第四十一話 戦士の誓い
「了解しました。が、頑張ります」
アレックスから依頼を受けてしまった。
白金貨三十枚で解放された人族の少女。名前はソフィーというらしい。薄い奴隷服の裾を恥ずかしそうに押さえながら、少し赤い顔でこちらを見る十五歳の彼女は、国境警備兵に捕縛されたとき、両親と姉の四人家族だったという。それが奴らによって離れ離れにされ、自分だけがこの街の詰所に連れてこられたというらしい。
アレックスの依頼は、その家族の捜索。
彼はこのあと、冒険者ギルドにおもむき、僕を指名した捜索クエストを正式依頼するらしい。それは嬉しいことなんだけれど、冒険者ギルドに行けば、もっと適任者がいてもおかしくないと思わないでもない。それどころか、まだギルドに登録したばかりの僕では、いささか役不足な気もする。アルテシアやジーナの協力だけで、行方知れずのソフィーの家族たちを探せることが出来るのだろうか。一抹の不安を感じる僕に、アレックスが話しかけてきた。
「ソフィーの家族の件は別として、キミにはドワーフやエルフの彼らの件もお願いしないといけない。さきほどのオークションでの仲介手数料とそのふたりの委託料として、これを渡しておこう」
そう言って、彼からずっしりと重い袋を渡される。
ああっ! そうだった。手数料のことを忘れていた。たしか初回入札価格をそのまま報酬にするって……あれ? そういえばソフィーの落札価格って……し、白金貨三〇枚だった。ってことは……。
「ア、アレックスさん! こんなにいただけませんって!」
思わず彼に詰め寄った。
いやいやいや。さすがに代理人としての報酬を、いきなり白金貨三〇枚とその他もろもろでこんな重い袋を渡されたら、恐縮するに決まってる。もらい過ぎって言い方も変だけど、僕はそんな大した仕事をしたとは思っていないし、僕みたいな子供が持っていい金額じゃないような気もする。
そんな慌てふためいている僕に向かって、アレックスは微笑みながら言った。
「ははは。最初に言っただろ? 報酬は初回入札価格だって。キミもうんと言ったじゃないか。だからそれは正当なキミへの報酬だ。いいかい。キミは立派に奴隷ディーラーとしての務めを果たしてくれたうえに、【リセット】の秘密まで打ち明けてくれたんだ。奴隷解放を目指す僕としては、そのことが何よりも嬉しい。そしてキミという存在は、僕にとっての希望なんだよ。ヨースケくん」
まるで恋人から愛の告白を受けたような気分で、恥ずかしい。イケメンの彼はその青い目で僕を見つめて微笑んでいる。いや、僕にその気はないからね。
「わ、わかりました。じ、じゃあこれは遠慮なく……」
「うん。余計なことかもしれないが、キミはもう少し貪欲になった方が良いね」
鍛冶師のレイウォルド氏にも、似たようなことを言われたな。他人から見て、僕ってそんなに欲がないように見えるのかな。前世の自分では一六歳ってそんなもんだと思っていたけれど、ここでは違うらしい。商売っていうのも変だけど、奴隷を扱う人間は、もっと貪欲であるべきってことなのだろうか。
アレックスからもらった報酬を、腰に装備した無限アイテムバッグのなかにしまいながら、これをくれたレイウォルド氏のことを思い出しながら、そんなことを考えていた。
「せっかくキミと会えたんで、これから親睦を深める食事でもと思っていたんだけれど、残念ながらそうも言っていられなくなったようだ。僕はこれから冒険者ギルドで依頼をしたのちに、急いで王国に戻らないとイケなくなってしまった。今回の国境警備兵の件とベナトゥレス王国崩壊の危機。これらを早急に王にお伝えする義務がある」
「やはり、難しい事態なんでしょうか」
「ヨースケくん。少し前に僕が言っていたことを覚えているかい。王国がとある獣人たちの国と揉めたって言っていたのを」
「あ、はい。それが原因で帝国や他の人族の国からも狙われだしたって」
「うん。その獣人の国っていうのは、正確に言えば、彼らが住んでいた国、ベナトゥレス王国のことなんだ」
「ええっ!?」
アレックスの発言に驚く。
王国と揉めている国が件のベナトゥレス王国。それをネタに帝国や周辺の人族国家からも付け入れられている状態。そこへきて、ベナトゥレスの崩壊。王国の国境警備兵の暴走。亜人たちへの強引な奴隷化。これらに何か作為的なものを感じてしまうのは自然なことだろう。
「これは我が国を落とそうとする他の国の陰謀の予感がするんだ。なんとしてもそれを阻止するために、僕は一刻も早く、王国へ戻らないとイケない」
「わかりました。僕たちのことはお気になさらないでください。彼らのことは任せてもらっていいですから」
アレックスの貴族としての義務。
この国に住んでいる僕としても、他国との戦争なんてごめんだ。彼にはその役目があるし、手の届かないところは、僕が手伝おう。そんな気持ちが思わず言葉に出てしまった。
「ありがとう、ヨースケくん。では、彼らのことを頼む」
「はい。アレックスさんもお気をつけて」
固い握手を交わし、僕らはそこで別れた。
アレックスは兎人族のふたりと他の仲間を引き連れ、オークション会場を去り、あとに残されたのは僕とアルテシアたち、それとここでの生活を希望するドワーフとエルフ。家族との再会を願う少女ソフィーに、ローザに依頼された戦士奴隷候補のふたり、人族の戦士と黒豹族の女戦士だ。全部で計八名。結構な大所帯になってしまったけれど、移動とか大丈夫かな。
「えーっと、初めまして。僕はヨースケと言います。短い間のお付き合いの方も、いらっしゃるかもしれませんが、改めてよろしくお願いします。」
まずはあいさつを済ませる。
バタバタしていたせいもあり、それさえ忘れていたことを思い出したからだ。
「アルテシアです。ヨースケさんの奴隷をやっております。よろしくお願いします」
「同じく奴隷二号のジーナだよ~ヨロ~」
「ドワーフ鍛冶師のドレイクじゃ。よろしく頼む」
「エルフの道具屋メイウィンです。よろしく」
「そ、ソフィーと申します! ふ、ふつつか者ですが、よ、よろしく願いしますっ!」
「黒豹族のリサメイだ。よろしく」
「……アハトだ」
それぞれが僕に続いてあいさつをする。
一番最後にあいさつをした人族の戦士アハト。彼だけが暗い表情をしていたのが、少し気になったけれど、他のメンバーもいる手前、詳しい話は宿に戻ったあとにでも聞くとしよう。
「じゃ、じゃあ皆さん、そろそろ移動しましょうか。まずは鍛冶師のドレイクさんを、知り合いの工房までお連れしますから、全員でついて来てもらえると助かります」
「「了解!」」
「「はい!」」
「「オッケー!」」
それぞれから了承を得た僕は、階段へと向かう。
それに連なって、他のメンバーも動き出し、同じ境遇からの解放感でお互いに親近感が湧いたのか、仲良く話しながら移動をする彼ら。もうすぐで会場の端にある上下に続く階段の辺りにまで来ようかというとき、
「ま、待ってくれ!!」
うしろからそう叫ぶ声がした。
全員が振り返ると、そこには土下座をしたアハトがいた。
「ア、アハトさん、どうしたんですかっ!」
あわてて彼に尋ねるが返事がない。
土下座したままのアハトは、ずっと押し黙ったまま、その姿勢を崩そうともせず、目をつむっている。わけがわからない僕は、彼に近付き、再び声をかけた。
「アハトさん、いったいなにを――」
「……俺は、俺はっ……!」
絞り出すような声で呟くアハト。
何かを言いたげな彼の体は小さく震え、まるで誰かに懺悔でもするかのようにうずくまっている。オークションのときに見た、彼の勇敢な姿はそこにはなく、ただ罰せられるのを待つかのような罪人の姿を模していた。彼のようすがさきほどとはあまりにも違うため、違和感を感じた僕は、ゆっくりとした口調で理由を尋ねてみる。
「何か言いたいことがあるんですか? アハトさん」
「――!」
僕の言葉に反応した彼がぎゅっと拳を握る。
しばらくそのままだった彼は、やがて閉じていた目を開け、目の前で自分に対して心配そうな顔をしているメンバーたちを見つめながら、声を発した。
「お、俺は、あんたたちを捕縛した、国境警備兵の元兵士だ」
「「――!」」
彼の告白に全員が驚く。
目の前に自分たちを奴隷に落とした奴らの兵士がいる。それも同じ奴隷としてだ。理由はどうであれ、その言葉に一番衝撃を受けたのはこの少女だった。
「か、返して下さい……父を! 母を! 姉を……返してくださいっ!!」
「ソ、ソフィー!」
涙を流しながら激昂するソフィー。
僕が止める間もなく、彼女はアハトへと走り寄ると、必死に彼にすがりついた。全員が理解していたのに、誰も彼女を止めることが出来なかった。平和に家族と旅をしていた彼女が、突然、他国の兵士たちに襲われ、一家もろとも掴まり、誰の行方もわからないまま、たったひとり知らない街で奴隷にされようとしていたのだ。同じ境遇だった彼らたちの誰が、彼女の行為を責められようか。
拳をアハトに強く叩きつけ、泣き叫ぶソフィー。その声は言葉にならないまま、黙ってそれを受け入れているアハトにぶつけられた。僕ではどうしようもない状況に、アルテシアとジーナが動いた。
「ソフィーさん。落ち着いてください。あなたの気持ちはみんな理解していますから」
「そうだよ、ソフィーちゃん。でも、このおっさんだって、さっきまでみんなと同じ目にあってた仲間だよね? 兵士だったのに奴隷に落ちたのって、なんか理由があるかもしんないじゃん」
「……」
ジーナの言葉に反応するソフィー。
黙ったまま、さっきまでアハトにぶつけていた拳を止め、何か考え事をしている。彼女もわかっていたのだ。ここにいるアハトを含め、全員が被害者だということを。
「アハトさん。詳しい話をしてもらえますか。あなたがなぜ奴隷になったのかを」
「……」
黙ってソフィーの行為を受け入れていたアハトが、彼女が拳を下ろすと同時に、顔をあげる。その目には悲しみが浮かび、目の前のソフィーを含め、メンバー全員を見つめているようだった。そして僕の要望通り、彼はこれまでの経緯を、記憶をたどるようにして話し始めた。
「お、俺はあの日、国境近くにいる不穏分子たちを捕縛、もしくは殲滅しろという上の指示を受け、仲間たちともに、総勢五〇名近くの部隊で出動したんだ……」
「「……」」
全員がアハトに注目する。
自分たちが捕縛された理由を知るため、彼の言葉を一語一句、聞き漏らすことのないよう、耳を澄ませている。それはもちろん、ことの真相を知りたい僕らも同じだった。
「すぐにわかったよ。彼らが不穏分子ではなく、国を追われてきたベナトゥレスの住人だってことを。国境を越えようとする難民のほとんどが亜人や獣人とわかれば、これが何か別の意味を持つ作戦だってことくらい、ただの兵士だった俺たちにでもすぐに理解出来たさ」
そう言ったアハトが唇を噛む。
記憶をたどるにつれて、自らの怒りが蘇ったのか、拳をぎゅっと握りしめている。そのまま少し黙り、落ち着いたところで、彼はまた話を再開する。
「俺以外の兵士たちは、そのまま命令通り彼らを捕縛した。逆らう者には、容赦ない仕打ちまでやる奴もいたが、俺にはどうしてもそれが出来なかった。彼らはなんの罪もない人々だ……我慢出来なくなった俺は、その場で命令を放棄した」
アハトの瞳に影が差す。
そのときの情景を思い出しているのだろう。自分の信頼する国から、理不尽な命令を受けたときの彼の心情を思うためか、誰もアハトを責めようとする者はいなかった。
「その結果、俺は敵前逃亡者として捕らわれ、あれよあれよという間に、犯罪奴隷にまで落とされてしまったよ。そしてそのあとは、あんたたちと同じだ」
そう言ってアハトは、メンバーたちを見据えた。
そして、再び地面に両手をついた彼は、メンバーたちに深く頭を下げる。
「すまなかった! あんたたちを救えなかった俺は、ただ命令に背くだけしか出来なかった。もっと仲間を引き留めてさえいれば、この娘さんの両親だって救えたかもしれない……。さっきからずっとそのことばかりが頭をめぐってしまって、どうにもならないんだ。ここであんたたちに謝らないと、俺はこの先には進めない。俺はあんたたちと一緒にいる資格もないサイテーな男なんだ!」
「……」
アハトの独白に黙ったままの彼ら。
その表情は複雑で、誰もが彼を責めることもなく、じっと頭を下げたままの彼を見つめている。それは、自分の発した言葉が、この場にいる全員の意見となりそうなのが怖いのか、誰ひとりとして彼を非難する声をあげない。シンとした空気のなか、居た堪れなくなった僕が、その代弁をしようと口を開いたとき、
「頭を……頭を上げてください」
「――!」
最初に発したのはソフィーだった。
一番最初にアハトへ自身の怒りをぶつけた彼女が、この場でもその主張を先んじたのだ。彼女は自分の目下にうずくまる男の頭を見据え、感情のない声をかけた。
「……」
ゆっくりと顔を上げるアハト。
彼の目は怯えていた。目の前の若い少女に、なすすべもなく拳をぶつけられ、自分の告白を聞いたあとにも関わらす、冷たい声のままだった、彼女の顔を見るのを恐れていた。
そんなアハトを見つめるソフィー。
周囲が息を呑む状況のなか、沈黙が続く。
そして、そのまま何事もなく、時間だけが過ぎようとしたとき、彼女の口が開く。
「今も……あなたを許すことは、私には出来ません。現に私の家族はあなたたちのせいで、行方不明のままです。でも……もし、あなたがそれを悔いているのなら、私の家族を一緒に探して下さい。それが……今の私の気持ちです」
「……良いのか……俺が、その役目を任せてもらっても……」
こくりと頷くソフィー。
戸惑うアハトがチラりと僕の方を見る。まあ、こうなることは流れでわかっていた。ローザに頼まれていた戦士候補がひとり減ってしまったけれど、これが一番理想的かもしれないと思いながらも、僕は黙って彼に頷いた。ホッとする彼は、ゆっくりと立ち上がり、片腕を胸の前に当てると、再びソフィーの前に跪いた。
「不肖なる戦士アハト。ソフィー嬢のため、この命をかけることをここに誓う」
まるで騎士と姫のようなふたり。
周囲の仲間が見守るなか、誓いを立てる戦士アハトと、それを受ける、どことなく気品が漂う少女ソフィー。
ここに奴隷戦士と少女の誓いが交わされた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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