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第二十一話 黒狼族の末路



「ギャウン!!」


 またひとりの狼男が叫び声をあげた。

 奴らの自慢の爪はアルテシアにかすりもせず、空を切るだけに終わる。すでに七人のうち四人がこの場から退場し、統領を除いて残るはあとふたりとなっていた。アルテシアはどの攻撃も数ミリのレベルで(かわ)し、その刹那、強烈なカウンターをもって相手を一撃のもとに倒していくため、残った狼男たちもそうむやみやたらと攻撃をすることが出来ない状況のようだ。


 レベル差というものなのだろうか。

 アルテシアが放つ一撃は、奴らの防御力をはるかに上回っているらしく、僕のような素人が見れば、一見普通に見えるパンチやキックでも、血反吐を吐き、白目を剥きながら遠くへ飛んでいく様を見る限り、尋常ではない破壊力だということを認めざるをえない。これじゃあ何のために彼女の剣を預かったのかわからなくなるんですけど……。


 残りのふたりが犬歯をむき出しにしつつも、顔に焦りの表情を浮かべている。予想外に強かったアルテシアに対し、打つ手がないのだろう。うしろでギャンギャンと喚いている黒狼族の統領もすでに小物感を漂わせ始めている。


「何をやっている! 女子供に負けるとはどういうことだっ!!」

「「くっ……」」


 統領の檄にイラつくふたり。

 ひとりは広場にいた男。

 もうひとりは広場の男と揉めていた奴。


 残るべくして残ったふたりなのか、

 先に消えた四人よりは実力が上のようだ。

 アルテシアのカウンターもなんとか避けたようで、そのかすった跡は黒い毛が抜け去り、肌が露出している。


「おいロッツオ! 同時だ。同時にやるぞ」

「バ、バカ言うなって! 昨日あいつら四人がかりであのザマだったんだぞ? あんな化け物、何度やったって勝てる気がしねえ……」


 失礼にもアルテシアを化け物呼ばわりする、ロッツオと呼ばれた広場の男は、あの一撃がトラウマになっているのだろう。仲間の呼びかけにも消極的だ。


「ちっ! 腰抜けが! こうなったら俺だけでもやってやらあ!」

「あっ! ちょっ、待てって!」


 仲間の意気地の無さに呆れたのか、ロッツオの制止を無視したもう片方の男がアルテシアに飛び込んでいく。


「うるぁあ!!」


 玉砕覚悟の突撃を見せる狼男。

 奴の振りかぶった爪がアルテシアに迫る。

 その爪が彼女の顔面に迫ろうかとしたとき、

 ガツッと男の腕を掴んだアルテシア。


「ぐうっ!」


 ミシミシと音を立てる腕の痛みに顔をゆがめる狼男。悪あがきなのか、もう一方の爪をアルテシアの頭上から振り落とそうとするが、それさえも阻止されてしまった。真正面で睨み合うふたり。レベル差のせいで圧倒的有利なのは、言うまでもなくアルテシアだ。両腕の痛みに耐える狼男は徐々に膝を落とす。体格差では狼男が勝っているのにも関わらず、こちらから見るに、子供にひざまずく大きな大人にも見えなくもない。だんだんと顔色が悪くなる狼男に、アルテシアが話しかけた。


「降伏してもらえるのなら、ここまでにしますが」

「ちっ! クソがっ! 舐めやがって!!」


 アルテシアの降伏勧告にも耳を貸さない、血の気の多い狼男。せっかくの申し出を断られてしまったアルテシアは、小さくため息をつくと共に奴の腹部に向かって蹴りを放つ。両腕の自由を奪われていた狼男は、なすすべもなくその一撃をまともに喰らい、一瞬で気を失ってしまった。そして、地面にバタりと倒れ込む狼男に構うことなく、彼女は次の標的へと視線を向ける。


「ひいっ……」


 残されたロッツオが小さな悲鳴をあげる。他の狼たちと一緒にここに現れたとき、アルテシアの姿を見た彼は、最初から僕らを襲うことにに消極的だった面も見られた。僕的にはもうこれ以上の争いは無用だと思ったんだけれど、黒狼族的には許されなかったようだ。


「ぐあっ!!」


 ロッツオが突然叫び声をあげた。

 後ろからの攻撃を受けた彼が、うつぶせの状態で地面に沈む。彼に攻撃をしかけたのは黒狼族の統領だ。怒りに満ちた目をした奴は、仲間であるロッツオの失態が許せなかったのか、自らの手で彼を断罪した。背中にひどい裂傷を受けたロッツオは、うめき声をあげながらその場にうずくまり、動こうともしない。


「情けない奴らめっ!」


 黒狼族の統領がそう吐き捨てる、

 自分の手下にさえ情けをかけない非情さに怒りを覚えるが、あとはこいつさえ倒せば戦いは終わるんだと自分に言い聞かせる。ただそれも、このあとアルテシアがどうまとめてくれるかにかかっているのだけれど。


 そんな期待を込めつつ、残すところあとひとりとなった統領とアルテシアの対峙を見守る。隣では、そんなことお構いなしのジーナが、さっき奪ったばかりの黒狼族たちの所持金を、鼻歌交じりに数えている。いやそれ、後で返すんだからな?


「どいつもこいつもあてにならん! かくなる上はこの我自らが貴様の相手をしてやろうぞ」


 他の狼男とは比べ物にならないほどに強靭な肉体を持つ統領が、アルテシアの前に立つ。両手からは鋭利な爪がギラリと光り、今にも襲い掛かりそうな姿勢で身構える奴の姿に、こちらも息を呑む。


「あなたで最後です。もう一度言いますが、降伏を――」

「要らんっ!!」


 アルテシアの最期の慈悲を聞かずして、統領が動く。その速さは一瞬で、僕の目にもほとんど止まらないほどの攻撃は、かろうじて爪の残像が残ると共に、斜め上に空を切り裂いたのが見えた。当然、その攻撃もアルテシアは避けたと思ったが、今回は違った。


「――!」

「アルテシア!!」


 躱したと彼女も思ったのだろう。

 そう思った矢先、アルテシアの胸のリボンがちぎれ飛び、胸元が少しあらわになった。衣服だけで済んだのが幸いだったけれど、こちらとしては気まずい。彼女もそれに気が付くと、さっと手で隠した。


「ちっ! かすっただけか」

「……」


 自分の攻撃が避けられたのを悔しがる統領。

 相対して胸元を抑えたままのアルテシアが、黙ったままワナワナと震えている。もしやどこかケガでもしたのかと心配した僕が、アルテシアに声をかけようとしたとき、黙っていた彼女が統領をキッと睨みつけた。


「……よくも……よくもヨースケさんに買っていただいた服を……許さないっ!」


 そっちかよ!

 思わず心で突っ込んでしまう。

 アルテシアはやはりアルテシアだ。

 ケガがないようなので、とりあえず安心する。


「うおおおお!!」


 統領が雄たけびをあげる。

 奴の爪による斬撃が連続してアルテシアを襲う。

 他の狼男たちの攻撃とは明らかに違う速さだ。

 爪によるリーチの差と速度により、なかなか敵の懐に入ることができないアルテシア。わずかにかすった爪により、彼女の綺麗な髪がパラパラと空を舞う。服にも小さな切れ目が入っているところを見ると、アルテシアの【身体強化】をもってしても躱すのが厳しいのだろう。


「ア、アルテシア……!」

 

 心配のあまり彼女の名を呼んでしまう。

 僕がそれを呼んだとしても、彼女のチカラになれるわけではないけれど、呼ばずにはいられなかった。


 自分が強ければ、あそこに立てるのに。彼女の隣に立てるのに。どうにもならない悔しさで、歯噛みする自分に気付く。僕はやはり強くなりたいんだと、心が望んでいるのだと。


「お兄さんお兄さん、お姉さんヤバくね? 助太刀しても、あの人怒んないかなあ」

「ジーナ!」


 彼女がいたのをすっかり忘れていた。

 狼たちの所持金を数え終えたジーナが、アルテシアたちの戦いを見ながら、そう僕に問いかけて来た。そうだ。なにもアルテシアだけに戦わせる義務はないんだ。ジーナだっているし、なんなら彼女が放り投げた奴らの武器で僕だって……。


 急に勇気が湧いたようになり、ジーナの手を取る。


「頼む! ジーナのチカラを貸してくれないか」

(りょ)! じゃあ行ってきま――」


「?」


 そう言いかけてジーナが立ち止まった。

 止まった理由がわからず、小首をかしげると、ジーナが振り向いて舌を出した。


「ごっめーん、お兄さん! アタシってば、さっきのでスキル使い切ったの忘れてたわ! やらかし~っ!」

「なあーっ!!」


 あっけらかんと答えるジーナ。

 いやいやいや、そこはカッコよく行くとこでしょ! 欲を出した彼女が、狼たちの所持金を盗むために【スナッチ】を使用制限いっぱいまで使ったことを僕も忘れていた。わずかに見えた希望の光が再び暗闇に隠れてしまった。打つ手を失くした僕らは、苦戦するアルテシアを黙って見守り続けるしかないのか。


「ヤバみだね……。どうしよっか、お兄さん」

「ど、どうしたら……あっ!」


 ふと手に持ったアルテシアの剣に目が行く。

 そうだ。これを渡せば、彼女にも勝機が。

 

「アルテシア! 剣を。剣を投げるから受け取ってくれ!!」


 そう思った僕は、アルテシアに向かって叫んだ。

 彼女の服はもうボロボロで、最初に買ったときよりも酷い有様だった。急いで彼女の剣を投げようと、肩にチカラを込める。


「投げないでくださいっ!」

「「――!?」」


 僕が投げようと構えたとき、アルテシアが攻撃を避けながら僕に向かって叫び返した。なぜか剣を拒否する彼女。こんなにも危ない状況なのにと、僕やジーナは思わず顔をしかめる。


「それを受け取ったら、ヨースケさんの意志に反することになります。私は今のままで戦いますから、心配しないでっ!」

「そんな……アルテシアっ」


 騎士として実直な性格のアルテシアらしい答えに戸惑う。僕の気持ちを優先し、自分が不利になろうとも、その命令を忠実に守ろうとする、彼女のいじらしさを思うといたたまれなくなるが、僕は僕で、彼女のことを傷つけたくない、辛い思いをさせたくないという思いがある以上、この現状を黙って見ているのがとても辛い。


 アルテシアに小さな傷が増えていく。

 それと共に僕の心も傷ついていく。

 アルテシア。もう無理はしないでくれ。

 アルテシア。素直に剣を受け取って欲しい。

 アルテシア、アルテシア、アルテシア――

 目の前でいたぶられる彼女。

 もう無理だと、目をつむろうとしたとき、


「死ねえぇぇぇぇ!!」


 統領の怒号と共に、鈍い音がした。

 アルテシアの身体に深々と刺さる爪。

 奴の攻撃が彼女に届いてしまった。


「アルテシアっ!!」

「お姉さんっ!」

 

 僕らは思わず悲痛をあげる。

 しかし、その叫びは一瞬にして驚きへと変わった。


「なっ、なにぃ!!」


 勝利を確信したはずの統領の驚き。

 その謎に気付くのは容易く、

 次に僕らが声をあげたのは、アルテシアが勝利したときだった。


「掴まえた」


 アルテシアがそう呟くと同時に、彼女の頭が統領の顔面を砕いた。いわゆるヘッドバッドを奴に向けて喰らわせた彼女は、腹部に鋭利な爪を食い込ませたまま、奴の動きを封じると同時に攻撃へと転じた。強烈な頭突きを顔面に受けた黒狼族の長は、無言のまま仰け反り、そして崩れ去っていった。


「や、やった……ア、アルテシアっ!」

「うっわ! 勝っちゃったの!?」


 慌ててアルテシアの下へと僕らは駆け寄った。

 彼女の腹部からは統領が倒れると共にズルズルと爪が抜け落ち、ジワリと血が滲む。それを見て気付いたんだ。彼女はただ奴の攻撃を受け続けていた訳じゃなかったことを。相手に有利と思わせ、奴が必殺の攻撃に移るところを狙い、動きを封じることが目的だったんだと。肉を切らせて骨を断つ。そのまさかの決断に、驚くのと同時に呆れてしまった。彼女の大胆さに。


「アルテシア! なんてことを……」


 思わず彼女に苦言を呈する。

 とても女の子がやるような方法ではないと思ってしまったからだ。やはり彼女は戦いのプロ。騎士なのだ。非道な勝ち方を選ばず、どんなときも健全なる肉体と精神でもって正々堂々と相手に挑み、そして勝利する。やはり彼女には敵わない。


「ごめんなさい、ヨースケさん。また命令に背いてしまいました」

「え? なにを……」


 僕の姿を見るなり、頭を下げるアルテシア。

 身に覚えのない言われに戸惑う。


「剣を受け取らなかったことです。私はまた、あなたの意志に反してしまいました」

「なっ……い、良いんだよ、アルテシア! そんなこと今さら……もう終わったんだから」


 僕の言葉に安心したのか、ホッとした表情をするアルテシア。だが、そのホッとしたのがイケなかったのか――


「あ」


「わわわっ! お、お姉さんっ! ひっ……ぎゃああ!! グロいっ! マジグロいって!!」

「わああ! アルテシアっっ!!」


 アルテシアの気が抜けたと同時に、額と腹部から大量の出血が。頭はともかくとして、腹部から内臓のような物がボタボタと地面に落ちていくのを見て、ジーナがドン引きし、僕も慌てふためく。


《対象の【ステータス】に、状態異常として多数の肉体損傷を確認。特殊スキル【リセット】を使用しますか》


「使用するうううう!!!!」

「チョー最悪っ!!」


 すっかり陽の沈んだ夜の工房での戦いを終え、初めての襲撃戦に勝利した僕たちだったけれど、最期に精神的に得も言えぬ敗北感を感じたのは言うまでもなかった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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