第二十九話 つながる絆
「おお。なんという……」
レイウォルド氏の声が漏れ出る。
閃光が収まると共にアルテシアの持つ、四つのアイテムバッグが再び息をする。表現としてはおかしいのかもしれないけれど、まさしく躍動するように、六面体の外皮に刻まれた呪文が複雑に絡み合い、止まっていた異次元のフロアを、活性化させる瞬間を見た気がした僕も、レイウォルド氏と共に感嘆の息を漏らす。
実際、アイテムバッグが修復される過程で、バッグに刻まれた呪文が繋がると共に輝きを増し、なかの異次元がぐるぐると動き出すようすが見て取れたから、僕の表現は間違いではないと思いたい。
レイウォルド氏には全てを話していない。
僕の特殊スキルは物を直すと言っただけだ。別に彼を信用していない訳ではないけれど、はるか昔になくなった復元魔法のように、欠落した体の一部を直すことは、流石にこの世界の常識を逸脱しているようで、正直に話すのを躊躇してしまった。いつか言えるときが来れば、きっとその時は彼に謝ろう。
「こいつはすごい。全部直っておる」
アルテシアからバッグを受け取ったレイウォルド氏は、さまざまな角度から眺めては唸っている。やがて満足したのか、それらのバッグをテーブルに置いた彼は、僕に振り返るとこう言った。
「いやあ。すばらしいスキルだよ、ヨースケ殿。たしかにこれは内緒にしたいわけだ! はーっはっは」
「ははは」
豪快に笑うレイウォルド氏。
小さな彼が僕の腰あたりをバシバシと叩きながら、満足げに語る。
「こんなに楽しい気分になったのは、初めてアイテムバッグを作ったとき以来だ。今夜の酒はさぞかしうまいだろう」
よほど嬉しかったのか、まだ朝なのにも関わらず、夜の晩酌を楽しみにするレイウォルド氏。また昨日のように宴会になるのだろうか。
「これで、昨日いただいた金貨15枚分のお仕事になったでしょうか。レイウォルドさん」
「もちろんだとも。それ以上の成果をあげてくれたんだ。あんたたちには感謝しかないよ」
アルテシアが広場で彼を救ったお礼にともらった金貨は十五枚もあった。さすがにもらい過ぎではと思ったので、急きょ黒狼族襲撃の警備を請け負ったのだが、なんとかうまくいったようだ。
「それじゃあ、僕たちはこれで」
彼の無事も保証され、黒狼族の脅威もなくなった。
報酬もいただいたし、これ以上ここに留まる必要もなくなったと思った僕は、両隣の彼女たちに視線送る。ちょうど同じようなことを考えていたのか、ふたりとも黙って頷いたので、彼にあいさつをし、僕らはそろってソファーを立とうとした。
「こらこら。若いもんが急ぎ過ぎちゃいかん!」
「「「えっ?」」」
レイウォルド氏が、慌てて僕らを引き留める。
呆れた顔をした彼の手には、さきほどのアイテムバッグが一つ握られている。一瞬、何か不具合でもあったのかとドキっとしたが、あのスキルに限ってそんなはずはないなと思いなおした僕は、彼の要件を聞くため、もう一度ソファーに腰を下ろした。
「オッサン、まだ何かアタシらに用があんの?」
「こら、言い方っ!」
ジーナの軽口を戒め、レイウォルド氏の出方を待つ。
「まったく。これだけ世話になって、金貨十五枚で済ませたら、ワシは世間のいい笑いもんになるわ」
「えっ! いや、でも僕らにとって金貨十五枚って言えば大金ですよ?」
「そりゃあそうだが、ワシにとっちゃはした金だ。知っているだろう。このアイテムバッグの市場価値を」
そう言ってレイウォルド氏は、手に持ったアイテムバッグを軽く振った。それに対し、朝市で見た価格に衝撃を受けたことを思い出した、僕とアルテシアは苦笑いをする。
実際、彼の手にあるバッグひとつで家が建つのだから笑えない。冒険者ギルドで借りたとき、そこまで高額とは思っていなかった僕らは、その価値を知った今、触るのも気が引けてしまうほどだ。
「あ、あの。ちょっと不思議に思ってたんですが、そんな高価な商品をあの場所で売っているのは、何か理由でも?」
各国との取り決めとはいえ、あのような朝市で売られていること自体、場違いなんじゃないのかと思うし、本来なら厳重な警備の下に売られるはずの商品なのになぜ? などと、もう帰ろうとしていたはずなのに、ここで引き留められたせいで、別に言わずにおけばいいやと思っていたことを、つい聞いてしまう。
「うむ。あの場所はワシがこの国へ流れ着いたときに、最初に武器を売っていた場所でな。そのときにお忍びでやって来ていた今の王と、初めて会った場所なんだよ」
「国王と……」
「まあ、そこでいろいろあって、あの場所がワシの再出発点となった記念というか、とにかく思い出の場所なんだ。今でこそ、この工房を構えさせてもらっているが、この国でのワシの原点はあそこだ。弟子や王たちにはもっと安全な場所でやれと毎回言われているが、それだけは譲れないのさ」
「なるほど……そういう経緯があったんですね」
昔を思い出すかのように懐かしむ表情のレイウォルド氏。そんな彼の顔を見ていると、彼の弟子たちのように安全な場所で販売をすればいいのではと思う反面、その思い出を大事にしてほしいという気がしないでもない。こればかりは、周りがとやかく言う権利はないのかもしれないと、彼の心情を知った僕は、それ以上の追及を控えた。
「いやいや、そんなことよりも、これのことだ」
「「「?」」」
そう言ってレイウォルド氏が手に持ったバッグを僕に差し出す。無限収納タイプのそれは彼の商品のなかでも一番高く、それ一つで家が建つ金額だったはず。そのバッグを僕は、彼から受け取ったのだけれど……。
「えっと、これが何か……」
戸惑う僕が、渡された理由を尋ねると、はあっとため息をつくレイウォルド氏。
「いい加減わかるだろ。それが追加報酬だ」
「「「……」」」
「「「えええええええええ???」」」
少し間を置いて叫ぶ僕ら。
それくらい意味を理解するのに時間がかかった。
いやいや、ありえないでしょ! 家だよ? 家。そりゃあローザの報酬も家って言ったけれど、あれは彼女が持て余している家を譲ってくれると言う話だし、まだどんな家かも知らない。
それとは違い、このバッグは売るだけで――てか、売らないけど。とにかく家を手に入れられるくらいの金額になるって代物だ。後者の方がどう考えてもわかりやすい価値だと思うのは僕だけだろうか。
それを証拠に僕の隣では、すでに売ったあとの展望を思案しているような顔のジーナが、バッグに目が釘付けになっているし、反対隣りのアルテシアさえ驚きの余り絶句している。かくいう僕も緊張のあまり、汗がすごい。
「まあ驚くのも無理はないが、これくらいしないと、ワシの気がすまん」
「い、いやいや、こ、こんなものもらったら僕……」
「いいんだ。ちなみにもう返品不可だぞ? ワシに返したって受け取らんからな。はっはっは」
「レイウォルドさん……」
本当に受け取らないつもりなのか、レイウォルド氏は、僕がバッグを返そうとすると、腕を組んだまま受け付けない。困り果てた僕は、アルテシアやジーナに視線を移す。
「めっさラッキーじゃん! もらっとこうよお兄さん。バッグ、チョー便利だし!」
「私も良いと思います。元々購入を検討していましたから」
「わっはっは! ヨースケ殿、女性陣の方が素直で合理的だぞ? 主のあんたがそんなんじゃどうする」
「は、はあ……じ、じゃあ、遠慮なく」
前世ではこういった、相手から高額な物を無条件にもらう機会や習慣がなかったため、アルテシアやジーナのような気になれない僕は、なにか裏でもあるんじゃないかなんて勘ぐってしまう。もちろんそんなことはないのだろうけれど、やっぱり習慣て怖いな。
そんなわけで、僕たちは新たな追加報酬として、無限収納タイプのアイテムバッグをひとつ手に入れることが出来た。
「ありがとうございます。レイウォルドさん!」
「なあに。ホントはもっとお礼がしたいところだが、あんたの性分だとそれも迷惑だろうし、今後なにかあったらうちを頼ってくれればいいさ」
「はいっ! そのときはよろしくお願いします」
「うむ」
こうして、また新たな繋がりが出来た。
目まぐるしい日々のなかで、だんだんと増えていく、この世界の人々との出会い。前世では学生としての範疇でしか知り合いもいなかった自分が、こうやってさまざまな人と知り合う毎日を送れることが新鮮であり驚きだ。こんな人生を与えてくれた、あの下級神ノアにも感謝しないといけないなと僕は密かに思った。
そして、今度こそレイウォルド氏には、お暇する意思を伝え、僕たちは工房をあとにする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ちょちょちょ! マジですごいんだけど! 普通こんなのくれる?」
「僕もちょっと未だに信じられないけど、実際ここに持ってるし……てか、うわーなんか今更震えがあああ」
「ヨースケさん! これで冒険者ギルドでの採取クエストも心配なくなりましたね」
「うん! これがあれば、アルテシアがいくら薬草取っても全然大丈夫だよ!」
「薬草って……ふたり共それマジしょぼくなーい? もっと夢のある話しろっつーの!」
「「ううっ」」
道すがら、僕たちはさきほどの興奮が抑えられず、あの場では言えなかったことを、それぞれが口にしていた。すれ違う人の訝しがる顔などお構いなしに、感動をそのまま言葉にする僕らの足取りは軽い。
僕の腰には装備したばかりのアイテムバッグが。思わず顔がニヤけてしまうが、こればかりは仕方がない。借り物ではない自分たちのバッグなのだ。喜ばない方が罰が当たる。
急にアルテシアが周りを警戒しだすので、何事かと尋ねれば、高額な物を持っていると思うと、途端に周りの目が気になってしまったと、恥ずかしがりながら言った。一方のジーナはというと、僕の腰のバッグをじっと見つめたまま。羨ましそうに自分も装備したいとねだるので丁重に断る。いや、さっきまで売ろうと企んでいたのを知ってるんだからな。そう簡単には渡せないって。てかアルテシアは周りじゃなくて、隣のジーナを警戒してくれ。
「今、お兄さんマジ失礼なこと考えてない?」
「え? いや、別に……」
僕がそんな冗談を考えていたら、ジーナが鋭いことを言い出すので焦った。盗賊ってそんな勘も働くのか?
工房を出たあと、行く先はすでに決まっていた。
突発的に受けてしまった、黒狼族からの警備ミッションの次は、武器屋のローザから受けた依頼を進めないといけない。場所は奴隷商ギルド。目的は闇奴隷オークションでの奴隷探し。予算は未定だけど、レイウォルド氏からもらった報酬がある。なんとか戦える奴隷を見つけて、ローザを安心させたい。
闇奴隷オークションは毎回、月初めに行われるとセシリーが言っていた。僕は転生したばかりなので、今が何月の何日なのかもわからなかったが、昨日なんとなくアルテシアに尋ねると、都合よく今日が月初めとの答えが返ってきたのだ。
これに何か運命的な物を感じた僕は、本日の予定は工房に立ち寄ったあと、闇奴隷オークションへ参加すると二人には伝えておいたので、工房を出ると自然に僕らの足は、目的の奴隷商ギルドへと向かって行く。
小一時間ほどの時間を要し、地元であるペイルバインの街を知り尽くしているジーナはもちろん、セシリーから借りた魔導書のおかげで、僕とアルテシアも迷うことなく奴隷商ギルドにたどり着いた。
闇奴隷オークションは、朝、昼、晩と計三部構成らしく、たどり着いた時間がまだ昼前だったこともあり、僕らは少し早いけれど先に食事にしようかと話し合う。
「じゃあ、近くに店もありませんし、奴隷商ギルドの地下にある【元王宮料理人の食堂】でも行きませんか?」
珍しくアルテシアがそんな提案をする。
そう言えば、ギルドに登録に来たとき、施設の説明を受けていた最中、彼女が真っ先にその食堂について尋ねていたことを思い出す。けれどそのとき、あまり良い印象を受けないような噂の食堂だったので、僕は行かないことを選択したような覚えが……。
「うーん。前に話を聞いたとき、なんか料理長が怪しい印象あったんだけど……」
「えー良いじゃん! 王宮料理人とかマジあがるんだけど!」
少し渋る僕とは違い、王宮料理人という肩書に興味を示すジーナ。これはすでに二対一の状況か。
「大丈夫でしょう。奴隷に落ちたと聞きましたし、なにかあれば私が守りますから」
「うっ……うーん。そこまで言うならその食堂にする?」
「やったあ! 王宮料理、王宮料理~!」
アルテシアの定番が出た以上、聞かない訳にはいかないと観念し、僕は仕方なく了承する。隣ではごちそうの予感を喜ぶジーナが小躍りしている。まあ、報酬も入ったし、前にアルテシアに言ったように、彼女にいつかごちそうをたべさせてあげたいと思っていたので、ヨシとするか。
行くことは決まったし、それならと、僕はふと思いついたある提案を二人に告げる。
「どうせなら、せっかくこのギルドに来てるんだし、セシリーにも一緒に行くか声かけしてみないか?」
「あっ! それは良いですね。彼女には、この前からいろいろとお世話になってますし」
「えー誰その子、アタシの知らない子?」
ジーナはおいといて、アルテシアの同意も得られたので、僕らはまず、地下ではなく奴隷商ギルドへと向かうことにした。
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