第三十九話 奴隷社会の闇
「お待たせしました」
奴隷たちを気遣うアレックス。
彼はこちらを振り返り、少し疲れたようすの表情で微笑んだ。朝からずっと闇奴隷オークション会場に居たからなのか、流石に半日以上となれば疲れもするだろう。彼が解放する予定の奴隷たちはすでに彼の話を聞いたようで、絶望の淵から救われたような、晴れ晴れとした顔の者もいた。
「いや、大丈夫だ。彼らと話していたので、ちょうどいいくらいだったよ」
どんなときでも、相手を気遣うアレックスは、こんなときでも柔和な態度を崩さない。僕とはあまり年齢も変わらないようだが、やはり貴族として生きてきた彼は、そういったところにも品性が漂う。
現在この部屋には僕ら以外、誰も居ない。
これから奴隷に施すスキルを、このメンバーに見られたとしても、アレックスならきっと秘密にしてくれるだろう。彼から受ける仕事でもきっと必要になるのだろうし。
そう言えばたった今、習得したスキルに、便利そうな名前のものがあったな。確か【奴隷管理】だったっけ。たぶんさっき見たサブ画面を使うやつに違いない。
さっそく自分のステータス画面を立ち上げる。
【ステータス・オープン】
【名前】
ヨースケ
【固定ジョブ】
奴隷ディーラー レベル5
【業】
【人種】
人族
【年齢】
16
【ステータス】
軽い疲労感
【装備】
良質な普段着
革のベルト
良質なズボン
硬質なブーツ
無限アイテムバッグ
【所持スキル】
奴隷契約 5
奴隷解除 5
奴隷売買 5
奴隷譲渡 5
奴隷管理 常時
□
「あれ? レベルが上がってる」
さっきまでレベル4だった奴隷ディーラー。
奴隷関連のスキルを何回か使ったせいか、レベル5になっていた。戦闘より経験値効率が良いのか、レベルひとつあげるのにも時間がかかっていたのに、奴隷スキルだけでポンと上がるなんて、これは僕に対し、あまり戦わず、ジョブのスキルを使うことに専念しろと言っているのかもしれない。レベルが上がったことで、さっき使用した奴隷売買の使用回数も元に戻ったようだ。
【所持スキル】にある【奴隷管理】は常時と表示されている。これは回数制限のないスキルだから、いつでも使えるらしい。アルテシアみたいに、状態異常耐性とか取得出来れば良いけど、そう甘くはないようだ。
一番下にある【奴隷管理】に触れる。
ブンと音が鳴り、その横にさっき見たサブ画面が現れ、僕の管理する奴隷たちの名前だけが表示される。これをさらに押せば、彼らのステータス画面をこちらで自由に閲覧できるのだろうか。そう期待して開いたので、正解でありますようにと願いながら、サブ画面の一番上に表示されている、アルテシアの名前に触れる。
【名前】
アルテシア・■■■■■■
【固定ジョブ】
騎士 レベル32
【業】
奴隷 【所有者】ヨースケ
【人種】
人族
【年齢】
17
【ステータス】
満腹気味
【装備】
騎士のブロードソード
上質なチュニックワンピース
戦士のベルト
硬質なニーハイブーツ
【所持スキル】
騎士スキル 高速剣 32
身体強化 32
状態異常耐性 常時
回復小 常時
「あ。私のステータス画面が」
「うっわ! アル姉レベル高っ!」
うしろにいたアルテシアが小さく声をあげる。
その横にいたジーナが、初めて見たアルテシアの画面で彼女のレベルを知り、驚いている。とりあえず個人情報なので、すぐに閉じると、ふたりがすぐに詰め寄って来た。
「すごいです! 奴隷ディーラーの新しいスキルですか?」
「お兄さん、これでアタシらの秘密丸わかりじゃん。チョースケベ!」
「なんでだよ! 仕方ないだろ。勝手に覚えるんだから」
ジーナの揶揄に反論する。
決してむやみに覗いたりしないからな。たぶんだけど……。
「それよりも、ヨースケくん。彼らの奴隷の絆が、突然、黒から赤に変わったんだが、理由はわかるかい?」
アレックスの問いかけで、僕は彼らの方を見た。
宿屋のパフィー曰く、普通は黒ばかりで、赤は僕の奴隷だけと言っていたとおり、会場では黒だった彼らの首輪が赤に変わっている。きっと譲渡されたときに変化したのだろう。アレックスには、僕の奴隷になった証だと言うと、それで納得してもらえた。
「アレックスさん。今から僕のあるスキルを、あなたの奴隷に使いますが、良いですか?」
「スキル?」
オークション中に考えていたことを、アレックスに提案する。彼は小首をかしげながらも、特に不安気な顔や訝し気な表情になることなく、そのわけをを聞くために、こちらをじっと見つめている。
「はい。出来ればこのことは、秘密にして欲しいのですが」
「ほう」
アレックスの目に光が宿る。
あれ? これはしくったか。もしかして話しちゃダメなパターンだった? 僕が少し警戒すると、彼はとたんに表情を緩め、僕の肩に手を置いた。
「ヨースケくん。やはりキミはただの奴隷ディーラーじゃなかったんだね」
「え? あ、いや、その……まあ、はい……」
違ったようだ。
彼は満面の笑みで僕の肩をポンポンと叩き、スキルの使用を承諾してくれた。
「キミのことは信用している。そのスキルとやらも、きっと彼らを救うものなんだろう」
「はいっ! それはもう」
「ならいい。僕はそれを決して口外しないことを誓うよ」
アレックスの誓いの言葉を信じ、僕は頷く。
さあ、スキルを使うとしよう。まずは、デスカウントという、呪い持ちのエルフの女性だ。僕は自分のステータス画面を開いたまま、彼女のステータス画面をこちらで立ち上げる。
【名前】
メイウィン
【固定ジョブ】
道具作成士 レベル19
【業】
奴隷 【所有者】ヨースケ
【人種】
エルフ
【年齢】
125
【ステータス】
【呪い】デスカウント
【装備】
汚れた服
【所持スキル】
道具作成 19
道具破壊 19
精霊の加護 【無効】
状態異常耐性 【無効】
「えっ! あ、あたし!?」
自分のステータス画面が開かれたことに気付いた、メイウィンが驚きの声をあげる。ずっと呪われた自分を悲観し、不貞腐れていた彼女は、アレックスに解放の件を聞いても、あまり嬉しそうではなかった。そして、僕らを囲む奴隷たちの更にうしろに立っていた彼女は、一番最初が自分だと知り、少し困惑しているようすだ。
《対象の【ステータス】に、状態異常として呪い【デスカウント】の効果を確認。特殊スキル【リセット】を使用します》
「えっ!? な、なにこれ……なんか聞こえる」
「ヨースケくん!」
アナウンスの声はメイウィンにも届いている。
いきなり脳内に響く声に動揺を隠せない彼女。そんな彼女を心配してか、さすがのアレックスも、僕に確認するかのように、不安げな声をかけてきた。
「大丈夫ですアレックスさん。……【リセット】を使用する!」
《了解しました。リセットします》
「「――!!」」
閃光が、メイウィンを中心に僕やアレックスを包み込む。しばらく目を閉じたままでいると、いち早く目を開けたアレックスが僕に問いかける。
「ヨ、ヨースケくん……今の光は……」
「アレックスさん、とりあえずメイウィンさんのステータス画面を見て下さい」
「が、画面を……?」
僕の指示で、アレックスが画面を覗く。
【リセット】は問題なく発動し、メイウィンのステータスからは【デスカウント】の文字は消え去っていた。覗いた当初はその変化に気付かなかったアレックスも、【ステータス】を見て、あっと声をあげる。
「ど、どういうことだ。彼女の呪いが消えている……!」
「「ええっ!?」」
信じられないといった風のアレックスの声に、メイウィンを始め、他の奴隷たちもあわてて彼女のステータス画面に群がって来た。
「ほ、本当じゃ……消えておる」
「何が起きたんだ」
「デスカウントって、一度呪われると絶対解除出来ないって、聞いたことがあります」
「でも実際に消えてるよ」
「これって奇跡だよね……」
「すごい……」
それぞれがメイウィンの画面を見ながら、推測や感心の言葉をささやく。そして、群がる彼らの真ん中に、震えているメイウィンがいた。
「あ、あたし……そ、そんな……」
言葉に詰まりながらも、何かを言おうとするメイウィン。他の奴隷が言っていたように、解除不可能な【デスカウント】が消えたことに、ショックと戸惑いを隠せないみたいだ。
「こ、これがキミの力なのか。ヨースケくん……」
真剣な顔のアレックス。
彼に【リセット】についての説明をしようとしたとき、ふいに何かが僕を包み込む。
「メ、メイウィンさん?」
僕の首元に抱きつくメイウィン。
背伸びした彼女が僕を頭から包み込む。
耳元に彼女の息遣いを感じる。
彼女は泣いていた。
声も出さずに泣いていた。
彼女の震えが僕に伝わって来る。
ふわりと木の香りが鼻をくすぐる。
これは彼女の匂いだと、なぜかわかった。
エルフは森林の香りがするんだと。
自然と心が安らいでいく。
抱きしめられた力は頼りなく、いつでも離すことは出来たけれど、そんな気は当然おこることはない。
メイウィンが泣き止むまでのあいだ、僕は彼女の香りに包まれながら、そっと彼女の髪を撫で続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あでぃがど。あどぅでぃだば」
ようやくメイウィンが落ち着いた。
泣きすぎたせいか、ひどい鼻声のままで僕に礼を述べる彼女。混乱しているせいか、僕を主と呼ぶ。彼女の首輪はアレックスの希望通り、すでに外してあるので、もう奴隷ではない。それでもさきほどよりはだいぶマシになったので、彼女のフォローはアルテシアやジーナに任せる。
「説明してくれるかい。ヨースケくん」
そのタイミングを見計らって、アレックスが僕に【リセット】についての説明を再度求めた。最初から僕も彼には正直に話すつもりだったので、メイウィンによって後回しになっていた説明を、再開することにした。
「はい。えっと……僕のスキル【リセット】なんですが、実は、いろんなものを元に戻す力があるんです」
「【リセット】……元に……ハッ! そ、そうか、それで彼女が呪われる前に戻したということだね」
「「ほお~」」
アレックスの理解が早い。
あっという間にスキルの特性を理解し、その価値もわかった彼は、しきりに頷き、感心している。他の奴隷も、どうやら彼の言葉で【リセット】の能力が理解出来たみたい。
「なんてことだ。僕は今、この奇跡を目の当たりにして、感動している……」
アレックスがワナワナと震える。
彼の話によれば、この世界には以前聞いたとおり、欠落した体を元に戻す魔法が失われている。現在ある回復魔法は、軽い切り傷などの外傷や病気などに対して、ある程度の効果をもたらすだけで、【リセット】のように、一瞬で復元するまでには至らない。
そして、呪い持ちと言われる者が敬遠される理由は、それを解除出来る者が特殊な人材であることと、その解除に対し、法外な報酬を求められるという事情があるため、奴隷になった者が呪い持ちだった場合、ほぼ確実にゴミ箱部屋行きが決まっているのだという。
「その解除系魔法や回復魔法の権威である法王の国では、以前まで呪い系の解除は国の慈善事業だったんだ。しかし、つい最近、かの国で政変が起こってしまってね、上がすげ変わってしまったおかげで、今ではただの回復魔法でさえ高額な報酬を取っていると聞く。そんなご時世のなかに、キミという奇跡が現れたのだ。僕らが驚くのもわかるだろう?」
「な、なるほど、そういうことなんですね……」
政変とか何か物騒な感じがする。
異世界の政治とかには興味もないが、このスキルを他人に知られ過ぎた場合、いずれその国からの干渉があるかもしれない。なんせ、その国が法外な報酬で回復魔法や解除魔法を生業としているのを、こちらは無償で使っているのだから。
「僕も貴族という立場としては、この奇跡を王国の役に立てたいという気もしないでもないが、キミと約束した以上、誰にも言わないよ」
「アレックスさん……」
アレックスの気遣いが嬉しい。
彼の貴族としての立場だと、この場で僕を捉え、直ちに王国へ報告という筋道のはず。それをやらないというところが、彼という人間の本質なのだろう。
「だがこれで、この奴隷社会の一番の闇を晴らせるかもしれないと思うと、僕は興奮を隠せないよ」
「奴隷社会の闇?」
拳を震わせ、そう語るアレックス。
奴隷社会の闇という言葉が気になり、彼に尋ねる。
「うむ。復元魔法が失われた今、戦争やその他の災害で体の一部を失ったままの者は大勢いる。裕福な者たちならば問題ないが、それ以外の者はいずれも社会から役立たずの烙印を押されてしまい、遅かれ早かれ、奴隷に落ちる運命をたどる」
なんとも酷い話だ。
もう記憶から薄れつつあるけれど、たしか、前世の世界ではそんな人々にも当然生きる権利と、社会的にも環境が整備されていたはずだった。 なのにこの世界ではそういった配慮もなく、ただ腕を失くした、足を失っただけで、即座に奴隷に落ちるといった悪習がまかり通っている。復元魔法がなくなったこの世界では、人々が生きる権利さえもないのだ。
「そんな、手足を失ったからって、すぐに奴隷だなんて酷すぎませんか」
「復元魔法のないこの世界の法で、最も多く執行される刑罰は、四肢のいずれかを切断する刑なんだよ、ヨースケくん。一部の心無い奴隷推進派によって考え出された、処刑で人口を減らすくらいなら、多少なりとも使える者は奴隷にという思想は、今や数多くの国で常識化してしまった。太古の魔神の呪いは、人々の優しさまで変えてしまったのだよ……」
奴隷社会の闇。
アレックスは、まるで自分の力不足だとでもいうように悔し気に語る。彼に落ち度はない、それどころか、その闇に立ち向かおうとしているのだ。彼の役に立ちたい。自然とその気持ちが沸き上がってくる。
偶然、手に入れてしまったスキル【リセット】。
僕はこれから、この力をどう使えばいいのだろうか。
そんな先の未来が、ぼんやりと見えてきた瞬間だった。
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