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第二十三話 僕は〇〇メンだったらしい



「えーっと、レイフェルトさん?」


 警備兵の詰所から馬車を用意してもらった。

 行き先はレイウォルド工房。

 目的は黒狼族統領の処遇。


 同乗者はアルテシアとセナ。

 対面には誰も座っていない。

 僕は席の真ん中に座っている。

 すなわち彼女たちに挟まれているってことだ。


 なぜか僕の傍を片時も離れないセナ。

 隣りのアルテシアの視線が痛い。

 僕のせいではないのに。


「はいっ! なんでしょう、ヨースケ様っ」

「えっと、せ、狭くないですか?」


 それとなく対面にどうぞといった含みを告げる。

 アルテシアはボソボソと「なんで様付けなんですか。もお……」と呟きながら、僕の腕をギュッと自分の胸に引き寄せる。いや、当たってますからアルテシアさん。


「えっ、狭いですか!? アルテシアくんっ! 対面が空いてるから移動した方がいい。キミのご主人様が困っていらっしゃる」

「なっ、なんで私なんですかあっ!」


 僕を挟んで、ふたりのやり取りがだんだんと過激になってくる。詰所で見た仲睦まじいふたりの印象が脆くも崩れ去っていく。座席の争いもこれで2回目だ。最初、僕が何気に窓側の席に座ったとき、その隣の席を彼女たちが取り合い、結果、僕が真ん中に座ることになった。


 三人同時に座る広さじゃないため、馬車が走り出してから、ふたりの胸がずっとひじに当たっている。これ以上窮屈なのも、胸の感触でドキドキするのも精神的につらいので、仕方なくふたりを残し、僕が対面へと移動した。


「「あっ……」」


 名残惜しそうな声を揃えるふたり。

 いや、キミたちが悪いんだからな。

 僕を好意的に思ってくれるのはありがたいけれど、そこまで猛烈な態度を示すほど、僕ってモテる要素ないと思うんだけど。アルテシアとは、いろいろあったから仕方がないとして、初対面のセナはなんでこんなにもキャラが変わるほど、僕に執着するのだろうか。かといって、彼女に僕のどこが良いんですか? などと聞けるほど自意識過剰ではないので、現状維持のままだ。


「レイフォルトさん、ぼ、僕のジョブって……ご存じですか?」


 この世界で忌み嫌われている、奴隷ディーラー。

 そんなジョブの僕に、れっきとした王国騎士団員であるセナが、好意を抱くのを不思議に思った僕は、もしかして彼女はそれを知らないのではと思い、おそるおそる彼女に尋ねてみた。


「はい。アルテシアくんに昨日お聞きしたんですが、奴隷ディーラーをなされているとか」

「えっと、そうなんですが、レイフォルトさん、その……奴隷ディーラーって嫌とかじゃないんですか?」


 自分で言ってて嫌になるが、好きでなった訳じゃないし、セナもきっと奴隷ディーラーを嫌っているに違いない。別に進んで彼女に嫌われようとしているわけではないけれど、その辺にコンプレックスを抱いている僕は、どうしてもそこが気になってしまう。じっと彼女の目を見て、正直に言ってもらえたらと期待を込める。僕の意図を知ったのか、ずっと目がハート模様だった彼女は姿勢を正し、まっすぐ僕の目を見て答えた。


「……以前はそう思っていました。奴隷自体、ボクは持っていませんし、持とうとも思わない。彼らの人権を無視し、不当な強制労働を要求。使い捨ての道具程度にしか考えていない文化を、正直憎んでもいました」


 僕の目を見たまま、セナは正直に話す。

 機嫌を損ねないように嘘を言うのではなく、

 ありのままの印象を話してくれる彼女。

 僕は自然と彼女の言葉に耳を傾けていた。


「騎士として、そういったことが許せないのは事実です。奴隷を扱う文化、そしてそれを生業(なりわい)とする奴隷ディーラーの存在。ボクとは到底わかり合えない人たちだと思っていました。そう、昨日までは」

「昨日……までは?」


「はい。アルテシアくんと出会い、彼女が奴隷として誇りをもって、主を守り抜く姿勢。そして、自分を救ってくれたあなたに対する忠誠心を知って、ボクは、自分の想像を超えたふたりの絆をそこに感じたのです。あなたは奴隷ディーラーでありながらも、彼女を大切にし、商品としてではなく人間として尊重し信頼している。アルテシアくんもそうです。彼女はあなたを奴隷ディーラーと奴隷という関係ではなく、主として見ています。それはもう、王と騎士の関係と同じです」

「王と騎士の関係……」


 セナの言葉が僕の胸に沁み込んでしていく。

 僕はずっと奴隷ディーラーが嫌だった。

 なりたくもないルーレットで決められたジョブ。

 出来れば、人様に嫌われないジョブが良かった。

 そんな僕の考えをセナは見抜いていたのか、

 僕が欲しかった言葉を彼女はくれた。

 奴隷ディーラーにも、希望はあるんだと。

 僕のやり方次第でどうとでも変えられるんだと。

 今まで無自覚にやってきたことが、

 さっき出会ったばかりの彼女の言葉で、

 報われた気がした。


「それもあって、僕はあなたに興味があったんです。アルテシアくんをここまで心酔させるほどの人物は、いったいどんな方なのだろうかって。まさかあんな場所で彼女と再会するとは思っていなかったんですが、これも運命の神に感謝ですね」


 セナとの出会いは偶然だった。

 それは彼女だけでなく、僕にとっても必然だったのかもしれない。彼女と出会い、奴隷ディーラーに対する印象を大きく変えてもらったことは、僕がこの先、奴隷ディーラーとして生きる指針になったとも言える機会をくれた。うん。僕も彼女と同じく運命に感謝しよう。


「そ、それで……あの場所で、あなたに出会ってしま……しまったことは、ボ、ボク……わ、私の運命を……じ、人生を……お、大きく……変えてしまったのれしゅううう~~」

「うわあああ!!!」


「ヨ、ヨースケさんっ!!」


 だんだんとセナの言動とようすがおかしくなっていった。そして明らかに常軌を逸した表情になったかと思うと、いきなり一直線に僕の胸へと飛び込んできた。突然のことに驚く僕。そんな目の前で抱き合うふたりに激昂したアルテシアがとっさに剣を抜いた。


「アルテシア! ダメ――」

「――っ!」


 セナへの危険を感じ、あわててアルテシアを止めようとしたが、それは杞憂に終わった。剣を抜いたアルテシアの首元に、今にも貫かんとする鋭い剣先が向けられ、彼女がそこで棒立ちになってしまったからだ。その姿に気付いた僕のすぐ傍では、乱心したように僕に抱きついていたセナが、あのアルテシアの動きを制するほどの速さで、自分の剣を彼女に向けていた。


「アルテシアくん。奴隷のキミが、主と僕の恋路を邪魔する権利はないよ」

「――くっ!」


 さっきと言ってたことが違うっっ!!

 妖艶な眼差しでアルテシアを見つめるセナが、勝ち誇ったように僕の首元をぎゅっと抱き包む。彼女の台詞はさきほどの、自分は奴隷を認めないと言った内容とは裏腹に、奴隷の立場をうまく利用した台詞へと変わっていた。おい、さっき感動した僕の気持ちを返してくれっ! そんな僕の心を読んだかのように、セナが僕の顔に迫り、耳打ちする。


「ふふっ。ボクは自分の恋のためなら、騎士の精神だって曲げてみせるよ。ダーリン」

「「あっ!」」


 そう言って僕の首筋にキスをするセナ。

 その大胆な行動に、僕もアルテシアも思わず声を漏らす。クールで中性的な印象だった彼女の、ここまで変わるのか? といった変貌にドギマギさせられる僕。今まで一度もこんなに熱いアピールをされたことなどない非モテな僕は、首筋とはいえ初めて女の子にキスをされたことにより、限界点をこえてしまった。


「あうぅぅ」

「「ヨースケさん(様)っ」」


 興奮のあまり、意識がもうろうとする僕は、ガタガタと座席から崩れ落ちていく。あわてて僕の名を呼び続けるふたりの声は、はるか遠くのように聞こえていた。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「お兄さん、チョーチャラ~い」


 ジーナのジト目が痛い。

 レイウォルド工房に横付けされた馬車から降りた僕。両脇にはセナとアルテシア。両手に華とはこういうことなのだろうか、ふたりから腕を組まれた状態で地面に降り立つ僕は、どう見てもジーナの言う通りチャラい。さきほど倒れたときから過保護な扱いをされている僕は、大丈夫だと言っても離してくれない彼女たちの言われるがまま、されるがままになっている。


「これは……アルテシアくんだけでなく、こんなキュートな女性まで奴隷にしているとは……ヨースケ様は思った以上の艶福家(えんぷくか)だ」

「え、えんぷく……?」


「モテモテってことだよ。てか、キュートって照れるぅ~! イケメンのお姉さん、ポイントアーップ!」


 難しい言葉を知っているジーナ。

 セナに褒められて喜んでいるところはまだ幼い感じがするけど。


「ははは。ありがとう。ボクは王国騎士団のセナ・レイフォルトだ。よろしく。キュートなお嬢さん」

「ふわぁ~。え、えっと、ジ、ジーナで……す」


 高評価を受けたセナが、颯爽とジーナの前に立つと、おもむろに彼女の手を取り、その甲にそっとキスをする。身長も高く、仕草もカッコいいセナが、そういうあいさつをすると、ほんとサマになっているよなあ。同性であるジーナがギャル語を忘れて思わずポッと赤くなるほど、紳士的な彼女の礼節ある態度は見習うべきところがたくさんあるかも。い、いや別にモテたいからとかじゃなくて……。


「レイフォルトさんは、黒狼族の統領の件で来てもらったんだ」

「あー警備兵のとこ大丈夫だったの? てか、騎士団てこの街に駐屯地ないんだけど、イケメンお姉さん、なんでいるの?」


「普段は王都にいるんだけど、休暇でこの街に訪れていてね。たまたま昨日、朝市を覗いてたら黒狼族の騒動に出くわして、そこでアルテシアくんと知り会ったんだ」

「なる~。で、お兄さんとも知り会ってホレちゃったんだね~」


「ひゃううううっ」

「ええっ!?」


 ジーナの言葉にまたも豹変するセナ。

 さきほどまでのキリっとした態度はなりを潜め、クネクネと腰を曲げながら、照れまくっているセナ。たぶん、カマをかけたんだろうけれど、自分で言ったにも関わらず、彼女の急激な変化に、ジーナも顔を引きつらせている。やがて周囲の視線を感じたセナは、あわてて体裁を取り繕うが、すでに遅い気がする。


「ははは。困ったお嬢さんだ。年上の女性をからかうものじゃないよ」

「いや、もう遅いっちゅーの。セナちんのキャラ、わかっちゃったし……」


 ジーナが彼女を呼ぶ名称がすでに【イケメンお姉さん】から【セナちん】へと変わっている。彼女にとって、セナの取り扱い階級が大幅にダウンするほどの衝撃だったのだろう。まあ、わかる気がするけど……。


「まあ、仕方ないけどねー。お兄さんチョーイケメンだし」

「ええええっ!?」


 ジーナの言葉に激しく反応してしまった。

 その声に驚く彼女たち。

 えっ、えっ、えっ、イケメンて?

 そう言えば、自分の新しい顔って、転生したときに池に映ったのを見て以来、まったく見ていない。この街の、鏡の技術力が低いのか、ガラスに映った姿もぼやけているため、あまり自分の顔をマジマジと見ていなかったこともあり、ジーナに言われるまで、意識したこともなかった。


 確かに、西洋風の顔、白銀の髪に紺碧の目は、整った顔立ちだった覚えがある。しかし、周囲の人々の顔も、自分と同じような西洋風の顔だったので、あまり自分だけが優れているという気がしないのも原因のひとつかもしれない。


「ぼ、僕ってイケメンだったのか……」


 思わず独り言が漏れてしまう。

 そんな僕にジーナが呆れた風な声をかける。


「お、お兄さん……それあんま他で言わない方がいいよ。マジ嫌みだから」

「いや、だってみんな似たような顔じゃないか? イケメンて言われてもピンとこないって」


「じゃあ、セナちん、お兄さんのどこにホレちゃったの?」


 ジーナが隣で僕のことをハート目で見つめる、残念モードのセナに意見を求める。


「えっ? ボ、ボクは彼に会う前に、アルテシアくんの前情報から、すでに良い印象を持っていたのもあったのだが、さ、さっき詰所で一目見た瞬間、その美しい顔に見惚れてしまったのは確かだ。いや、すごく好みの顔だってことは、認めざるをえない……ひゃうんん!」


 真っ赤な顔で打ち明けるセナ。

 そ、そうだったんだ。どうりで初対面なのに、彼女の食いつきが良いわけだ。


「ね。なんか、お兄さんて、その場にいるだけで、マジ存在感あるんだよねー。あ! アル姉もそうでしょ?」


 なんかどさくさに紛れて、アルテシアまで【アル姉】に呼び名が変わってるし。ジーナの問いかけに、一瞬戸惑ったアルテシアが、顔を赤らめる。


「わ、私は、ヨースケさんのお顔もですが、お、お人柄も尊敬してます。あ、あとお優しいところも……」

「それ全部じゃん!!」


 ジーナにツッコまれ、真っ赤な顔を両手でおさえるアルテシア。いや、僕まで真っ赤になっちゃったし……。


 そうなのか……。

 僕はずっとイケメンとして無意識に振る舞っていたのか。そう考えると、妙に周りの対応が良かった気がする。特に女の子から。逆に男からは最悪だったな。あの宿屋の主人や門番兵とか。あと、宿屋の主人や門番兵――


 今まで出会った女の子たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 奴隷商ギルドのセシリー。

 アルテシアの服を買ったお店の女性。

 冒険者ギルドのマルガリータ。

 パフィーにローザ。いや、ローザは外そう。


 自分が彼女たちに、どんな台詞を話していたのかを思い出す。

 

 ― さっきあの人に殴られた所が、


   まだ赤いみたいなんで、

   

   良かったら使ってください ―



 ― マーガレットさんじゃなく、


   僕はキミにカッコつけたいんだ ―



 ― よろしく、セシリー。

   

   またお世話になりに来るからよろしくね ―



 これらの台詞を、僕はこのイケメン顔で彼女たちに語っていたのか……。


 自分の顔面に血液が集中するのがわかる。

 真っ赤になった僕は、その場にガクりと這いつくばる。


「こ、これじゃあ、まるで……まるで、ホントにチャラい奴じゃないかあああああ!!」


 無意識とは言え、いろんな女の子を誤解させるような台詞を、たくさん吐いていたことに気付き、軽率な行動と言動に、深く反省する僕だった。



 


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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