


「それより、あたしのことなんだけど、いいかい」

「あ、はい。どうしたんですか」


「いや、あたしの寿命のことだけど、知ってるだろ? 獣人のなかでも、一番早死にするってこと」

「あ、それは……」


 あっけらかんと話すリサメイ。

 アレックスの話では、彼女たち黒豹族の寿命はおよそ十年。彼の見立てでは、リサメイの寿命まで一年くらいだと言っていた。すっかりそのことを失念していた僕は、彼女からの申し出によって、それを思い出すと同時に、それをあまり動じていないような彼女に対して、逆に気を遣ってしまう。あまり大っぴらに話すような内容じゃないと思ったからだ。


「ちなみにあたしの寿命はもうすぐだと思うんだけど、良いのかい? 行っても、依頼先に迷惑かかるだけなんじゃないかって気になってさ」

「あー」


 ローザの依頼は強い戦士をという話だった。

 けれども、あと一年足らずの命であるリサメイを連れて行くのは、さすがに失礼なのかもしれない。あまり彼女の寿命について気にせずに落札した僕は、ちょっと痛い奴だろうか。


 ただ、もうすぐ寿命と聞いて気になったのは、彼女に老化がいっさい見られないことだ。引き締まった体はまだ若さを感じるし、なによりも話し口調は僕らとそう変わらない。見た目ぬいぐるみにしか見えないドワーフのドレイクの方が、中身はそれ相応の年齢らしくみえる。


「あの、獣人のひとたちって、なんで若いまま寿命を終えるんですか? そんなにお元気そうなのに」

「へ?」


 僕の質問がおかしかったのだろうか。

 気の抜けた返事をするリサメイが、じっと僕の顔を見たまま考え込む。そして、豹頭の口元をニヤりとしてみせて、僕に言った。


「獣人たちに伝わる、大昔のおとぎ話なんだけどさ。聞きたいかい?」

「え? あ、は、はい」


 今度は僕が間抜けな顔になる。

 ここでいきなり、おとぎ話をされてもと、顔に出ていたのか。そんな僕の顔をみて、ますますニヤけるリサメイが、こんな話を語り始める。



 大昔、神は人族だけを愛していた。


 亜人や獣人、獣などには見向きもしない神。


 やがて人族は繁栄を約束され、神の祝福を得る。


 人族以外の者たちは、彼らによって支配され、


 その命はチリよりも軽く扱われていたという。


 そんな時代が何千年も続いたあるとき、


 ひとりの若い獣人が立ち上がった。


 彼はその類まれなる才能と肉体を活かし、


 人族を越えるような力を手に入れてしまった。


 彼の力を恐れた人族が彼を消し去ろうとする。


 しかし、彼はくじけず、人族を圧倒する。


 やがて人族の繁栄は終わり、獣人の数も増えた。


 亜人たちも同じく数を増やしていき、

 

 それぞれの種族が均衡を保ったとき、


 獣人の王の力を知った神が怒った。


 不死に近い獣人たちに呪いをかけ、


 ほんの十数年で死ぬようにしてしまったのだ。


 なかでも獣人の王の種族は一番呪われた。


 彼らは十年で死ぬ呪いをかけられ、


 それによって獣人の王も死んでしまった。


 そして再び人族の繁栄が始まるが、


 獣人たちに呪いをかけた神は、


 もっと上の存在によって罰を与えられ、


 世界の果てへと消えてしまったらしい。


 そして新たな神が選ばれたという。


 新たな神はみなに平等に力を与え、


 ジョブというものをこの世に広めた。


 今では誰でも自由にジョブを選び、


 世界はずっと繁栄し続けたという。


 

 といった物語だった。


 たぶん新たな神は、あの下級神ノアに違いない。それ以前の神は、ノアの言っていた世界神さまによって左遷されたんだろう。神の裏事情を少し知っていた僕は、その物語がなぜかすんなりと納得出来てしまった。それにしても、前の神による呪いか。おとぎ話にしては、やけに現実味のある話だ。もしかしたら不死に近いエルフのように、獣人たちも同じ長寿の種族だったのかもしれない。


「って言う話なんだけど、聞いたことないかい?」

「えーっと、は、はい。すみません」


 素直にリサメイに謝る。

 聞いたことはないけれど、ちょっとワケは知っているかもしれないなんて言えない。


「そっか。まあ、そんなおとぎ話があるくらい、あたしらの寿命って、ある日突然、死んでしまうんで、やっぱり神に呪われてるんじゃないかって言われてるんだよ。ちなみにこの話に出て来る獣人の王ってのが、あたしらと同じ黒豹族でさ。寿命が一番短いから、この話の主人公と同族って設定に使われたんじゃないかってオチなんだけどね」

「なるほど。でも獣人だけに神の呪いか……」


 やはり呪いってワードに反応してしまう。

 ここはやはり確かめた方がいいかもしれないな。


「リサメイさん。ちょっといいですか」

「なんだい? 主さん」


「今からあなたのステータス画面見させてもらっても構わないですか?」

「え? 別に良いけど、あたしの主さんなんだし、そんなの気にせずに、いつだって見ていいよ」


 気安いリサメイに許可をもらう。

 彼女におとぎ話を聞かなければ、何も思い浮かばなかったに違いない。けれど、それを聞いた以上、気にするなって言う方が無理だ。可能性があるなら、すぐに確かめてみたいって言うのが、僕の新たな人生でのポリシーと言ってもいい。


「じゃあ遠慮なく」


【名前】    

 リサメイ

【固定ジョブ】 

 魔法剣士  レベル15

【業】     

 奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

 獣人【黒豹族】

【年齢】    

 9

【ステータス】 

 良好

【装備】    

 汚れた服            

 

【所持スキル】 

 剣士スキル 疾風剣 15

 魔法スキル 疾風  15

 魔法スキル 風防  15

 種族スキル かぎ爪 常時

 身体強化      15

 俊足        常時



 彼女は魔法剣士のようだ。

 スキルも多く、レベルはまだ低いようだけど、年齢から考えても相当の経験を積んだに違いない。それだけに寿命で失われてしまうのがとても惜しい人材だ。それらをチェックしながら、僕は一番肝心な項目【ステータス】に目を向けた。


「な、ない?」


 思わず声が出る。

 おかしい。もし神の呪いだったなら、ステータスに表示されていてもいいはずだ。なのに、それが一切なく、寿命があとわずかなのにも関わらず、良好と出ている。いったい、なぜなんだ。


「なんか、恥ずかしいね。主さんにあたしの全部見られてるみたいで……」

「あ、それわかります。私も最初そうでしたし……」


 僕にステータス画面を見られているリサメイが、そう照れながら話しているのを、自分もと共感するアルテシア。そんな和やかな雰囲気のなか、僕だけが焦っていた。


 なぜだ。

 どうして出ないんだ。

 やり方が違うのか?

 だったらこれも……。


 そう考えた僕は、すでに立ち上げていた自分のステータスから、右下のマークをなぞり、次の【特殊スキル】の画面を呼び出す。


【特殊スキル】

 リセット 78


                   □


 【リセット】のポイントがいつの間にか78ポイントに増えていた。そういえば結構このスキルにはいろいろとお世話になっているな。さっきもメイウィンのデスカウントという呪いを元に戻したし、これくらいポイントが増えているのも仕方がない。未だその意味がわかっていないこのポイント。普通の感覚なら、これは溜まるとポイントと引き換えに何かを交換、もしくはポイント通過ごとに、報酬がもらえたりするのだろうけれど、ここは異世界。前世の常識が通用するのかはわからない。出来れば通用して欲しいところだけど。


 ポイントの数字を何気に指で触れてみる。

 といっても何かが起こるわけでもない。やはりダメか。自分の勘では、きっとリサメイの【ステータス】には何かあるはず。それが僕には見えていないだけで、何か隠しモードとかあるんじゃないだろうかと、推測していたが、思い違いだったようだ。おとぎ話はやはり作り話でしかなかったということか。


 うーん。出来れば出て欲しかった。

 いや、出ろ。出ろ。出ろ! なんか出ろ! 往生際の悪い僕は、頭のなかで何度もそう唱えてみた。まあ、何か起こるわけでもないけれど、悔し紛れにそう言ってみた。さて、リサメイやローザにはどう説明しようか……。 



《特殊スキル【リセット】の所有者から【欲望】を受託しました。使用ポイントが初めて五十を超えたため、新たに【リセット】の強化が可能です。強化しますか》


「はあ!?」

「どうかされたんですか、ヨースケさん!」


 僕の声に驚いたアルテシアが詰め寄って来た。

 突然聞こえたいつものアナウンス。しかし、アルテシアには聞こえていないらしい。所有者の【欲望】ってなんだよ。まさか僕が頭でずっと出ろ出ろと唱えたからか? ポイントはすでに50を超えている。それが最初の到達点だったのか? だったらそのときにアナウンスが流れなかったのはなぜなんだ。いろんな疑問が頭をかけめぐる。


「ヨースケさんっ!」

「――! あ、ご、ごめん。なんでもないんだ」


 アルテシアの声で一度、気を取り直す。

 彼女の心配を否定し、僕は改めてアナウンスの言葉を思い出してみる。


 たしか、50ポイントを超えたから、新たに【リセット】強化しますかって言ってたよな。それってどんな強化なんだ? 僕の【欲望】を受託したとも言ってたし、普通に考えれば、それは僕の思いを受け入れてもらえたってことなのだろう。なら、強化するって意味は【ステータス】に隠された項目を暴き出してくれると考えていいはず。


 チラりとアルテシアを見る。

 相変わらず心配性な彼女は、大丈夫だと言っても、僕をじっと見つめたままだ。彼女に相談した方が良いかもしれないが、結局僕が決めることだし、一か八かやって違う強化になってしまった場合は、彼女に正直に結果報告しよう。


 使用ポイントがこれからも増えれば、きっとまた何かが起きるに違いない。今回失敗しても次があるかもしれない。そんな安易な思いと共に、僕のなかの【欲望】が、どんどん膨れ上がっていくのを感じる。いや、今はそれどころじゃなかったんだ。よし、さっそく強化してみよう。


 好奇心に導かれるまま、僕はいつもの感覚でこの言葉を唱えた。


「強化する!」

「えっ?」


 アルテシアが小さく声をあげる。

 僕が突然、意味もなく強化するなんて言葉を唱えたせいで、彼女を驚かせてしまったようだ。でも安心してくれアルテシア。今から僕の【リセット】は新たに生まれ変わるんだ。


《強化します》


「「あっ!!」」


 僕だけに聞こえるアナウンスの声と共に、周囲を七色の閃光が照らし出す。まぶしい光に視界を奪われるメンバーたちも、小さなうめき声をあげながら、光を避けようと顔を背ける。そしてしばしの沈黙のあと、光が消え去り、また元の光景へと戻っていった。


「みんな、いきなりゴメン!」


 光が鎮まると共に周りに向かって謝る。

 突然、何も言わずに閃光を浴びさせてしまったことを詫びた。


「な、何が起こったんじゃ」

「また、さっきのスキルですか主さま!」


「うぅ。目がチカチカしますぅ」

「ソフィー嬢、大丈夫か!?」


 それぞれが驚いたあとの言葉を漏らす。

 そして一番近くにいた彼女たち。


「ヨ、ヨースケさん、今の光はまさか」

「お兄さん、何かするなら先に言えってば!」


「な、なんだまた光ったじゃないか。主さんかい? 今の光は」


 良かった。特に何も変化はないようだ。

 いつもの【リセット】ではない光だったため、少し心配したけど、無事だったらしい。


 安心した僕は、さっそく強化されたという【リセット】の真価を確かめるべく、再びリサメイのステータス画面を覗いた。


「で、出た……」


【名前】    

 リサメイ

【固定ジョブ】 

 魔法剣士  レベル15【レベル制限】

【業】     

 奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

 獣人【呪われし黒豹族】

【年齢】    

 9【加齢制限】

【ステータス】 

 神の呪い【強】

 短命  【強】

【装備】    

 汚れた服            

 

【所持スキル】 

 剣士スキル 疾風剣 15

 魔法スキル 疾風  15

 魔法スキル 風防  15

 種族スキル かぎ爪 常時

 身体強化      15

 俊足        常時

 全盛期       無効

 経験値倍速     無効



 おぞましいほどのステータス異常。

 神の呪いとはここまで恐ろしいのか。

 だが、これでリサメイの寿命にかけられた呪いを解くことが出来るかもしれない。いや、それどころか、神に呪いをかけられた獣人すべてを救うことだって……。


 そう考えたとき、僕は今までにないほどの、欲望をさらけ出した笑みを浮かべていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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