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第三十六話 闇奴隷オークション快進撃



「キミを僕の代理人としたい」


 アレックスの代理人になった。

 彼は、僕の奴隷ディーラーとしての初めての常客だ。まだ売買契約さえやったことのない僕は、その不安を彼に正直に話すが、それはこれから経験すればおのずとわかると言われる。まあ、スキルの導くままにやるだけだろうし、頑張るしかないのだろう。幸い、今から行われようとしている、夕方の部でその練習が出来るのだ。ここで慣れておくことが出来るのはありがたい。


 ちなみに代理人の報酬は手数料制だ。

 代理人はあらかじめ候補の奴隷を見つけておき、常客に詳細を含めて進める。予算を常客と決め、オークションの競りを代理人が受け持つ。見事予算内に収まれば、最初に決めた予算との差額が報酬としてもらえるという仕組みになっている。要するに、最初の予算を、いかに多く常客から引き出すかが、報酬の決め手となるらしい。したがって予算を超えるような競りをすれば当然、常客の信用を失い、ましてや競り負けるなどもってのほか。奴隷ディーラーとしての腕を疑われてしまうことで、他からの依頼さえも受けられなくなる。だから闇奴隷オークションで無事落札することはディーラーたちにとって、仕事を得るか失うかの勝負所なのだ。


 しかしアレックスにとって、それらは特に意味のないことだった。


「僕の場合、彼らを救うことが目的だから、予算のことは気にしなくていい」

「な、なるほど……」


 さすがは貴族といったところなのか。

 僕を睨んで出て行ったバークレイが睨んでいた理由がわかった。あらかじめ、ありえないほどの金額を提示すれば、差額は全部こちらのものになってしまうのだから、アレックスという常客を失うことは彼にとって相当の痛手になったに違いない。


「あと、これだけは優先的にお願いしたいんだ」

「なんです?」


「人族よりも、とにかく亜人や獣人を優先的に救いたい。これは王国の平和のためでもあるんだ。犯罪奴隷はともかく、亜人のほとんどは、無理やり奴隷にされている場合も多いんだ。人族はそのせいもあって亜人たちからひどく嫌われている。現在他国との争いがあるのも、もとはといえば、とある獣人の国との揉めごとが原因でね。それに乗じて帝国や他の人族の国からも我々の国は狙われているんだ。我が王自身にそんなつもりはないのだが、今現在、その配下たちのなかに奴隷を推奨する者が多いこともあって、なにか罪を犯せばすぐに奴隷落ちとなるという、くだらない法のおかげで、この国には奴隷たちが蔓延している」


 転生して日が浅い僕には、とにかく知らないことが多い。奴隷が多いこと。亜人であるレイウォルド氏と繋がりの深い国王と、その配下たち。そう言えば獣人との揉めごとはセナも危険視していた。この国を知る上で、奴隷を知るということは必然なようだ。そういったことも含めて、貴族であるアレックスの代理人になることは、僕にとって有益なのかもしれない。


《おまたせしました! これより夕方の部を始めます。まずは最初の奴隷――》


「あ」

「始まったようだね。じゃあ――」


 会話の途中で始まってしまった。

 とりあえずアレックスには、僕の目的としているふたりの奴隷について説明する。王都へと行く武器屋の定期便に戦闘奴隷が必要なため、その依頼で戦闘が出来るあのふたりの奴隷が必要だと。アレックスの理想からはいきなり外れてしまうが、こればかりは彼と出会う前に依頼を受けたので、仕方がない。そのあたりは寛大なのか、自分の理想と僕の仕事は、今は別として考えてもらっていいとアレックスは言った。少し後ろめたい気分のまま、僕はアナウンスの声に再び耳を傾ける。


《――ドワーフ奴隷のスタート価格ですが、まずは金貨一枚からです!》


「えっ」


 僕はその価格の安さに驚いた。

 奴隷の値段というものは、金貨一枚。前世の価値として三万円なのか。最初から誰も入札しないことはわかっているので、この金額が彼の命の値段と言ってもいい。さっきのアナウンスではここにいる奴隷たちはみな犯罪奴隷だと言っていた。だから実質元値がない。普通の奴隷と違い犯罪奴隷は敬遠されがちだとは思うけれど、金貨一枚は安すぎではないのだろうか。


 僕は不安を隠せないまま、さきほど席を移動して、今は隣りにいるアレックスをチラりと見る。


「やはり夕方の部は犯罪奴隷ばかりか。どんな罪を犯したのかはわからないが、落札には少し迷いが出てしまうね」

「やはり、この夕方の部は入札を止めた方がいいんでしょうか」


 アレックスは奴隷を買えばすぐに解放すると宣言している。犯罪奴隷を落札して世に放てば、それは王国にとっても害になる可能性もある。彼の理想と現実には、こういった矛盾点も出てしまうのが問題なのかもしれない。


「いや。さっきキミに宣言したとおり、あのふたりの戦闘奴隷以外の全員は、僕の責任ですべて競り落としてもらって構わない。ただ今回全員がこれ以上競りあがらないことは最初からわかっているし、キミへの報酬は、それぞれの奴隷の最終落札価格を、そのまま報酬とさせてもらうよ」

「えっ!? そ、それでは誰かが競り上げたりした場合、アレックスさんが倍以上の金額を支払うことになりますよ?」


「いいんだ。これは僕とキミのこれからの契約料にしようじゃないか」


 そう言って片目を閉じるアレックス。

 イケメンは何やっても様になるっていうけれど、ウインクひとつでもカッコいい。貴族である彼にとっては金貨一枚なぞ大したものではないのだろうけれど、僕にとってはまだまだ大金だ。アルテシアたちを見ると、黙って頷いているし、僕もそろそろ商売というものについて、貪欲になるべきなのだろうか。


《さあ! どなたかいらっしゃいませんか? 鍛冶師のドワーフを手に入れるチャンスですよ?》


 僕とアレックスが無言で頷き合う。


《うーん。残念ながらどなたも、いらっしゃらないようですので、ドワーフの入札はこれにて――》


 突然、周囲がざわつき始める。

 それもそのはず、誰も入札しないであろう夕方の部に、初の入札者が現れたのだから。手を上げて、アナウンスを兼任している、オークショニアと呼ばれる競売人の言葉を止めたのは僕だ。


 そのオークショニアも思わず僕を二度見するほど、これはめずらしいことだったのだろう。出来レースと言ってもいいほどに、最初から仕組まれた余興。落札もされないまま、ゴミ箱部屋に落とされることを悲観する、奴隷たちの顔を拝みたいがために開かれた茶番。そんなことは僕が。そして、アレックスが許しはしない。


 ざわつく観客には僕やアレックスに対して野次を飛ばす者もいて、これが正真正銘の余興だと立証しているようなものだ。オークショニアも周囲の係りの者をチラチラと見て、この状況の指示を仰ごうとしている。やはりこいつらは全員クズだった。


《え、えーっと。め、めずらしく入札者が出てしま……失礼。出たようです! 金貨一枚の入札者! さあ、ほ、他にいらっしゃいませんか?》


 動揺するオークショニア。

 僕意外、誰も入札などしないことを知っているくせに、しらじらしくも競売を盛り上げようと必死だ。それにさっきまでは入札のないオークションを、さっさと終わらせようとしていたくせに、今回はなかなか終わらせようとしないところなど、見ていてうんざりする。


《し、仕方ありません。これで終了とします! 落札者はそちらの少年! 落札価格は金貨一枚です!》


 数分粘ったあげく、仕方なくと前置きをするオークショニア。もうグダグダのようすだ。周囲のブーイングのなか、落札されたドワーフは会場をあとにする。普通ならこれで僕が会場裏に向かい、奴隷売買の手続きなどをするのだろうけれど、今回はあそこにいる全員を競り落とすため、今は行かない。


 ドワーフが去ったあと、続いて二番目に紹介されていたエルフの女性が前に立つ。


「うむ。珍しいな夕方の部にエルフなんて……。もしかしたら何か曰く付きなのかもしれないね」

「そうなんですか」


 エルフと言えば、奴隷のなかでは人気商品らしく、普通ならメインの朝や昼に出て来るのが通常なのに、なぜここに? というのがアレックスの見解だ。彼いわく、なにか訳アリかもしれないとのことだが、少し不貞腐れているだけで、僕から見れば普通の綺麗なお姉さんにしか見えない。


《えーご存じ、当オークションにて絶大なる人気を誇る種族、エルフである彼女。皆さんの困惑は手に取るようにわかります! しかしっ! 残念かな、このエルフの彼女は~呪い持ちなのでしたあ!》


「そうか。呪い持ちだったのか……」

「えっと、呪い持ちって……」


『はあ……。呪い持ちってのは、ステータスに呪いがかかってることっ。それくらい知っとかないとヤバいよ~お兄さん』


 呪い持ちという言葉に反応するアレックス。

 初めて聞く言葉に、僕がボソりと呟くと、隣に座るジーナが、あきれたようすで耳打ちをしてきた。なんでも、ステータス異常のことを呪い持ちと言うらしい。覚えておこう。それと同時に、僕はあることを思いつく。


《しかも! 呪い持ちは呪い持ちでも、彼女の場合はデスカウントの呪い! あと一年の命と知ってか、奴隷に落ちてもずーっとこのようす――》


「どうせ死ぬんだから、買っても無駄だよ! さっさとゴミ箱部屋でもどこでも連れてけっての!」


 アナウンスの途中で、エルフの彼女が怒り出す。

 ずっと不貞腐れていたのは、短い命に絶望して自暴自棄になっているのだろう。うしろにいたふたりの係りの者に、首輪に繋がった鎖を引っ張られ、制止を受けている。


「ヨースケくん。デスカウントの呪い持ちだが、仕方がない。彼女を安全な場所で看取ってあげよう。そのまま落札してくれないか」

「あ、はい。たぶん大丈夫だと思いますけど、了解です」


「ん?」


 呪い持ちのエルフでも関係のない、崇高な精神の持ち主であるレックスは、予定通り彼女の落札も僕に指示をする。()()()()()()()()()()僕としても、願ったり叶ったりなので、問題なくそれを了承する。アレックスは不思議そうな顔をしたけれど、隣に並んで座っているアルテシアやジーナを見ると、なぜか苦笑いだった。まあ、彼女たちにはお察しのようだ。


《ではさっそくですが、彼女のオークションを開始します! 入札価格は例の通り金貨いちま――って早いっ!!》


 オークショニアが言い切らないうちに手を上げる。

 すでに金額の相場は一定のようなので、さっさと数をこなそうとフライング気味に入札をする。さきほどと同じようにざわつきとブーイングが飛び交うが、あと五人もいるのだ、そんなのに構っている暇はない。


 僕が連続で入札したのを見て、呪い持ちのエルフに価値があるとでも思ったのか、少しだけ手を挙げようとする者もいたが、結局途中で断念したようだ。よってこのふたり目のオークションも、僕たちが落札することが出来た。


「順調ですね」


 ジーナを挟んで、ふたつ隣に座るアルテシアが僕に語りかける。直接僕の奴隷が増えるわけではないので、彼女も安心しているようすだ。まあ、この先増えるかどうかはわからないけれど、そのときはちゃんと相談した方が良さそうだな。また拗ねられてしまうと困るし。


「お兄さん、気に入ったら増やすんでしょ? 奴隷」

「ば、馬鹿! 何言ってんだよ!」


 勘のいいジーナがまた僕をからかう。

 その奥にいるアルテシアのキラりと光る鋭い視線。それに気付かないふりをしながら、あわててジーナの口を黙らせる。今、そんな話をしている場合じゃないんだ。次はいよいよ僕の依頼を遂行する番だ。


《えー続きましてのご紹介ですが、次の奴隷は人族の戦士です! 彼は犯罪奴隷に落ちたのにも関わらず、その罪を一切認めず、これまで一貫して無罪を主張してきました。まあその結果がこの夕方の部となっては、笑えないんですけどねー》


「……」


 心無いアナウンスに参加者が一斉に失笑する。

 そんな周囲の冷たい目にも構うことなく、沈黙を続ける戦士。彼の奴隷落ちの背景には何かありそうだ。ローザに引き渡す前に、なんとかその問題を解決する必要があるな。僕はそのことを頭の片隅にしまった。


《それでは! この罪深き戦士のオークションを始めたいと思います! 入札価格はお決まりの金貨一枚からっ!》


 即座に手を挙げて入札を済ませる。

 すでに僕らが全員を入札する気でいるのを察したのか、会場からは数名の退場者が現れた。彼らは余興目当てで来たのだろうが、それが叶わないとなると知るや、このオークション自体に興味が失せたらしい。結果を最後まで見ることもなく、この場を去って行った。


「ヨースケくん。この次に出る、ふたりの人獣には気をつけてくれ。これまでとは違って、もしかすると、他の参加者が現れるかもしれない」

「え?」


 突然のアレックスの忠告。

 人獣ふたりと言えば、うさぎ耳の綺麗なふたりだったはず。ニヤついた男たちの目を思い出す。アレックスの忠告は、きっとその男たちの参戦を示唆するものだろう。僕は、ぎゅっと拳を握りしめ、少し緊張感を持ちながらも、次のオークションを待つことにした。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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