第二十六話 少女たち×朝の尋問
「おはよーございまーす」
朝、宿屋の一階でみんなと顔を合わす。
元気よく挨拶をするのは、宿屋の看板娘パフィー。
僕たちがそれぞれ気まずい顔でいるのを、知ってか知らずか、出来立ての朝食をトレイに乗せ、僕らの席にやってくる彼女。テーブルには四人分の朝食。僕の隣にはアルテシア。向かいにはジーナとセナ。アルテシアと僕は下を向いているが、向かいのふたりは僕らを睨んでいる。目の前に置かれた朝食に付いているスプーンをコツコツと鳴らし、頬杖をつくジーナが僕らに向かって言った。
「で? お兄さんたち、あれからなーんもなかったわけ?」
昨日ジーナが僕のベッドに忍び込んだことで、警戒したアルテシアが僕の警備という名目で部屋に居座った。当初はすぐに部屋に戻るつもりだった彼女は、あのあとお互いに疲れていたのかいつの間にか寝てしまった。朝になってようすを見に来たジーナが発見したとき、僕たちは一枚のシーツに包まり、狭いベッドで背中合わせで寝ていたらしい。向かい合わせじゃない分、僕的にはセーフだと思うのは、それまでいろいろあり過ぎたせいだろうか。
「あ、当たり前だろ。寝てたんだから」
「あー今、目逸らした。チョーあやしい」
し、しまった。
他の日の出来事を思い出したら、急に罪悪感が。
慌ててジーナに弁解するが、その目つき……全然信用してないな。
「うう。ボクのダーリンが他の娘とイチャイチャ……」
「「「……」」」
ジーナの隣でワナワナと震えるセナが怖い。
てか、キミのダーリンになった覚えはないのに。
そう思うのと同時に、セナが勢いよく立ち上がった。
「アルテシアくん! キミは卑しくも奴隷という立場を逆手にとって、主のベッドに忍び込むようなイヤらしい娘だったのか!」
「うっ……」
僕ではなく、アルテシアを責めだすセナ。
こ、これが女の争いなのか……。
セナに指差されたアルテシアは一瞬戸惑うが、声を出したのは彼女ではなくジーナだ。うん。身に覚えがあるんだし、当然だよねキミは。
セナの鋭い視線を浴びながらも、アルテシアは何かを決意したように語りだした。
「たしかにヨースケさんのベッドに一緒に寝たことは、一度や二度ではありません」
「「「なあっ!?」」」
アルテシアの突然の爆弾発言に、他の子たちと一緒に僕まで声をあげてしまった。あの、アルテシアさん? 正確には三回だけですよね? そ、そこを二度で止めたら、他にもたくさんあるみたいに思わせぶりなセリフになっちゃいますけど……。
それよりも彼女がそんな発言をしたことに驚いた。
少し天然が入っているアルテシア。当然、こんなきわどい質問に対して、まともな返事などしないと思っていたが、そうではなかった。彼女の発言によって、目の前のふたりの表情が変わる。
「どこかの誰かさんにお金を取られ、路頭に迷ったヨースケさんと、ひとり用の部屋にふたりで泊まったこともあります。それもお金が無かったのが主な原因ですが」
「あ、あはは……」
ジーナの方を見て弁明するアルテシア。
意外と、彼女は毒を吐くらしい。居心地の悪そうなジーナが苦笑いをしている。意味のわかっていないセナは小首をかしげながらも、アルテシアの言葉に要領を得なかったのか、テーブルをバンと叩いた。その音に給仕係のパフィーを始め、他の宿泊客も注目する。
「そんな話をしているんじゃない! ボクが聞きたいのは、キミがヨースケ様と、シたかどうかだ!」
『あああ!! セ、セナあああ……こ、声が大きいぃぃぃ!!』
すでに手遅れだったが、セナの発言は食堂の隅々まで聞こえたことで、周囲の目線は一気に彼女から僕へと移ってしまった。冷ややかな視線を浴び半泣きの僕。な、なんで自分がこんな目に……。
テーブルに突っ伏した僕は、横目でチラりとアルテシアを見た。これに対しての彼女の言葉が気になったからだ。しかし、アルテシアはセナの質問にも表情を変えず、きょとんとしたまま小首をかしげ、やがてぽつりと呟いた。
「えっと、シた……とは、どういう意味でしょう?」
「「「はあ!?」」」
アルテシアの発言に僕らだけでなく、周囲の客まで席を立つ。いや、あんたたち……。
「あ、アル姉――」
アルテシアの天然さに気付いたジーナが、焦った表情で彼女の下へ駆け寄り、そっと耳打ちを始める。しばらくすると、ボンと音が出たかと思うほどに真っ赤に上気しだすアルテシア。ジーナの助言によってようやく言葉の意味を理解したようだ。途中彼女たちの会話に『えっ? じ、じゃあ、昨日ジーナがしたって聞いたのはそれのこと……』や、『わ、私てっきり、キスのことだと……』などと言うヒソヒソ声が漏れ、近くに居た僕やセナは言葉に詰まってしまう。
「はあ。アル姉がこんなお子ちゃまだったとは……もお、しっかりしろっつーの」
「ごめんなさい……」
ようやく彼女たちの会話が終わったようだ。
心なしか少し赤い顔で、自分の席に戻るジーナ。
しっかりと理解したのか、顔を真っ赤にしたまま彼女に謝るアルテシアは、両手を膝に置き、緊張した面持ちだ。そして、一度僕の方をチラりと見たあと、セナの方へと向き直った。
「あの、セナさん」
「ん? 何か申し分でもあるのかい」
アルテシアの呼びかけを、仁王立ちで受けるセナ。
赤い顔のアルテシアは、意を決したようにセナを見つめた。
「さ、さきほどの答えですが、わ、私は……私はまだ……純潔ですっ!!」
「アル姉!!」
『アルテシアもっ、こ、声が大きいっ!!』
セナに負けず劣らず、大声で宣言するアルテシア。
これにはさすがのジーナも驚き、顔を赤くする。
僕も、こんなプレイべートな会話をする女性陣のなか、若干の居心地の悪さを感じながらも、なんとかアルテシアを静かにさせようと彼女の肩をおさえる。
「えっ? で、でもここはちゃんと正直に話さないと、ヨースケさんの名誉が……」
「しなくていい、しなくていい! とりあえず落ち着こう! な? アルテシアっっ」
理解したとは言え、やはりアルテシアはアルテシアだった。朝から濃密な会話に疲れた僕は、はあ、とため息をつく。もう朝食どころではない。そう肩を落とす僕の斜め向かいから、セナの小さな含み笑いが聞こえ、それはやがて大きくなり部屋中に響き渡る。
「――はっはっは! わかったよ、アルテシアくん。キミの言い分はちゃんと理解した。おい、パフィーくんっ!」
「ハッ! え、えっ? あ、はいっ!!」
アルテシアに微笑むセナは、次にパフィーの名を呼んだ。これまでのやり取りを顔を赤くしながらボーっと聞いていたようすのパフィーは、いきなりセナに呼ばれてハッと驚き、あわててトレイ片手に早足で彼女に駆け寄った。
「あの、騎士さま。御用でしょうか」
僕たちには気安いパフィーも、さすがに騎士のセナには遠慮があるのか、おそるおそると言った感じで彼女に伺いを立てる。なぜか満足気な表情のセナは、懐から小さな小袋を出し、パフィーの持つトレイの上にそれを乗せた。
「えっ、ととっ……こ、これは……」
自分のトレイに乗った小袋の重さに少し驚くパフィー。トレイが少し傾き、小袋が滑り落ちそうになるのを、あわてて水平に保つことで難を逃れたようだ。
「うん。白金貨十枚ある」
「ええっ! そ、そんな大金を、な、なぜ私に?」
しれっと大金が入っていることを話すセナ。
それを聞いて、まるで電流が走ったかのように体をピンと張りつめるパフィー。
「ああ。これはキミにあげるのではなく、彼ら……ヨースケ様の宿泊代だ」
「「「えええっ!?」」」
白金貨十枚と言えば、日本の価値に直すと金貨一枚が大体三万円で、白金貨一枚だとその十倍の三十万円。それが十枚……さ、三百万円……!! 厭らしくもそんな計算をしてしまう僕は、まだまだ俗な人間だ。しかし、そんな大金をポンと出すセナ。彼女の真意がわからない。それは他の女の子たちも一緒だろう。パフィーの持つトレイの上に乗った小袋を驚愕の表情で見つめている。
「昨日、ボクが泊まっていた部屋が金貨二枚だろう? これなら五十泊は出来る。まあそれは単純計算だけど、奴隷の彼女たちの部屋も別に取ることになるから、それを差し引いてもそれなりの日数は泊まれるね」
「ち、ちょ、ちょっとセナ! なんでそんないきな――」
さすがにこんな大金を意味もなくもらうわけにはいかない。あわててセナを止めようとするが、彼女に自分の口元を指で押さえられてしまい、棒立ちになってしまった。
「これはヨースケ様に対するボクの気持ちさ。なにも言わずに受け取ってほしい」
「いや、でも……」
「あげるって言うんだから、ラッキーって、もらっとけば良いのに」
「ジーナは黙ってて!」
ジーナの盗賊らしい軽口に少し怒ると、彼女はあまり納得がいかなかったのか、肩をすくめて違う方向を向いてしまった。いや、納得もなにも、僕に好意があるだけで軽く渡して良い金額ではないはずだ。
「セナ。僕を想うのなら、こんな大金を渡すなどという冗談はやめてくれないか」
「ヨースケ様……」
僕の真剣な目を見て、考えを改めたのか、少し残念そうなようすで自分の渡した小袋を、パフィーのトレイから再び自分の手に戻すセナ。良かった、わかってくれたようだ。
「なーんてすると思ったかい?」
「え?」
手のひらを返すようにニヤリと笑って、セナはそう言った。あっけにとられる僕を尻目に、またパフィーのトレイに小袋を乗せた彼女は、僕に向き直るとまたもこう告げた。
「たしかにボクの気持ちとは言ったけど、これは報酬でもあるんだよ。ヨースケ様」
「ほ、報酬?」
「ああ。昨日の黒狼族の件、王国にとって非常に有利な条件になったのを覚えてるかい?」
「有利な条件……あ」
昨日、【エンゲージメント】を発動したとき、契約内容をセナに決めてもらった。そのとき、僕やレイウォルド氏たちに危害を加えないという内容にはせず、王国の国民に対してという大規模な内容にした。それは実質、黒狼族との戦争は起きないことを約束したようなものだ。
統領の存命中という獣人の寿命を考えれば、短い期間に過ぎないけれど、たとえ数年でもそんな契約が実績として残れば、その後も継続出来る可能性だってある。セナの言う報酬とは、王国の戦争回避に貢献したという意味かもしれない。
「昨日、軽く言ったのかと思ってたけど、そういう意味を含んでいたんだね。あの【エンゲージメント】には……」
「察しが良いね、ヨースケ様は。そう、ただでさえ我々の国は、周りの敵国と揉めている最中だ。そこへ獣人とのゴタゴタまで起きれば、それは非常にまずい。昨日の契約はそれを労せずに手に入れたんだよ。ボクとあなたでね」
僕にデレデレのときとは、別人のように頭がキレるセナ。もしかすると広場で起きた事件のときから、そんな計画を立てていたのかもしれない。そう思うと、気軽に彼女と接することが少し怖くなってしまう。何かに利用されているんじゃないかと、勘繰ってしまうから。
「ははは。そう怖がらないでよ、ヨースケ様。ボクがあなたを裏切ったりすることは決してない。なんなら奴隷になっても構わないんだよ?」
本気か冗談かわからないジョークを語るセナ。
まあ、僕が変な行動をしない限り、王国が敵になるようなことはないだろうし、彼女にも借りはある。今は彼女の言葉を信じることにしよう。
「わかったよ、セナ。じゃあ、お言葉に甘えて、ありがたく受け取らせてもらうよ」
「そうこなくっちゃ!」
僕が大金を受け取ることを了承すると、彼女の顔がより明るくなった。そしてパフィーの肩を抱きながら、少し向こうの方へと移動していく。
『よし、パフィーくん。ヨースケ様の許可は下りた。この白金貨はキミに預けよう。そしてこれだけは守ってくれ、ヨースケ様の部屋と彼女たちの部屋は絶対に分けること。いいかい。絶対だ! ヨースケ様の部屋は最上階のボクが使っていた部屋で良い。あそこなら並みの盗賊では忍び込めない魔道具が常備されているし、ジーナくんの突破は無理だろう。それとだ! 彼女たちの部屋は一番最下層の場所にしてくれ。なるべく離しておきたいんだ。いくら奴隷ディーラーと奴隷と言っても、彼らは男と女。何が起きるか知れたもんじゃない。いっそボクがここに寝泊まりできれば良いんだけど、そうもいかない。ボクはこれでも王国では頼りにされている。こうしている間にも王国では山のように仕事が溜まっている事だろう。たぶんもうすぐ王都から迎えが来ると思う。そしてだ! パフィーくん。キミには定期的にボクのところへ連絡を入れてくれるようお願いしたい。もし彼らに何か進展があればすぐに知らせてほしいんだ。内容によってはボクはすぐに駆けつける所存だし、そのたびにお礼もする。え? お客様にスパイ行為など働けないだって? パフィーくん、それは違うよ。ボクはヨースケ様の下僕だ。いやそれ以下だ。彼に対する邪念なんてこれっぽっちもないと、この場で永遠に誓えるし、むしろボクを今すぐあなたの物にしてくれと懇願したいくらいだ。本当は彼のそばを一時だって離れなくはない。でも仕方がないんだ。今のボクは騎士で王国のしもべ。そりゃあ今すぐ辞めて自分の下へおいでとヨースケ様に言われれば、ボクはすぐにでも職を辞する構えさ。でも今のヨースケ様は、そうは言ってくれないだろう。ボクと彼の関係はまだ始まったばかりだからね。そう、だからこそキミにお願いするんだ。ヨースケ様のことを。頼む。ボクのこの想いをどうか理解してほしい、そしてさきほどの白金貨の一割を、ぜひキミに報酬として渡そうじゃないか。どうだい、パフィーくん。キミの良い返事を聞かせてくれないか。このボク、セナ・レイフェルトにっ!』
「わかりました。私にすべてお任せください、セナさま!!」
一仕事を終えたように、爽やかな汗を流すセナ。
キラりと瞳を光らせ、ほくそ笑むパフィー。
固い握手を結んだふたり。てか買収だよねそれ。
多分、僕に聞こえるように言ったのだろう。コソコソとパフィーと話し合っていたセナは、彼女が自分の手中に落ちたと確信したのか、達成感のある表情で僕に振り返り、ニコりと微笑んだ。その瞬間、背筋になにかゾクリとするものを感じたけれど、彼女の悪意のない笑顔に、僕はただ、黙って笑うしかなかった。
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