第三十八話 初めての奴隷売買
《ではまた、来月の同じ日に会いましょ~さよ~なら~》
例のオークショニアが会をしめる。
本日すべてのオークションが終了し、奴隷たちはそれぞれの新しい主の下へと旅立っていく。夕方の部の奴隷たちは僕とアレックスの下に一度保護され、僕の方はローザへの譲渡。アレックスの方は基本解放、もしくはそのまま彼の下に保護となる。こう言うと、僕の方はなんかいかにも奴隷売買って感じがするけど、今回ばかりは仕方がない。次回からはアレックスの下で奴隷解放に勤しむ予定だ。
「じゃあ、僕はさっそく彼らを迎えに行ってきます」
「あ、ヨースケくん。僕も行こう」
落札に支払う資金をアレックスから貰い受け、そのまま彼らのいる控室へ行こうとすると、彼に止められた。普段はすべてディーラー任せだったらしいが、僕が初めてということもあり、一緒に同行してくれるそうだ。奴隷はすでにアルテシアとジーナがいるが、実際売り買いしたわけではないので、実は初めてな僕。正直、誰かが同行してくれるのはありがたい。
会場の奥には大きな控室が用意されてあり、奴隷とその落札者が、ディーラー立会いの下に奴隷売買を行う場所として、ギルドから解放されているとのこと。ほとんどの落札者はそれが面倒なため、実際にはディーラーだけが一度自分の奴隷として引き受け、その後、奴隷たちを連れて主の邸宅やディーラーの事務所などで契約をし直すといったやり方が、今の常識だそうだ。
実際行って見ると、本当に誰もいない。
というか、今回、僕らしか落札していないから、居ないのは当然なんだけど。
部屋に入ると、奴隷たちが待っていた。
不安がる者や黙り込んでいる者、ムスッとした者など、さまざまな反応を僕に見せる。まあ奴隷ディーラーだし、そういう目で見られるのは仕方がないね。七人の奴隷たちは首の輪っかに鎖をはめられ、それが壁に繋がっている。そしてその横には、僕やアレックスが会いたくない人物が立っていた。
「なんで、キミが……」
自分の声が嫌がっているのがわかる。
なにせ、さっきまで僕らに挑発的な態度を取り続けていた人物が、ニコニコしながら立っているのだから。そんな僕の漏れ出た言葉に反応する彼女。
「えーだってぇ~。あたし一応あなたと同業者なんですもの~。オークショニアのお仕事は臨時です、臨時」
しらじらしくも馴れ馴れしい態度の彼女。
オークショニアだった彼女は、実は同業者だったというオチ。同業者の仕事を、平気で邪魔をしてくるとか、やはり奴隷デイーラ―は信用出来ない。
「で、なんでここにいるんだ」
「ああ。夕方の部の奴隷ってだいたい犯罪奴隷ばっかだから、まとめてあたしが詰所から契約して連れてきたの。だから、こいつらは今、あたしの奴隷ってわけ~」
理解したけど、納得したくない。
出来ればチェンジと言いたいところだけど、他に誰もいないので仕方がない。不敵な笑みを浮かべる彼女が僕に手を差し出す。さっさと支払えって意味だろう。しぶしぶ彼女にアレックスから受け取った資金を支払う。
「えーっと。合計が白金貨三十枚と金貨六枚でちょうどいただきまーす。ふふっ。惜しかったな~」
「なにが」
落札代金を支払うと、彼女が笑う。
あまり彼女と関わりたくないのだけれど、こんな意味深な笑いをされると、何か気になるので、思わず理由を尋ねてしまう。
「えーあともう少しで白金貨七十枚以上、せしめられると思ったのに、ざーんねん! あれ、あなたの常客でしょ? たぶん王都の貴族だから、あの犬おじさんよりも、もーっと出すんじゃないかって期待してたのにぃ~」
「彼はもうすでに朝と昼に何人か落札したんだ。キミが変な欲出さなければ、こんな大金、支払う必要なかったんだろ?」
「あれ~バレちゃった? 夕方の部って、一律で金貨一枚のスタート価格って決まりなんだけど、どうせ売れないと思ってたのに、あなたがバンバン落札しちゃうから、つい欲張っちゃった。ゴメンね」
あっけらかんと謝る彼女。
ジーナ以上に面倒くさそうだ。
そう思ったら後ろの視線が少し気になる。
振り返ると、なぜかジーナが睨んでいた。な、なんで……!?
「でも、夕方の部の奴隷を引き取っても、売れないから君にメリットないじゃないか。なのにどうしてわざわざ詰所から連れてきたんだ?」
「えっ! 知らないの? 詰所から連れて来るのって、ギルドの会員で持ち回りなんだって」
「えっ!? マ、マジで?」
「マジマジ! あなたにもいずれ回って来るから、覚悟した方がいいよ。手間ばっかで儲からないからみんな嫌がってるし」
最悪なことを知ってしまった。
そんな役目があるなんてセシリー言ってたっけ? まあそんな持ち回りがあるなら仕方ない。そのときは頑張ろう。
「じゃあ、次はあなたに奴隷を渡すわね。ステータス画面開けて」
言われるがままに画面を立ち上げる。
僕の横に並んだ彼女も、同じようにステータス画面を立ち上げた。そして、ちょうど横一列に並ぶ二つの画面。てか、距離が近い。
「へー。ヨースケちゃんて言うんだあ」
「ちゃ、ちゃん……?」
隣から覗いたのか、僕の名前を呼ぶ彼女。
いや、ちゃんて……。
「あたしはトリッシュよ。てか、ヨースケちゃん、レベル低~い」
「う、うるさいなあ!」
馴れ馴れしく僕をちゃん付けしてくる彼女。
名前はトリッシュと言うらしい。レベル低くて悪かったな。こちとら地獄のレベリングでようやく上げたんだ。数日前なんて、まだレベル1だったんだぞ、この努力を認めろ。
などと内心、悪態をつきながら彼女の画面を覗くと、年齢は一緒なのに、レベルはなんと22だった。ごめんなさい。
「それじゃあ、ヨースケちゃん。自分の画面の【奴隷売買】を長押ししといて。あたしはこっちで【奴隷譲渡】押すから」
「は、はい」
思わず敬語で返す僕。
だってレベルだいぶ上の先輩だし、つい……。
「アハハ。敬語なんていいよ! あたしらタメなんだし」
「え? あ、うん」
なんか最初の印象と違うトリッシュ。
意外に良い人? いやいや! 騙されないぞ!
気を引き締めて、惑わされないようにする。そうこうする間に、僕とトリッシュの画面が光り出す。
「はい、リンク完了~。じゃあ、あたしのとこにある奴隷リスト、そっちに流すから」
「え? あ、うん!」
初めてのことに戸惑うまま、返事を返す。
リンクと呼ばれるのは、スマホみたいなものなのだろうか、お互いの画面が光り出すと、トリッシュの画面に小さなサブ画面が現れた。そこには奴隷にした七名の名前が表示されてあり、彼女がそれを指で僕側にフリックすると、表示されていた名前が素早く横に走る。すると今度は、僕の画面に小さなサブ画面が現れ、そこに彼女のサブ画面から飛ばされた、奴隷の名前が浮かび上がった。
「はあ~こうなるんだ……」
思わず感心する。
初めての奴隷売買、なんか面白い。
「はーい。全員譲渡完了~お疲れさま」
「え、あ、お、お疲れさまです……」
トリッシュが労いの言葉を僕にかける。
なんか会場で会ったときとキャラが違うけど、やっぱり良い人? 彼女に返事を返し、自分のサブ画面を確認する。それぞれの名前が七名分、きちんと表示されている。これで彼らは僕に譲渡されたらしい。ふとメイン画面のスキル欄を見ると、新たに二つのスキルが加わっていた。
「なんか急に僕のスキル欄に【奴隷譲渡】と【奴隷管理】って出たけど……」
「あれ~ヨースケちゃん、奴隷売買、初めてだったんだあ。ふふっ。あたし、ヨースケちゃんの初めてをもらっちゃったね!」
誤解を生みそうな物言いをするトリッシュ。
どうやら、この新しいスキルは、【奴隷売買】を使うことによって覚えるものらしい。となると、ある疑問がひとつ浮かんでくる。
「ちなみにスキルの【奴隷契約】は、回数制限と奴隷を契約する数が同じだけど、【奴隷売買】と【奴隷譲渡】の数は一回で、複数の奴隷がやり取り可能だから覚えといてね。それと、このあと貴族さんに奴隷を渡すんでしょ? そのときは【奴隷譲渡】を長押しするだけで、貴族さんに一方的にリンクするから安心して。さっきのはディーラー同士のやり取りだから」
「わ、わかった……。で、あ、あのさ。この【奴隷譲渡】って、誰かから譲渡されないと覚えないってことだよね? そうなると一番最初の人って、どうやってこのスキル覚えたの?」
「うーん。そこはトリッシュちゃん、わかんなーい」
いわゆる、卵が先か、にわとりが先かという問題だったのだけれど、トリッシュには難しかったようだ。異世界の起源とかわからないし、とりあえずスキルを得ただけでヨシとしよう。あと、彼女が教えてくれたとおり、レベル4の僕は【奴隷契約】は一日四人までだけど、さっき使った【奴隷売買】の回数は4から3に減っていただけだった。
「よし! ヨースケちゃん。あたしやることやっちゃったし、そろそろ行くね」
「あ、うん……その、あ、ありがと……」
「こちらこそ白金貨、ゴチで~す。じゃあ、またね」
「……って、やっぱ金かよ!」
最初の印象が最悪だったトリッシュ。
なんだかんだといろいろ世話になったので、素直に礼を言う。出来ればもう会いたくない。呆れる僕に、笑顔でまたねと言った彼女は、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「ふう。終わった」
なんだかどっと疲れてしまった。
初対面だったけど、トリッシュは気安い分、なんか余計に気疲れしてしまった。まあ、同業者とあんなに話したのも初めてだったけれど、いろいろと勉強できたので、差し引きゼロといったところか。
少し伸びをしたあと、うしろで待つふたりが気になり、何気に振り返った。
「あ……」
「「……」」
なんかすごく睨んでいらっしゃる。
このまま僕も部屋を出ようかなと思ったとき、ふたりにガシッと両腕を掴まれてしまった。
「な、なにを」
「お兄さん、チョー仲良さげだったじゃん」
隣のジーナが僕の腕にギュッと胸を押し付ける。
彼女の顔は笑顔だが、目が笑っていない。
「そ、そんなことは……」
「その……すごく不純でした」
反対側のアルテシアも追従する。
こちらは腕の圧迫感がすごい。
「ア、アルテシアまで……」
「あのお姉さん、ちょいアタシとキャラ被ってなくね? 出来ればお兄さんの物語に、出てきて欲しくないんだけど!」
さっそくジーナがトリッシュを警戒。
いや、僕も出来れば会いたくない。
「大丈夫だって。早々同業者と会うことなんか――」
「そ、そういうの、さっきジーナが言ってましたけど、フラグって言うんですよね」
ジーナめ、余計なことを。
アルテシアがだんだん遠慮なくなってくるのは、別に良いことだけど、フラグか……。まあ、絶対ないとは言い切れないので、これ以上、トリッシュのことを考えるのは止めよう。
「うんうん。僕も気をつけるから。ね?」
「「絶対ですよ(だからね)!!」」
はあ。余計に疲れた。
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