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第二十八話 彼女の失言



「おお。昨日はご苦労さん」


 セナを見送ったあと、予定していた工房に来た。

 昨日あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、工房の店先にはすでに多くの客が並び、カウンターの店番はあちこちと(せわ)しげに動いている。武器屋としても有名なこの店は、なにがあろうと平常運転のようだ。


 対応に追われる店番のひとりが、横目で僕たちのことに気付いたらしく、手で後ろの通路に行けと合図してくれたので、お言葉に甘えてそのまま奥へと進む。


 途中、鍛冶仕事中のドワーフたちに、昨日の礼を受けながら歩いて行くと、まだ酒の匂いが残っている面会場所で、書類整理をしているレイウォルド氏を発見する。彼は僕たちが来たことに気付くと、書類を置いて嬉しそうに歓迎してくれた。


「お忙しいところお邪魔してすみません」

「いやいいんだ。あんたたちなら大歓迎さ」


 書類仕事のためか、彼は掛けていた眼鏡を机に置き、席を立った。その彼がソファーへと手招きするので、僕らもそちらへと移動する。


 僕を真ん中にし、両隣にアルテシアとジーナが座っても、まだ余裕のあるソファー。初めてこの部屋に入ったジーナが、ニコニコしながら座り心地を確かめるようにして何度もソファーの上で飛び跳ねる。


「こら。行儀悪いぞ」

「へへ、ごめん。こんな良い椅子座ったの初めてだからつい」


「昨日チラっとしか見てなかったが、やはりお前さんだったか、ジーナ」

「えっ?」


 僕がジーナの不作法を窘めていると、向かいに座っていたレイウォルド氏がそんな発言をした。てっきり初対面だと思っていたので、このあと彼女の紹介をしようと思っていたのだけれど、それは余計なことだったらしい。


「お知り合いだったんですか?」

「ああ。この娘がこんな小さな頃から知ってるよ。教会のお転婆娘ジーナと言えば、この辺でも有名だからな」


「フン。チビなオッサンに、こんな小さいって言われても説得力ないんだけど」

「こらっ!」


 本当に知り会いだったらしく、まるで娘を見ているようなようすのレイウォルド氏に対して。ジーナの失礼な態度が目に余り、思わず注意してしまう。なんか子供を連れた親になった気分だ。


「わっはっは! 良いんだよヨースケ殿。この娘は小さい頃からよく兄貴とふたりで、うちの店先に置いてあった武器を眺めに来ていてね。そっからの知り合いなんだ」

「あれは兄貴が武器に興味があっただけで、アタシは別に、こんな店興味ないし……」


 昔の自分を語られるのが恥ずかしかったのか、少し照れたようすのジーナが軽口をたたく。


「そう言えば、兄貴はまだ見つからんのか?」

「うん。全然……もう死んだかもしんねーし、諦めた」


 ジーナからは幼い頃に生き別れたお兄さんがいることは聞いていたけれど、ずっと探していたのか。彼女の横顔が少し寂し気な感じがしたのは、たぶん諦めていないのだろう。僕と見間違えたっていう、お兄さんのことも気になるし、機会があれば彼女のお兄さんを探す手伝いをするのも良いかもしれないな。まあ、彼女次第だけれど。


「そうか、そいつは仕方ないな。と、言うより、お前さん、どうして奴隷なんぞになっとるんだ?」

「え? あ、それはその……てか、聞いてよオッサン! うちのご主人さまチョースゲーんだよ! なんかさ、すっごいスキルで――」


「「ジ、ジーナっ!!」」


 知り合いの娘が奴隷になっているのを、不思議に思ったレイウォルド氏がジーナに理由を尋ねると、そっちの話では無く、いきなり例のスキルを話題にする彼女を、あわてて僕とアルテシアが制した。世間に知られると大事になることを知っているアルテシアに関しては、そのことをきちんと理解しているので、信頼しているけれど、つい先日仲間になったばかりの彼女には、そう言った説明をしていなかったこともあり、まさかこんなところで暴露しようとするとは思ってもみなかった。焦る僕らを見て、きょとんとしているジーナには、あとでちゃんと説明することにしよう。


「うわ! ごめんお兄さん。やっぱ内緒だったんだね。おいオッサン! 今のナシな」

「なんのことかわからんが、お前さんたちのことだから、深くは聞かんことにするよ」


 レイウォルド氏はジーナの言葉にゆっくりと頷く。

 出来た人だと思っていたけれど、やはり人格者らしい。知らないふりをしてくれるのはこちらも助かる。こんな良い人を邪険に扱うジーナには、あとでキツく言っておこう。というか、さっきのケンカで、彼女に対しての遠慮も無くなって来たな……。腹を割って話すと、アルテシアはもちろん、ジーナにも親近感が湧いて来る。よく祖母がそんな話をしていたのを、子供ながらに聞いていたけれど、そのときは意味がわからないまま聞き流していたが、今になってその大事さを知ることになるとは。


 ふと、レイウォルド氏のうしろの棚に置いてあった傷だらけのアイテムバッグが目についた。鋭利な刃物で切り刻まれたアイテムバッグが数個、無造作に置いてあり、その価値を知っている今となっては、あの数個でいかほどするのかと思うと、背筋に薄ら寒いものを感じてしまう。


「うしろのバッグが気になるかね」

「え?」


 僕の視線の先に気付いたレイウォルド氏が急にそう語りかけてきた。びっくりする僕をよそに、すっと立ち上がった彼は、うしろの棚からいくつかの壊れたバッグを手に取り、再びソファーへと戻る。


 レイウォルド氏が、テーブルにそれを広げると、コロンと天板の上を転がるバッグ。冒険者ギルドで借りたとき、バッグのなかを開けずにアイテムを転移させていたため、なかがどうなっているのかなんて知らなかった。一応蓋が付いていたため、当然なかは普通に空間があると思っていた僕は、転がった拍子に開いたそのなかを見てギョっとする。そこはただのバッグの空間ではなく、真っ暗な異次元的空間が広がっていたからだ。


「アイテムバッグのなかってこうなってたのか」

「まあ、ふだんは開けることはないし、バッグとは便宜上、そう呼んでいるだけなんだよ」


「便宜上?」

「この異次元を包む、六面体の呪文を刻み込んだ板が、形の上で入れ物になっているからさ。こうやって壊れてしまえば、刻まれた呪文の流れがすべて狂ってしまい、もうすぐこの異次元も消えて無くなる。さしずめこれはその残骸ってやつだ」


 呪文のことはよくわからないけれど、精密機械で言えばプログラムされた基板のようなものが壊れて、正常に動かなくなってしまったってことだろう。なんにせよ、すごくもったいない。


「一度作ってしまうと、さすがに修復はワシでも不可能でな。これらは先日の黒狼族が壊したやつだが、結構派手にやられてしまったよ」

「前にオッサンだけしか作れないって聞いたけど、修理出来ないやつだったんだね。マジムカつくなあ。黒狼族の奴ら」


「え? アイテムバッグって、レイウォルドさんしか作れないんですか?」

「ああ。ワシの母親は人族でな。この通り見た目はガッツリドワーフだが、実はハーフなんだよ」


 レイウォルド氏の話では、空間魔法使いである彼の母親とドワーフの父親との間に生まれたことで、時空間を作り出せる能力、いわゆる【特殊スキル】が発現した彼が、ドワーフの細工技術を駆使した異次元魔道具、アイテムバッグを世界で初めて成功させたのは二十年前。世界には同じ境遇のドワーフが数人いるらしいけれど、異空間スキルを持つのは彼だけしかいないので、この技術はレイウォルド氏のオリジナルらしい。


「初めてアイテムバッグを作ったときは参ったよ。世界中からワシを確保しようとする連中が出てきてな。死にかけたことも一度や二度じゃない。その結果、生まれ故郷のある国にはいられなくなってしまってね。流れ着いたこの国の王が理解ある人物だったおかげで、ああやって朝市で定期的にアイテムバッグを売り出すことを条件に、ワシを保護するルールを世界中に承認させて、ようやく落ち着いたのさ」


 なんでもないように彼は話しているが、とんでもない波乱万丈の人生だ。特殊スキルをもったばかりに国を追われ、ここに流れ着くまでにいろんなツラい目にあったに違いない。しかもその技術に(おご)ることなく、世界の発展のために努力する彼は、まさに尊敬に値する人物だと言っていい。同じように特殊スキルを持つ身としては、とてもじゃないがマネの出来ないことだと思う。


「つか、もったいなくね? せっかくオッサンがそんな目に遭いながらも作ったやつなのにさ」


 広場でのことを知らないジーナでも、黒狼族のやったことに憤りを感じている。もちろん僕らの気持ちも同じだ。契約魔法【エンゲージメント】で彼らの動向は抑えたとはいえ、やってしまった罪は深い。


「まあ、仕方ないさ。それよりもヨースケ殿、ワシらは酔っぱらってしまっていて、昨日の件を詳しく聞いてないんだが、あのあとどうなったのかね。騎士までやって来たことは知ってはいるが」

「ああ。それはですね――」


 僕は昨日の件をすべてレイウォルド氏に説明した。黒狼族の統領と【エンゲージメント】を結び、僕やドワーフの彼らだけではなく、王国の国民全体にこの先被害が及ばないようにセナが交渉したことなどを含めた内容を話すと、レイウォルド氏はそれらを深く頷きながら聞き入っていた。


「なるほど、【エンゲージメント】か。そのセナという騎士のとっさの判断とはいえ、王国やワシらにとっては非常に喜ばしいことだ。少なくとも今の統領が治めている間、ワシらの安全は確保されるんだからな。しかし、あの優しい国王の配下に、そんな大胆な策をめぐらせる人物がいたとはな。この国もさぞかし安泰に違いない。はっはっは」


 そう言って笑うレイウォルド氏。

 どさくさに契約内容をすり替えたとはいえ、セナの策略はやはり正解だったのだろう。こうやって安心して笑ってくれる彼をみて、契約魔法を使うことに気が進まなかった僕は、少し報われた気がした。


「ねーねーオッサン。この壊れたアイテムバッグ、アタシにちょーだい」

「ああ? こんな使い物にならなくなったバッグ、いったい何に使うんだ」


「えー布だけ貼りなおせば、見た目だけ誤魔化して売れるじゃん!」

「バ、バカ! なに言ってるんだジーナっ!」


 あっけらかんと悪事の計画をバラすジーナをあわてて注意する。ジョブが盗賊である彼女の思考は、常に悪だくみで埋め尽くされているとでも言うのだろうか。これから彼女の言動や行動には、いろいろと注意を払う必要があるな。などと、これから先のことに頭を痛める僕が、ため息をついている向かいでは、ジーナの話を聞いたレイウォルド氏が、眼光を曇らせたまま低い声で語り始めた。


「あいにくだが、アイテムバッグの販売権はワシ一任されておってな。過去にもそうやって偽物を売りつけようとした奴らがいたんだが、皆処刑されてしもうたらしい。悪いことは言わん。やめておけ」

「え……そ、そうなんだ……。つ、つか、チョー物騒なんだね。これに関わると……あはは」


「広場の四人が即座に奴隷落ちが決まったのも、元はといえばそれが原因だ。普段は寛大な王国も、アイテムバッグが絡むと怖いのだよ」

「そ、そうだったんだ……」


 先日の広場での騒動を思い出す。

 ついさっきまでアルテシアが倒した黒狼族の四人は、レイウォルド氏を襲った罪で捕まったのだと思っていたが。実はアイテムバッグを壊した罪が最大の原因だったらしい。どうりで一方的に絡んで大ケガをさせたアルテシアが罪に問われなかったはずだ。まあ、家が建つくらいの価値があるものだし、仕方がないのかもしれないけど。


「あ、もしかしてこれ、お兄さんのスキルで直るんじゃね?」

「「――!!」」


「ほう。ヨースケ殿。それは本当かね」


 恐れていたことが起きてしまった。

 この流れで注意しとくべきだった、ジーナの軽はずみな思い付きは、隠していた僕の特殊スキルを露呈するものだった。まだ詳しくは彼女に説明していなかったとはいえ、命を救ったことで、そこまで発想が行き着くとは思ってもいなかった僕は、さきほど内緒だと理解していたのにも関わらず、それをすっかり忘れている彼女の突然の発言に動揺を隠せなかった。それは隣りにいるアルテシアも同様で、僕の秘密をバラしてしまったジーナを鋭く睨んでいるが、当の本人は気付いていない。


 その上、ジーナの発言に目を光らせたレイウォルド氏が、じっと僕を見ているし、これはもう詰んだな。


「あ、あの……レイウォルドさん。こ、このことは内緒に……」

「……」


 今更遅いのはわかっているが、【リセット】について世間に知られることを恐れている僕は、レイウォルド氏に、他言無用を懇願する。対して、じっと僕を見据える彼は、ふとその鋭い眼光を緩め、優しい笑みを浮かべた。


「わかっとるよ。ワシも自分の特殊スキルのせいで、ずいぶんと苦労したもんだ。ヨースケ殿の悩みも十分に理解しているつもりだし、このことは誰にも言わんから安心しなさい」

「レ、レイウォルドさん……あ、ありがとうございますっ!!」


 同じ悩みを持つ者同士の連帯感というのだろうか。

 特殊スキルを持つ僕と、レイウォルド氏のあいだに、確かに今、仲間意識が芽生えたのだ。僕だけじゃなかった、この過敏になった卑屈な後ろめたさや孤独感は、先駆者であり先輩である彼によって、まるで優しく溶けていく氷ように、ゆっくりと緩和されていく気がした。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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