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第三十七話 オークショニアの思惑



「始まった!」


 ジーナが声をあげた。

 うさぎ耳をピコピコと揺らしながら、人獣のふたりが前に立つ。イヤらしい目つきをした男たちが、ニヤけた面を見せながら、かぶりつくように前に押し寄せる。薄い布一枚を着せられた、彼女たちの肌の露出は多く、隙あらば覗こうとする男たちに怯えている姿は痛々しい。


「くっ! 下劣な奴らめ。わざと彼女たちを辱めるつもりか」


 アレックスがイラついた声をあげる。

 彼の言うおとり、オークショニアのアナウンスは、なかなか始まることはなく、男たちの下卑た視線を浴びる彼女たちは、すでに恥辱の限界を迎えそうだ。


「あぁ……」

「ひぐぅ……」


 真っ赤な顔のうさぎ人獣たち。

 そろそろアレックスや僕の我慢も限界を越えそうになったとき、ようやくオークショニアが魔道具を持ち始めた。


《お待たせしました! えー参加者の皆さまには、彼女たちのアピールタイムを、存分に見て頂けたようですね! これは購買意欲を高めるためには、必要なことですのであしからず~》


「くっ!」


《ひいっ!》


 アルテシアが憤る。

 眉間にしわを寄せた彼女は、うさぎ人獣たちの屈辱を前に我慢がならなかったようだ。オークショニアの女性が語る詭弁(きべん)を聞き、その限界を超えたらしい。自らの殺気をオークショニアに飛ばしたのか、舞台袖に立つ彼女が小さい悲鳴をあげる。暴力に訴えるのはよろしくないが、これくらいなら見逃すしかない。正直、僕も同じ気持ちだし。


《で、では……これより兎人族(とじんぞく)ふたりセットのオークションを始めます! スタート価格はふたり分なので金貨二枚からでーす! さあどうぞ!》


「金貨四枚!」

「十枚だ!」


「金貨十一枚!」

「十三枚!!」


 あっという間に金額が上がっていく。

 今までの入札はなんだったんだと思うくらいの盛り上がりだ。まるでメインの朝や昼のように競りあがる彼女たちの入札価格。これが正常なオークションであるはずなのに、なぜか嫌悪感しかない。群がる男たちの顔は皆一様にイヤらしい顔だ。落札されるふたりのことを思うと、ここは絶対に負けるわけにはいかない。


「金貨十五枚!」


 アレックスの頷く合図と共に、手を挙げる。

 金貨十五枚と言えば、僕が今回のオークションのために予算としていた金額と同じだ。それがふたりとは言え、即座にこの価格まで競りあがったのを考えると、僕の想像していた以上にこのオークションの相場は高いようだ。もし予定通り昼の部に参加していたら、きっとひとりの奴隷も落札出来なかったに違いない。


「じ、十六枚!」

「――! 金貨十七枚!」

 

 別の声が競りあがった。

 アレックスの顔を見ることなく、僕はさらに上乗せする。ぐうっと唸る声がしたが、そのあと誰も競りあがることはなく、僕たちの落札で終了する。欲望はあるようだが、朝と昼に散財してしまった奴らには、夕方の部に割くほどの余裕はなかったようだ。無事に人獣ふたりを救うことが出来たことに、僕らはホッと胸を撫でおろす。


 しかし、まだ救うべき奴隷たちは残っている。

 次は僕が落札する予定の、虎の顔を持つ獣人だ。筋肉質な身体に獰猛そうな目付き。犯罪奴隷と言っていたが、いったいどんな罪を犯したのか。場合によっては落札を見送ることも検討しないとイケない。その場合アレックスに救ってもらうことになるんだけど、仕方がない。ローザに余計な負担をかけるのも気が引けるし。


「獣人だが、戦士が欲しいというヨースケくんの方を優先してくれ。もし厳しいなら僕の方で引き受けるからね」


 僕の懸念を見透かしたかのように、頼りになる言葉をかけてくれるアレックス。もう彼には何も言うことはない。奴隷ディーラー視点から見れば、最高の常客といっていいだろう。そんな彼に頷き返し、僕は気を引き締める。


《えー続きましては六人目の奴隷になりまーす! 黒豹族(くろひょうぞく)の戦士は結構レアですよ~なかなか奴隷にはなりませんから。しかも()()は黒豹族の長の娘! 村の掟を破ってしまい、長自らの手で奴隷に落とされてしまいました~かわいそぉ~》


「え? じ、女性!?」


 オークショニアの説明に驚く。

 鍛え抜かれた体は浅黒い体毛に覆われているため、女性っぽい特徴に気付かなかった。言われてみれば胸の辺りにふくらみがある。てっきり胸板の筋肉だと思っていた僕は、じっとそこを見ていたことを思い出し、気恥ずかしくなる。うーん。獣人て見た目じゃわかりにくいな……。しかも虎じゃなくて黒豹だったし。少し虎にしては黒っぽいなと思ったけど、黒豹って動物が頭に出てこなかったのは僕のミスだ。


 あと注目すべきところは、彼女が黒豹族の長の娘だってこと。何か掟を破ったって言っていたけれど、なんの掟までかはわからない。とにかく長自らって言ってたし、落札した後から種族間の問題に発展――とは、ならないと思うので、とりあえずヨシとしよう。でもそんなレアなのに、なんで夕方の部なんだろうか。


「黒豹族は獣人のなかでも特に寿命が短いんだ。およそ十年だと聞いている。彼女もたぶんあと一年くらいだろう。夕方の部にいる理由もきっとそれだ」

「え? そんな短いんですか……」


 僕に耳打ちするアレックス。

 黒狼族も二十年くらいだと聞いたけど、それよりも短いのか。同じ人の系列なのに、そこまでの違いっていったいなんだろうか。人族と獣人の決定的な遺伝子の違いでもあるのか? とりあえず入札する意思をアレックスに伝え、オークションの開始を待つ。


《では! そんな悲惨な黒豹族のオークションを、さっそくはじめま~す! スタート価格はたったの金貨一枚! どうぞっ!》


 いちいち言い方がムカつく。

 オークショニアの女性は、女性の奴隷になると、極度に嫌がらせが酷くなるようだ。言葉もなんかトゲが多くなるし、同性としてのいたわりとかないのかと言いたい。正直、すごく苦手なタイプだけど、まあ、それはおいとくとして、結局、黒豹族の彼女も誰ひとり競合相手は出ず、僕が無事に競り落とした。


《なーんか、そこの物好きなお客さんばっかが落札してますねー。他の参加者の方も頑張って下さいよぉ~!》


 連続して落札する僕らに対して、嫌みっぽいアナウンスをするオークショニアの彼女は、他の参加者にも入札を勧めるが、すでに一番のお目当てだった兎人族のふたりは、僕らが落札したため、奴らの落胆は激しい。オークショニアの言葉にもまるで耳を貸さず、薄ら寒い笑みを浮かべているだけだった。


 そんな参加者の消極的な態度に業を煮やしたのか、オークショニアの彼女が、いきなり目の前にある台を思いっきり叩く。突然のことに驚く参加者たちが彼女に注目すると、ニヤリと笑う彼女が言った。


《えー最後の奴隷、人族の女の子の個人情報をお伝えしちゃいま~す! 今年十五歳になる彼女。実はまだ生娘で~す!》


「「な、なんだって!?」」


 ざわつく参加者たち。

 兎人族のふたりにかぶりついていた男たちが、とっさに立ち上がる。特に獣人や人獣の男たちが目をギラつかせて興奮気味だ。暴動でも起こしそうな彼らの変化に戸惑う僕。その理由をすかさずアレックスが教えてくれる。


「理由は省くが、獣人や人獣の男たちにとって、人族の生娘を(めと)ることは一種のステータスなんだ。最後のオークション。彼らが本気を出すと長引くかもしれないぞ」

「は、はいっ!」


《ということでぇ~皆さんには頑張ってもらいたいので、さっさと始めちゃいますね~! ちなみにスタート価格は、その辺りの付加価値を考慮して、白金貨五枚からで~す! どうぞ!》


「「白金貨五枚!?」」


 僕を含め、参加者全員が驚く。

 いきなりの価格アップなど聞いていないし、きっと彼女の独断だろう。夕方の部に出ていた奴隷たちは、皆金貨一枚からのスタートだったはず。それが突然五十倍になったのだ。他の参加者も一瞬怯んだが、それにもめげず、手を挙げたのは、例の獣人や人獣の男たちだった。


「白金貨六枚だあ!」

「白金貨十枚!!」


「十二枚!!」

「十五枚!!」


 異様なほど価格が上がっていく。

 手を挙げるものは、そのほとんどが獣人や人獣の男たちだ。血走った眼を奴隷の少女に向けながら、どんどん競り上げていく光景に寒気がする。こいつらが競り落としたとき、彼女の行き着く未来が見えてしまったような気がしたからだ。


 ふと、オークショニアの方に視線を向けると、僕らを見てニヤニヤと笑っているのが見えた。クソっ! あいつめ!


「ヨースケくん! 絶対に救ってみせるぞ!」

「はいっ!」


 僕と同じことを思ったのだろう、アレックスが僕の肩をがっしりと掴んで叫んだ。そして僕の耳を引き寄せ、小声でささやく。その言葉に僕は目を見開くが、彼は僕を見て大きく頷く。アレックスの本気を見た僕は、飛び交う怒声にも似た、獣人たちの競り値を前に、再び気合を入れ直す。


「よしっ!」


 彼の耳打ちで、奴隷少女の予算が決まった。

 それを最大限に活用し、彼女を救う。あのオークショニアの思惑に乗るようでイヤだが、仕方がない。この余興を思いついたのも、きっと僕たちが気に入らなかったのだろう。あんな女の思い通りにしてたまるか。


「白金貨三十枚!!」

「――!!」


 僕の提示した金額に驚く参加者。

 白金貨十五枚の倍を提示したんだ。それは驚くだろう。オークショニアも驚いている。僕らの本気を見ろ。


《え、えーっと、いきなり白金貨三十枚が、で、出ちゃいましたあ……み、皆さん、ほ、他には……》


「白金貨三十五枚」

「「おおっ!」」


 僕らの提示額に対抗する声があがった。

 どよめく観客の声。皆が一点を見ている。僕もそこに視線を送ると、こちらと同じ段にある反対方向の席に座るひとりの男がいた。それは黒いマントを羽織り、片目には黒い眼帯。顔は犬顔――いや、どう見てもブルドック顔の男が、こちらを見てニヤけている。


 この勝負の相手は、どうやら彼になりそうだ。

 僕も相手を睨み返す。すると、犬顔の男が視線を僕から逸らした。


「ブルトン侯爵か。獣人の国アフェトンの重臣だ」


 僕の隣に座るアレックスがそう呟いた。

 顔見知りのようだ。侯爵の逸らした視線は、アレックスを見ていたらしい。いや、それよりも早く価格提示をしないと。僕は二人の睨み合いをよそに、次の価格を提示することにした。


「白金貨三十七枚!」

「八枚だ」


 即座にブルトンが値を競り上げる。

 チラりとアレックスを見ると、静かに頷いている。これは戦えの合図だろう。実質、人族と獣人族の貴族同士の対決だ。他の参加者もなりを潜め、僕らの動向を追うことに専念したらしい。シンと鎮まり返る会場に、僕とブルトンの競り値だけが響き渡る。


「白金貨四十二枚!」

「四十三」


 どこまでも食らいつくブルトン。

 急激な値上げはしないが、常に僕の提示額に、白金貨一枚分を上乗せして来る。マズい……。このままいけば、アレックスの提示した予算にもうすぐ届いてしまう。そこから上乗せされると、この勝負、僕らの負けになってしまう。


「白金貨四十五枚!」

「四十六枚」


 数回の競り値をあげたところで、ブルトンが嫌な笑みを浮かべる。その意味がわからないまま、僕は奴の提示額に白金貨を一枚上乗せする。


「白金貨四十七枚!」

「白金貨七十枚」


「えっ!?」


 思わず声をあげる。

 ブルトンがいきなり金額を跳ね上げたからだ。どうやらさきほどの笑みは、これを意味していたらしい。クソっ。と、内心憤る。


 僕らの予算は白金貨五十枚だった。

 七十枚なんて出されたらもう負けを認めるしかない。オークショニアの企みによって、ブルトンという最強のカードが登場するなんて思いもしなかった。


 アレックスも黙ったままだ。

 オークショニアもニヤニヤしながら魔道具に手をかけ、落札の宣言をあげようとしている。仕方がない。僕らも精一杯頑張った。しかし相手が悪すぎたんだ。


 素直に敗北を認め、隣にいるアレックスに、期待に沿えなかったことを詫びようとしたとき、ブルトン側から怒鳴り声があがる。


「な、何をやっているんだ貴様は!!」


 ブルトンが怒りを向けるのは、白金貨七十枚を提示したあと、彼の下にいきなり現れた部下のような男だ。 申し訳なさそうな顔の男と、それを睨みつけるブルトン。なにやら小声でやり取りをする彼ら。オークショニアも魔道具を抱えたまま、ことの成り行きに戸惑っている。


「すまない。このオークションを棄権させてもらう」


 苦虫を噛み潰したような顔のブルトンが、立ち上がり際にそう宣言する。そのまま男を従え、足早に会場をあとにするブルトンを、ポカンと見送る参加者や僕ら。やがてその視線がオークショニアへと向かうと、ハッとなった彼女があわてて魔道具を起動させる。


《え、えーっと。いきなりブルトン氏が棄権されてしまいましたので、彼の競り値は無効となり、最終競り値は、その直前の白金貨三十枚でフィニッシュとなります。え~それらを踏まえた結果、落札者はあちらの少年となりま……す。はい……》


「や、やった……」

「ご苦労だったね。ヨースケくん」


 納得のいかない顔のオークショニア。

 そのまま彼女の思惑どおりになるところだったはずが、突然消えたブルトン侯爵の棄権によって、図らずも失敗に終わり、僕らはなんとか少女を救えたのだった。


 アレックスに労われながら、他の参加者たちから、気持ちのこもっていない拍手を受けた僕は、大きく安堵の息をつき、その場に伏せる。


「お、終わったあぁ……」


 こうして、僕にとって初めての闇奴隷オークションは、多少のプレッシャーを感じながらも、何とか無事に終了した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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