第三十話 セシリーの秘密
「セシリー」
いつも通り誰も居ないカウンター。
奥にはセシリーが座っている。僕が呼びかけても反応しない。それもそのはず、カウンターの奥には、彼女を取り囲む他の受付嬢たちが。僕の声に気付かない彼女たちは、セシリーを囲んでしきりと何かを叫んでいる。反射的に立ち止まり、遠巻きにそのようすをうかがう僕ら。
「あんた、いい加減にして!」
「アタシたちもう我慢できないんだけど、その態度どうにかなんないの?」
「一番下っ端のくせに調子乗ってんじゃないわよ」
「あたしたち怒ってんだけど、聞いてる!? あたしたちだけじゃなくて、ギルド全体が迷惑被ってるの!」
どうやらセシリーを罵倒しているようだ。
何か揉め事でも起きたのだろうか、取り囲む数名の受付嬢は、カウンターに座る他の受付嬢や奴隷ディーラーたちの視線を浴びながらも、それに構うことなくセシリーに暴言を投げかけている。
あまり人付き合いの上手な女の子ではないことはわかっていたが、同じ職場の同僚にああも言われっぱなしのところを見るに、ギルド内でも相当敵を作っていたらしい。しかし、不器用な彼女の性格だとそれも仕方がないのかもしれない。誰とも目を合わさず、必要な事以外話さない彼女は、言わばこの業務には異質の存在だからだ。協調性のない人間はなかなか周りとも打ち解けないって言うし。
「奴隷落ち寸前のところをギルド長に救ってもらいながら、あの方の好意を無下にするなんて何考えてんの?」
「あたしらだけ言うこと聞いてたらバカみたいじゃん! あんたもそれ相応のリスクを負うべきでしょ?」
「「えっ」」
彼女たちの言葉に反応する僕とアルテシア。
奴隷落ち? ギルド長の好意? それ相応のリスク? それって……。アルテシアはそこまで察したのかどうかは知らないけれど、僕は受付嬢たちの会話から、なんとなくセシリーや彼女たち受付嬢の境遇を察することが出来た。ここのギルド長は、彼女たちに体を要求しているのだと。
まだ顔も見たこともない奴隷商ギルド長に虫唾が走る。地位や権力を盾に好き勝手をしている悪人じゃないのか? 誰も訴えたりしていないのか? そんな考えが頭をよぎる。
「ふん。まあ、ギルド長のお嬢さまが復帰すれば、あんたなんかすぐに用無しだけどね」
「それもそっかあ。アンタ、それだけで生き永らえてるようなもんだしね。あははっ」
「……」
「あんたねえ! いい加減、なんとか言いなさいよっ!」
セシリーを嘲笑う受付嬢たち。
それに対し、寡黙な態度を貫くセシリーは無表情のままだ。それが余計に彼女たちの苛立ちを焚きつけたのか、そのうちの一人が椅子に座ったままのセシリーの肩をドンと勢いよく押した。
「あっ!」
無言のままその場に椅子ごと倒れるセシリー。
思わず僕は声をあげ、セシリーの下へと走り出す。僕の後にはアルテシアや状況が呑み込めていないジーナも続く。バンと勢いよくカウンターのテーブルを跳ね上げ、取り囲む受付嬢のしまったと言う表情を無視し、地面にうずくまるセシリーの傍へと歩み寄った。
「セシリー大丈――」
セシリーの肩を抱き、彼女を起こそうと声をかけたところで、僕は言葉に詰まった。それは彼女が僕の想像を超えた状況だったことに気付いたからだ。
「セ、セシリー……キミは……」
「……」
僕の問いかけに俯いたままのセシリー。
戸惑う僕の手をそっと払いのけ、自力で倒れた椅子を起こし、自らそれによじ登ろうとするセシリー。普通はそんなことをしなくても、起き上がって座りなおせば良いはずの簡単なことが、彼女にはそれが出来ない。
セシリーには脚がなかった。
ギルド職員の制服である、長いスカートから伸びているはずの二本の脚はない。たぶん太ももの半ばから失ったのだろう、もぞもぞと布が動き、支えの無い体のバランスを取るように動いている。やがてひとりで椅子によじ登ることが出来た彼女は、誰も並んでいないカウンターの方を向き直り、じっと黙ったまま俯く。
知らなかった。
いつも気丈に振舞い、カウンターに座っていたセシリー。誰にも媚びず、誰にも心を許そうとしなかった彼女の心の傷、いや、彼女の身体自身の傷さえ、僕は知らなかったんだ。
そう言えば椅子から動く事無く、すべての資料、魔導書を即座に用意していたセシリー。それもそのはずだ。そう簡単に移動が出来ないのだから。それに違和感を抱くことなく、僕らは普通に彼女に接していた。何も彼女のことをわかろうとしないままに。
どう話しかければ良いかわからず、黙ったまま彼女の背中だけを見つめてしまう僕ら。アルテシアはもちろん、初見のジーナも小さく「うわぁ」などと言葉を漏らしている。
「ふん。隣国の罪人で、足まで切り落とされてこの国へ来たくせして偉そうに。いつまでも自分が偉いとでも思ってるのかしらね」
「お高くとまってても、あんたはもうすぐ奴隷なのよ!」
「「――っ!」」
その言葉に苛立った僕やアルテシアが、尚もセシリーに向けて罵声を浴びせる受付嬢たちを睨みつけると、ばつが悪くなったのか、彼女たちはそそくさとギルド奥の扉を開け、そのなかへと消え去って行った。
「セシリーさんっ」
彼女たちが去ったのと同時に、周りで様子を見ていた受付嬢のなかのひとりが、あわてたようすで駆け寄って来る。僕らの年齢よりも少し幼い感じの彼女は、セシリーが倒れた際に散らばったカウンターの下に潜ませていた書類や魔道具などを拾い上げると、彼女の身の回りの整理をし始める。
「ごめんなさい。私、先輩方が怖くて……」
「いつも言ってるでしょう、カチュア。貴女が無理をする必要はありません」
「で、でも……」
受付嬢たちの非道は今回限りだけではないようだ。日常的に行われる嫌がらせに対し、唯一セシリーの味方である彼女は、なかなか助けに入れなかったことを悔やんでいる。それよりも彼女にも親身になってくれる相手が居たことが嬉しい。カチュアと呼ばれた彼女はセシリーのそっけない言葉に気を悪くすることもなく、心配そうな表情をセシリーに向けている。
「お客様もお詫びを。騒がしくして申し訳ありませんでした」
「なに言ってるんだセシリー。僕こそキミがそんな状態だなんて全然知らずに……」
「あいつらチョームカつく奴らだね! アル姉とっちめてやりなよ」
「ジーナ。あまりそう言うことは……」
相変わらず表情のないセシリー。
どうしても彼女の脚に目がいってしまうが、彼女はそれに動じることなく、カチュアと一緒にカウンターの周りを整えている。出来ることなら彼女にも【リセット】で脚の復元をしてあげたいが、大勢の人がいる前でその話題を出すことは、どうにも憚られてしまう。それに彼女はまだ奴隷ではなく普通の市民だ。僕から彼女に一度奴隷になれと言うのもなんか言い辛い。
「今日はどのようなご用件で」
「え? いや、その……」
さきほどの騒動を自身のなかではすでに消化したのか、切り替えの早いセシリーの問いかけに、戸惑う僕。ここで、ただ単に軽い気持ちで食事に誘いに来たとか、いったいどんな顔で言えばいいのか迷ってしまう。彼女の秘密を知ってしまった以上、どうしてもそっちに気を取られてしまいそうで、気まずい。
「ご用件がないようでしたらお引き取りを」
すげなく退去を命じられ、何も答えることが出来ないまま、僕らは奴隷商ギルドの外へ出ることに。たぶん、彼女は知られたくなかったのかもしれない。自分の脚のことや、ギルド内でのいざこざも含めて。そんなことになっているのも知らず、少し話せただけで仲良くなった気でいた自分が恥ずかしい。余計に彼女との壁が厚くなった気もした。
言い知れぬ空しさのままギルドの地下へと向かおうとしたとき、さきほど出て閉めたばかりの奴隷商ギルドの扉が開いた。そしてそこから出て来た人物が僕らを追って来ると、遠慮がちに声をかけてくる。
「あ、あの……お待ちください」
「キミは……」
僕らを追って来たのはカチュアだった。
セシリーに追い出されるようにして出て来たとき、少し物言いたげな表情だった彼女は、僕らが建物を出たところと見計らって追って来たらしい。人に聞かれると気まずいことでもあるのか、建物の裏手に導かれた僕らは顔を見合わせたあと、彼女のあとをついて行く。
「あの……私、セシリーさんのお世話を任されてますカチュアと言います。ギルドでは一応先輩になるんですが、と言っても、彼女とは半年くらいしか差がないんですけど」
改めて自己紹介をするカチュア。
セシリーよりも半年先輩の彼女は、年齢的にはギルドの受付嬢内では最年少のため、ギルド長からセシリーの世話を任されているらしい。それは別に苦でもないらしいのだが、何かと他の先輩受付嬢と衝突する彼女に気を揉んでいるとのことだ。セシリーはあの性格のためか、まるで気にも留めず、いじめ甲斐のない彼女への執拗な嫌がらせは、日を追うごとにどんどんと過激になってきているのが心配だとカチュアは言う。それよりも僕はさっきの受付嬢たちが言っていた例の話が気になっていたので、思い切ってカチュアに尋ねてみる。
「えっと。うちのギルド長は……た、たいそうな好色家でして、私やセシリーさんは今のところ実害はないんですけれど、ほ、他の先輩方はすでに……」
「そ、そんなこと許されるのか? みんなどうしてそんな……」
「仕方がないんです。私たち受付嬢は元は奴隷落ちする予定の者ばかりでした。それをギルド長が受付嬢として雇う代わりにそう言ったことを強要するそうで……だから奴隷になりたくない人は黙って言うこと聞くしかないんです……」
「カチュア。キミとセシリーはどうしてその危険から逃れられているんだ?」
カチュアが言うには、セシリーのおかげでギルド長から彼女たちだけが免除されているとのことだった。理由はおしえてくれなかったが、ギルド長にはセシリーが必要だということはわかった。受付嬢たちの話ではギルド長には娘がいると言っていたが、それに関係があるのだろうか。
「でも、どうして僕たちにわざわざそれを言いに?」
カチュアが人の目を避けてまで初対面の僕らにそれを告げに来た理由がわからない僕は、俯いたままの彼女に尋ねた。少し戸惑いながらも決心したかのように、俯いていた顔をあげ、僕の目をまっすぐ見つめるカチュア。
「あの……あなたがセシリーさんのところに初めてきたときから、私、遠くであなたたちのようすをうかがっていたんです。それで……その日からセシリーさんが、毎日業務が終わっても数時間カウンターに残っていることが続いていて……きっとあなたが来るかもしれないって、待っていたんだと思います……」
「セ、セシリーが……?」
少し信じられないことだった。
あのセシリーが、僕のことをずっと待っていただなんて。
でもあの日、奴隷商ギルドの業務が終わってしまったのにも関わらず、いつものカウンターで彼女は待っていてくれた。その時はたまたま偶然か何かだと思っていたけれど、カチュアから聞いた話でそれが偶然ではないことが証明された。でもどうして彼女はそこまでして、僕のことを気にかけてくれていたのだろうか。戸惑う僕に、カチュアがすがるような声をあげた。
「セシリーさんには時間がないんです! お願いです。彼女を救ってあげてください!」
「カチュア……」
僕の腕を掴みながら、訴えるカチュア。
その腕に感じる痛みに、彼女の必死さや、セシリーへの優しさを感じる。僕がカチュアにセシリーの残された時間というものの意味について尋ねようとしたとき、ギルドの建物の表側から大声でカチュアを呼ぶのが聞こえた。
「カチュアー! カチュア!! いつまで外でサボってるの! さっさと仕事に戻りなさいっ!」
同僚の受付嬢だろうか。かなりご立腹のようすでカチュアを呼びつけている。ビクッとなっている彼女をみるに、相当怖い人のようだ。
「ご、ごめんなさいっ。私、戻らないと……」
「あっ、カチュア――」
引き留める僕の手をすり抜けるように、カチュアはギルドの入り口へと走り去っていった。最後の言葉の意味を聞けずじまいとなった僕は、なすすべもなくその場に残されたままでいるしかなかった。
奴隷商ギルドのこと。
セシリーやカチュアを取り巻く危険な状況。
そしてセシリーに残された時間の意味。
「セシリー。キミはいったい……僕に何を求めているんだ……」
ポツりと漏れる言葉。
そっけない彼女の顔が浮かぶ。
でもそれは、彼女の真の姿ではなかったようだ。
偶然居合わせてしまったことで知った、彼女の秘密と裏の事情。僕のなかで、セシリーの存在がまたひとつ、大きくなっていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※高評価・いいね・レビュー・ブックマークなどをいただけると嬉しいです。




