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第二十七話 次はアタシのターンみたいな?



「じゃあ、ダーリンまたね」


 どさくさに紛れて呼び名が変わった。

 セナを見送るため、昨日訪れた詰所に向かった僕ら。昨夜、あれだけ騒ぎになったはずの現場は徹夜でもやったのか、それとも魔法によるものか、どこにも襲撃の爪痕を残すことなく綺麗に修復されていた。昨日のようすを知らないジーナなどは、本当にここで襲撃があったのかさえ疑わしいと言っている。


 セナの予想通り、帰還の遅い彼女を見かねた王国が、馬車を手配していたようだ。コソコソ話のなかで聞こえた、山のような仕事を片付けさせるためだろう。あまり話す時間もないのにも関わらず、一向に馬車に乗らない彼女。それを護衛たちが急かすようにして乗り込ませる。馬車の窓から見えなくなるまで僕に手を振り続ける彼女は、予定していた日にちより二日遅れで王都へと帰って行った。


「やーっと帰ったね。なんかマジ疲れたわ」


 そう言って大きく伸びをするのはジーナだ。

 僕もその意見には同意するが、セナのおかげでいろいろ解決したこともあったので、それを差し引けば特にこれといった問題はなかったかもしれない。ジーナの隣でしきりと頷くアルテシアにとっては、いろいろ思うところがあるみたいだけど。


「奴隷でもないのに、一番アタシらのなかで目立ってたもんねーセナちん。もう少しで主役の座を奪われるとこだったーみたいな?」

「誰の物語の主役なんだよ。それぞれが主役で良いんじゃないのか?」


「そりゃあアタシの物語では、アタシがトップなのはダントツだけど、お兄さんの物語の主役(ヒロイン)は違うっしょ?」


 そう言い返されて黙ってしまう僕。

 チラリとアルテシアを見ると、なぜか顔が赤い。

 それに伴って僕も少し顔に血が集まる。


「なーにふたりして良い感じになっての! やっぱ昨日なんかあったんじゃね?」

「ないないない! てか、ジーナがそんなこと気にしてどうすんだよ! 僕のこと、からかうのが趣味みたいなくせしてそんな――」


「あっ!」


 頬に柔らかい感触を感じた。

 なにかと僕にちょっかいをかけるジーナを、少し非難する意味で言ったのだけれど、それは僕の首元に寄り添う彼女の甘い香りと、唇によって遮られてしまった。


 セナから首元にキスされた時とはまったく違う、限りなく自分の唇に近い場所での、生まれて初めての感覚に、視線は揺らぎ、心臓は鼓動を早め、さきほど赤くなった顔を更に赤く染め、僕は恥ずかしさの上を行く感情に支配された。怒って良いのか、ニヤけて良いのかわからず、そのあいだを行き来するようなもどかしさに、軽くパニック状態になってしまう。


「なななな……なにを!!」


 反射的に自分のほほを押さえ、うしろに下がる。

 僕が離れたことを惜しむような顔を一瞬見せたジーナは、僕のほほにふれた唇をチロりと舌なめずりすると、ニヤリと笑う。


「だって、アル姉はお兄さんの御守りが売りっしょ? んでセナちんは財力と権力推しってなれば、あアタシの売りって、なんだー? って思ったんだよね」

「う、売り……って」 


「ジーナ。あ、あなた今……」

「お子ちゃまアル姉に発言権ないから!」


 詰め寄るアルテシアにピッと人差し指を突き付けるジーナ。彼女にお子ちゃま呼ばわりされたアルテシアは唇を噛んで黙ってしまう。さきほどジーナにいろいろとレクチャーを受けたせいか、いつものように強気に出れない彼女。ジーナもそれをわかっているのか、アルテシアが大人しくなったことをチャンスとばかりに僕への攻勢に転じる。


「次はアタシのターン。みたいな?」

「……」


 黙ったアルテシアを横目に、そう宣言するジーナ。

 さきほど見せたその不敵な笑顔に、思わず唾を呑み込む。盗賊らしいトリッキーな彼女の行動に、ずっと翻弄されっぱなしの僕は、自然と身構えてしまっていた。


「あははー。そんなビビんないでよーお兄さん」

「いや無理! てか、今さっきやったこと覚えてないのかよ」


 ジリジリとこちらにすり寄って来るジーナに対し、近付かれた歩数だけうしろへに下がる。そんな僕の行動に構うことなく、彼女は話を続ける。


「でさあ。考えたんだよねーアタシ。お兄さんにアピるには何がいっかなーって」

「そんなの考えなくてい……ってあれっ?」


 フッと彼女が視界から消えた。

 その瞬間、背中に柔らかい感触を感じ、重いというほどではない重さが、背中にのしかかる。そして、さきほど鼻をくすぐった甘い香りに気付いた僕は、ジーナがうしろから抱きついたのだと直感した。また無駄にスキルを使ったのか、意識外から抱きつかれた無防備な僕は、何の抵抗も出来ず、彼女のなすがままにされる。


「お、降りろってジーナ! ちょ、アルテシアもなんか言ってやってよ」

「ふふん。アル姉には手出しする権利ないもんねー」


 ほほへのキスに続き、うしろから覆い被さられた状態に照れる僕が、ジーナに苦言を呈する。この事態に対し、当然黙って見ているはずがないと思っていたアルテシアに助けを求めるが、ジーナの言う通り、彼女は僕たちの今の状況を見ても、俯いたまま動こうともしない。


「アルテシア……」

「アル姉さ。さっきいろいろ教えたげたじゃん? そんとき、これは貸しだから~って言ったから律儀に守ってんの! ウケる!」


 ジーナの言い方に少しイラっとする。

 騎士であるアルテシアが、そう言ったところに律儀なのを知っているにも関わらず、それを悪用するところに、盗賊らしい彼女の小狡(こずる)さが出ているようで、気に入らなかった。

 

「ジーナ。僕はその考え方には共感できない。アルテシアをバカにするんじゃない」

「はあ? そんなのアタシの勝手じゃん? 使える物は何でも使うっしょ」


「ジーナ!」


 僕は自分の身体を振り払い、うしろに抱きついたジーナを跳ねのけた。一瞬、「あっ」という声をあげた彼女は、バランスを崩すことなく、地面に着地する。


「いいかジーナ。僕は仲間をバカにする奴は嫌いだ! キミがその考えのままでいるのなら、僕は奴隷ディーラーとして、キミを解放する」

「はあ!? なんでそうなんの? アタシはお兄さんと仲良くなりたいから頑張ってるのに……。つか、アル姉がアタシより少し奴隷になったのが早いからって、贔屓し過ぎじゃね?」


「ひ、贔屓なんてしてない! 僕は誰にでも平等なつもりだ」

「あーもう最悪! 傍から見たらそう見えるんだって! わかんないの? 鈍感!」


「ど、鈍感てなんだよ! キミこそ空気読めってんだ! なんでもかんでも、茶化せばいいってもんじゃないんだよ!」

「茶化してばっかって、アタシだって好きでおどけてるわけじゃないっつーの! まだお兄さんたちの仲間になって日が浅いから、一生懸命溶け込もうって頑張ってんのに、ちっとはこっちの気も遣えよっ!」


「遣えったって、キミの行動が突拍子すぎて、こっちだって慣れてないのに、そんなとこまでわかんないよっ! もうちょっと素直に言ってくれれば、僕だって対応出来たのにっ!」

「そんなの仕方なくね? アタシこういう性格だもん。そんなアル姉みたいに、しおらしくお兄さんに好き好きビームなんか出せないっつーの!」


「アルテシアはそんなビームなんて出してないっ! 素直に謝るし、素直に言うこと聞いてくれるし、素直に怒ってくれるだけだ! そういうとこを僕は尊敬してるんだよっ!」

「あーそーですか! アタシには到底出来ませんっつーの! そんなに素直なお嬢様が好きなら、奴隷全員お嬢様にすればいいじゃん! 勝手にお嬢様帝国でも作ってろ、バーカ!」


「バっ……バカって言ったな!? 僕のどこがバカなんだよ! そりゃキミみたいなギャルなんかが見れば、ぼーっとしてて頼りないかもしれないけど、僕だって一生懸命頑張ってんだよ! なんでもスキルで解決するお気楽強欲盗賊なんかとは違うんだよ!」

「あー言った! もー許さん! もーそれ訂正させないからな! アタシだけじゃなく全国の盗賊、敵にまわしたべ!? 盗賊のみなさーん! ここに敵がいまーす!」


「あー言ったさ! ホントのことだろ? 盗賊なんて僕の金を盗むし、部屋の扉だって勝手に開けるし、ロクな奴らじゃないじゃん。おまけにちょっと可愛いからって、僕がなんでも許すって思ってるしさ! 調子に乗るなってんだよ」

「えっ……か、可愛い……って……」


「えっ?」

「えっ?」


「な、なんだよ、あ、あれだけ誘惑するわりには、ちょっと、可愛いって言われたからって、動揺するとか……じ、実は言われたことないんじゃないの?」

「ちょ……い、言われてるに決まってんじゃん! チョー言われ慣れてるっつーの! な、なにそんな当たり前のこと……お、お兄さんだってちょっとカッコいいからって、調子に乗ってんじゃね?」


「の、乗ってないしっ! ふ、普通にしてるし……」

「アレアレ~? なんか動揺してますけど、図星だった? マジウケる!」


「な、そ、そういうとこだよ! そ、そんな性格じゃあ、誰にもモテないぞ!」

「余計なお世話だっつーの! アタシなんかよりも自分のこと気にしてろ!」


「おあいにくさまでした! 最近モテてますんで!」

「うっわ! 最悪……てか、キモっ!」


「あーっ! 言ったな! 今、キモいって言っただろ!! まだ誰にも言われたことないのにっ!」

「うっわーキモキモキモキモキモ!!」


「何回も言うなよ、子供かっ!」

「お兄さんこそ!」


「僕のどこが子供なんだよ」

「えーわかんない? さっきキスしたらすげー動揺してたじゃん! あ、こいつ初めてじゃね? ってわかっちゃったしっ」


「う、うるさいなっ! 僕はキミみたいに誰かれ構わずキスしたり抱きついたりしないだけだ!」

「うわーそれ偏見だっつーの! アタシだって初めてだしっ!」


「えっ?」

「あっ!」


「……」

「……」


「と、とにかく、僕はアルテシアをバカにするのは許さ――」

「アル姉だけじゃないのに……」


「え?」

「お兄さんは、アル姉の命救ったから、特別大事に思ってるかもしんないけどさ? アタシだってお兄さんに命助けられたんだからね」


「あ……」

「うまく言えないだけで……アタシだって、マジ感謝してるんだっつーの……お兄さんのこと、特別に思ってるっつーの……」


「ジーナ……」

「こーやってお兄さんたちと一緒にいるだけで、なんか楽しいし、ずっと一緒にいれたら最高じゃね? って……思ってるのにさ、解放するって、何それって思うじゃん」


「ご、ごめん……」

「昨日だってお兄さんの役に立てて嬉しかったし、感謝してもらえて、マジ最高に気分良かったし、でもそんなのいちいち言うの、アタシだって恥ずかしいんだかんね。そんくらいわかれっつーの……バカ」


「……」

「アタシ盗賊だし、盗むくらいしか取り柄ないからさ、アル姉や、セナちんみたいに、わかりやすいお兄さんへのアピ(りょく)がないから、こんな風に誘惑するしかないじゃん。そんな女の子の気持ちくらい察しろ、バカ」


「う……」

「いっつもアタシが見てるところで、バカみたいに、いちゃいちゃいちゃいちゃしやがって、奴隷差別し過ぎだっつーの。アタシにもちょっとはまわせよバカ」


「ぐぐ……」

「子供じゃないんだから、ちっとは周りのこと気にしろバカ。ほんとバカだわ。ふたりしてバカだ――」


「うおおおいいい!! さっきからずっと黙って聞いてれば、バカバカって何回言ってんだよ! 途中から、そこばっか言いたいだけになってんじゃん!」

「あれ、気付いちゃった? テヘ」


「ったく……もう良いよ。ジーナの言い分はわかったし、僕も悪かった」

「うん。アタシこそゴメンね。ちょっと言い過ぎた」


「でも、もうアルテシアのことは――」

「あーっ! お、お兄さんっ! アル姉が!!」


 最期に念を押すつもりで言ったとたん、ジーナに袖を引っ張られる。彼女が指差す方向には、僕たちが白熱している間、ずっと放置したままだったアルテシアの、その場にしゃがみ込んだ状態で佇んでいる姿があった。


「ア、アルテシア……ど、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「ア、アル姉大丈夫?」


「……」


 膝に顔を埋めたまま、沈黙するアルテシア。僕とジーナは自分たちがどれくらいの間、言い合っていたのもかわからず、じっとしたままのアルテシアを心配して何度も声をかけるが、一向に返事がない。


「マジどうすんの! お兄さんのせいだかんね!」

「えっ!? ぼ、僕のせい? いや、ジーナが……」


「――です」

「「え?」」


 アルテシアの小さなささやきが聞こえた。

 僕たちは思わず声をそろえ、耳を澄ます。


「ずるいです。ふたりしてそんな仲良くケンカして……」

「あ、えっと、アルテシア? これは仲良くじゃなくて……」


「ア、アル姉、そんなことでいじけちゃってたの?」


 アルテシアの苦言に戸惑う僕ら。

 彼女は僕たちの言い争いを見て、そう思っていたらしい。自分たちはそういうつもりなんて全然なかったのにと、ジーナとふたりして顔を見合わせる。


「わ、私だってヨースケさんと……みんなと思いっきりケンカしてみたいです」

「いや、アルテシアと思いっきりケンカなんてしたら、僕たち、大ケ――」


 そこまで言ってジーナに止められた。

 野暮なことを言うなとでもいった風な表情の彼女は、僕を退け、代わりにアルテシアの傍に寄り添う。


「アル姉。アタシもちょっと言い過ぎたし、アル姉のこと嫉妬してたかも。てか、マジごめん……」

「え……」


 ジーナの言葉に顔をあげるアルテシア。

 女性同士、こういった場面では僕よりも適任なのかもしれない。そのまま語り合うふたりを、僕は遠目に見守った。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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