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第二十四話 大騒動のあとしまつ



「王国騎士か……」


 工房の裏手にある広場に来た。

 レイウォルド氏の案内でここへ来たときには、黒狼族たちはすでに目覚めており、ジーナたちによってその身を拘束されていた統領は、年貢の納め時だと思ったのだろうか、セナを見るなりそう言った。


 それまで、広場の中央で、自分たちを取り囲むドワーフたちに、犬歯をむき出しにしながら威嚇していた他の狼男たちも、統領と同じくセナを見るや、観念したようにガックリと頭を垂れる。


「あっれ。さっきまでチョーイキってたのに、こいつら急に大人しくなったじゃん。セナちんもしかしてすごい人?」


 僕たちが詰所に行っている間、うんざりするほど、彼らの見張りをさせられていたのだろう。セナの登場だけで黒狼族たちが意気消沈したのを見て、驚いた表情のジーナが、セナの肘を引っ張っている。


「いやなに、昼間、彼らがボクのところに押しかけてきてね。拘束した四人の身柄を返せと脅すものだから、軽くお仕置きをしたまでさ」


 ジーナの追及を逸らしながら、軽く理由を説明するセナ。

 彼女の登場だけで、奴らのこの変わりよう。馬車での剣の速さといい、アルテシアをも沈黙させるほどの実力を持つセナ。詰所で捕縛されていた黒狼族たちを、いとも簡単に釈放出来る権限など、もしかすると彼女は、王国騎士のなかでも上位の地位を持っているのかもしれない。


「さて、黒狼族統領。あなたの処遇なんだが、詰所への暴動騒ぎに、レイウォルド工房襲撃未遂のふたつの件。これらの罪を処刑制度のない我々王国の法に照らし合わせると、残念ながらあなたは即、奴隷落ちだ」

「――っ!」


「と、言いたいところだけど、そうはいかない事情もある。あなた方黒狼族は非常に復讐心の強い種族だ。一度恨みを持った相手を、最終的に死に至らしめるまで追い込む非道なやり口は、王国にとって周知の事実。今回、このままあなたを奴隷落ちなどにしようものなら、名誉を傷つけられた一族が王国に反旗を翻す可能性はなきにしもあらず……というのが我々王国側の見解だ」

「フン。それがわかっているなら、大人しく我を解放したらどうだ」


 開き直りにも似た、統領の要求。

 傍から聞いていれば、ずいぶんと図々しいものだ。恨まれたくなければ、自分たちの要求はすべて飲めと言わんばかりの態度に虫唾が走る。思わず何か言ってやろうかと思ったとき、代わりにセナが声を上げた。

 

「調子にのるんじゃない」

「ぐうっ!」


 いつの間にか統領の首元に剣先を向けていたセナ。

 その切っ先に自分の命がかかっている統領は、唸り声を上げて固まったままだ。


「どうしてそんな要求を呑むと思うのかい? 別にボク個人としては、キミたち全員をこの世から消したって構わないんだよ? まあ、そんな面倒、出来ればしたくないけどね」

「「……」」


 脅しか。それとも本気か。

 冷淡な眼差しを統領に向けるセナの発言に、黒狼族たちが沈黙する。彼女ならやりかねないとでも思ったのだろうか、統領さえも彼女から視線を逸らす。不遜な態度だった黒狼族の長が、一転して負け犬のように黙り込むのをよしとしたのか、その剣を収めたセナが、静かな笑みを浮かべて言った。


「そこで、統領。キミを釈放する代わりにある条件がある」

「な、なにっ!?」


「レイフェルトさん!」


 突然、セナからの譲歩に戸惑う統領。

 釈放するなんて話、まったく聞いていない。そんなことをすれば、彼らはまた襲いにやって来るだろう。僕は思わず彼女の名を呼んだ。しかし、彼女は僕の方をチラと一瞥しただけで、話を続ける。


「言っておくけど先に捕縛した四名の釈放は無理だ。すでに奴隷落ちが決まっている。まあ、黒狼族でありながら、今回、このような失態を犯した彼らだ。どうせ、一族内で見せしめとして殺すために、釈放を要求しに来たんだろうしね」

「……」


 ジロリと睨むセナから、視線を再び逸らす統領。

 彼女の推測は、彼らにとって図星だったのだろう。わざわざ一族をあげてまで襲撃した理由はそのためだったようだ。周囲の者だけではなく、自分たち同族にまで怒りに執着する考えは、もはや異常だ。


「問題はあなたが、この先レイウォルド氏や、彼らのことを追い回さないと約束すること。そこさえ解決出来れば、こちらとしてはこれ以上あなた方と揉める気はない」

「……無理だな。我々の本質を貴様らは知らなさ過ぎる。一度我らの怒りを買えば、それは死をもって償わない限り終わることはない。どんなに時間をかけても、必ずやり遂げる」


 どちらも譲る気はないようすだ。

 このままだとお互い平行線のまま、終わることの無い問答が、延々と繰り返されるだけだと誰もが思ったとき、セナがジーナの名を呼んだ。


「ジーナくん。悪いがそこの黒狼族六人を別の場所へ移動させてくれないか」

「え? 別に良いけど、なんで?」


「統領とふたりだけの話があるんだ」

「あー了。じゃあアル姉もちょっと手伝ってよ」


「あ、ヨースケ殿はここにいてくれたまえ」

「え? あ、はい……」


 ふたりの会話が終了し、アルテシアを伴って、ジーナが黒狼族たちを工房のなかへと連れて行った。残されたのはセナと統領、そしてなぜか彼女に留まるように言われた、僕だけとなった。


「人払いしても同じだ。その要求は無――」

「腹を割って話をしようじゃないか。統領」


 統領の言葉を遮るように話を繰り出すセナ。

 彼女の顔をじっと見つめる統領。

 少し場違いな空気を感じ、居心地の悪い僕。


「正直、困るんだろう? 自分が奴隷落ちした場合。黒狼族の民は決起するだろうけれど、そのあと統領として一族の面汚しとなったあなたに対し、次の統領の座を狙う者たちからの粛清は必至だ。即座にあなたは奴隷として買い戻され、みせしめとして家族や親族ともども無残に殺される……違うかい?」

「……」


 セナの言葉に黙ったままの統領。

 彼ら黒狼族の習性を考えれば、その可能性は十分――いや、必ず起こりえることだと思う。セナが他の黒狼族をこの場から退場させたのも、統領の本音を引き出すためだったらしい。じっと押し黙る彼の目が真剣味を帯びる。


「異論はないようだから、このまま話を続けよう。今回の襲撃未遂と暴動の件、これからあなたに課する条件を呑んでくれるのなら、ボクの権限を持って、王国からのお咎めは一切ナシとしようじゃないか」

「この騒ぎをなかったことにするだと? そこまでする貴様の目的はなんなのだ」


 僕も彼の意見と同じだった。

 今回の件、王国としては、襲撃に参加した者全員を捕らえ、統領である彼を奴隷にするだけで終わる話だ。その後の黒狼族の決起にしても、彼女を含む騎士団たちが本気を出せば、簡単に終わらせることだって出来るはず。矛盾しているだろうけど、僕が頼んだからと言って、そこまでする理由がわからない。いや、僕はそれをわかろうとしていないだけかもしれない。


「なあに、個人的にどうしても気に入られたい相手がいるもんでね」

「あ……」


 そう言って、僕にウインクをするセナ。

 やはりこれは、僕に対する彼女の好意の表れだったらしい。自分の気持ちを優先するために、王国の法さえも捻じ曲げる所業。馬車での彼女の言葉が頭に蘇る。


 ― ボクは自分の恋のためなら、

  

   騎士の精神だって曲げてみせるよ ―


 なんてことだ。

 彼女は本気だ。

 笑っている彼女の目がなぜか怖い。

 そ、そんなに見つめられても、僕なんかキミの相手にふさわしくないって! そう目で訴えるも、セナの目はハート模様のまま、僕から目を逸らそうともしない。そんな僕らの静かなやり取りの傍らで、彼女の言葉を噛みしめ、しばらく思案していたようすの統領が、ようやくその口を開いた。


「条件を聞こう」


 自分の立場の危うさを言い当てられた統領。

 その危険を回避できる案をセナから持ち掛けられたら、僕だってうんと言わざるをえないだろう。事がうまく運んでいくのを確信したように、セナの顔にも笑みが浮かぶ。


「ありがとう統領。その条件とは至極簡単なことだよ。ここにいる奴隷ディーラーの彼と【エンゲージメント】を結んでもらう」

「「エ、【エンゲージメント】!?」」


 僕と統領の声が揃う。

 まさか、ここであの【エンゲージメント】の話が出るとは思ってもみなかった。武器屋のローザとの間に、ほんの一日だけ結ばれたあの契約は、僕にとってあまり良い思い出ではない。当然、統領もそのことは知っているのだろう。僕と同じように叫んだ彼の声には、あきらかに忌避感があった。


「そ。あなたがもし、再び彼らや工房を襲うようなことをした場合、即座にその首に奴隷の絆が現れる。そうなればその後のことは、言わなくてもわかるよね?」

「くっ!」


「ついでに、さっきの六人も同じように【エンゲージメント】を結んでおこう。内容は統領であるあなたに謀反を起こさないこと。今回失敗したことを知るのはあの六人だけだ。あなたに対して不満や疑念を残さないよう、そこも管理させてもらう」

「つ、詰所の襲撃に失敗した者どももいるのだぞ? 奴らにも契約を施すのか」


「あー彼らはもう釈放したよ。今頃、失敗したことをあなたに咎められるって、怯えているんじゃないかな。まあ、そこはあなたが、実は釈放に関しては自らが王国と示談した。とでも言えば、統領としての面子が保てるだろう?」

「なんと、そこまで……」

 

 次々と策を披露するセナ。

 その機転の早さには驚くが、

 それって全部、僕のためですよね……。

 説明しながら僕をチラチラと見るの、やめてもらえますか。


 セナの提案を聞き、少し黙り込んでいた統領。

 これだけうまくまとまっていれば、彼も断ることは無いだろう。その予想どおり、彼の口からは条件を呑むとの返事が返ってきた。【エンゲージメント】を受け入れることを決めたのだ。


「で、ヨースケ殿、【エンゲージメント】を結んだ経験は?」

「あ~それなんですが、実は今日覚えたばかりでして……」


「おーそれは好都合! もしかするとお持ちでない場合もあるかと心配してたんですよ」

「で、ですよね。もし僕が持っていなかったら、この話、飛んじゃいますし」


 本当にタイミングが良かった。

 アルテシアに往復で振り回され、泉の森まで行った甲斐があったというものだ。自分的には、おそらく一生使うことがないだろう【死にスキル】と思っていただけに、なにかの因縁さえ感じてしまう。ちなみに使い方は当然知っている。自分も【エンゲージメント】契約されたし。


 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「内容はどうします?」


 統領の了承を得たあと、彼と向かい合い、【奴隷契約】と同じく、血の契約を済ませると、アナウンスから契約内容を問われた。ここで抜けがあったりすると後々面倒なので、そこはセナに任せるとする。


「うーん。いっそ、黒狼族全員を代表とする統領が、我々王国の民に敵意を向けた場合、即奴隷ってことにしようか。それだと一つの内容で全部含まれるし簡単だ。それでいいかい? 統領」

「もう好きにしろ……」


「ありがとう。理解が早くて助かるよ」

「……」


「じゃあ、その内容で契約しますね」


 彼女はすでにこの図を描いていたのか。

 当初は小規模な小競り合いを制する内容だったものが、いつの間にか王国民全員の安全を守る規模へと変わっていった。セナの脅威を知っている黒狼族統領は、彼女の土壇場での変更に呆れつつも了承するしかなかったようだ。僕が彼女が言ったその内容通りの契約を実行すると、統領の手の甲に例の紋様が浮かぶ。すると頭のなかに突然、ペイルバインの地図がイメージされ、工房の場所に赤い印がついた。ああ、これがローザが言っていた定期的に契約者の場所がわかる情報ってやつか。赤い印は一定時間点滅し、やがて脳内の地図のイメージと共に消えていった。てか、これって今後ずっと現れるの?


 そのとき、ふと思った。【奴隷契約】が罪に例えると懲役とするならば、【エンゲージメント】って、執行猶予みたいなもんだなって。その期間に約束を破れば、奴隷という枷が待っている。いよいよ物騒な世界に足を突っ込みだしたなと、奴隷ディーラーとしては至極まっとうな道を歩んでいるのにも関わらず、僕の心は憂鬱になっていく。


「申し訳ない、ヨースケ殿。こんなことにあなたを巻き込んでしまって」

「え、いや、大丈夫ですよ。今回の件は僕らにも責任ありますし、あなたのおかげでうまくまとまって助かりました」


 少し落ち込んだ僕を見かねたセナ。

 すっと隣に寄り添って頭を下げる。別に彼女が悪いわけではない。僕がナイーブになってしまっただけだ。ただ、これから先、ずっと頭に統領の居場所が表示され続けるのかと思うと、うんざりもするけれどね……。


「でもまあ、すぐに契約も終わるでしょうし、少しの辛抱ですから」

「えっ?」


 ニコリと微笑むセナが僕に耳打ちをする。

 人獣とは違い、獣に近い獣人は、他の種族と比べ極端に寿命が短いのだそうだ。平均二十年ほどしか生きられない彼らは、その分、繁殖力がスゴいらしく、自分たちの村や街では、常に()()()()()()が野外でも行われているらしいって、そんな情報要らないからっ!


 ちなみにその寿命計算でいくと、目の前で渋い雰囲気を醸し出している統領、なんと十六歳だった。てか、僕とタメじゃん!! そんな彼に対しての恐怖心が、僕のなかで徐々に薄れていくのを感じる。


 こうして、広場での事件から始まった一連の大騒動は、これにて手打ちとなった。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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