第三十五話 貴族アレックス・レイモンドの善行
「どうだろうか」
再び念を押してくる男性。
褐色の肌に映える金のネックレス。
指には数々の宝石をたずさえ、キラリと光る歯を見せて微笑む、眉目秀麗で偉丈夫な彼は、僕が落札をと考えていたふたりの奴隷以外を、お詫びに自分が引き取ると言い出した。
「どうしてそこまで……」
自然と彼に疑問を投げかけていた。
それになんのメリットがあるのか皆目見当がつかない。どう考えても僕が少し睨んだだけのこと。わざわざ気を悪くさせたお詫びというには、かかる費用を考えても良策とは言えない。
いや、彼から感じられる裕福さを鑑みれば、こんな滑稽な申し出など、ひとつの娯楽、戯言に過ぎないのだろうか。いや、むしろそう考えるのが自然なのかもしれない。朝と昼の高額奴隷は確か、さきほどのアナウンスでも言っていたように、白金貨八百枚もの大金だった。それを二回も落札させるほどの彼に、ここにいる出がらしと言われる彼らを買い取ることなど、きっと動作もないことに違いない。
「その前にお互い自己紹介といこうじゃないか。僕はアレックス・レイモンド。見ての通り金にだらしのない貴族の放蕩息子さ。ここにはたまたま観光に訪れただけでね。闇奴隷オークションを開催しているのを耳にしたから寄ってみたんだ」
「え、あ、えっと……ヨースケと言います。見ての通り奴隷ディーラーです……」
「ほう。キミはディーラーだったのか」
アレックスの自己紹介に僕も続く。
奴隷ディーラーだと正直に話すと、彼の目が途端に好奇なものに変わる。どうせ貴族にとって奴隷ディーラーなど最下層のジョブとしか思っていないのだろうし、彼の目が変わるのも仕方がない。今まで出会ってきた、何人かの悪意のある人たちからの扱いの悪さを経験した僕は、そんな彼の視線も気にはならなくなっていた。
「失敬。じゃあさっきのキミの質問に答えよう。僕はこう見えて奴隷というものが嫌いでね。実際子供の頃から家には何人もの奴隷を従えていたんだが、どうにもその制度自体に疑問を感じていたんだよ」
「は、はあ……」
彼は笑みを浮かべながらも、目は笑っていない。
きっと僕のことも嫌悪しているのだろう。ともすれば奴隷ディーラーの批判でもするつもりなのか? 僕はそのはけ口に選ばれただけなのかもと、嫌な予感がした。
「ははは。別に奴隷ディーラーであるキミを責めているわけじゃないよ。固定ジョブなんだし、何らかの理由で、それを選んだキミの決意を批判するつもりもない。僕はただ、奴隷という制度そのものが許せないだけなんだ」
一瞬、どの口が、と言いそうになった。
彼はここに何しに来ているのだと。奴隷を買い漁りに来たのではないのかと。さきほど自慢げに朝と昼の高額奴隷を落札したなどと言っていたじゃないか。口では偉そうな理想をかかげていても、やっていることはまるで違う。僕はそんな言葉には騙されないぞ。といった反発心が僕のなかに生まれる。
「まあ、奴隷を買っているのに、矛盾したことを言っていると思われるかもしれないけど、これでも僕は、彼らを出来る範囲で救っているつもりなんだよ」
「え?」
まさか彼のスキルに、相手の心を読む能力でもあるのでは? と疑ってしまいそうになる。まるで僕が今思っていたことを、わかった上で弁解するかのように彼は言った。思わず声に漏れ出るのは、驚きしかない。
ふと、彼を取り巻く女性たちに目が行く。彼の容姿にも負けず劣らず美しい姿の彼女たちに、悲壮感は見当たらず、それどころか幸せに満ちた表情で、彼と共に酒をたしなんでいるようすを見るに、きっと彼の言動に嘘偽りはないのだろう。それとひとつ目についたのが、彼女たちの首元だった。
「ああ。彼女たちの首元が気になるのかい? 奴隷の絆がないから、おかしいと思ったのだろうけど、正真正銘、彼女たちは奴隷――いや、元奴隷といった方がいいかな」
「元ーーですか」
「うむ。僕は彼女たちをお迎えしたあと、すぐにその首輪を外し、奴隷から解放しているんだ。これまでにも多くの奴隷を解放したけど、そのほとんどが、自分の戻るべき場所へと帰って行ったよ。まあ、なかには僕の下に残ってくれる者たちも何人かいてね。こうして行動を共にしているのさ」
そう言うアレックスに寄り添う彼女たち。
その光景に芝居じみたものはなく、心底彼を慕うようすが見て取れる。
ああ。
さっきまで僕が彼に対して抱いていた感情は、すべて思い違いだったんだ。悪役令嬢ディアミスの件もあって、貴族という存在が、イメージ的にあまり良いものでなかった僕は、一方的に彼も悪者なんだと思い込み、そしてあろうことか軽蔑してしまった。いくら誤解とはいえ、自分の心と了見の狭さに嫌気がさす。
そして彼はまぎれもない善人だ。
奴隷をひとりでも多く解放へと導くため、貴族として出来ることを最大限に利用している。それがたとえ焼け石に水だったとしても、彼の善行を誰が責めることなど出来よう。それに比べ、奴隷ディーラーになったことを嘆くだけで、何一つ行動に移さない僕の方こそ、ただ口だけの人間だ。
「ごめんなさい……アレックスさん」
「どうして謝るんだい。ヨースケくん」
「僕はあなたのことを誤解していました。あなたも、この場にいる裕福な人たちとなんら変わらない残酷な人だと。ただ奴隷を買い漁るだけの人だと思ってました。でもそうじゃなかった。あの……失礼なことを思って、本当にごめんなさい」
僕の素直な懺悔をじっと聞き入るアレックス。
奴隷ディーラーの戯言だと思ってもらっても構わない。奴隷を扱うジョブの僕が、自分を棚に上げて人に批判なんて、いったい何様のつもりなんだと罵ってもらってもいい。それだけの驕りをさっきまで僕は抱いていたのだから。
しかし、アレックスはそれをしなかった。
その口角をあげ、僕の方を見て笑いかける彼に、そんなようすは見られない。そして少し間を置いて真面目な表情になるアレックスが言った。
「僕の方こそキミに謝らないとイケないことがある」
「え?」
「実は、僕はキミたちがこの会場に入って来たときから、ずっと観察していたんだよ。こんな若い少年が奴隷を連れていったい何しに来たのかとね」
アレックスが僕に話した内容はこうだ。
奴隷を引き連れた自分よりも年若い少年が、闇奴隷オークションに現れた。最初は僕を夕方の部を冷やかしに来た、お忍びの貴族の息子だと思っていたらしい。適当に絡んで早めにこんな場所から僕を遠ざけようと考えていた彼は、その機会を伺っていた。
掲示板を見たり、係の者に話しかけるところを見て、これはもしや、僕が新たに奴隷を購入する気でいるのではと考えたアレックス。出がらしと揶揄される奴隷を購入するなんて、普通奴隷を何度も買っている者たちなら、悪趣味でもない限り寄り付きもしない夕方の部にわざわざ現れた少年。もしかすると自分と同じ考えの持ち主かもしれないと思った彼は、僕の近くに席を移動させ、何かあれば接触を図ろうとタイミングを見ていたそうだ。
「だがキミは、貴族の道楽息子ではなく、奴隷ディーラーだった。そこで驚いたんだよ。キミの両隣にいるお嬢さんたちの行動にね」
「彼女たち?」
僕はアレックスの言葉に反応し、ふたりを見る。
アルテシアとジーナは、なぜかそれぞれ気まずい顔をしたまま黙っている。アレックスの言葉の意味がわからなかった僕は小首をかしげる。彼女たちが何をしたんだろうかと。
「やはり気付いていないのかい。今も彼女たちは僕に警戒し、武器に手をかけているのを」
「えっ!?」
あわててふたりの腰元をみると、たしかに武器に手をかけていた。ふたりを見ると目を逸らす。なんで!?
「キミが貴族の息子だとしたらその警戒心もわかるけど、奴隷ディーラーと奴隷の関係で、キミの安全を常に守っているのが驚きだったんだよ。会場でうろついているキミを見ていたときも、ずっと彼女たちは周囲を警戒していた。普通なら奴隷ディーラーなんて、奴隷から忌み嫌われていても仕方がない存在だからね」
「ヨースケさんはそんな方じゃありません!」
僕のことを擁護するアルテシアが叫んだ。
他の席から少し注目されてしまったが、そんなことは今、どうだっていい。
「え、ずっと? アルテシア……」
「え、えっと……」
アルテシアに問いかける。
これまでずっと、どんな些細なときでも、どんな場所でも、絶えず僕の身の安全を気にしていたことを。
「アル姉だけじゃないよ。アタシだって頑張ってたんだから、ちゃんと誉めろっつーの!」
「ジーナ……」
少し顔の赤いジーナ。
まだ知り合って日の浅い、彼女も同じだったなんて。僕は自分の鈍感さに落ち込む。
「ヨースケさんが気になさると思って、ずっと気付かれないようにしていたんです」
「アルテシア……」
彼女たちの気遣いが胸に沁みる。
なんだろう。ちょっと目頭もヤバい。僕はつい最近まで、彼女たちとは【リセット】で救っただけの関係だと思っていた。途中いろいろあったけど、根っこの部分はそれが一番の理由だと思っていたのだ。今でこそ絆を深められたと自分でも感じ始めていたけれど、まさかそこまで彼女たちに大事にされていたなんて。今すぐ彼女たちを抱きしめたい気持ちをぐっと抑える。そして、それを教えてくれたアレックスに感謝を。
「やはり僕がにらんだ通りだ。キミはただの奴隷ディーラーじゃないね」
「え? いや、その……」
【リセット】がバレているのかと思った。
しかし、それもすぐに思い直す。彼は僕らの関係のことを言っているのだと。普通というのがどういう関係かはわからないけれど、奴隷ディーラーと奴隷の関係性を越えているという意味では、僕はただの奴隷ディーラーではないのかもしれない。
「いやーお待たせしましたアレックスさま。ようやく朝と昼に落札した奴隷たちを、このわたくしめが引き取って参りましたぞ」
突然、僕たちの間に割り込むように、男が現れた。
僕よりもずいぶん年上の壮年といった男の手には、ふたりのエルフと見られる奴隷たちに繋がれた鎖が。たぶんこの男がアレックスの代理人として奴隷商ギルドと出品者に掛け合い、奴隷を売買してきたのだろう。彼から言えばアレックスが常客という間柄に違いない。
「「キャッ」」
空気を読まない奴隷ディーラーが、手柄でも立てたようなドヤ顔でこちらに近付いて来る。その拍子に、首元の輪っかに付いた鎖を彼に引っ張られた格好で、体制を崩したエルフの女性たちが小さく悲鳴をあげた。男はそんな彼女たちに振り返ると、チッと舌打ちをして睨んだ。
「お前ら、アレックスさまの御前だぞ。もっとシャキっとせんか!」
「ううっ!」
「くっ!」
男が突然怒りだし、エルフのひとりを殴る。
殴られたエルフは痛みのあまり、その場に泣き崩れる。その横暴な態度に僕は思わず、男に詰め寄ろうとするが、アレックスが先に男に話しかけたことで制止される。
「バークレイくん」
「はっ!」
アレックスの呼びかけに畏まる男。
さきほどまでの不遜な態度とは違い、貴族とはいえ、自分の半分くらいの年齢であるアレックスの前に深々と跪くほどの忠臣ぷりだ。しかし、そんな彼に眉ひとつ動かすことのないアレックス。じっと彼を冷たい目で見据え、一言だけ声をかける。
「キミとは半年の付き合いだったね。ご苦労だった。彼女たちをこの場で解放したあとは、もう二度と代理人を頼むことはないと、思ってくれていいから」
「は?」
アレックスが、その場で彼にクビを宣言する。
状況を掴めていないバークレイは、困惑したまま顔をあげる。
「えっと、いや、な、なぜなのですか! わ、わたしくめが何かご無礼でも!?」
「気付いていないならそれでいい。今日限りでキミはクビだ」
すがりつくバークレイ。
そんな彼に、さきほどと変わらない視線を送るアレックスが、今度は、はっきりとクビを言い渡す。それに対し、わなわなと震えるバークレイ。拳を握りしめ、アレックスを睨み返した。
「こ、これでも、わたくしめは、貴方さまのために……!」
「ああ。今までは感謝している。だがもう……その我慢も限界でね」
「……」
最期の言葉を告げると、アレックスは彼に小袋を投げ渡す。たぶんそれには最後の報酬が入っているのだろう、黙ってそれを握りしめるバークレイ。その俯いた横顔には狂気がにじみ出ていた。
「お前ら! さっさと来いっ!」
「「!!」」
ゆらりと立ち上がったバークレイは、さきほどと同じく不遜な態度に戻ると、うしろで怯えていたエルフたちの鎖を掴み直し、強引に引きずり寄せた。そして、自分のステータス画面を立ち上げると、前に僕がアルテシアに使った奴隷ディーラーのスキル、【奴隷解除】を実行した。
エルフたちの首元に手をかけ、その輪っかを強引に引きちぎるバークレイ。彼女たちの「あっ」と言う声と共に、奴隷の絆は光となって消えていった。
自分たちが解放されたことに、戸惑うエルフたちを横目に、その場から無言で立ち去るバークレイ。ちょうど僕たちの座っていた席のうしろの壁にある扉に向かう彼が、僕たちの横を通り過ぎるとき、
『お前か。あの馬鹿貴族をたぶらかしたのは』
「え?」
バークレイの狂気に満ちた目が僕を射抜く。
ゾクリと背筋に冷たいものを感じると共に、声をあげてしまう。
『ゆるさんぞ……お前の顔は覚えたからな……』
「……」
なぜか僕を逆恨みするバークレイ。
何も言えず黙っていると、両隣の彼女たちが席を立ち始める。アルテシアたちが身構えるのを察したバークレイは、それ以上何も言わずに、扉を開けて立ち去った。
「大丈夫ですか。ヨースケさん」
「ああ。睨まれただけだし、全然」
「あのおっさん、逆恨みにもほどがあるっつーの! マジムカつく!」
アルテシアやジーナにフォローされながら、僕は再びアレックスの方に向き直る。そこには新たに奴隷から解放されたエルフたちを心配して寄り添う彼の姿があった。そしてアレックスは彼女たちを労いながら、僕の方を見て言った。
「イヤな思いをさせてしまって申し訳ない。さっき見たのが一般的な……キミたち奴隷ディーラーの姿なんだよ。僕はこれまで……こうやって奴隷たちが解放される瞬間まで、ずっとこれに耐えてきたんだ。でももうこれで終わりだ……キミというディーラーを見つけたのだから」
悲しそうな笑顔を見せるアレックス。
そんな彼との出会いが、僕のこれからの奴隷ディーラーとしての人生を、とても大きく変えるものであることなど、このときはまだ、知る由もなかった。
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